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11_嫌われ者とヒロインと三角関係

 

 それからウィンターは毎日神殿に行き、『次回の神力測定日を延期してほしい』と交渉した。神官たちに全く相手にされていないが、諦める気はない。


 ウィンターは神界から、次回の神力測定で平均値を上回ることを求められている。しかし、このまま神力測定が行われれば、王太子レビンを含む、複数の死傷者が出ることになる。


 神界に聖女として認められるのはウィンターにとって重要だが、人命を天秤にかけることはできない。


「――いい加減、しつこいぞ」


 王立学園の執務室。生徒会室の机に座ったレビンが、冷徹に言う。


「そなたひとりの意思で、神力測定を中止にはできないと何度言ったら分かる? 神力測定も神事のひとつ。星の巡りで日取りが決められている」

「そこをなんとかお願いします。王太子殿下なら、できるはずです」

「私に、私情のために権力を行使させようというのか?」


 レビンに鋭い視線を向けられ、ウィンターは肩を竦めてしゅんとする。


「私の言葉が気に障ったのなら、ごめんなさい。ただ、本当にわがままで頼んでいる訳じゃないんです」


 ウィンターはこの二週間、神殿だけでなくレビンがいる王立学園の生徒会室にも通い続けた。王立学園は、国中の貴族令嬢や令息が通う四年制の学園で、ウィンターとステラは一年生、レビンとユアンは二年生だ。レビンは生徒会に所属している。


 レビンは執務机で、黙々と書類仕事をしていた。ことん、とペンを置いて彼はまた口を開く。


「そなたがこうしてだだをこねている間にも、ステラは鍛錬に励んでいるぞ。聖女に選ばれ、実力のなさが露呈するのが怖くなったか?」


 彼の挑発するような問いかけに、ウィンターは小さく答える。


「全然」

「今、強がったな」


 図星だ。

 だが、ここでレビンに弱音を吐いたところで、問題は解決しない。ウィンターは深く頭を下げて、再び懇願した。


「とにかく、お願いします。神力測定を延期してください。信じてくれないかもしれませんが、その日に神殿は――魔物に襲われます。だからっ――」

「――断る」


 ウィンターの切実な訴えは、一も二もなく切り捨てられてしまう。


「そなたの嘘には騙されない。あるいは、また神託を受けたと言い出して、私たちを混乱させるつもりではないだろうな」


 その言い方から、レビンがウィンターの聖女としての資質を未だに疑っているのではないかと感じた。


(一応、聖女の言葉なのに。私がステラだったら反応は全然違っただろうな)


 レビンに全く信用されていないことを実感し、ウィンターの表情に影が差す。彼を助けたくて頼んでいるのに、それが伝わらない。もどかしさが込み上げる。


「そのような傷ついたような顔をするな。私が悪者のようではないか」


 ウィンターは不機嫌そうにむっと頬を膨らませ、レビンを睨めつける。そして、懐から小さなペンダントをふたつ取り出して、机の上に置いた。レビンが眉間にしわを寄せる。


「これは?」

「一度だけ、魔物の攻撃を無効化する守護石です。レビン様とステラ様の分を用意しました。私のことは嫌ってくれて構いません。でも、ふたりはこの国にとって重要な存在だから。せめて神力測定の日は、これを身に付けてください」

「…………」


 レビンはしばらく守護石を見下ろしながら、考え込んでいた。彼が何かを言う前に、ノックの音がして、生徒会室の扉が開く。入ってきたのは、ステラだった。


「レビン様、ごきげんよう。お弁当を作ってきたのでお昼を一緒に――」


 ステラは、ウィンターの姿を見て顔色を曇らせた。彼女は無言でバスケットをローテーブルの上に置き、ウィンターを鋭く見据えた。


「レビン様に何のご用ですか?」

「……お願いがあって来たの」

「お願い……ですか。最近、ウィンター様がレビン様にしつこく付きまとっていると噂になっています。レビン様にも迷惑ですし、もうウィンター様は婚約者ではないのですから、このような真似はやめていただけませんか?」


 彼女の表情や声から、敵意と怒りのようなものを感じ取った。ウィンターがふたり目の聖女に選ばれてからというもの、ステラはウィンターに対して露骨に棘のある態度を取るようになった。


 レビンはウィンターと婚約を解消し、ステラと婚約を結び直している。確かに、レビンの婚約者となったステラからしてみれば、不用意に婚約者に近づくウィンターは煩わしい存在でしかない。


 そのとき、ステラは机の上のペンダントに気づき、「これはなんですか?」とレビンに尋ねる。


「ああ、ウィンターが私とそなたに持ってきた守護石だ。なんでも、次の神力測定の日に身に付けてほしいとかなんとか」

「今更、何のつもりですか。……こんなもの」


 ステラはペンダントをふたつ掴み、ゴミ箱に捨てた。紙屑の中に紛れた守護石を見下ろしながら、ウィンターは眉をひそめる。


(怒られても仕方ないよね)


 突然守護石を押し付けられたら、誰でも不審がるだろう。

 そして、困ったように微笑みながらステラに言う。


「私が浅はかだった。あなたが大切にしている人を奪おうとか、そういう気は全くないの。でも、不安にさせてごめんね」

「…………」

「レビン様、お忙しい中お邪魔してごめんなさい。もうここには来ません。でも最後に忠告させてください。神力測定の日、レビン様は怪我をするかもしれません。だから、お気をつけて」


 ウィンターは淑女の礼を執り、「失礼しました」とひと言告げ、生徒会室をあとにするのだった。

 

 ウィンターが去ったあと、レビンはステラに言う。


「そなたがあのように感情を表に出すのは珍しいな」

「だって、話が違うではありませんか。レビン様も、聖女はわたくしひとりだけだと神からお聞きになったのでしょう?」

「ああ」

「それなのに、どうして……。全力を尽くしてきたのに、大して努力していないウィンター様と名誉を分かち合うだなんて。ふたり目の聖女なんて認めません。いっそ、あんな方は消えてしまえば――」

「ステラ。気持ちは分かるが、らしくないぞ」


 怒りで冷静さを失ったステラを、レビンが諭す。けれどステラは、納得できていなさそうな表情を浮かべていた。




 ◇◇◇




 その放課後、ウィンターはとぼとぼと足取りも重く校庭を出た。


「見て、ウィンター様だわ。なんだか今日は元気がなさそうね」

「最近、王太子殿下に付きまとっているそうよ。未練がましくてみっともないわ。王太子殿下には、ステラ様の方がずっとお似合いよね」

「そうそう。可憐で優しくて優秀で、誰かとは大違い」


 通り過ぎる生徒たちは、ひそひそとウィンターの噂話をしながら去っていく。彼女たちは聞こえないと思っているのかもしれないが、しっかり耳に入っている。


(レビン様のこと、好きじゃないんだけどな)


 百歩譲って、醜く意地悪で無能だと言われるのは許せても、そこだけは本気で訂正させてほしい。


 その足で向かったのは、学園近くの森の奥。ギノが封印されていた石像の残骸が積み重なり、砂埃が舞っている。

 残骸の前に立ったウィンターは、周りに人がいないことを確認して、空を見上げた。それから、口元に両手を添えて大声で叫ぶ。


「ギノ様ーー! 一体どこに隠れてるんですか!」


 あれから、ギノは一度も姿を現していない。魔物の襲撃に備えて力を借りたいのはもちろんのことだが、それよりも、ギノの身に何かあったのではないかと心配だ。彼が簡単に約束を反故にするとは思えないから。


(やっぱり、連絡手段がないと不便だな)


 茂みの中や、木の上、小石の裏まで探してみたが、手がかりは得られなかった。(変な虫はいた)


「聞こえてるなら出てきてください……! 何かあったんですか……!?」


 しん……。


 必死に空に呼びかけても、やっぱり返事はなくて。風に揺れる木の葉がざわざわと音を立てるだけだった。


 ウィンターが空を見上げていると、後ろから声をかけられた。


「ねー、何してるの?」

「ヒッ……」


 聞き覚えのある声に、ぴくりと肩を跳ねさせて振り向くと、ユアンが立っていた。どうして彼が森の奥にいるのだろうか。


「お、お兄様……」


 一番見られたくない相手に、おかしな姿を見られてしまったかもしれない。

 王立学園の制服を完璧に着こなした彼は、少年が珍しい虫でも見つけたかのような表情でそう言った。目の奥が輝いている。


「楽しそうなことしてるじゃん。僕も混ぜてよ」


 ユアンは、ウィンターの頭に乗った葉を取って捨てた。

 ウィンターは、真っ赤になりながら答える。


「たまにちょっと、空を見上げたくなることってない?」

「それどころかがっつり喋ってたけどね」

「…………見なかったことにしてください」


(神様どうか、隠れられる穴の場所を教えてください。今すぐに探しに行くので)


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