第二章 お茶会 2-1.お茶会の始まり
お茶会の始まり 名工の弟子 トム
俺は親方に付いて、ご領主クリスハート・キングストン伯爵の主催する"キングストンの家の為のお茶会"会場であるキングストン城の庭に踏み入れた。
指定されたテーブルの位置は、以前お茶をいただいたその場所だった。
あの日とは違って、周りにはいくつものテーブルと人がいた。
「ここで又、スイーツ伯爵のセレクトをいただけるなんて!」俺は感動に震えた。
「だから、その銘をだすなって。俺は助けないからな。」親方にしかられた。
「はい。」しおれる。前回、本人の前でこの銘を言ってひんしゅくをかったのだった。
「そう、その銘を嫌うクリス様が、このようなお茶会をなぜ開いたのかが今日のキモです。」既に席に座っている、見るからに商人の重鎮の3人の内、一番年下そうな人から声をかけられた。
ご領主をニックネームで呼ぶ程に親しいようだ。まぁ、俺にもニックネーム呼びでかまわないと言われる程にくだけていて、ウチの親方にいたっては常に無礼講で良いと寛容な方だ。
俺達が席についてから続けて聞かれた。
「やぶから棒に失礼だが。あなたは前にも、クリス様のお茶に招かれた事がおありか。」
「いえ、招かれたって程じゃなくて、親方が剣を献上するのに付いてきて、話がもつれて長くなったんで、飲んで行けと言われたんです。」
「以前グラハム商会のダンナが、剣の名工へ配達を頼まれたと言っていたが、あなたの事でしたか。」重鎮が親方に頭を下げた。
「やっぱり、あの王都の商人の知り合いか。」親方が返事をした。
「挨拶が遅れました。あちらはキングストン商工会議長。」
一番年上そうな人が礼をした。「ハリー・チャップマンです。よろしくお願いする。」
「同じく副議長のペッパー。」真ん中の人が礼をした。
「議員の一人、ハーシーです。私と副議長はグラハム商会のご長男とも何回か取引をした事のある仲です。」
「刀鍛冶のスミスとその弟子だ。」親方ぁ~、それだけで終わらせないでください。
「トムです。」すかさず挨拶した。
「成程、ご領主の商人時代からの知り合いか。こりゃ楽しい話を聞けそうだ。」と親方。
「そこまでご存じとは。」ハーシー議員がにっこりした。
そこへ、クリス様がメイドの少女をにこやかに連れて来られた。タイミングが良い。このテーブルの様子を見られていたのだろう。
クリス様は金髪碧目、背が高い。あいかわらず、ずんぐりとした・・・あ、いや、逞しい感じだ。
商工会の3人がにこやかに、いかにも人の良さそうな顔になった。うわぁ、営業スマイル。
「クリスハート・キングストン伯爵だ。茶会へようこそ。今日は楽しく過ごして欲しい。」テーブルの面々を見渡され、言葉を続けられた。
「"キングストンの家"の子達にお茶注ぎを頼んだ。一生懸命練習してもらったが、粗相があったら許して欲しい。」クリス様が軽く頭を下げられた。
「"キングストンの家の為のお茶会"へようこそ。キングストンの家のレミです。」あらためて姿勢を正して少女が挨拶した。
「よろしくお願いします。」あぁ、この子は"家"の子なんだ。
「本日はフルーツケーキとジンジャーケーキを用意した。どちらかを選んでくれ。要望とあればおかわりして、両方味わってもかまわない。」
「ジンジャーケーキは親方の為のセレクトですよ。良かったですね。」俺が親方にささやいた。親方はうなずいた。まんざらじゃないらしい。
「俺はどっちも食べたいなぁ。どっちからにしよう。」
「フルーツケーキを先にする事をすすめる。」とクリス様に言われた。
「ではフルーツケーキから。」ワゴンから別のメイドさんがケーキをくれた。おかわりを前提にしているらしく小ぶりだ。レミはお茶を注いで周っている。
お茶を注ぎ終わったレミとクリス様が並んだ。「"キングストンの家"への寄付をお願いします。」とクリス様が言うと。「お願いします。」レミが続いて頭をさげた。
クリス様がリードする流れらしい。
議長が親方へ話を譲ってくれた。
「お茶会への誘いと楽しそうな席を感謝します。」親方が礼をした。さすがに丁寧な話し方をしだした。
「寄付はさせてもらう。たいした額は出せなさそうだがな。」あ、続かなかった。
「ありがとうございます。」クリス様がかるく頭をさげ、レミが慌てて続いた。
「ありがとうございます。」うん、リードが必要かな。
「"スイーツ伯爵と呼ばれたくなかったら、菓子の指定なんかするな"という伝言は無駄だったようだな。」うわぁ、親方!俺には言うなと言っておいて!
「あぁ、スイーツ伯爵を続ける事になった。」クリス様が頭をかいた。
「クリス様、やっぱり嫌だったの!?」レミが慌てて聞いた。"やっぱり"?
「嫌じゃないよ。やるからには楽しんでもらわなくちゃ。嫌々やってたらダメだ、こっちも楽しい気持ちでやらないと。」クリス様がレミに言った。
「良い心がけだ。」親方が褒めた!
「ありがとう。」クリス様がすかさず頭を軽くさげられた。レミが不思議そうにしている。
「名工に心がけを褒められたら、名誉な事だと思うよ。」クリス様がレミに説明された。
商工会の3人がうなずいている。
「あなたが、クリス様の所に来た名工さんなんですね。」レミが親方に言った。
「あぁ、俺の事を知っているのか?」
「はい。他の所で貴族に剣をとられて、キングストンへ来たって。クリス様は他人の物をタダでは持っていかないって。」
「そうだ。噂以上の領主だから気に入って、剣をあげようとしたら、代金払うって聞かなかったんだよ。」
「クリス様は古着屋さんの時みたいに、お城でお金を払ってもらったんでしょう?」レミがクリス様に聞いた。"古着屋さん"?
「対価を払っていると言っておこう。」
親方と俺がうなずいた。