従僕たちの過去と現在
ギルバート視点です。
「ほらギル! まだまだ耕す土地はあるのですよ! へばっていないでさっさと作業なさい!」
「っそ、んな……っこと……ぅえっ」
「お嬢ってば鬼だなあ」
「ガッティ! あなたも手が止まっていますよ!」
「へーい」
鍬で土を耕す音が響くエクレール領農耕地。
俺は魔力ポーションを飲んで農夫たちが居ない土地を土魔法を駆使して一気に耕していく。
おかしい、俺はこんなことのために魔法の勉強をしたわけじゃない。
「ゔぶっ」
無理矢理増やした魔力と急激に減っていく魔力のせいで気持ち悪くなる。飲み下したポーションが食道を上がってきてる気がする。というかポーションはこんな大量に飲んじゃいけないモノなんですけど。
「おーい坊っちゃん大丈夫かあ?」
「吐いてもポーションはたくさんありやすぜ坊っちゃん」
「坊っちゃんのゲ◯もある意味肥料か?」
あのお茶会から一週間。
今ではすっかり農夫として働く元帝国民の荒くれ者たち。
まだ一週間しか経ってないのに、なんでこんなに馴染むのが早いんだ。
「ほらそこっ! おしゃべりしない! 手を動かしなさい!!」
「お嬢も手伝ってくださいよー」
「お嬢がいたら百人力ですよぉー」
「こう、お嬢の魔法でもパァーっと!」
最初こそ、訝しんで警戒した態度で貴族のボンボンが自分たち庶民の何がわかるんだと食ってかかってきたが、集落にいる全員への食事の提供に始まり環境改善計画を進めるお嬢様に考えを改めたのかお嬢様の距離の縮め方が上手かったのかこんなに砕けてしゃべるように──、いやお嬢様の馴染の速さもおかしい。従者として苦言も呈したくなる。
「おま、なに……をぅ、うええええええええ」
「ッアー! 坊っちゃんがポーション吐いたァー!!」
「大丈夫か坊っちゃあん!!!」
「ギル坊っちゃん死ぬなー!!!」
「うるせえぅえええええええ」
ポーションのせいで何も言葉にならなかったけど。
「あーあーあー……。お嬢ー、ギル坊がー」
「まったく軟弱な……」
理不尽だろ、こんなの。
お嬢様には呆れられ、吐いて減った分また飲めと魔力ポーションを俺と一緒に土を魔法で耕していたガッティに無理矢理飲まされ、外野にやいのやいの言われ、俺は汚物まみれになりながら土を耕しだした。
その一週間前。
「モン、テ、クレール……?」
「……なんで」
何故、ドレーホフのダブルネームをお嬢様が知っているのか。というか何故モンテクレール家の系譜だと見抜けたのか。
俺もドレーホフも愕然としているのにお嬢様は澄ました顔でお茶を飲んでいる。
しかも俺が土魔法と炎魔法で作った即席の歪なティーカップで。
「簡単な話ですよ、エクレール領とリ・アルセ領は元は一つ。なら『領地を治めていた貴族』に『聖地を取り戻せ』と皇帝が命ずるのは必然でしょう」
「!!? かっ……?!」
いやいやなにも簡単じゃないけどぉ!?
確かに国が別れた事でこの土地を治めてたモンテクレール家も実は別れていたという可能性は否定はできない。十数年前の侵略戦争でドレーホフが暗躍していたのも納得だ。
もしかしたらモンテクレール家では伝えられていることかもしれないけど、ドレーホフの魔力がどうとかそこまでわかるものじゃないだろ。
でも、お嬢様が俺にドレーホフの相手をさせなかったのは、奴が上位貴族に匹敵する魔力量を持っていたからとわかれば説明がつく。
「……オレがそうだと、何故わかった?」
「魔力の質、と言ってもわからぬか。まあ今はよかろう。これからの話をしようか。お前たちは皆、帝国民だろう?」
「……そうさ、みーんな祖国を追われて敵国にまで逃げなきゃ生きていけねぇ誇り高き帝国民さ!」
縛られて動けないガッティは体を震わせ自嘲気味に叫んだ。
そこからガッティ・モンテクレール・ドレーホフの半生が語られた。
帝国モンテクレール家に連なるドレーホフ家は代々、諜報活動や要人の暗殺など裏家業をモンテクレールの影として司ってきた。
しかし聖地が建国と共にエクレールとリ・アルセとして分かたれると、本家には責任を全て押し付けられた上に捨てられ、聖地を奪われた国の恥さらしとして帝国貴族たちからは迫害を受けるようになった。それは領民にまで及び、王国との侵略戦争と祖国から受ける迫害による板挟みでリ・アルセ領は徐々に衰弱していった。
度重なる戦争で水も枯れ農地は荒地と化し、聖地とは名ばかりで人間が生きられぬ地となったリ・アルセ領に救いの手が差し伸べられた。
皇族から『聖地奪還』を成功させれば、ドレーホフ家の名誉回復、そしてリ・アルセ領の復興を約束されたのだ。
そして、聖地とドレーホフ家を捨て皇族の狗となった帝国モンテクレール家からの僅かばかりの支援を得て、十数年前に帝国で処刑されたふりをして死を偽装、リ・アルセ領で食べていけない領民たちを連れエクレール領へ侵攻を開始。
エクレール子爵夫妻を殺して金を横領していた王国のモンテクレール家の文官に成り代わり、両国のモンテクレール家へ嘘の報告をしながらリ・アルセ領の民や帝国の荒くれ者たちを次々と引き入れ、エクレール領の民を悪評で追い出し、僅かな金で増えていく領民たちをなんとか食わせ、拠点設置のための物資をどうにか工面し、帝国からの催促を躱しながら着々と人員を揃えていた。
ところが、今になって新たな領主が代替わりで来ることになってしまった。
エクレール領に来るのは流刑に近い事なのは前領主であるダグラス・エクレール子爵の生活から見て取れていたドレーホフは直ぐ様、腕に覚えのある人間で小隊を編成し、来るであろう領主様を脅して追い返そうとした。
が、来たのは『山猿令嬢とその腰巾着』。
王国内の情報も集めていたドレーホフは、お嬢様や俺がどんな人物か把握していたため大いに焦った。腕に覚えがあるとはいえ対人戦において素人同然の領民では、騎士団同然の俺たちに歯が立たないのは目に見えていたからだ。
それでも後に引けないドレーホフは見張りに合図したら撤退し集落から退去するよう命じ、玉砕覚悟で強襲したが失敗に終わって今に至る、と。
「お前らみたいなお貴族サマにゃオレたちの苦労なんざわからねえよなあ……」
「ああ、わからんな」
「ちょっとお嬢様!」
「変に同情しても仕方なかろう。それに良いではないか、人手は幾らあっても足らぬのだ」
「お嬢様、なにを……?」
「ドレーホフ、リ・アルセ領の民はあとどのくらいいる?」
「……そんな事教えて何になるってんだ」
「何とはなんだ、我が領民となる者たちを把握しておかねば領主失格ではないか」
「「はああ!?」」
「貴様らは本来であれば不法入国者となるわけだが、難民であるならばエクレール領に受け入れるというのだ。──それとも、居場所のない帝国に逃げ帰るか?」
ドレーホフの息を呑む音が、空風が吹きすさぶエクレール領邸跡地に響く。
確かに、このまま帝国に従っていてもドレーホフ含め領民たちに待つのは破滅だ。未だ増え続ける領民を自給自足もできないこの土地で今後ドレーホフが独りで養うことは不可能だし、エクレール前子爵が死んだ事もバレては王国にいられない。万が一王国を脱出して帝国へ無事に逃げ帰ったとしても、彼等を待つのは以前よりも酷い迫害を受ける未来だ。
しかし、難民であるならば王国への不法入国の罪は軽くなり今後受け入れる領民も危険を冒さず入領させることができる。人員をエクレール領に動かした事実さえあれば、帝国への言い訳も立つ。仮に帝国から何かしら進捗報告を求められたとしても、元から死地に追いやろうとしている連中の現状など詳しく調査することもないだろう。
それに、前領主と違い真面目に領地を運営しようという領主が来たなら少しでも領地の環境を整えようとするだろうし、何より大貴族のご令嬢をこんな土地へ考えなしに放り込む訳が無い。
きっとドレーホフはそう考えているのだろう。
「後悔はさせぬぞ?」
お嬢様が手を差し出すと、ドレーホフを縛っていた縄が独りでに解ける。自由になった両手を見やり少しの間思案したドレーホフは差し出されたお嬢様の手を力強く握り返した。
「──わかった。アンタの誘いに乗ってやるぜ、お嬢?」
「うむ、良きに計らえ」
「やっ、やったな! ガッティさん!!」
「うっう……っ! ようやく、ようやく帝国から解放されるのか……!!」
「俺たちは自由だあー!!」
「うおおーっ!」
いつの間にか起きていたらしい他の帝国民──いや領民たちが歓喜の声を上げる。
しかし、俺は今後どうするか把握しているから彼等の事が心底不憫でならない。
お嬢様改め、領主様の顔は一見微笑んでいるように見えるが俺からしてみれば悪いことを考えている笑みだ。悪いようにするつもりは毛頭ないし至って平和的ではあるがやる事はかなり無茶だ。
「貴女も人が悪いですね……」
「何を寝ぼけたことを、あなたもやるんですよ」
「……んぇっ?」
そして現在。
「おーい、お嬢。こっちは終わったぜぇ」
「ギル坊っちゃんから土魔法を習っといてよかった! こんなに早く耕し終わっちまうなんて!」
「そのギル坊っちゃんはもう使い物にならなくなってますね。だらしない、あとで鍛え直さねば」
「うえー、鬼領主だなあ」
呑気にしやがって、お前らこのあとどうなるかわかってるのかちくしょう。
しかし、あまりに酷使しすぎた体では声も発せずまともに動くこともできず、日が傾きだして茜色に染まった農地を俺はガッティたちに引きずられていった。
こんなこき使われ方するなんて聞いてないです領主様。
ひとまず毎日更新はここまで。
今後は週一で、頑張れれば、頑張ります…………。
更新日を固定する方のが追い詰められて筆が進むのか、固定せず週に一回の更新のがモチベーション維持にはいいのか。