侯爵閣下の悩みごと
お父様の回想です。長めです。
前後編に分けたほうが読みやすいですかね?
私の名は、マシュー・フランツ・モンテクレール。
モンテクレール侯爵家当主でありブレイブ王国騎士団団長である。
妻であるエレナとの間に娘がいるのだが、どうやらその娘のアシュリーは普通の子ではないらしい。
らしいと言うのは、私にとってアシュリーが初めての子供であり、私に男兄弟しかいなかったため女の子のことがわからなかったからだ。
それに、他の子とどれだけ違っていても我が子が可愛くないわけがない。たとえ教えた覚えのない魔法で屋敷の中を飛び回ったり教えていない文字をまだ見えていないはずの目で読めて学術書を理解し尋常ではない魔力を持っていたとしても。
エレナは聞いたこともない轟音を発したかもしれないアシュリーに最初こそ不安がっていたが、すぐに娘の可愛さに夫婦揃って夢中になった。
私たちにとって、人とは違うことができるということは天才以外の何者でもなかったのである。
ふくふくと育つ我が子が二歳となり、最初の問題が起こった。
エレナ主催のお茶会にて、同年代の子供たちと遊んでいたアシュリーが火を吹いたのだ。幸い子供たちに怪我はなかったが、アシュリーはめでたくその子たちのトラウマとなり長い事お茶会に参加できなくなった。
そしてエレナがアシュリーの為に植えた記念樹も犠牲となった。
「ぎるはよろこぶのでみなもよろこぶとおもったのですが、にんげんはよろこばないのですね」
幼馴染のセバスとマリアの子供であるギルバートは、あの子もちょっと特殊というか、そういう家系だし無駄に鍛えられているからなのかなんというか。
……もしかしてアシュリーは普段から火を吹いているのか?
そんな報告聞いてないぞセバス。
まあ人に向けたものでもなかったし、本人に悪気は全く無かったので私たちもそこまで叱らなかったが次からは気をつけますと、妙なところで大人びた振る舞いをする二才児に私たちは一抹の不安を覚えた。
それからは家庭教師がこれ以上何も教えることが無いと着任早々に匙を投げられたり、庭園で日が暮れるまでギルバートと教えていない剣術や魔法で庭を遊び回っていたり、七歳を過ぎると剣術や魔術を習いたいと言うので私や騎士団員の部下たちと剣術稽古したり、魔術師から指導を受けたりとアシュリーにはとても貴族子女とは思えない日々が続いた。
エレナとマリアによる『淑女になるための授業』も真面目に受けているし、外に出さないことへの不安はあったが何より本人があまり気にしていない上に全部嬉々としてやっているのだ。それはそれでどうかとも思う事もあるが平和が一番だとエレナと無理矢理納得することにした。
十二歳となり、騎士団詰所や慈善活動で外に出るようになった頃。
王家の打診でオズワルド王太子と婚約話が持ち上がり、我々が浮かれている間に次の問題が起きた。
顔合わせの日、アシュリーが王太子を叩きのめしたのだ。
この頃、騎士団詰所で訓練するアシュリーを『山猿』と揶揄する者たちが多かったし、「山猿」と呼ばれるのを本人は何故か嬉々としていて孤児院でも「山猿だぞー! ぎゃおー!」……、……と、孤児と遊んでおり少々褒められない振る舞いをしていたようで噂を聞いた王太子が喧嘩を吹っ掛けたのだろうと容易に想像できた。
私個人としてオズワルド王太子に思うところはないが、性格は決して褒められたものではない。
勇者の血筋であることを鼻にかけ剣聖を謳っては太鼓持ちである侍従たちとの接待稽古で持ち上げられ調子に乗り、騎士にあるまじき行為を繰り返す。講師としてオズワルド王太子を指導しようにものらくらとかわし修行をせず訓練も受けようとしない。私も国王にお願いされたので無下にもできず、指導や打ち合いをさせるが思い通りにならなければ私にまで己の地位を振りかざしてくる始末。国王が高齢になってから生まれ、側室の子とはいえ王国待望の世継ぎとしてかなり甘やかされているにしても酷いものだ。
もちろん、それとこれとは話が別なのでアシュリーには「例えそれが事実でも、侯爵家の令嬢ならば心に留めろ」と叱ったが正直、アシュリーの暴言も全くもってその通りとしか思わなかった。
王家との繋がりは侯爵家として喜ばしい事だし、何よりエレナとメルティア王妃は大の仲良しでアシュリーの事も気に入ってくれている。アシュリーもメルティア王妃が好きで、王妃様の話をよくしてくれるので断る理由は無かった。
顔合わせ以降は王太子から一方的に拒絶されているが、アシュリーは王族との婚姻も貴族令嬢の勤めも充分わかっているはずなので、世継ぎさえ作れれば夫婦関係なんてどうでもいいとアシュリーは言うだろう。
アシュリーは歳の割に達観していて、時折大人顔負けの意見をさらりと言うので我が子ながら本当に十代なのか怪しく思える時があるほどしっかりしている。
それ故、どうしてもアシュリーとオズワルド王太子を比べてしまう。
私自身が親馬鹿である自覚もあるが、王太子の幼さは王族としても酷いものだ。
国王に進言しても「まだ十四歳だ」と我が子可愛さでどろどろに甘やかしているし、実母ではないメルティア王妃も何度も注意したり国王に指摘してくれているがあの国王の様子だと期待できそうにない。
これはアシュリーに叩いてもらうしか無いのか。でも、アシュリーが叩いたら塵も残らなさそうだ。
……それはそれでもいいかもしれん。
アシュリーと王太子の婚約が無事に結ばれてしまい、嬉しいような残念なような微妙な空気であったが、我が家では喜ばしいことがあった。
嫡男となるルシアンが誕生したことだ。エレナには随分と負担をかけたが、やり遂げてくれた。
跡継ぎだったアシュリーの婚約が決まったので兄や弟夫婦から養子を取るか悩んでいた矢先の妊娠で、我が家はそれはもうお祭り騒ぎだった。
待望の男子であるルシアンはとても可愛くて毎日毎日エレナやアシュリーと玩具を買い与え、国王の事をとやかく言えなくなるくらいに甘やかしていた。
ところがここでも問題が起こった、生後三ヶ月を過ぎてもルシアンが喋らない。
いやもちろん赤ん坊だし「あー、うー」と母音は発したりはするのだが、アシュリーが念話で話しかけても「嬉しい、楽しい、悲しい」などの大まかな感情しかわからないというのだ。
零歳児にして大人と念話で会話していたアシュリーがいたので、ルシアンの発育が遅いのではと小児専門の医者に診せたところ「娘さんがおかしい(要約)」と言われた。
危うく医者を叩き切るところだったのをセバスに止められ、普通の赤ん坊は教えてない魔法を使わないし念話を使って話したりしないとマリアに諭され初めて気が付いたのだ。医者の言う通り、赤ん坊のアシュリーがおかしかったことに。
なぜもっと早く言ってくれなかったんだマリア!?
エレナはルシアンに何も問題が無かった事を喜び、アシュリーに至っては「ルシアンはギルと同じですねぇ」と言い出し、さらに数週間経つとアシュリーが念話で話しかけ続けた結果ルシアンと簡単な単語で念話が出来るようになっていたのでもう何から突っ込めばいいやら。
まあ、すくすくと育つ我が子はどちらもとてもかわいいので深く考えるのはやめることにした。
セバスには「現実逃避しないでください」と突っ込まれたが。
王太子とアシュリーの関係が改善されぬままアシュリーは十六歳となり、また問題が起きた。
アシュリーの問題というよりも王太子だが。
うちの娘と婚約しておきながら、あろうことか子爵令嬢と恋仲だという。
しかも、令嬢の方は王太子の地位を傘に着てアシュリーのあらぬ噂を立てているとか。
それを許す王太子も王太子だがブラン子爵家のご令嬢、この娘はある意味ですごかった。
王太子とその侍従護衛を含め全員と出来上がっていた。よく喧嘩しないものだな。
我が侯爵家どころか、王家を含め由緒正しい伯爵家や子爵家に喧嘩を売っているなんて自殺行為としか思えない。大事な子息を誑し名誉を傷つけ未来を潰したとなれば良くても国外追放だろうに。
王太子の愚行に流石に王家も不味いと思ったのか、侯爵家に正式な謝罪を送ってきた。
ようやく貴方の息子が馬鹿だと気が付いたんですねと、嫌味をねちねちねちねち言い連ねて国王への溜飲を下げたが王太子は何か痛い目に合わせてやらねば気が済まない。侯爵家に、いや私の大切な娘に対する無礼を許すわけにはいかん。
だが、私の怒りとは裏腹にアシュリーは何故か大いに喜んでいた。
「やりました!! これで私は悪です!!」
アシュリーが小さい頃からずーっと言っていた事だが、自分は魔王で悪なのだと。
隠居貴族の冒険活劇『ウォーターライト伯爵記』と勇者の冒険譚『勇者伝説』を愛読書としているが、アシュリーはどうもこの本たちに影響されて何故か悪の貴族だとか魔王になりたいと言っていたのだ。近頃は下級貴族や平民の間で流行っている『悪役令嬢シリーズ』なる本も読んでいるようで、どうやらアシュリーは本の登場人物でいう「悪役」になったつもりでいるようだ。本の登場人物に憧れるところは年相応なんだろうか。
ともかく、いくらアシュリーの人柄が知られていても王太子たちの流す噂が嘘だとわかっていても、他人は違う。噂の真偽はどうでも、一度広まったものはそう簡単に消えない。
貴族の間では王太子の愚行は周知されているが国民は違う。王太子がブラン子爵令嬢との浮気を正当化するために国民の支持を得ようと、平民の新聞社にアシュリーの噂を流させた事もあって侯爵令嬢が身分の低い子爵令嬢を虐げたと信じる者が一定多数いるのだ。
どうしてこういう機転を利かせられるのに、国防を任せている侯爵家に対してこんな事をすればどうなるか想像できないのか。そもそも、後ろ盾の無い王太子がモンテクレール侯爵家という後ろ盾を得るための婚約だったというのに。
まあ、王太子が権力を振るうなら私もそうするだけだ。
新聞社はどうやらブラン子爵令嬢と唆された伯爵令息からそれなりの金を渡され記事を書いていた。なので私がその十倍の金額で王太子と令嬢を扱き下ろせと言ったら、記者は侯爵家の紋章に震えながらも頷いていた。
もちろん、王家とも話し合いが済んでいるのでこちらで用意した原稿を渡しただけだ。
メルティア王妃はお怒りだったからなあ、私は内容も知っているが王太子たちがこれからこの新聞を読むと思うと反応が楽しみだ。
私が新聞社と話をつけていた時と同じくして、ブラン子爵家からも謝罪文が届いたので侯爵家に呼び出しブラン子爵夫妻と交渉した結果、養子らしいレイニー令嬢を国外追放にする事で子爵家とは決着することにした。王太子程の怒りは無いしアシュリーも相手にしていなかったので体面的にもここが落とし所だろう。下級貴族から取れるものなど侯爵家からすればたかが知れているし、養子とはいえ子女が王家や侯爵家と問題を起こして追放されるだけでも商人である子爵家の信用はガタ落ちだ。
私もそこまで鬼じゃない。他の家門との事や新聞の事は知ったことではないが。
そんな王太子と子爵令嬢だが、どうやら王家主催の舞踏会でアシュリーを吊し上げようという魂胆らしく、メルティア王妃やエレナはあれこれ支度している。
アシュリーはというとほとぼりが冷めるまで遠方の領地に身を寄せる、というよりはそのまま領主となりたいようだ。
政務は元から手伝っていたし、アシュリーはとても優秀だがら私も反対はしないが場所が問題だった。
「エクレール領だと……? 正気か!?」
「ええ、お父様! 元から悪評があるなら私の悪名も広めやすいでしょう!」
何を言ってるんだこの子は??
時々アシュリーの言っていることがわからなくなるのは歳か?
まだギリギリ三十代だというのに……
「ダメだ! あの叔父上がまだ存命かもしれん。お前が来たとて素直に出ていくとは思えない。それに、我が家の汚点とも言える場所にお前まで行くことはな──」
「モンテクレール家の汚点!! コレほど心惹かれる領地は他にありません!」
「──……そうかあ」
「諦めないでください侯爵様!」
「あなた、しゃんとなさって!」
い、いかん。思考が停止してつい……。
しかし、エクレール領なんて以ての外だ。
戦争の傷跡が癒えぬ荒れた土地でならず者たちが跋扈し、あんな騎士の風上にも置けない叔父上がいるところになど、私の大切な娘を送り出せるわけがない。
セバスやエレナの言う通りだ、シャキッとしろ私。
「んん、あのなアシュリー」
「大叔父の事ならお気になさらず! 野垂れ死にせぬように追い出しますので!!」
「──そうかあ」
「マシュー!!」
「侯爵様ッ!!」
一度言い出したら止めるなんてことをしないアシュリーを私やエレナが止められるはずもなく、アシュリーの勢い負けて、結局はエクレール領を譲り渡すことになってしまった。
そして舞踏会当日、見事な婚約破棄してきたらしいアシュリーは帰ってきたのもつかの間、その足でエクレール領へ発つことになった。
「アシュリー、本当に行くの? ずっと? 噂が収まるまででもいいのよ?」
「いいえ、お母様。もう決めたことです!」
エレナは未だアシュリーの独り立ちを不安に思っているようで大粒の涙を流していた。
愛娘の成長は喜ばしいものだが私もやはり寂しい。
「私はお前のことがずっと理解できなかったが、アシュリーを応援するよ。こちらの後始末は任せてやりたいことをやりなさい」
「はい、お父様! 私──悪の領主になります!」
「……普通の領主で頼むアシュリー」
徹頭徹尾『悪役になりたい』が強い。
父親として威厳を持たせた台詞もアシュリーの前には型なしだ、勘弁してくれ。
ギルバートがいるとはいえ、アシュリーに今後巻き込まれるであろう叔父上やエクレール領の輩たちのが心配になってきた。
せめて騎士団員に送らせたほうがいいか……?
「あねうえーおてがみくださあい!」
「書きますよ、ルシー! お返事待ってます! ちゃんと剣の腕も磨くのですよ!」
「あいー!」
もうかわいい娘と息子のふれあいでどーでも良くなってきた。
はあー私の子供たちマジ天使。
「元気でねアシュリー……」
心配や思うところはたくさんあるのだが、あの子との今生の別れではない。
アシュリーは、他人には出来ない事もやってのける強さと信念がある。きっとエクレール領でも上手くやるはずだ。
もし私たちの助けがいる時は、喜んでアシュリーの力になろう。
そう考えていたのもつかの間。
ギルバートから叔父上がとっくの昔に死んでいた事やエクレール領が帝国に侵略されかけていたとかアシュリーがとんでもないもので領地の再開発を行うという報告書が届いて私は卒倒した。
たった一ヶ月で何がどうしてそうなるんだアシュリー!!?
アシュリーの愛読書のタイトルが出ましたが、私は元ネタのドラマを再放送でしか見たことありません。