15_救世主(ラスボス)の登場
「きゃあああっ……!」
ステラの悲鳴が、魔物の鳴き声に混ざって祭壇室中に響き渡る。
魔物は黒い毛に包まれたカラスのような見た目の鳥型で、羽の先端や尻尾が凍っており、羽ばたくたびに周囲を凍り付かせていく。
「ようやくお出ましか」
ユアンがウィンターの隣でそう呟く。目の前に現れたのは、五匹の氷嵐黒鳥。中級程度の強さを持つ氷属性の魔物で、群れで行動する。
ユアンが手をかざして呪文を唱えると、空中にいくつもの氷の槍ができていく。
「――放て」
そのひと言で、槍が敵に向かって降り注ぐ。
しかし、氷で覆われた氷嵐黒鳥に対して、同じ氷属性の魔法は相性が悪い。ユアンの放った槍は氷嵐黒鳥を貫通することなく、全て床に落ちた。
けれどユアンは、落ちた槍をすぐに火に変えた。氷魔法が得意な彼だが、他の魔法も人並み以上に操ることができる。槍は床から空中に跳ね上がって飛んでいき、氷嵐黒鳥の一羽を貫いた。
ユアンが拳を握り締めた瞬間、槍が小爆発を起こし、絶命した魔物が床に落ちた。
(すごい。さすがは神様……)
魔法を華麗に操るユアンを見て、息を呑む。
「なかなか手強いな」
「お兄様、このまま全部倒しちゃえますか?」
「無理。地上にいる間はかなり制限がかかってて、力をほとんど発揮できないから」
(これでほとんど発揮できてないなんて……。本気を出したらどうなるんだろう)
忌々しそうに呟いたユアンの額から、一筋の汗が伝った。氷嵐黒鳥が扉を凍らせたため、神官たちは逃げ場をなくし、部屋の隅で縮こまっている。
こちらの主戦力はユアンとレビンだけだった。レビンは得意な風魔法で魔物に応戦していた。ステラは他の神官たちと一緒に部屋の端で怯えている。
「まさか、ウィンター様がおっしゃっていたことが事実だったとは……」
「ウィンター様がおっしゃっていたこと……ですか?」
ひとりの神官の呟きに、ステラが反応する。
「はい。神力測定の日に魔物の襲撃があるから、日程を変更すべきだと何度も訴えられたのです。しかし、そのような神託はなかったので、戯言だと思って聞き流していたのですが……」
「……」
「もちろん、ステラ様のことは我らが命に代えてもお守りします。どうか、ここにいてください」
ステラはウィンターに視線を向けて、いぶかしげに眉をひそめた。
「戦えもしないくせに、ウィンター様はあんなところで何をしていらっしゃるのよ」
聖女は本来、結界を維持するための存在であり、魔物の討伐には関わらない。
だが、ウィンターは一番実力がないくせに、戦う気満々の様子だ。
ウィンターは氷嵐黒鳥を見据え、指輪をひとつ外す。この指輪に嵌め込まれた魔石には、火属性の攻撃魔法が仕込まれている。ウィンターのように聖魔法の素質がない物でも、少量の神力で実力以上の魔法を繰り出すことが可能だ。
(ここにいる人たちを守らなくちゃ。だって……でないと、ここに来た意味がない)
ふうと息を吐き、指輪に神力を流し込むと、それを指で弾いた。指輪は空中でくるくる回り、火の弓矢に姿を変えた。
ウィンターは弓を構え、氷嵐黒鳥に向けて矢を放つ。だが、その矢はあっさりと氷嵐黒鳥にかわされ、代わりに、一羽の氷嵐黒鳥を倒したレビンに向かって飛んでいく。
「へっ……?」
矢はレビンの髪のひと束シュッ……と掠め、壁に突き刺さった。レビンの頬からわずかに血が流れる。魔物以上に怖い相手を傷つけてしまい、血の気が引いていく。
レビンはこめかみを手で押さえながらこちらを振り向き、睨みつけてきた。
「どこを狙っている。私を殺すつもりか?」
「ひっ、ご、ごめんなさい……! わざとじゃないんです!」
その様子を見ていたユアンが、楽しそうに笑った。
「今の完全に殺る気だったでしょ」
「だから、わざとじゃないってば」
「ほら、また一羽襲ってくるよ、ぽんこつ」
「ぽんこ……!?」
一瞬、額に怒筋が浮かびかけたが、今は兄妹喧嘩をしている場合ではない。
こんな危機的状況下で、妹をからかっている余裕があるユアンに呆れつつ、別の指輪を外す。二度目に放った矢は氷嵐黒鳥の羽根を撃ち抜き、魔物は床に落ちた。
「倒せた……?」
「まだだ」
床に落ちた魔物は牙を剥き、ステラと神官たちの元に勢いよく飛んだ。そして、ステラに襲いかかる。
「いやっ……」
「――ステラ!」
悲鳴を上げたステラの前に、レビンが庇い立つ。そこに、氷嵐黒鳥が鋭い氷の爪を振り下ろした。
(これじゃ、乙女ゲームのシナリオと同じ)
乙女ゲームでは、魔物の攻撃を受けたレビンが大怪我をし、しばらく目を覚まさない。ステラの治癒魔法と献身的な看病で回復はするが、肩に後遺症が残った。
しかし、氷嵐黒鳥の爪が振り下ろされたその瞬間、レビンの胸のあたりが緑色に発光し、レビンたちの周りに結界が張り巡らされた。そして、魔物の爪を弾いたのと同時に、何かが割れる音がした。
もしかして、ウィンターが贈った守護石を身につけてくれたのだろうか。
魔石は効力を発揮したあと、割れて使えなくなる。
レビンは一瞬の隙を見逃さず、呪文を唱えて、風の刃で氷嵐黒鳥を切り裂いた。魔物はようやく絶命し、倒れた。
(あと、三羽)
すぐ近くで、ユアンが二羽の氷嵐黒鳥を相手に戦っていた。
(あれ? もう一羽はどこ?)
レビンたちに気を取られているうちに、一羽の氷嵐黒鳥を見失ってしまった。辺りを見渡したところで、レビンが「後ろだ!」と叫ぶ。慌てて振り向いたときには、氷嵐黒鳥がすぐ間近に迫っていた。
ウィンターは息を詰め、固まる。何かしなければ殺されてしまうかもしれないのに、恐怖で体が動かせない。後ろでレビンや神官たちが何かを叫んでいるが、頭が真っ白で理解できなかった。
守護石はレビンや兄に渡してしまい、自分の分だけない。
覚悟してぎゅっと目を閉じたが、ウィンターの身体に予想していたような衝撃はなかった。代わりに、聞き覚えのある声が耳に届き、その人に抱き寄せられた。
「これは俺のものだ。――手出しは許さない」
ぱっと目を開けると、突如現れたギノが氷嵐黒鳥にそう告げていた。ギノが人差し指を出し、わずかに下から上に一振りすると、その瞬間――氷嵐黒鳥は塵になって消失した。
『無理。地上にいる間はかなり制限がかかってて、力をほとんど発揮できないから』
つい先程ユアンが言ったばかりの言葉が頭をよぎるが、ギノの強さは圧倒的だった。
魔物を統べる神は、格が違うのだと感じた。
(これが、序列二位の神様の力)
優秀な聖魔法の使い手であるレビンとユアンが苦戦した魔物を秒殺したギノの強さに、一同は驚愕している。
「なんだ、今のは……」
「あの魔物を一瞬で倒すとは、何者だ?」
一方、ギノはウィンターの耳元で囁いた。
「いいな、目の前の的に集中しろ。その手に持っている弓は飾りか?」
「か、飾りじゃないですよ。魔道具です。……二回とも仕留め損ないましたけど」
「まだチャンスはある。ここで、お前が人々の役に立つことを示せ」
「――はい」
ウィンターは今、多くの人々に疑われている。信頼を得るためには、誠意を尽くすしかない。ウィンターは覚悟を決めて頷く。その瞳に、闘志のようなものが宿った。するとギノは、弓を持っているウィンターの手を上から包み込み、構えを導いた。
「心身と弓矢は一体だ。動揺すれば、軸も乱れる」
彼の声を聞き、緊張による手の震えは収めた。
(怖気付くな、私)
「そう。肩の力を抜け」
ウィンターは一度深呼吸し、狙いを定めた。ギノが指を鳴らすと、二羽のうち一羽は瞬時に塵になる。もう一羽が弓を構えているウィンターに気づいて、飛びかかってきた。
「眉間を狙え。そこだけ氷の膜がないだろう。奴の弱点だ」
ウィンターはギノの指示に従い、氷嵐黒鳥の眉間に矢を向ける。ギリギリまで引き寄せ、ギノの「今だ」という合図とともに、矢を放つ。ウィンターの指から離れていった矢は、吸い寄せられるように氷嵐黒鳥の眉間に命中し、魔物は燃え上がりながら床に落ちていった。
「見事だ」
ギノの言葉に、ウィンターは安堵する。
そして、最後の氷嵐黒鳥を倒したウィンターに、拍手と歓声が注がれた。
ウィンターは弓を捨ててギノを振り向き、彼の両頬を手で包み込んだ。
「……! な、何を」
「一体今までどこに行ってたんですか!? 罰を受けてるって聞いて、私がどれだけ心配していたか……。よかった、怪我はないみたい……。痛いところはありませんか!?」
ウィンターが心配そうに尋ねると、ギノは黒い瞳をわずかに見開いた。そして、「他人に心配されたのは初めてだ」と呟き、困ったように眉尻を下げる。彼はおもむろに、弓の練習のしすぎでマメだらけになったウィンターの手を取り、苦笑した。
「俺は平気だ。待たせて悪かったな。ウィンター」
久しぶりに彼の口から名前を聞き、ウィンターは安心感を抱いた。それと同時に、自分がギノを必要としていたことを自覚した。
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