9-3.セコイア侯爵
侯爵の訪問 クリス
その夜「クリス様、セコイア侯爵がおいでになられて、面会をご希望されています。」
私は侯爵の素早い対応に驚いた。「応接へお通しして。お茶とクッキーを。」
「承知いたしました。」
応接で50代の、がっしりした男性が待っていた。
「お待たせ、いたしました。」
「夜分に突然失礼する。我が家の次男が、迷惑をかけたようだな。」
「いえ、私に迷惑は、かけられていないですよ。」
「では、王妃様のお耳にミシェルの事を入れないで、もらえないだろうか。」
「はい。様子を見て変わらないようであれば、まずは侯爵にご相談しようと思っておりました。」
「良かった。言動は改めさせる。」
「本当に改められた方が良いですよ。まもなく王妃様が、メイドを通わせるようになるので、外聞の悪い場面に行き当ってしまうかもしれません。」
侯爵は驚かれたようだった。「王城のメイドに、孤児の面倒を見させるのか?」
「王城での茶会で、孤児にお茶注ぎをさせます。その練習をさせる為です。」
「孤児にお茶注ぎをさせて、大丈夫なのか?」
「直前にやらせてみて、無理そうなら挨拶だけにします。いずれにしても、私と婚約者がそれぞれ連れて周ります。服は城のメイド服になるでしょう。」
「なる程。二組で周るのか。」
「茶会の規模によっては、王城のメイドにもつかせます。」
「王城のメイドが、付いて周るのか・・・。」侯爵は何か考えられた。
「そのうちの一人をわが娘、バイオレットにやらせては、もらえないだろうか。」
「人選は王妃様に、おまかせしております。侯爵のご希望は、お伝えいたしましょう。」
「よろしく頼む。」
「ご令嬢は、慈善活動にご興味がおありになるのですか。孤児がお嫌いだと辛いですよ。」
「娘は、慈善活動も積極的に行っている。心配はいらない。」
「それは。よろしいですね。」笑顔を向けて答えた。本当かなぁと、思わなくはないのだが・・・。
侯爵は嬉しそうな感じで、お帰りになられた。城でのお茶注ぎは孤児だけではなく、令嬢や貴族の家にも拍が付くらしい。
最終試験 クリス
バイオレット嬢は、孤児の最終試験から、参加していただける事になった。それだけではない、王妃様もご同席だ。
王妃様、バイオレット嬢、デイジーが一つのテーブルに着いた。私が孤児とメイドを引き連れてテーブルの側に立った。
「クリスハート・キングストン伯爵です。茶会へようこそ。楽しくお過ごしください。」テーブルの面々を見渡し、言葉を続けた。
「本日は子供達にお茶注ぎを頼みました。一生懸命練習してもらいましたが、粗相がありましたら、お許しください。」頭を下げた。
「ミレーヌです、よろしくお願いします。」私の横に立つ少女が挨拶し深く頭をさげた。ミレーヌにお茶注ぎをしてもらっている間に、2種類のケーキとお代わり自由である事を説明する事を話した。
お茶を注ぎ終わったミレーヌと並んで立った。「寄付をお願いします。」と言って頭をさげると。「お願いします。」ミレーヌが続いて頭をさげた。
私が席について、テイジー、バイオレット嬢の順に他の子とお茶を注ぎをしてもらった。子供は三人とも城でもお茶注ぎをやってもらう事になった。
伯爵らしさ デイジー
クリスが王妃様とお話ししている間に、バイオレット様に話を希望されました。
「キングストンでも、子供達とお茶注ぎをされているそうですね。婚約者様の領地で慈善活動をされるなんて、とても素晴らしい事ですわ。」
「ありがとうございます。少しでも役にたてればと、思ってやっております。」軽く頭を下げました。
「お茶会の噂はお聞きしておりましたけど、キングストン伯爵は、風変りな事をされるのがお好きなのねぇ。」
「おかげさまで、好評をいただいております。」笑顔でお答えします。
「伯爵はずいぶんと、ご自身を低くされておられるような印象を受けてしまったのですけれど、気のせいかしら?」
私はぎくっとした事を、表にださないようにしました。「王妃様がいらっしゃいましたし、侯爵令嬢にも気を使ったのではないかと・・・。」
「そうですわね。王妃様に堂々とした態度をとるほうが、おかしいですわよね。おかしな事を言ってごめんなさい。」
「いいえ、お気になさらず。」
「又、王城でお会いいたしましょう。」
「はい。」お互い笑顔でお別れしました。クリスにはどう言うべきかしら?
キングストン邸で、クリスにバイオレット嬢から言われた事を話しました。
「あぁ、私は平民が貴族にへりくだる態度をしていたね。茶会までに直すよ。」クリスは気が付いていたようでした。
「デイジーには、心配ばかりかけてしまうね。なるべく早く、君に相応しい伯爵になるからね。」
「いいえ、クリスは既に、私にはもったいない人だわ。」
「ありがとう。もっと立派になるからね。」
「はい。」私達はにこやかに頷きあいました。
褒美 クリス
王城でのお茶会は成功に終わった。バイオレット嬢は無難にこなし、子供達のお茶注ぎもなんとかなった。献金も高額、ケーキやお茶も好評だった。
子供達には、お茶会の後でケーキを一つごちそうし、孤児院には菓子を贈っておいた。
後日、王城で「褒美をとらせよう。」王から言われた。
「では、キングストンのフルーツは私が用意しますので、メイドや執事にフルーツケーキをお願いいたします。」
「貴殿は何もいらないと?」
「キングストンでは私が振る舞っているので、代わりに振る舞っていただけると助かります。」
「さすがスイーツ伯爵。褒美もケーキか。良いだろう。」そう言って大笑いされた。
その後、王城ではスイーツ伯爵式のお茶会は、開催されなかった。"あれはスイーツ伯爵じゃないと無理"という評価らしい。私としても毎回駆り出されずに済んで、ほっとしている。
ただ、慈善活動のお茶会で貴族令嬢が、子供達を連れてお茶注ぎをする、というのは残った。キングストンでもやってみようかと思う。
出世 城の使用人
少し前に長期の出張から戻った俺へ、いつも城の噂話を聞かせてくるヤツが、ささやいてきた。
「聞いたか?スイーツ伯爵が城の食料管理を任されたそうだ。」
「伯爵はまだお若いと思ったが。なんでいきなり?」
声をさらに低めて言われた。「前任者の横領を摘発されたんだと。」
「え?どうしてわかったんだ?」
「それがな、砂糖の量でわかったんだと。」
「砂糖?」なんともそれらしい。
「先日、使用人にケーキが振る舞われただろ?」
「あぁ。俺もいただいた。」王城のお茶会で出されたものが、全員に配られた。王城でスイーツ伯爵の人気はうなぎのぼり。振る舞われたのは王様だが、スイーツ伯爵が希望されたからだ。
「あのケーキは普段のものより、砂糖が少ないんだと。」
「え、ケチったのか!?」
「いや、それにも話があってな。」
「何だ?」
「フルーツの甘さを強調する為に砂糖を少なく、とシェフにリクエストされたんだと。」
「スイーツ伯爵が?」
「そう、"何か言われたら、私のリクエストだと答えるように"って。ありがたくも厳しいリクエストに、シェフは泣いたと思うよ。」
自分のせいにして良いって?堂々とそう言う人は少なくないか?
「ケーキ、うまかっただろう?」
「もちろん。又、食べたい。」"こんなおいしいものは食べた事がない"という者が多数。
「一切、不評はなかった。それだけシェフの腕が良いって事だよ。」
ううむ、そうなのか。砂糖が多ければ良いってものでもないのだなぁ。
「で、砂糖の量が、帳簿と合ってない事に伯爵が気が付かれ、横領の発覚へと繋がった。」
「さすがスイーツ伯爵。」それで城の食料管理者が交代したのか。
「スイーツ伯爵については、もう一つ話題があってな。」
「まだあるのかよ。」
「キングストンのフルーツが、大売れなんだと。」
「ケーキで使われていた?」
「そう、お茶会で使われ、使用人達もおいしいと周りに伝えた事で、話題になったんだと。」
「さすが、スイーツ伯爵。」ケーキで出世して、領地のフルーツも大売れ、ウハウハじゃないか。
第一部で登場した侯爵夫人はセコイア侯爵の夫人ではありません。