6-3.決意表明
決意表明 ベイカー
ご領主が再び周ってこられた。
「おかわりはいかがかな。"今ここでしか食べられないケーキ"というのは、このテーブルでは言いづらいな。」
「とんでもない!!ウチのケーキなど、比較になりません!」思わず叫んでしまった。
「ここには勉強に来てもらったんだから、"負けないようがんばります"くらいは言ってもらいたいな。」
「はい。がんばります。」トーンダウンして返事をした。
「シェフが、ケーキ職人の意見が欲しいと言っているから、よかったら後で集まって。」
「はいっ。」
ハーシー議員以外がケーキをおかわりした。
「私はクリス様に、抱負をお聞きしたい。」前子爵が言われた。「キングストンをどの様にされるのか。」
クリス様は真剣な顔で「私の目的はキングストンをより豊かにする事。まだ小さな事しかできないので、指導をお願いしたい。」軽く頭を下げられた。
これだけの事をして小さい!?
「ベイカーさん、数十人の事はキングストン全体からすれば、小さい事になるのです。」驚きが止まらない私にハーシー議員が小声で教えてくれた。
「それはしっかりした叔父上がおられるので、この老人の出る幕はないでしょう。」前子爵が返事をされた。
「あと、良いお友達をお持ちだ。2つ目の家を叔父上に断られる話は、普段はしないのでしょう?」後半はハーシー議員に向けられた。
「はい。一家目の他に既存の孤児院を、増員されたとお話します。」
え!そうなの??
「相手を見定めて、聞こえの悪い話をするなど、なかなかできませんぞ。」
「ありがとうございます。」ハーシー議員が深く頭を下げた。
「最後に、母上はお元気か。」前子爵がご領主に向きなおられた。
「暫く会っていませんが、元気にしているそうです。」
「素晴らしいご領主を、与えて頂いた事を感謝しますとお伝え下さい。後、そのご家族にも。」
「ありがとうございます。」ご領主が深くお辞儀をされた。
「私から話してばかりで、すみません。」前子爵が皆に言われた。
「ケーキのセレクトのお話を伺いました、とてもステキですわ。」エレノア様がご領主に言われた。
「私には何の技術もないと思っていたので、役にたてば幸いです。」
「このお茶会は、確かに職人技と評されて良いと思います。」カトリーヌ様も言われた。
「ありがとう。」
「キングストンが繁盛する為には、まず君達が繁盛しないと。美味しいケーキを作ってくれ。」ご領主が私に言われた。
「はい。」
「それにはキングストンが平穏でないと。ザイオン男爵、よろしくお願いする。」
「はい。お任せください。」男爵の返事にご領主がうなずかれた。ザイオン男爵は見た目通り、武人らしい。
「別のテーブルにも周らないと。失礼する。」ご領主達が別のテーブルに向かわれた。
「ベイカーさん。クリス様と、どういうお話をされたのですか。」ハーシー議員から問い詰める様に聞かれた。
「私も気になる。」男爵からも睨まれてしまった。
ご領主が、お忍びで店にいらした際の事を急いでお話した。
「良くわかりました。」ハーシー議員がうなずいている。
「今回と、次回のお茶会をお考えでしたのね。」エレノア様が関心された。
「次回も素晴らしい、お茶会になりそうですね。」カトリーヌ様が微笑まれた。
デイジー様が再度来られた。「ケーキのおかわりも、どうぞ遠慮無く。」
男爵と私がお願いした。
「お召し物が良くお似合いですわ。」エレノア様が誉められた。
「ありがとうございます。最近、キングストンへ越して来たマダムに、作ってもらいました。」
「可愛らしいですよ。」カトリーヌ様も誉められた。
デイジー様が照れながら礼を言われ、別のテーブルへ向かわれた。
エレノア様が話題を提供された。男爵はあまりお話されない方らしい。
ご領主が一人でテーブルに来られた。
「楽しんでもらえただろうか。そろそろ、終わりとしたい。」
「私はご領主がその店主に、どういう事をされるのか見定めたい。」男爵が言われた。
「私も興味ありますな。」前子爵も言われた。
「気を煩わせてすまない。」ご領主が軽く頭を下げた。
契約 ベイカー
「ベイカー、ハーシー議員には茶会に毎回、参加してもらっている。」ご領主が言われた。
「お茶会で、どんなケーキが出されたのかを、知りたいのですよね?」ハーシー議員が続いた。
私は驚いて声が出なかった。そのような事を気にしていただけたなんて!
「ハーシー議員の他にもいる事に今日、気がついてね。私がとりもっても良い。」ご領主がにこやかに言われた。
ハーシー議員と私が驚いた。「どなたですか?」私が聞いた。
「"キングストンの家"の者達だよ。お茶を注いでもらっただろ?」確かに、私とハーシー議員はうなずいた。
「ハーシー議員よりは頼りないかな、一種類しか食べないしね。君が毎回、ケーキを"キングストンの家"に納める事で手を打たないか?」
「一種類だけですか?」なんで片方だけ?
「使用人には一種類しか出してなくてね。」ご領主が苦笑いされた。
「お茶を注いだ"家"の子と、この城の使用人、全てにふるまわれているそうですよ。」ハーシー議員がボソっと言った。えっ、一種類でも凄い数になりそう・・・。
「たまには慰労もしないと。」ご領主が笑顔で言われた。
顔つきと声のトーンを変えて。「美味しそうなケーキが、目の前を通り過ぎるだけって許せないだろ?」
私は苦笑いした。さすがスイーツ伯爵。
「クリス様、それだけじゃないですよね?」
「さて、何だっけ?」二人共にこやかに話を続ける。
ハーシー議員が私に向いて「クリス様はご自身で"キングストンの家"に、あの子達を迎えに行かれる際に、お茶会のケーキを1ホール、持参されるんですよ。」
は?それって!?ええぇ!!
ハーシー議員がうなずいて言った。「この方は、とんでもねーご領主なんですって。」
「ハーシー議員、何か言ったかな?」ご領主がにこやかに言われた。
「いいえ、こちらの話です。」
「そういえば、"家"の職員が以前、貴族の厨房をやってたと言ってた。ケーキの腕前は知らないけど。」
つまり、"キングストンの家"に行けば一種類はプロの話を聞ける!?
「両方お願いします。ハーシー議員には、お茶会の様子も。」
「次回のお茶会から翌日に行くという事でいいね?当日にケーキを食べに行くのはダメ。」
「私もケーキ1ホールで手をうちましよう。プロ並の感想は期待しないでいただきたい。」
ご領主を横目で見ながらハーシー議員が言った。
「わかりました。お茶会の二日後にお伺いします。」
「これで今後のお茶会のケーキも、"スイーツ・ガーデン"で確実に食べられるね。」ご領主がにこやかに言われた。
「え!それは・・・。」私は躊躇した。
「君がやらないんだったら、私がケーキ店"スイーツ伯爵"を出そうか?」
「それは、ご容赦ください。」私はうなだれた。
周りから笑いが起こった。
「儲かりそうだな。」ハーシー議員だけは、マジメに考えていそうだった。
席を立って、シェフのところへ向かおうとする際に、声をかけられた。
「今日のお茶代は、"キングストンの家"にケーキ1ホールでも良いからね。」
「はい!」
後日、私は感謝の気持で寄附と、ケーキの両方を贈った。
お茶会のキーマン クリス
控えに向かう途中で、ハーシー議員に話かけられた。
「クリス様もお人が悪い。"キングストンのご意見番"、イエローストン様と同席させるなんて。」
「それはバージルに言ってくれ。私はベイカーとの同席しか指示してないよ。」
「やっぱり、今回のキーマンは彼ですか。」
「うーん、彼というよりは、スイーツ・ガーデンのケーキの影響かな。」
「彼に伝えときますよ。今回のケーキもがんばってくれるでしょう、楽しみだ。」
城の執務室 マイルストン子爵
城の執務室でイエロストン前子爵と、領主代行=クリスの叔父=マイルストン子爵が向かいあっていた。
「たいへん、ヤンチャなご領主ですな。」
「目的がしっかリしていて、行動的でありがたいですよ。自分のできる範囲も解っている。」
「これからが楽しみですな。」
「既に楽しいですよ。」
「それは、よろしいですな。商人を領主に据えると聞いた時には、正気を疑いましたよ。」とにっこり。
「杞憂で済みそうですよ。」
「それは結構。ただ、敬意ある下位貴族への話し方は、直された方が良い。」
「承知した。」
男爵の馬車の中 ザイオン男爵
「ご領主と前子爵は、騎士あがりの俺の事も気にかけてくだされた。」
「平民にあれだけの事をされる方々ですもの。盗賊団を壊滅させた功績のある、貴方様をないがしろにはされませんわ。」妻から持ち上げられた。
「ご領主は、ケーキにも思いが込められて。だから、あのお茶会はあんなにステキなのですわ。」
「俺はあの様な事は、全くできない。」
「あら、よろしいのですよ。ご自身の得意な事ができれば。ご領主が、おっしゃておられたでしょう?お茶会などは必要があれば、私がしますから。もちろん、あれ程のものはできませんが。」
「あれは"スイーツ伯爵"でなければできまい。恥ずかしくないものが、できれば良い。頼りにしてるぞ。」
「はい。」とにっこり。