5-4.セレクトと寄付
セレクトと寄付 ギル
「あの方がご領主?」俺はたまらず隣の議長に聞いた。
「そうだ。」
「あんな貴族、見た事ないぞ。」今まで何人もの貴族と会っているが、あんな方は初めてだ。腰が低いとしいうか、見下した態度がないというか。
「アイツは平民の心を持った領主だからな。」名工が言った。他二人がうなずいた。
何だそれは??詳しく聞きたかったがそんな暇はなかった。
ご領主達がテーブルの近くに来た。
「クリスハート・キングストン伯爵だ。お茶会へようこそ。今日は楽しく過ごしてくれ。"キングストンの家"の子達にお茶注ぎを頼んだ。一生懸命練習してもらったが、粗相があったら、許して欲しい。」領主が軽く礼をした。
「"キングストンの家の為のお茶会"へようこそ。キングストンの家のジュディです。よろしくお願いします。」少女が礼をした。あぁ、孤児院の子なのか。
「本日はシナモンケーキと食用花のケーキを用意した。小さめにカットしているので、おかわりして、ぜひ両方味わって欲しい。」
このお茶会の特徴はケーキが二種類出されて、両方味わえるところだ。ケーキとお茶のセレクトはご領主様ご本人によるものらしい。今回も凝ったセレクトをされている。
「シナモンは、親方の為のセレクトですね。」弟子がささやいた。
名工が小さくうなずいた。そうなのか!?
「花のケーキは、婚約者のデイジー様の為のセレクトですかな。」議長が言った。
「客の中に花の名を持つ者がいたな。」名工がマーガレットさんを見た。
「えぇっ!私!?」マーガレットさんが驚いた。俺も驚いた。誰の為のセレクトという思いがあるのか!
「職人以外でケーキで人を魅了するのを初めて見た。」俺は思わず漏らした。ケーキ職人に見習わせたい。
「ここで迂闊な答えをすると、婚約を解消されそうな気がするんだけど?」ご領主がにっこりして答えた。
「花のケーキが先の方が良いですよね?」弟子が話を変えた。
「そうだね。」ご領主は常に穏やかだ。
「"キングストンの家"への寄付をお願いします。」お茶を注ぎ終わったジュディとご領主が並んで頭をさげた。そこはジュディだけで良いところでは?
名工が議長へ話を譲った。
「ジュディさん、"キングストンの家"はどうですか?」
「とても楽しいです。」
「そうですか。クリス様に連れて行ってもらえて、良かったですね。」議長はこの子を知っているのか。
「はい。全部クリス様のおかげです。」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。」ご領主がジュディに言った。
ジュディは、最近"キングストンの家"へ連れてこられたらしい。
「商工会は、引き続き毎月定額を寄付させていただきます。」議長が領主へ言った。
「ありがとう。」「ありがとうございます。」二人が頭を下げた。ジュディだけで良いでしょう?
「職人組合の組合長、細工師のギルバート・フォスターです。」議長が俺を紹介した。
「キングストンのドワーフ、ギルと呼んでください。」深く頭を下げる。
「よろしく頼む、ギル。」ご領主が挨拶を返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」再び礼。「職人組合は次いの会合で寄付を決定できると思います。」
特に要望されていなかったから、今まで孤児院への寄付はしていなかった。税金おさめているし。
「ありがとう。」領主が再度、軽く頭を下げた。「ありがとうございます。」ジュディが続いた。
孤児院の子に礼をさせるには、ご領主の手本が必要なのかもしれない。
「俺達はこの後の話会いで、寄付の額を決めさせてもらいます。」名工が言った。マーガレットさんが驚いて名工を見たが何も言わなかった。
俺も驚いた。そんな事、言って良いのか?
「名工にはかなりの額を既に受けたと思うが、良いのか。」ご領主が聞いてきた。
「これだけの事をされて、タダとはいかんだろう。」名工がくだけた調子で答えた。そうなのか!?
「ありがとう。」ご領主が頭を下げると、ジュディが慌てて頭をさげた。「ありがとうございます。」俺は納得した。
「では、楽しく過ごしてください。」今度はメイドと三人揃って頭をさげて別のテーブルへと向かって行った。
ここで迂闊に、ご領主の事を周りに聞くわけにはいかないので、黙って見送った。
「それでマーガレット、どうする?普通に懇親会にするか?」名工がマーガレットさんに確認した。
「いいえ、せっかくセッティングしていただいたんだから、活用させていただくわ。」
姿勢を正して。俺に向き直った。
「組合長。ここしばらくの間に、隣の男爵領から何人もの職人が、キングストンへ引っ越してきました。キングストンの、職人組合への参加を希望します。こちらがその一覧です。」
一覧を受け取った。
「わかりました。各個人へ訪問させていただき、審査させていただきます。とは言っても、男爵領でご活躍の方々なら、すんなり通るでしょう。」
「はい。」マーガレットさんは嬉しそうだ。
一覧を開いた、
「ずいぶん、いらっしゃるのですね。ご領主から、組合への加入を命じられたのですか?」
「いや、加入を検討するように言われて、我々が決めた。あの領主は、めったに命令らしい命令をしない。まあ、領主からの依頼、要望は、つまるところ命令だが。」
名工から答えられた。命令じゃない??
「私、命令されたけど?」マーガレットさんが、いぶかしげに言った。
「何を命令されたのですかな?」議長が聞いた。
「命令された言葉を、そのまま言ってやれよ。」名工が笑いながら口を挟んだ。
マーガレットさんが、コホンと入れてから言った。
「"食道楽伯爵が命じる、良いというまで毎日、我々をお茶に招待するように"。我々というのはご領主と婚約者様ね。」
議長と俺は唖然とした。何だそれは!?「そんなふざけた命令をしたのか?」
「その命令には、何か理由があるのでしょう?」議長が当惑気味にきいた。
議長はご領主の味方か?「ずいぶん肩を持つんだな。」語気荒く聞いてしまった。
「商工会に来られた際に"ありあわせの物でかまわない"と言うようなお人だぞ。」
そうなのか!?じゃ、その命令は何だ?
「"スイーツ伯爵みたいな事は、しなくていいからね"」名工が口をはさんで、花のケーキを口に入れた。
「今ならわかるわ。まねしたくったって無理よ。」マーガレットさんもケーキを食べた。
「おい、ぜんぜんわからないぞ。」俺はいらついて言った。
「最初から話すから。落ち着け。」
おう、話してもらおうじゃないか。
商工会議長はハーシー議員からジュディの一件を聞いています。