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10_お喋りに花を咲かせて


 ギノの封印が解けてから、一週間が過ぎた。ギノのことが気になって、毎日石像があった場所を訪ねているが、彼には会えていなかった。そこで、ウィンターは住所を書いた紙をその場所に置いてきた。


 その朝、ウィンターは朝食を済ませたあと、自室で制服に着替えていた。姿見の前でルームドレスを脱ぎ、下着姿になる。


 そのとき、閉めておいたはずの窓から冷たい風が吹き込んできて、ウィンターの白い肌を撫でた。


「――話がある」


 すると、背後から聞き覚えのある男の低い声がして、慌てて振り向くと、ギノが無表情で下着姿のウィンターを見下ろしていて。彼の手には、ウィンターが石像跡に置いてきた住所の紙が握られている。呼んだのはウィンターだが、なんと間の悪いことか。


 ウィンターの顔が、首から頭のてっぺんにかけてみるみる紅潮していく。


「きゃぁぁあああ……っ!」


 悲鳴を上げたウィンターは、目をぐるぐる回しながら手に持っていた制服をギノに叩きつけた。


「すまない――」

「変態! 覗き魔! 人でなし……!」

「人ではなく神だ。だが、悪かったから、一旦落ち着け!」


 下着姿を異性に見られたウィンターは、顔を真っ赤にしてギノを散々責め立てた。それから彼に背を向けてもらい、制服に着替える。


「女の子の部屋に無断で入るなんて、神様でも許されませんよ。ちゃんとノックをしてください」

「人間の常識はよく分からない。次からは気をつける」


 というか、そもそも窓は玄関ではないのだけれど。


 ギノは申し訳なさそうに顔をしかめ、ソファーに腰かけて足を組んだ。ウィンターは鏡台の前の椅子に座り、髪紐を咥えながら髪を後ろで縛っていく。


「それで、何か用ですか?」


 ギノが伝えに来たのは、神界からの課題についてだった。

 彼はユアンからすでに聞いている経緯を繰り返し話し、その後、課題の内容を告げた。


「ひと月後の神力測定で、平均を上回る数値を出せ、だそうだ」


 その内容に、ごくんと喉の奥を上下させる。簡単な内容に思えるが、ウィンターはいつも平均を大幅に下回る数値しか出せない。


「正直、自信は……ないです。平均なんて、まだ全然届いてなくて」

「並の聖魔法師が平均を出すまでに、三年かかるらしい。お前は鍛錬を始めてどの程度だ?」

「半年です。やっぱり、私には無理なのかな」


 ウィンターはずっと鍛錬をサボってばかりだったが、前世を思い出してからようやく真面目に魔法と向き合い始めた。


 ユアンの前では強気に振る舞っていたが、ギノの前では弱音をこぼしてしまう。自信なさげに俯いていると、ギノはソファーから立ち上がってこちらに歩み寄った。


「諦めるのか?」


 その問いかけに、ふるふると首を横に振る。


「せっかくギノ様がくれたチャンスを無駄にしたくないです。神界に私の罪を許すように交渉してくれたんですよね」

「なぜ知ってる?」

「お兄……じゃなくて、ユアンリード様から教えていただきました」

「あいつか。余計な真似を」


 ギノは額を手で抑えて、忌々しそうに呟いた。


「他には何か聞いたか?」

「えっと……認められなければ神罰が下ると聞きました」

「それ以外は?」

「特には何も」

「……ならいい。お前はユアンリードとも知り合いなんだな」


 彼はずいと顔を覗き込み、怒ったような顔で言う。


「親しいのか?」

(もしかして、妬いてる……?)


 じっとこちらを見つめるギノの表情に、嫉妬心が透けて見えた気がした。

 ウィンターはその圧に気圧されながら、ユアンは血縁関係のない兄だと説明した。


「全然仲良くないです。気も合いそうにないので、大丈夫です……?」

「そうか」


 ギノはどこか安心したように頬を緩めた。そして、ウィンターの手を取って言う。


「俺はあの男より一途で、お前に最も誠実だ」

「……!」

「ユアンリードは多くの女神を泣かせてきたが、俺は絶対にそんな真似しない」

「え、えっと……」

「それに、俺の方が背が高い。本棚の上も踏み台を使わずらくらく掃除できる。他にも色々と便利で、家事もスムーズになるぞ」

(か、家電の宣伝みたい……!)


 突然始まった謎(?)の自己アピールに戸惑い、ウィンターは目を泳がせる。とても真剣な顔で言ってくるから、余計に反応に困ってしまう。また、顔が美しすぎて、後ろにきらきら光が飛んでいる錯覚が見えた。


 悩んだ末に、話を変えることにした。


「あ、あの……コホン。とにかく、課題の件は分かりました」


 すると、ギノはウィンターの頭をぽんと撫でた。ずっしりとした手の重みと手のひらから伝わる温もりが、不思議とウィンターの心を安心させる。


「お前ならやれる」


 淡々とした口調ではあったが、ギノがウィンターを応援してくれるのが伝わってきて、胸が温かくなる。ウィンターは上目がちに彼を見つめ、尋ねた。


「なんの才能もなくても?」

「俺を動かせるのも、お前の才能だろう」

「……!」

「お前はひとりではない。俺がいる」


 漆黒の瞳に射抜かれ、胸のどこかが高鳴る。 ウィンターはその高鳴りを誤魔化すように、指を立てて提案した。


「そ、そうだ。まだ出かけるまで時間があるので、ちょっとだけお話しませんか?」

「お前は本当に喋るのが好きだな」


 ふっと小さく笑みをこぼしたギノに、きゅうと胸が甘く締め付けられる。


(私はただ、ギノ様と話したいだけ)


 それから、ふたりはたわいもない話をした。ギノは口数が少ないので、石像に封印されているときと同じように、ほとんどウィンターが一方的に話しているだけだった。けれど、相槌を打つギノが時々表情を変えるのを見ると、石像に話していたときよりずっと、会話をしている実感が湧いた。


 直接話せなかった時間を埋めるようにお喋りに花を咲かせていたウィンターだが、時計の時間を見て慌てる。


「あっ、そろそろ学校に行かないと。また明日もお話しにきてくれますか?」

「お前が嫌ではないなら」

「まさか。もっとギノ様と話したいです。ギノ様が嫌じゃなければ」

「分かった。また明日」

「はい。また明日。窓の鍵は開けておきますが、ノックは忘れないでくださいね」

「ああ」


 彼はそう答えると、窓から去っていった。『お前はひとりではない』というギノの言葉が、いつまでもウィンターの胸に響き続けた。


(私、頑張ろう)


 開け放たれた窓のカーテンが、ゆらゆらと風に揺れるのをぼんやりと眺めていたとき、ある重大なことを思い出した。


(あれ……待って。次の神力測定って確か、ゲームで――魔物襲撃事件が起きた日じゃない……!?)


 乙女ゲーム『ラピナスの園』で、悪役令嬢ウィンターの断罪が起きたのはシナリオの後半。しかし、断罪後も物語は続いていく。シナリオ通りであれば、断罪後初めての神力測定の日に神殿は魔物に襲撃される。そこで、中級程度の魔物がステラを襲い、彼女を庇ったレビンが大怪我をするのだ。


 ウィンターは青ざめながら、窓に向かって声を上げる。


「ギノ様! とっても大変なことを思い出しました! 戻ってきてください……っ!」


 しかし、ウィンターの呼びかけに返事はなく、小鳥のさえずりが聞こえてくるだけだった。ウィンターは服のポケットをペタペタと触る。


「スマホ、スマホ……は、ない。どうしよう……」


 ウィンターは窓際で項垂れ、思案に暮れるのだった。

 そして、このとき約束した『また明日』は当分来なかった。


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