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01_聖女を偽称した罪

 

「ウィンター。そなたは聖女を偽称するという許されざる罪を犯した。よって、私はそなたとの婚約を解消し、新たに――聖女ステラと婚約を結ぶ」

「……ウィンター様」


 新聖女お披露目の夜会の広間に、王太子レビン・アンヴィルの声が静かに響く。彼の隣には、今日の主役であるステラ・イーリエ伯爵令嬢が、レビンに腰を抱き寄せられながら不安そうな表情を浮かべている。ステラは先日行われた聖女認定式で、神託によってこのアンヴィル王国の正式な聖女として認められた。


 そして、ふたりの前に立つのは、罪人ウィンター・エヴァレット公爵令嬢だ。


 この国では古くから、万物に神々が宿るとされ、人々は神を信仰してきた。信仰の見返りに人々は神から神力を授かり、その神力を使った聖魔法で、地上にひしめく魔物を退治してきた。その信仰の中心となるのが、星の数ほどいる神の中でも別格とされる――ラピナス十神と呼ばれる十柱の神々である。


 あるとき、神殿に神界からこのような神託が下りた。


『××年、大量の魔物によって世界は滅ぼされる』


 神託は絶対であり、誰も疑わない。恐ろしい予言に人々が震えたその後に、こう付け加えられた。


『――だが、アンヴィル王国に新たに誕生する聖女が、その危難から世界を救うだろう』


 聖女はその時代に必ずひとり誕生し、国の平和に貢献してきた存在だ。

 レビンはウィンターを冷ややかな目で見据え、静かに言葉を続ける。


「神託を受け、人々は必死に聖女の資質がある者を探し、新聖女の誕生を願ってきた。そのような中で、そなたはとんでもない嘘を吐いた」


 ウィンターは数年前、神殿で祈りを捧げているときに、『お前がこの国の聖女だ』という神のお告げを聞いたと嘘を吐いた。他の神官たちは誰もそんな神託を受けていなかったが、ウィンターは神託を疑うのは神への冒涜だと神殿を脅し、聖女候補の座を無理やり手に入れた。この国において神意が絶対であることを、巧みに利用したのだ。


 だが、聖女候補になった者は、真の力を発揮するために覚醒が必要となる。神託で選ばれた聖女候補には半年の研修期間が設けられ、聖女認定式という儀式を通して覚醒し、正式に聖女の地位を与えられる。偽物のウィンターは、嘘がバレないように、あれやこれやと理由を付けて、聖女認定式を先延ばしにしていた。


 聖女の主な仕事は、国中に発生した瘴気溜まりに結界を張ることだ。全ての魔物は瘴気溜まりから発生しており、それを浄化する方法は存在しない。一度発生したら、時間の経過とともに自然に小さくなるのを待つしかないのだ。そのため、聖女が結界を張り、魔物が人を害さないように維持していく。

 聖女としての資質などこれっぽっちもないウィンターは、りんごの周りに結界を張ることすらままならない。加えて、なんの努力もしなかった。歴代の聖女たちが張り巡らせた結界は穴だらけになり、魔物による甚大な被害が引き起こされていた。


 そして、世界が滅びるとされる年になり――もうひとりの聖女候補が神託によって選ばれた。それが、ステラである。

 更に、先日の聖女認定式が行われている最中には、空が金色に輝き、あちこちで虹が見られ、白い鳥が空を羽ばたいた。アンヴィル王国の国中にいる神官たちが、同じ神のお告げを授かった。


『この国の真の聖女は――ステラ・イーリエただひとりである』


 そこで、誰もが理解した。ステラこそ本物の聖女であり、ウィンターは――偽物なのだと。そして、嘘つきには罰を与えるべきだと、民衆が神殿に押し寄せて訴えた。


「国に危機が迫る中で、そなたは偽物の聖女候補として、多くの人々を混乱させた。その罪は重い。よってウィンター、そなたに――処刑を命じる!!」


 ざわり。レビンの宣言に、広間の人々がざわめき始める。そしてステラは『処刑』という重い罰に同情したのか、眉を寄せて憂いの表情を浮かべている。一方、ウィンターは狼狽しながら言葉を絞り出す。


「わ、私が嘘を吐いたせいで、沢山の人を混乱させたのは事実。でも、死刑なんてさすがに過剰です! 私はただ、ただ……」


 しかし、ウィンターの懇願は誰の心にも届かない。広間にいる人々は、口々にウィンターを罵った。


「そうだ! よくも俺たちを欺いたな!」

「聖女を偽称するなんて、神への冒涜よ。なんて恐れ知らずな……」

「偽物め! 早く罰を受けて償え!」


 この国において神は絶対であり、神に逆らうことは死と同義である。神が選ぶはずの聖女を名乗った罪も、とても重い。


 人々はウィンターに向けて「消えろ、消えろ」というコールを何度も繰り返した。ウィンターはその迫力に圧倒され、一歩、また一歩と後退する。


「私は、ただ……」


 ウィンターは両腕を騎士たちに拘束されながら、重い唇を開きかけて、閉じた。


(――レビン様のことが、好きだっただけなのに)


 そんな言葉は、喉元で留める。

 この国の伝統では、聖女に選ばれた者が王太子と結婚し、未来の王妃になる。ウィンターは好きな人の花嫁になりたかったのだ。しかし、犯した罪の重さに気づいたときには、何もかもが手遅れだった。



 ◇◇◇



 断罪されてから何日かが経ち、ウィンターは王都の広場に連れ出され、斬首刑に処されることになった。広場には、嘘つき聖女候補の処刑をひと目見ようと、大勢の野次馬が押し寄せて、騒然とした雰囲気が漂っていた。


 処刑台の上で、ウィンターは諦めたような顔をして膝をついていた。そこに、聖女の神秘的なローブを身にまとったステラが歩み寄ってくる。

 処刑前に、罪人が神の赦しを得られるように神官が祈りを捧げるのが慣例だ。罪人は死後の救済を祈り、死に向けて心の準備をするのだ。


「ステラ……」

「レビン様にわがままを言って、祈りの儀式は神官様に代わってわたくしが行うことにしました。わたくしはあなたが悔い改めることを願っています」


 罪人への慈悲深い言葉に、人々は感心する。ステラは両手を胸の前で組み、優しげな声で続けた。


「もしあなたが悔い改めるなら、神は死後の世界であなたを赦してくださるでしょう。……これからは、わたくしがこの国を守っていきます。レビン様のこともわたくしに任せてください。幸せにしてみせますから。それではさようなら、ウィンター様」


 ステラの左手薬指には、レビンとの婚約指輪が輝いていた。彼女は、ウィンターが喉から手が出るほど欲しかったものを手に入れたのだ。対して自分は、叶わない恋のために大罪を犯して、処刑されることとなった。なんて惨めで、情けないのだろう。

 ステラの幸せそうな微笑みが、最後にウィンターの目に焼き付いた。


 ――ザンッ。そして、ウィンターの上に剣が振り下ろされた。



毎日投稿予定です。

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