5-3.お茶会の相手
お茶会の相手 ギル
「こう言っては申し訳ないが、意外とさまになっている。」商工会議長に言われた俺は、ジロっと睨んで言い放った。「貴族相手に商売してますから。」
俺は議長に連れられ、キングストン城の庭に設けられた通称「スイーツ伯爵のお茶会」の席にいた。ずんぐりむっくりで"キングストンのドワーフ"の異名を持つ俺が場違いなのは承知の上だ。
俺だって、来たくて来たわけじゃない。できれば、こちらから貴族にはかかわりたくない。でも、職人組合長として、出席を求められればしかたがない。貴族から細工物をよく受注される者が、お茶くらい飲めなくてどうする。
と、向こうから見知った顔が近づいて来るのが見えた。しばらく前に他領から来た剣の名工サムだ。弟子と女性を連れている。ヤツとは職人組合に挨拶に来た際に意気投合して、飲み明かした仲だ。
俺達に気が付くと「あの領主ー。」と言うのが漏れ聞こえた。女性が何事かと聞いている様子だ。弟子が"キングストンのドワーフ"と言うのが聞こえた。
名工がずかずかと俺達の前に立った。不機嫌な様子で「ひさしぶりだな。」と言った。
「ごぶさたしています。」議長が挨拶した。
「あんたが、女性を連れて来るとは思わなかった。」俺は一番気になった事を口にした。
「オマエこそ、城のお茶会に出席するとは思わなかった。」
「マダムの一人に、俺にはもったいないから譲れと言われたが、役目だからな。」
「マダムの意見に賛成だ。」
「憤慨されていたようだが、何かありましたか。」議長が聞いた。
「まさに今、領主にとんでもねー目にあわされた所だ。」
横にいた女性が驚いて名工を見た。俺も何事かと思った。
「たった今ですか?」
「あんたら二人と同席している。」
「俺達と同席する事が、どういう嫌がらせになるんだ?」思わず大声を出してしまった。
「ギル、違う、逆だ。」議長から手で制された。
「逆?」
「好待遇を受けている、という事だ。」
「好待遇?」どういう事だ?
「待て、まずはこっちからだ。」名工が女性を座らせて、自身も席についた。
弟子は自分で席についている。
「マーガレット、俺達がどんなとんでもねー目にあわされたかを説明するから、落ち着いて聞け。」名工にマーガレットと呼ばれた女性が、硬い顔でうなずいた。
俺も知りたい。
「そこに座っているのは商工会議長だ。」
「ハリー・チャップマンです。よろしくお願いします。」議長が礼をした。
「商工会議長!よろしくお願いします。」マーガレットさんが礼を返した。
「そこにいるのが、キングストンのドワーフだ。」
何て紹介をするんだ!礼儀正しいところをアピールしておかないと!
「細工師のギルバート・フォスターです。ギルと呼んでください。」
「細工師?始めまして。」マーガレットさんはこの組み合わせが不思議そうだ。
「コイツは職人組合の組合長もやっている。」名工からフォローされた。
「え?」マーガレットさんが考えこんだ。「えぇぇ!」驚かれた。俺が職人組合長に見えないのだろう。しかたない。
「マーガレット・ビネットは、しばらく前に男爵領から引っ越してきた、服飾のマダムだ。」
俺は思いあたりがあった。
「あぁ、先程言ったマダムから聞いてますよ。男爵夫人のお気に入りだったとか?」
「はい。たびたびご利用いただいていました。」マーガレットさんは、落ち着かない様子だ。俺達がそんなに意外だろうか。
「私達はご領主から"他の領地から来た職人達の話になるかもしれない"と言われているが、その関係かな?」議長が言った。それこそ俺がここにいる理由だ。
「まさにそれだ。」名工が答え、マーガレットさんが「確かにお茶会で話してもらうと言われてたけど、てっきりご領主にお話しするものとばかり・・・。」
話が通ってなかったのか?と思っていると、名工から親指で指された。
「城から帰ったら、このギルに連絡をとって、引き合わせるつもりだったんだ。」
「領主に話す予定だった話を、コイツにすると頃合いを見て、こんな事がありましたって商工会の耳に入るんだよ。」議長に指を向けた。
「今ここで話をすると、それがいっぺんに済む。そういうセッティングを領主が自分のお茶会を使ってしたんだよ。とんでもねーだろ?」
最後は俺に向かって言われた。ご領主がわざわざお茶会で引き合わせたと?
「なんとなく、わかったような気がするが、実際どういう話なんだ?」俺は事前に議長からそんな話を聞いていたから、問題はその中身だ。
「それはアイツに一言、言ってからだ。」
名工はメイド二人を待たせて、一人で近づいてくる大柄の貴族を顎で指した。
アイツ呼ばわりしたけど、ご領主だよな?15歳で伯爵を継いでまだ1年経ってない。
太っているが重戦士という感じだ。20代でも通るんじゃないだろうか。
世継ぎの式典以前から「庶民に親身だ。」と評判だ。
又、名工が剣を献上しようとして「代金を払う」と言われたいきさつは有名な話だ。
聞いていたとおり温和な感じで威圧感がない。
でも、俺は信じていない。それは議長も名工もその弟子も、詳しく聞こうとすると言葉を濁すからだ。絶対、悪い話をしないように口止めされている。
名工が近づいて来るご領主に声をかけた。
「俺達二人と、お茶会前の非公式なやりとり、ってことでいいよな?」
ご領主とは友人関係で、なれなれしく話ができるとは聞いているが、大丈夫なのかと不安になる。
「そうしてもらえるかな。」ご領主は、テーブルの間際まで来てから、穏やかな感じの返事をした。
「不況をかったのであれば謝罪する。」
俺は驚いた。ご領主から謝ってくるなんて!!
「この顔ぶれを揃えてくれた事には感謝する。ただ、唐突すぎて戸惑ってるぞ。」
名工がマーガレットさんを顎で指した。
ご領主はマーガレットに向いた。「丁寧な説明をせず、とまどわせた。」軽く頭をさげた。
非公式とはいえ、そんなに頭をさげていいのか!?
「いえ、私もよくわかっていなかったんです。このような機会を、用意していたたきありがとうございます。」マーガレットさんがフォローした。ご領主を立てたくなる気持ちはわかる。
「そう言ってもらえると助かる。検討を依頼した件は結論がでたかな?」
依頼した?"命じた"だろう?
「はい。一覧も持参しました。」
「そうか、ありがとう。短期間によくまとめてくれたね。この場はただの懇親だけに留め、別の機会に提出しても良いし、この場で説明して誰かに渡しても良い。私には提出しなくていいから。」
感謝とお褒めの言葉をいただいている。なかなか無い事だ。
「必要ないと?」
「必要になったら、貴方か職人組合に相談する。」
「わかりました。」
「状況が整理できたら、お茶会を初めてもらおうか。後、一言。」名工が一度言葉を切った。
「やっぱりアンタは、とんでもねー領主だ。」
既に何度も言われているのだろう。ご領主は正式な礼を名工に返した。体が大きいからか所作の正しさがはっきりわかる。
ご領主は、メイド達の所へ引き返しつつ、手招きして呼び寄せた。