18_悪役と幼い王子
「危ない! ルーク!」
「きゃぁぁぁ……っ」
ルークに向かって大きな柱が倒れていくのを見て、レビンが叫び、ステラは悲鳴を上げた。
その場で真っ先に動いたのは――ウィンターだった。ウィンターは崩れてくる柱からルークを守るために、彼を搔き抱いた。ルークの頭を手で抱え、自分の身体で包み込む。
レビンが風魔法で瓦礫を吹き飛ばし、ステラが結界魔法を張って柱が倒れてくるのを防ぐ――が、柱の欠片のひとつが、ウィンターの頭に落ちた。
――ガンッ。
「…………っく」
鈍い音とともに鋭い痛みが頭部に走り、ウィンターの額から血が流れる。
「お姉さん、頭から血……」
「私は平気、です。ルーク様は痛いところ、ありませんか?」
「ないよ。お姉さんが守ってくれたから」
「よかった……。さっきは、怒ってごめん……ね……」
精一杯笑顔を繕って見せたものの、徐々に視界がぼやけていく。
ウィンターは最後にそう言い、意識を手放した。
「実に興味深いものを見せてもらった。やはり、火事場で人間の本性が見えるものだね。無私で人を助けようとするキミを、ボクは気に入ったよ。――偽聖女のウィンターお姉さん」
意識が遠のく中、ルークは子どもらしくない大人びた声でそう呟いた。
◇◇◇
ウィンターが目を覚ましたのは、翌日だった。意識が戻ると、見慣れた自分の部屋の天井が視線の先にあった。神殿で倒れた記憶がぼんやりと残っており、誰かが自分を家まで運んでくれたのだろうと推測した。
寝台に横たわったまま、頭の中で状況を整理していると、ユアンが部屋に様子を見に来た。
「よかった。気づいたんだね」
「お兄様……」
ウィンターが起き上がろうとすると、ユアンは慌てた様子で「無理しないで」と言った。
「どこも痛くない? 治癒魔法かけたから傷はもう治ってるけど、柱の破片で十センチも頭が切れてたんだ」
「十センチも……」
「うん。気分はどう?」
「痛いところはないよ。気分は……十センチって聞いて悪くなってきたかな」
「そう、なら元気ってことで」
彼はほっとしたように、小さく息を吐いた。ウィンターがゆっくり半身を起こすと、ユアンは寝台の端に腰掛けた。
「君が守ったルーク王子は無事だ。ずっと君のことを心配して泣いておられたよ」
「他の人たちは?」
「みんな無事。怪我人は君と、君の矢がかすったレビン王子のふたりだけ」
ユアンはそう言って、指でウィンターの額をつんと軽く弾いた。
「あいたっ。何するの」
額を両手で抑えながら、むっとして頬を膨らませる。彼はそのまま手でウィンターの青い髪をひと束すくって、困ったように微笑む。
「無茶しすぎ。君が怪我をしたとき、心臓が止まるかと思ったよ」
「まぁ。お兄様が私のことを心配してくれるなんて意外」
「君が変わったから。前は目も当てられないくらい悲惨だったけど、今は――」
悲惨だったなんてひどい言い方だと思っても、言い返せないのが悔しい。すると、ユアンは寝台のシーツに手をついて、こちらの顔を覗き込みながら囁いた。
「今は君から、目が離せない」
「!」
こちらは見つめるユアンの瞳に、熱のようなものが垣間見えた気がして、戸惑いを覚えた。ユアンが首からウィンターが贈ったペンダントを下げているのを見つけて、話題を変えようと口を開いた。
「そのペンダント、まだつけてたの?」
「あー、うん」
ペンダントの守護石は、魔物の攻撃を一度だけ防ぐ魔法がかけられている。神力測定の日の魔物の襲撃に備えて渡したものなので、もう必要ないはずだ。
「いらなかったら、私が預かるけど」
「返さないよ。僕の宝物だから」
「そんな大げさな」
けれど、ユアンはとても大切なものを扱うように、ペンダントをしっかりと握った。そして、真剣な表情で言う。
「ウィンターのこと、見直したよ。今まで冷たくしてごめん」
「ううん。お兄様が謝ることなんて、何もないよ」
「正直、魔物に立ち向かってみんなを守ろうとする姿を見て、痺れた。すごいかっこよかった」
「ふふ、何それ。褒めても何も出ないよ?」
「これから色々大変だろうけど、応援してる」
「これから大変って何が? 神力測定の課題をクリアして、神界は私を認めてくれたんじゃないの?」
「……………」
ユアンは顔色を曇らせた。その表情を見て、何か問題があったのではないかと予感した。ユアンは首を横に振り、寝台から立ち上がって告げた。
「神界の意向は変わらない。君を聖女とは――認めないってさ」
「そんな……話が違う」
今まで頑張ってきたことが報われず、ウィンターはしゅんと肩を落とす。するとユアンは、ウィンターの肩に手を置いていった。
「詳しい話は、彼に聞くといい。責任者みたいなもんだしね」
「責任者……?」
ユアンはそう言って視線を窓に向けた。白いレースのカーテンが揺れて、その向こうのバルコニーにギノが立っているのが見えた。
ウィンターがギノに気づくと、ユアンは気を利かせて部屋を出て行った。扉を閉める直前に、彼はこう言い残す。
「それから、ごめんね。神界は変わり者が多いからさ。今回の怪我は僕にも責任があるから謝っとく」
「なんでお兄様が謝るの?」
「だからその、ルーク王子は――いや、なんでも」
謝罪の意味が分からずに、首を傾げた。
ウィンターは寝台から立ち上がり、カーテンの窓を開けた。ギノは相変わらずの無表情でそこに立っていたが、対するウィンターはぱあっと表情を明るくする。彼に会えただけで、舞い上がってしまう自分がいた。
「心配してお見舞いに来てくれたんですか?」
「怪我の具合は?」
「もう、大丈夫です。さ、中に入って」
ウィンターは嬉しそうに微笑みながら、ギノを部屋の中へと促すのだった。