9-2.王都の孤児院
孤児院見学 クリス
「こんにちは、こちらを見学にきました。シスターはいますか?」
孤児院の戸口で対応してくれた女の子は、10歳くらいで体が細かった。
「・・・ここで待ってて。呼んでくる。」
「ようこそ、いらっしゃいました。」シスターは意外にも、20代くらいの若い人だった。
「突然お邪魔してすみません。こちらを、見学させていただけないでしょうか。」軽く頭をさげる。「私の事はクリスと呼んでください。こちらは婚約者のデイジー。」
「ごきげんよう。お願いします。」デイジーが挨拶した。
シスターが私達をじっと見た。私達は商人の恰好をしていて、近くで馬車を降りて歩いてきた。
「よろしいでしょう。ちらかっていますが。」
「普段の様子を見たいので、かまいません。」
シスターに連れられて、あちこちの部屋を見せてもらった。散らかってはいたけど、どこも清潔感のあるところだ。さすが、大きな教会が運営する孤児院だ。
どたどたと足音がすると、子供が二人走ってきた。
「シスター、又あの貴族の息子がきたよ。」
「シスターをすぐに呼んでこいって。」
「二人共、そんな走ってはいけません。今は別のお客様を案内しているので、お待ちくださいとお伝えして。」
「我々の案内はここまでで結構ですよ。重要なお客様なのでしょう?」私がシスターに申し出た。
シスターは、とまどったようだった「そうですか?そう言っていただけると助かります。では玄関へまいりましょう。」
シスターが、子供二人を連れだって歩きだした。
「どちらのご子息でしょう。慈善活動に、だいぶ関心がおありなのですね。」歩きながらシスターに聞いた。
「セコイア侯爵のご次男、ミシェル様です。時々こちらにいらっしゃいます。」
「セコイア侯爵のご次男?」デイジーの小声は、子供達の大声にかき消された。
「アイツ、シスターにメイドになれって言うんだよー!」
「嫌って言ってんのに、しつこいんだよー!」
確かにシスターは、可憐な感じのする人だ。「そうなのですか?」
「メイドの話はお断りしています。おいでになる度に、寄付をいただいておりますので、慈善活動に関心がおありなのでしょう。」
「よろしいですね。」私は無難な返事をしておいた。どちらかというと、寄付を理由に、ここへ通っている感じかなぁ。
子供達が「メイドにはならないでしょー?」「すぐに帰ってもらって。」等シスターと話している間にデイジーに尋ねた。
「知り合いなの?」
「いいえ、ただ、姉さまが、特に酷評されていた方だったので、覚えていたの。」
デイジーの姉さまは、より良い相手を探すのに、積極的に夜会等に参加している。そこで会ったのだろう。
「ちなみに、どんな評価だったのかな。」
「高位だけど、顔だけで中身のない、軽薄な方だと・・・。」視線を斜め下に向けて、告げられた。うわぁ、ダメだ。この先が思いやられた。
「あぁ、エミリー。会えて嬉しいよ。ここ何回かすれ違いだったね。」入口で着飾った貴公子がシスターに挨拶した。容姿も服装も華麗だ。
「ミシェル様、ようこそおいでくださいました。」シスター・エミリーが深々と礼をした。
「接客中だったかな、じゃまをしたね。」ミシェル殿は我々を見ながら言った。
「いえ、重要なお客様を優先するのは当然です。脇で待っております。」私が答えた。
シスターが驚いた様子で、私達を振り向いた。我々がすぐ帰ると思っていたのだろう。
「良い返事がもらえたら、すぐに家に戻って、迎える用意をするけど?」ミシェル殿は、シスターへと返事をうながした。
シスターはミシェル殿へ振り返った。「メイドのお話はありがたいのですが、お断りしいたします。私はここで、子供達の面倒をみたいのです。」
「うーん、そんな事言わないで。強引な事はしたくないからさぁ。」
シスターは黙り込んでしまった。
「ミシェル殿、それ以上は脅迫となる、控えたまえ。」私が口を挟んだ。
ミシェル殿は、ゆっくり私に笑顔を向けた。「どうして、僕が控えないといけないのかな。」
「ここは、王妃様が気にされている所だ。トラブルを起こしたなど、お耳に入れたくないだろう?」
ミシェル殿は笑顔を引きつかせた。「誰がお耳に入れるんだ?お前が気軽に会える方じゃないぞ。」
「私は、王妃様に遣わされてここに来ている。クリスハート・キングストン伯爵だ。挨拶が遅くなった。」
「王妃様に遣わされただと?伯爵子息が?」
「最近、伯爵を継いだので、私の事はご存じないだろうが、スイーツ伯爵の銘だったら聞かれた事があるのでは?」
「お前が、近々王城で茶会を開くスイーツ伯爵か!」
「そう、良くご存じだ。」正式な礼を贈る。
ミシェル殿は苦々しい顔をして「僕は、咎められるような事はしていない!父から抗議してもらう。覚悟しておけ!」踵を返してひきあげて行った。
「ありがとうございました。」シスターから頭を下げられた。
「いや、お互い他人の威を借りた言い合いで、見苦しかったね。」
「いいえ、侯爵のご次男に、物申すなんてできない事です。」
「かっこ良かったわ。」デイジーにも褒められて、照れてしまった。
「ねぇ、スイーツ伯爵。」横で話を聞いていた子に、呼びかけられた。
「こら、キングストン伯爵とお呼びなさい!」シスターが叱った。
「私の事は、クリスと呼んで欲しい。シスターも。」
「はい。」返事が重なって帰ってきた。
「それで、何かな?」
「クリス様は、王妃様とお友達なの?」
「うーん。お友達という程じゃないな。お城でお茶会をするように、頼まれたんだよ。」
「はい、近々伯爵がいらっしゃると、お手紙をいただいております。」シスターから言われた。
「では、どこかで話をさせてもらいたい。」
食堂でシスターにお茶を出された。
「こちらには、お妃様が良く来られるそうですね。」
「はい、大変お世話になっております。」
私は姿勢をただした。「この度、王城で王都の孤児院への寄付を募るための、茶会が催される事となった。この孤児院の子達に、お茶注ぎをしてもらえないだろうか。」私は矢継ぎ早に説明を続けた。
「週に2、3日王城から、メイドが注ぎ方を教えに来る。茶会の直前に、実際にやってもらって、無理そうなら、テーブルを挨拶してまわるだけにする。」
「・・・それは王妃様の、ご要望なのでしょうか。」
「そうだ。"キングストンの家の為のお茶会"について、聞いた事はあるかな。」
「ケーキを好きなだけ食べられるとか。」
「まぁ、そうだ。食べるのは招待客だけで、メイドはお茶も飲めないけどね。それを王城でと希望された。」
「キングストンでは孤児に、お茶注ぎをさせておられるのですね。」軽く睨まれた。
「そうだ。自分で稼げという意味合いもあるけど、お茶注ぎの技能と城での経験は就職の売りになる。」
「まぁ。子供達の為なのですね。ぜひお願いいたします。」
「では、私から子供達に伝えるので、集めて欲しい。」
「はい。」
持参したお菓子を全員に配った。
「クリスハート・キングストン伯爵から、皆さんにお菓子をいただきました。お話しがあるそうなので聞いてください。」シスターから紹介された。
「はじめまして。クリスと呼んでくれ。王城での茶会で、貴族にお茶注ぎをしても良いという子はいないかな。お妃様にも会えると思う。」
子供達が騒ぎ始めた。「お城へ行ける!」「お妃様に会える!」
「私やります!」「やります!」「やります!」多数の希望者が現れた。
「では、時々、城からメイドが来て、お茶の注ぎ方を教えるから、練習するように。茶会の前にやってもらって、ちゃんとできたら城でやってもらう。いいね。」
「はい、がんばります。」
当初の意気込みは良かったが、最終的に残ったのは数人だった。