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12_たったひとりの信者


 ウィンターはユアンに、空に話しかけていたのはギノを呼ぶためだったと説明する。

 おもむろにユアンは石像の残骸の上に腰を下ろした。彼は肩を震わせながら笑っている。


「ふ……ははっ、空に向かって話しかけてる光景、面白かったよ。思い出しただけで笑えてくる……ふっ……やば」

「もう、忘れてって言ったでしょ! それにこっちは真剣にやってたんだから。お兄様こそ、どうしてここに?」

「君が森に入ってくのが見えたから。もう夕方だし、なんかあったら危ないでしょ」


 どうやら心配して付いてきてくれたらしい。

 ユアンに泣くほど笑われて恥ずかしくなったウィンターは、膝を抱えて赤く染った頬を隠した。


「ギノがこんな森にいると思ったの?」

「だって、ギノ様は石像に……」

「石像?」


 ユアンが座っている瓦礫に、ギノは封印されていた。ユアンは封印のことを知らないのかもしれない。安易に他の神に喋っていいのか分からず、ウィンターは「なんでもない」と言った。


「むやみに叫んだって、届かないよ。それに、ギノは今来れないと思う。あいつ、今ペナルティーを受けてるから」

「ペナルティー?」

「勝手に聖女を任命したからね。その罰」

「罰!? 何か、痛い思いをしてるの……!?」


 もし痛い思いをさせられているなら、ウィンターに責任がある。ギノはウィンターを助けようとして勝手に聖女を任命する神託を下ろしたのだから。


 心配して身を乗り出しながら尋ねる。


「なんだ、何も聞いてないの? 罰の内容は、ウィンターへの接近禁止だよ」

「何それ」

「はは、分かる。あいつにはかなり効いてるみたいだけど」


 神界の罰というと、磔や火炙りなどもっと過激なものを想像した。

 こくんと頷くと、ユアンは続けた。


「ほんとは神界のことをあんま喋っちゃいけないんだけど、面白そうだから教えてあげる。ギノは神界に、ウィンターの罪を許すチャンスを求める代わりに、ウィンターが聖女にふさわしいと証明できなければ、五百年間神界を追放されるっていう条件を呑んだんだ」

「……!」

「そう。それで今は、接近禁止令を解くために、最高神の命令でちょっとした雑用をさせられてる」

「ちょっとした雑用?」

「うん。まー、人間なら百年くらいかかるかな」

(それ、終わらせるころに私はおばあちゃんになってるんじゃ)


 告げられた衝撃の事実に、言葉を失ってしまう。


 神界を出禁になっても神そのものでなくなる訳ではないが、地上での力の使用や経済援助に制限がかかり、ものすごく神にとっては不便なのだそう。


 ギノは神界からの追放を賭けていたことを教えてくれなかった。きっと、ウィンターにプレッシャーを与えないためだろう。自分のことばかり考えていたことが、情けなく思えてくる。


「まー、あいつは簡単にやられるタイプじゃないから安心しな。それで、ギノを呼んでどうするつもりだったの?」

「それは……」


 話したところで信じてくれないかもしれないが、ウィンターは少し迷ったあとで、魔物の襲撃について話し始めた。


「最近、妙なことばっかり言うね。神でもないくせにどうして先のことが分かる?」

「神様は未来のことが分かるの?」

「まぁ、そういう神もいるね」

「へぇ……。私のは、お兄様の正体を知ったのと同じ情報源」

「だとしたら、説得力が増すね」


 ユアンは顎に手を添えて、「魔物の襲撃か」と思案し始めた。ゲームの設定でユアンは、人間のふりをするためにかなり能力を抑えている。けれど、神である彼なら、魔物討伐など造作もないことではないか。


「襲撃で死傷者が出るの。レビン様も含まれてる。お兄様、神力測定を延期するために協力してくれない? レビン様も神官様も、私の言うこと全然聞いてくれなくて」

「日取りは星巡りで決められたものだから、さすがに僕の一存でも変えられないよ。でも、魔物が襲撃してきたときに応戦するのはできる」

「本当!?」

「てか、君が今やるべきなのは神力を上げることじゃない?」

「あ……」


 ウィンターは苦虫を噛み潰したような表情をする。魔物の襲撃のことで頭がいっぱいになっていたが、神力測定は神界から与えられた課題だった。


「魔物の襲撃が起こるとしても、今やるべきことは目の前のことでしょ」

「ごもっともです」

「で、神力は増えた?」

「ふ、ふ、増え……」


 ウィンターの目が泳ぎ出す。


「てないな」


 神力を増やす訓練は真剣に行っているが、正直なところ、望むような成果は得られていない。ウィンターが決まり悪そうに頷くと、ユアンは頬杖をつき、口角を持ち上げた。


「なら、僕が教えてあげよっか」

「いいの……?」

「うん。せっかく面白くなりそうなのにあっけなく退場されたら、つまらないからね。情けない姿を見せて、もっとお兄ちゃんを楽しませてよ」


 彼の瞳の奥が、愉快そうに揺れたのを、ウィンターは見逃さなかった。


(そこはやっぱりドSなんだ……)




 ◇◇◇




 その日から、ウィンターはユアンに神力強化の指導を受けることになった。


 神力を持つ者は、全人口の約三割ほどだと言われている。聖魔法は使うためには、単に神力を鍛えるだけでは不十分だ。神々のことを理解した上で、聖魔法の呪文や動作などを磨いていかなければならない。


 ウィンターは手始めに、あらゆる本を読み漁った。神力は神から授けられた力であるという性質上、信仰心の強さが神力量に直結すると言われているので、ラピナス十神についてよく勉強した。


 学園の図書館で、本の山に囲まれながら勉強に励んでいると、ユアンが机の向かいからこちらを見下ろして言った。


「すごい量だね。それ全部読むの?」

「もう読み終わってる。今は二周目」

「へー、頑張ってるね」

「神々の中でも、氷を司る神ユアンは好奇心が旺盛で、気まぐれに人の願いを叶えてくれる――だって。そうなの?」


 彼はどこかから椅子を引っ張ってきて、ウィンターの向かいに座った。


「無条件に叶えてあげる訳じゃない。僕が可哀想だなーって思った人だけ」

「可哀想な人限定?」

「苦しんでる人間じゃないと応援しがいがないでしょ。僕はその人自身での力で願いを叶えられるように、きっかけを与えるだけ。必要なら試練を与えることもある。僕はスパルタだけど、どう? 信仰してみる?」

「命が何個あっても足りなそうなのでやめときます」

「はは、そっか。特定の神を信仰すると、加護を得られるからオススメだけど」


 ドS神を信仰したら、更に苦労するのが目に見えている。

 ユアンは頬杖をつき、くすくすと楽しげに笑った。


(笑ってる顔はかわいいのに、性格は全然かわいくないもんな)


 彼の笑顔を見つめながら、呆れ混じりに半眼を浮かべる。


 ウィンターは自分が生き延びるために頑張るだけで精一杯だった。これ以上、試練を増やす余裕はない。本を読み進めていくと、ギノについて書かれている項目を見つけた。彼は闇を司る神で、最高神ネストロフィアネに匹敵する実力者。長い間ネストロフィアネと争っていたが、決着はつかないままだった。


 ギノは魔物の統治者でもあり、冷酷非道で利己的な性格から、人間たちに恐れられている。

 世界各地に、ラピナス十神を祀る神殿があるが――ギノを祀る神殿はどこにもない。信者数はゼロ。信仰心が神の力の源であるのに、ギノは魔物の魔力を糧として神力に替えていた。


 そして五百年前、ギノは失踪したと書かれている。


「嫌われ者、傍若無人、横暴、自分勝手……散々な評価だね」

「神界での評価も、人間側とそう変わりない。そんなあいつが、自分の立場を賭けてまで助けようとした人間の君に、神界は興味津々なんだ」


 ユアンはどこか好奇心の滲んだ眼差しでこちらを見てくる。

 ウィンターはただ、毎日ギノ様に一方的に話しかけていただけ。もしそれでギノの心が動いたなら……。ウィンターは呟く。


「きっと……ギノ様は寂しかったんだと思う」

「寂しかった、ね。あいつにそんな感情があったとは思えないけど」

「どんな人にも、その人なりの辛さってあるでしょ。私、ギノ様に感謝してる。もし、世界中にギノ様の信者がいないなら――私がひとり目の信者になって、毎日お祈りする」

「!」


 ギノは、聖女を偽称した嫌われ者のウィンターの唯一の味方になってくれた。彼が救いの手を差し伸べてくれなかったら、今ごろ生きていなかっただろう。

 両手を胸の前で組み、祈るようなポーズをして微笑みかければ、ユアンは興味深そうに眉を上げた。


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