5-8.寄付
寄付 サム
領主が三度、周ってきた。「今ここでしか食べられないケーキだから、どんどんおかわりしてくれ。」
「ここでしか、食べられないんですか?」弟子が訪ねた。
「別の人が作ったら、別の味になるということだよ。」
「ごもっとも。」
ギルが恥ずかしそうに「シナモンケーキを、お願いします。」
「俺も花のケーキを。」弟子が追従した。
「私もシナモンを、次がわからないですから。」議長が言い出した。
「次がわからないって?」ギルが聞いた。
「お茶会の主旨からして、ここで寄付をした出席者は後回しだ。」
「そうですよね。一度出席したら、次はわからないですよね。私も花のケーキを、お願いします。」マーガレットが慌てた。
「俺もシナモンを頼む。」と俺。
「これなら、ケーキは小さめにしなくても、良かったかな?」領主が笑顔で言った。
全員が顔を合わせた。
「小さめの方が、おかわりに抵抗がないと思います。」マーガレットが答えた。
「成程、意見をありがとう。」領主は軽く会釈をして、去って行った。
「商工会は毎月、寄付をしているのですよね。」ギルが議長に聞いた。
「そうだ。今回は私が個人的に寄付をする。」
「職人組合もそうした方が、良いでしょうか。」
「それは、皆の意見で決めれば良い。セレクト講義と、次回のお茶会が終わってから再度、検討しても良いだろう。」
「組合長が高評価するモノを、0査定なんて無いと思うけどな。」俺が茶々を入れた。
「そんなハズないだろ。どんな目にあうか、わからないじゃないか。」
俺と議長が顔をあわせた。
「どんな目にもあわないよな。」
「あわないでしょうな。覚えが悪くなる、くらいでしょう。」
「何もされないと言うのか!?」ギムが驚いた。
「されないだろ。」
「たぶん、されないでしょう。」
「なんで?意向を無視されるんだぞ?」ギムは信じられないらしい。
「虫の良い依頼をしている、と自覚しているからだな。」と俺。
「キングストンの為にならない事は、されないからだ。」と議長。
「そんな・・・。」ギルはまだ、信じられないようだった。
「あなたがどの程度、寄付したのか聞いても良いかしら?」マーガレットに聞かれた。
「俺のは参考にならん。」
「お茶代にしては、高額なんだろ?」ギルから言われた。
「俺はお茶代など払っていない。」少しムッとして言った。
「名工は、キングストンの慈善事業に対して、寄付されたんだ。」議長から補足された。
「随分ご大層な話だな。」
「いったいどういう額を、寄付したのよ・・・。」マーガレットがつぶやいた。
「剣一本だ。」俺はブスっとして言った。
「え?」
「お茶会の後で売った、剣一振りの代金をほぼ全額です。」弟子が控えめな声で言った。
「そんなに?」マーガレットが、口を押えて驚いた。ここにいる全員が、高額である事を知っている。
「どうして、そんな気になったんだ。」ギルがあきれたように聞いてきた。
「"キングストンの家"の成り立ちに感銘を受けた。」
「そんなにすばらしい、お話なの?」とマーガレット。
「今日も部下があちらで話してますよ。寄付の増額は確実ですな。」と議長。
「そこまで言われると、気になるな。」ギル
俺は弟子に向かって「お前、後で聞こえよく話してやれ。」
「聞こえよくですか?・・・はい。」弟子は嫌そうに答えた。
「なんだその、聞こえよくというのは。」ギル
「クリス様が子供達を、とんでもねー目にあわせまくった話なんですよ。」弟子が声をひそめて言った。
「とんでもねー目って、酷い事をしたという事ではないわよね?」マーガレットが眉をひそめて聞いた。
「非常識なまでの好待遇という事です。」議長が困惑ぎみに答えた。
「非常識な好待遇?」ギムが首をひねった。
「この話に比べたら、今日の事なんか、まだ生易しいです。」弟子がきっぱり言った。
「なんか聞かない方が、良さそうな気がしてきたわ。」マーガレットが手で額を押さえた。
「だから、聞こえ良くって言っているだろ。」
「聞こえ良く、お願いしよう。」ギルが冷や汗をかきながら言った。
帰り際にギルは領主に"スイーツ伯爵"を称号認定した。個人の感情とは別に、このお茶会は職人技だという事らしい。
ちなみに、"キングストンの家"の成り立ちは、議長がハーシー議員に声をかけて、彼から聞こえ良く話してもらった。