21_王太子ルートはごめんです
「あのー……ついて来ないでいただけますか?」
ウィンターはレビンに露骨に嫌そうな顔を見せたが、彼はウィンターの隣にくっついてきた。ウィンターが急ぎ足で歩くと、彼も歩調を合わせ、ウィンターが止まると、彼も止まった。
「私も校舎に向かっている。目的地は同じだろう?」
「だからって、並んで歩く必要ないじゃないですか」
きつく睨みつけると、レビンは困ったように眉尻を下げた。
「この間は私を案じて守護石を届けに来てくれたのに、今日は随分と冷たいのだな」
「あのときは人命がかかっていたので、仕方なくですよ。こんなところを婚約者に見られたら、また怒られますよ? 私まで巻き込まれるのはごめんですからね」
守護石を渡したとき、ステラを怒らせてしまったのを思い出す。警戒して辺りを見渡すと、生徒たちがちらちらとこちらを見ているのが分かった。王太子と元婚約者が一緒に歩いていたら、注目されるのも無理はないだろう。
レビンはもっと自分の立場をわきまえた方がいい、と口をついて出そうになったが、ウィンターが言える立場ではないと思って、飲み込んだ。
「……すまない」
「謝るくらいなら、私に構わなければいいのでは」
「いや、そうではない。神力測定の日、怪我をしたそなたの治癒をステラが拒んだ件だ」
「そうだったんですか?」
「知らなかったのか?」
「はい」
すぐに気絶してしまったため、頭を打ったあとのこと知らない。ステラが治癒を拒んだ話は、目覚めたあとも誰も教えてくれなかった。
レビン曰く、あの場に治癒魔法を使えたのは、魔力切れを起こしていたユアンとレビンを除いて、ギノとステラだけだった。ギノは治癒魔法は苦手だと言いながらも、ウィンターを治癒したという。万が一ギノがおらず処置が遅れていたら、ウィンターは後遺症や傷跡が残っていたかもしれない。
「婚約者として、そなたに謝っておきたかった」
「ふ。レビン様が謝ることじゃないですよ。それだけ私が嫌われているのが悪いんです。やっぱり日ごろの行いって大事ですね」
ウィンターがへらへらと笑いながら言うと、レビンは眉をひそめた。
「なぜ怒らない!? なぜそのように平然としていられる? そなたは私とステラ、弟を助けた。にもかかわらず、不当に扱われたのだぞ。もっと怒ってもいい」
「だって、仕方ないじゃないですか。他人の心は思い通りにならないもの。でも――」
ウィンターはその場に立ち止まり、ムキになっているレビンに微笑みかけた。
「レビン様が私のために怒ってくださっただけで充分です」
「わ、私は別に、そなたのために怒ってなど……!」
「ははっ、そうですか? 違ったらごめんなさい。でも私、気にしてません。ステラが私を嫌がる気持ちも少しは分かりますし。こうしてまた元気になれてラッキーですね」
「…………」
またギノに感謝しなければならないことが増えた。
すると彼はわずかに沈黙し、小さく呟く。
「そなたは、すっかり変わったのだな。……今回の件で、人々は身体を張って王子や神官たちを守ったそなたを高く評価している。一方で、私情でそなたの治癒を拒み、魔物の襲撃に対して何もしなかったステラを非難する声が上がってる」
「そうなんですか? 聖女はそもそも戦闘しないし、仕方ないじゃないですか」
「その条件は、そなたも同じだったであろう」
「確かに」
あのときは、襲撃を唯一知る者としての責任を果たすことしか考えていなかった。聖女は本来、王国の結界維持が使命だ。自ら魔物に立ち向かったウィンターが異質だと言えるが、聖女がふたりいたら、比較されるのも仕方がないことである。
「まぁ私はどうせまた、すぐに馬鹿にされるようになりますよ。ステラに比べたら落ちこぼれなので。もちろん、もっともっと頑張りますけどね」
ウィンターはそう言ってあっけらかんと笑うが、レビンは深刻そうな表情をしていて。
「私は少し、揺れている」
「何にですか?」
「いや、なんでもない」
レビンは意味深な呟きをしたあとで、懐から一通の手紙を取り出した。封蝋には王家の紋章が刻まれている。
「これは?」
「ルークからだ。そなたに礼を言いたいから王宮に来てほしいと。ぜひ会ってやってくれ」
「分かりました」
王族からの依頼は、依頼というよりと命令に近い意味がある。
封筒を受け取ったウィンターは、こくりと頷いた。すると、レビンはウィンターをじっと見つめながら何かを真剣に考え込む。ウィンターが「私の顔に何かついてますか?」と聞くと、彼は他に大勢人がいる場で、深く腰を折った。
「弟を助けてくれたこと、心から感謝する」
「あ、頭を上げてください……! 人が見てます! 私は何も考えずに突っ込んだだけで、実際に柱から守ったのはレビン様とステラですし」
「――それでも。誰もが身をすくめたあの瞬間、身を呈して弟を守ろうとしてくれたそなたに敬意を示したいのだ。もう私はそなたをないがしろにしないと誓う。ありがとう、ウィンター」
顔を上げたレビンの真剣な瞳に見つめられ、思わず息を呑む。これまで彼には散々雑に扱われてきたが、今の彼からはウィンターへの確かな尊敬が伝わってきた。
「分かりました。レビン様の想い、ありがたく頂戴しますね」
ウィンターがふわりと微笑むと、レビンはほんのりと頬を赤く染め、口元に手を当てながらコホン、と咳払いした。
「用事はこれだけだ。もう行く」
レビンはウィンターを置いて、先に校舎に入っていった。
そして、ふたりのやり取りを遠目で見ていたステラが、親指の爪を噛む。
「どうしてまた、レビン様に近づくのよ……あの女」
地を這うような呟きが、朝の校庭の喧騒に溶けて消えた。
◇◇◇
その日は、光魔法の授業があり、ウィンターは黒板に穴が空きそうなほど食い入るように板書を見つめ、真剣に授業を受けていた。ルーヌ川の瘴気溜りの穴を修復するための結界魔法は、光魔法に分類されるからだ。
『次の課題内容は、ルーヌ川近くにある巨大な瘴気溜まりの結界修復だ』
ギノに告げられた、神界からの新たな試験内容を頭の中で反芻する。神界は、ふたり目の聖女を排除し、本来の秩序を保とうとしている。だからこそ、この無理難題をウィンターに与えているのだ。
しかし、ここで諦めたらウィンターはまた『人々を混乱させた罪』を問われ断罪されるかもしれない。悪役令嬢に転生し、訳も分からないまま処刑されるのは絶対に嫌だ。
「ここまでの内容で、何か質問はありますか?」
「はい!」
ウィンターは元気よく答え、ピンと手を伸ばした。
「では、ウィンターさんどうぞ」
「はい。一部に穴が開いた結界を修復するにはどうしたらいいですか?」
「えー、そうですね。まずは、破損した箇所を確認する必要があります。穴の大きさを把握し、他の結界と神力の流れが一定になるように調整しつつ、新たな結界を張り、修復後は、追加の魔法で結界を強化すると良いでしょう。そうすることで、次の破損を防げます。参考になりましたか?」
ウィンターは先生が話した内容ノートにメモし、「とても参考になりました。ありがとうございます」と礼を言った。
「あの、もうひとつ聞いてもいいですか?」
「はい」
「ルーヌ川の境界に、二メートルくらいの穴が空いたとして、私にも修復……できるでしょうか」
先生は少し悩んだあと、首を捻った。
「それはなんとも……。ですが、ステラさんの実力であれば確実でしょうね」
ステラの名前が上がり、ウィンターは苦い顔を浮かべた。聖女として覚醒しているステラに、コツを教えてもらいたいところだが、彼女はウィンターと話すのも嫌がるだろう。
◇◇◇
――と、思っていたところ、放課後になってステラがわざわざウィンターに会いに来た。
ウィンターが荷物をまとめていると、教室の入り口の方が騒がしくなった。誰が来たのか来たのだろうかと視線を移せば、ステラが立っていて。
そして、彼女と目が合った。
「ウィンター様、少しお時間よろしいですか? ふたりきりでお話したいことがあって」
彼女の瞳の奥に鋭さが宿っており、ウィンターは思わず喉の奥を上下させた。恐らく、楽しい話ではないだろう。