10-2.レストランで
再び 王都 キングストン邸 ガストン
商人姿のクリス様にとまどう私に、グラハム商店のジョンが「こちらは兄のクリスです。ぜひ同行したいと言うので、連れてきてしまいました。」クリス様を我々家族に紹介した。彼はクリス様の実弟か!
2歳のクリス様をお見掛けした事のある私は、その事情を知っている。当時はまだ青二才で、厨房を取り仕切るようになるとは夢にも思っていなかった。
当のクリス様が「どうも、こんにちは。すてきなレストランへ行くというので付いてきてしまいました。こちらは婚約者のデイジー。」
「皆様、ごきげんよう。」デイジー様が軽くお辞儀をされた。
「とても邪魔だとは思うのですが、同行させてはもらえないでしょうか。奥様いかがでしょう。」クリス様は私にではなく、妻へと聞いてらした。
「 もちろん、ぜひご一緒しましょう。」妻が即答した。
「 ありがとう。」妻に返事をした後、「 お嬢さんお名前は。」クリス様は次に娘に声をかけられた。
「 マリーです。」
「 マリー、私達が一緒に行ってもいいかな。」
「 はい、良いです!」元気に返事をした。
私に向かって「 私達がいる事で味がわからなくなると、食べに行く意味がない。私達は別の店にした方が良いかな。」
「いえ、ご一緒させていただければ光栄です。」
クリス様はにっこりされて「 そうか、ありがとう。馬車と席は別にするから。」
「 はい。」
馬車に乗り込む前に妻を捕まえた。「 おい、気がついているか。」
「 ご領主の事?」小声で答えられた。
「 そうだ。よく解ったな。」
「 そりゃ、あれだけクリス様が、クリス様がと言われれば気がつくわよ。」
そんなに妻にこぼしていたか。汗をかきそうな気持ちになった。
「ジョン君にも、無体な事はしてくれるなよ。」
「 案内をしてくれる人に、無体なんかしないわよ。」
私はうなずいて、妻を馬車へと誘った。
ジョン君が私達に同乗して、執事、メイド、護衛を連れたクリス様一行は別の馬車に別れた。馬車が動き出してから、ジョン君から聞かれた。
「 僕は余り詳しい話を聞いていません。ガストン様はキングストン“城”の料理長で、ご領主に無茶な要望をされて、王都へ来られたとか?」
「 えっ!?お父さん、そうなの?」詳しい話をしていない娘に驚かれた。
「いいえ、そうではありません。ご領主がご存知の料理を、料理長が知らないのは恥ずかしい事です。王都で食べられるとの事で、私から勉強したいと申し出たのです。そうしたら、家族ぐるみで招待していただきました。」
「 それは、素晴らしい。招待って客人という事ですか?」
「 ご領主は、客人扱いでも良いような事を仰っておられましたが、使用人の部屋を使わせていただき、妻にはメイドの手伝いをさせています。」
「 あー、それは、とんでもねー目に合わずに済んで、良かったですねぇ。」ジョン君は手を頭に当てて答えた。
「 いえ、今もとんでもない待遇を頂いています。」
「お父さん、とんでもないってどういう事? 」娘が聞いてきた。
「 お前は王都に来れたことをどう思っている?」
「 嬉しい!」
「 私の勉強に力を貸していただけるだけでなく、家族まで楽しませていただけるなど、通常では考えられない事なんだ。」
「ご領主はとても良い人なのね。 」
「 キングストンで“平民に親身なご領主"と評判らしいですね。」とジョン君。
「 そうなんですよ。ありがたい事です。」と妻。
「よかった。」ジョン君が喜んだ。後で妻に、彼がクリス様の実弟だと説明しなければ。
その後、ジョン君はレストランまで、王都の観光案内をしてくれた。
レストランに着いてから、妻がクリス様に言ってくれた。
「 よろしければ、ご一緒にいかがですか。その方が楽しくいただけると思うのです。」
クリス様は、隣に立つデイジー様に向けて問われた。「 どうかな。」
「 ぜひ、ご一緒したいわ。」にこやかに答えられた。
「 たいへん、ありがたい申し出です。本当に良いのですか。」クリス様は妻に聞いた後、私に顔を向けられた。私は頷いた。妻はにこやかに「 はい。」と答えた。
クリス様は次に娘に声をかけられた。
「 マリー、私達が一緒に食事をしてもいいかな。」
「 はい、良いです!」元気に返事をした。
「ありがとう。」とても嬉しそうに答えられた。
6人が席についた。 さすがに執事、メイドは同席しない。護衛は少し離れている。
ただ、周りの席にいる客は一般人のフリをしている護衛と見た。気づいていない事にする。
注文する物は決まっているので、全員同じ物を頼んだ後、私は引き続きメニューをじっくりと読み始めた。
「 どんな料理があるのか、気になるよね。」その様子を御覧になられたクリス様が、言われた。
「 もう一つ、メニューを貰おうか?」ジョン君が聞いた。
「 いや、そんな事を気楽に出来ない立場になったし、ここのは以前見た。」
「 まあ、クリスったら。」デイジー様を始め皆が笑った。
「 クリス様は、どうしてこのお店に?」妻が尋ねた。
「 いろんな地域で食べられている野菜類に興味があった。というのは建前で、ただの食いしん坊だからです。ウチの商店と取引を始めたレストランもあるから、趣味と実益を兼ねてですね。 」
「 まあ。」又、皆でひとしきり笑った。
ううむ、平民相手でも笑いを取るとは、素晴らしい話手というか、ある意味恐ろしい。
前菜が出て来ると、使われている野菜についての解説をされ始められた。
一つ終わったところで、デイジー様に止められた。
「 パーティに参加した先でもこんな感じなので、他のお客様に人気なのです。」
デイジー様が嫌というよりも、微笑ましい感じで言われた。
「 あらあら。」皆が微笑った。クリス様は恥ずかしげにされている。
シェフがテーブルにやって来た。
「クリス君、ジョン君も久しぶりだね。」
「わざわざ挨拶に来ていただき、ありがとうございます。皆さん、こちらの店長さんです。」
クリス様から紹介された。
「クリス君は、他の商店に行く事になったと言っていたけど、順調そうだね。」
「おかげさまで、より大きな所で頑張っています。こちらは婚約者のデイジー。」
「初めまして。よろしく。」クリス様に紹介されたデイジー様が、軽く頭を下げられた。
「おぉ、これは可憐なお嬢様だ。遅くなりましたが婚約おめでとうございます。」
「ありがとう。こちらの料理を楽しみにしてまいりました。」デイジー様がにこやかに返された。
「ぜひ、ご堪能ください。」シェフがお辞儀した。
「今日は弟の用事に付いて来ていまして、主賓は弟から紹介を。」クリス様がジョン君に手を向けた。
「本日は、キングストン邸から、こちらの店の案内を依頼されました。キングストン"城"の料理長のご一家です。」
我々は頭を下げた。
「ご領主に料理を提供される程の方に、ご来店戴けるとはとても光栄です。差し出がましい事ですが、ご領主から何かご指示を受けられたのでしょうか。」
「恥ずかしい事に、ご領主がご存じの料理を私が知らず、頂きに参りました。」私は視線をテーブルに落として答えた。
「その為に王都まで!さすがで御座います。尊敬申し上げます。」シェフに深々と頭を下げられた。
そこまで言われると恥ずかしい。
「注文いただいた料理をご存知とは、"グルメ伯爵"と噂されるのも納得です。」シェフが頷いている。
「王都では、あちこちの領地の料理が食べられますからね。この料理は王都では、ここだけでは?」クリス様が言われた。
「そうかも知れません。では、以前こちらに来られた事が!ぜひ又おいでください、とお伝えくだい!」シェフは私に頼んだ。
「必ずお伝えする。」目の前に居られるとは言えない。
クリス様に請われて、ジョン君が最近の王都の様子を話し、それに交えて妻や娘にキングストンの暮しを尋ねられた。
ジョン君は、デイジー様に花の話題を出したり、クリス様もデイジー様だけでなく、マリーにも料理の感想を聞いたりと、兄弟でテーブルをもり立ててくれた。さすがだ。
デイジー様には、マリーのテーブルマナーを褒めていただけた。しっかり身に着けさせておいて良かった。
支払いは執事がした。奢って頂いた形だ。馬車に乗る前にクリス様が、娘に向かって言われた。
「マリー、今日は 一緒に食事をしてくれてありがとう。美味しく食べられたかな。」
「 はい、美味しかったです。」娘が笑顔で答えた。
次は妻に向かい、「 たいへん、お邪魔しました。」
「 いいえ、支払いしていただき、ありがとうございました。」
「 皆さんには迷惑をかけましたので、これくらいは。」
「 これが迷惑などとは、とんでもございません。」
「 そう言ってもらえると、助かります。」妻に対しては最後まで敬語で通された。
次に私に向かって言われた。
「 突然の事で戸惑わせてしまったね。事前に言ったら、貴方が断われないと思って。やはり良くなかったかな。」
「 いいえ、家族一同たいへん楽しませて、いただきました。」
「 それなら良かった。今後も仕事を頑張って。」
「 はい、必ずご要望にお答えします。」
「うん。」クリス様は頷かれた。
クリス様達の馬車は先に屋敷へ戻り、我々はグラハム商店へと向かった。
「皆さん、今日は本当に楽しめましたか。」ジョン君に聞かれた。
「はい。」
「楽しかったです。」妻と娘が答えた。
「楽しませていただきました。」私が答えると、ジョン君は喜んだようだった。
「突拍子もない事をしますが、皆様を繁栄させてくれると思いますので、引き続き兄への助力をお願いします。」頭を下げられた。
「もちろんです、全力で尽くさせていただきます。」
ジョン君は、にこやかに我々を見送ってくれた。
キングストン邸に戻って娘に説明した。
「今日、ご一緒したクリス様はご領主だったんだ。」
「あ、うん、分かってるよ。お忍びって言うんでしょ。本当に商人みたいだった。ご領主は大変ね。」
「分かってたのか?」
「うん、お父さんがよくクリス様って言うから。とても楽しい人だね!」
「そうか。」ばればれじゃないか。
「後、ジョン君はクリス様の実の弟で、訳あって王都の商店で働く平民なんだ。」
これには妻と娘に驚かれた。
数日後にキングストンへ戻り、数か月かけて特産物を活かしたレシピをいくつか創り、グルメ伯爵のパーティーで公開した。
レシピには伯爵の紋章と、作成者として私の名前が記載された。
このレシピは後世に残り、私の名前も残る事となった。