5-2.食道楽伯爵の命令
食道楽伯爵 クリス
「ザイオン男爵の使いという者が、急ぎこちらの主と話したい、と申しております。」護衛の一人が言った。
「私の事は伝えたか?」
「いいえ、我々がお仕えしている方としか。」
「それで良い。ありがとう。私が同席でも良いか聞いて。」
私はマーガレットに言った。「使者の対応を見たい。とりあえず、我々の身分は伏せて。いいね?」
「はい。」
役人風の厳しい顔つきの男が入ってきた。「お前がここの主か。」
「そうです。」マーガレットが立ち上がって言った。
「待たせるなんて失礼な。私は男爵の使いだ。どんな客よりも先に接客すべきだ。」
「そんな。」マーガレットが使いを睨みつける。
「この場ですぐ済む事ならかまわない。」私が口を挟んだ。
「聞き分けの良い客だ。ここの主が良い返事をすればすぐに済む。」私に答えた後、マーガレットに向いて「男爵は今後お前の店で、相応の値段で購入してくださる。すぐにここを引き払い元の店に戻れ。」
あたり前の事をしてやるから、ありがたく思えって感じだな。引っ越しの経費も出す気ないよな?何も好条件がないな。
「お断りします。」マーガレットが答えた。そうだろうなぁ。
「男爵の命令に逆らうのか!そんな事は許されない!男爵領へ戻れ!」
「ここは男爵領ではないから、そのような命令は無効だ。」私が会話を遮った。
「だまれ!子せがれが!無礼だぞ!」
「君はザイオン男爵の使いであって、貴族じゃないよね?無礼にはあたらないな。ここが伯爵領である事も明白だ。」
使いは顔をしかめた。「この者は男爵領から抜け出て来た者だ、男爵の意向に従うべきだ。」
「男爵と何の契約も縛りもないんだよね?無理に連れ戻したりはしない、と城へ来た使者は言っていたが、君の受けた指示は違うのか?」私は男爵の使いを睨んだ。
「城へ来た使者が言っていた?その場にいたような事を・・・。」使いから睨み返された。
「その場にいたぞ。使者は領主である私に話たのだから。」
「領主?」使いは唖然とした。「食道楽伯爵・・・。」ぼそっとつぶやいてから、「失礼する。」礼をしてさっさと部屋を出て行った。
「失礼いたしたしました。」マーガレットが深々と頭をさげた。
「貴方は何も悪い事をしてないから。」
名工に尋ねた。「私は食道楽伯爵と言われているのか?」
「聞いた事はありますね。」名工がめずらしく口ごもって答えた。
「剣を持ってくるべきだったかな。」
「あんなヤツで俺の剣を汚さないでくれ。」
「そうだな。名剣の錆にもしたくないな。」私は名工と笑いあった。
「あれであきらめるかしら?」マーガレットが名工にきいた。
「ほとぼりが冷めるのを待つんじゃないか?」
私は横に顔を向けた「デイジー、こちらで服を作るように。」
「え・・・。」デイジーはとまどったようだった。彼女は未だに自分の衣装には無頓着だ。
私はマーガレットに向きなおり、「暫くの間、毎日打ち合わせに来る。もちろん代金は払う。」
「それはつまり見回りに来られる、という事ですか?ご領主にそんな事を、していただくわけにはまいりせん。」
「あきらめろ。断りきれるものではない。」名工がマーガレットへ言った。
「だから、アンタはご領主を軽んじるような事を・・・。」
「剣が献上できなかった話を知ってるよな?」
「でも・・・。」
「食道楽伯爵が命じる、良いというまで毎日、我々をお茶に招待するように。」
マーガレットが唖然とした。デイジーを見ると片手を顔にあてている。
「ほらみろ。抵抗するだけ無駄だって。」名工が言った。
「スイーツ伯爵みたいな事は、しなくていいからね。」
「スイーツ伯爵?」マーガレットは解らないようだった。
「しまったぁ!」私は頭をかかえた。自分で自分を堕としてしまった。
「特別な待遇は不要です、他の者と同様の対応を。」デイジーからのフォローが入り、私は持ち直した。
「はい・・・。」マーガレットが、不思議そうに返事をした。
「この後の客には、領主の命によりと断って。日が落ちるまで、男爵領からこちらへ来た者達へ警告をしてまわるように。手分けして、できるだけ明日には完了してもらいたい。必要なら馬車を貸し出す。」
「は?ご領主の馬車を?そんなわけにはまいりません。」マーガレットが慌てて言った。
「だから、納得のいく理由じゃなきゃ断れないんだって。この方は歩いて帰るとか言い出しかねないぞ。」名工がマーガレットへ再度、言った。
「そんな・・・。」マーガレットがとまどった。
私はにっこり笑った。今のところ、そのつもりはなかったけど、確かにそんな事を言いそうだ。
「そうだな・・・では、城から二人乗りの馬車をお借りできますか。馬車がここへ来る間に我々で近所を歩いて回ります。」名工から言われた。
少し考えてみた。
「そうしよう。名工にはお付き合い願うとして、護衛をつけようか?」
「腕力には自信ありますし、あちらも騒ぎにはしたくないでしょう。」
「そうか。」
「ありがとうございます。どのようなお礼をしたらよいものやら。」マーガレットがとまどったまま言った。
「これでタダで物をもらったら、あちらと変わらないじゃないか。」私は手を振って答えた。
「それに、たいした事はできないよ。期待しないように。」
「はぁ・・・。」マーガレットは、やはり納得していないようだった。
「我儘ばかり言っているね。もしかして、どこぞの領主よりもたちが悪いかな?」後半は名工に尋ねた。
「どこよりも、とんでもねーご領主だ。」
「確かに。」私は苦笑いした。
疑問 サム
夕方まで警告に回った俺は、マーガレットの店の前で御者へ言った。
「ご領主に、馬車と逞しい御者を、つけていただいた礼を伝えて欲しい。」
「承知しました。」御者が答えて馬車を走らせた。
俺はマーガレットへ向いた。「茶でも、もらえるかな?」
何かを言いかけたが「えぇ。」と言って応接へ通してくれた。
一息ついてから「いろいろ聞きたいだろ?」
「もう、何から聞いてよいやら。そもそも、あの方は本当にご領主なの?」
「ご本人だよ。家紋のついた馬車を、貸してくれただろ。」
「今更だけど、馬車は自分達で用意すれば、よかったんじゃない?」
「今更だな。家紋付きの馬車で乗り付ける事で、領主が保護していると思わせられる。」
「それでなのね。逞しい御者を付けてもらったと言っていたけど、あれはどういう事なの?」
「あの御者は護衛もできるヤツだ。いや逆か、御者もできる護衛だ。」
「だって護衛はいらないって・・・。」
「念の為に付けてくれたんだよ。」
マーガレットが頭を振って「本当にあれこれ気を使っていただいて、ありがたいのだけど、普通の貴族はこんな事、思いもつかないわよね?だから本当にと思うのよ。」
「2~13歳まで商店の長男として育ったそうで、必要とあれば貴族らしからぬ事を平気でする、とんでもねーご領主だ。」
「そう・・・、だからなのね。スイーツ伯爵というのは?」
「城でのお茶会について、キングストンの仲間から聞いてくれ。」笑って答えた。
「俺はアイツを気に入ったがな、嫌いか?」まじめに聞いた。
「お仕着せがましい感じはするけど、私達を心配してくれての事ですもの、悪い気はしないわ。好きか嫌いかはここ数日で解かるでしょ。毎日お茶に誘うよう命じられたから。」マーガレットがあきれたように言った。
「さすが、食道楽伯爵だな。」俺は苦笑いした。
あれから、ご領主は男爵に、文書で抗議したそうだ。その甲斐あってか、男爵から各自に手紙が送られてきたくらいで済んでいるようだ。念のため警らの巡回コースも変更されたらしい。
「で?俺にもお茶会に出席しろって?」マーガレットから渡された、招待状をひらつかせながら聞いた。
「お礼がしたいと申し入れたら、お茶会で寄付してと言われたのよ。アンタはもう寄付したんですって?」
「あぁ、あれで終わりだと言ったはずだ。」
「アンタは寄付はしなくてもいいから、気が向いたら一緒にどうぞって。」
「お茶会なんて俺の気が向くわけがない、とは思わなかったのか?」
「思ったわよ。でも、念の為。」
「お受けしよう。」
「・・・なんで?」
「断ったら弟子から恨まれる。」
マーガレットはがっくり頭を落として「そういう理由なの?」
「弟子はあのお茶会に入れ込んでるんだ。ご領主の思惑どおり、かなりのステイタスになっているらしいな。」
「招待された人はかなり自慢してるそうよ。その為に寄付する人もいるらしいわ。」
「ホントに思惑どおりだ。で、嫌々行くのか?」
「喜んで出席させていただくわ。私も自慢しちゃう。連日お茶をご一緒していて、楽しいお方よ。男爵領の店々の様子や、料理などをお話したわ。」
「さすが元商人。」俺は苦笑した。
「二つ指示を受けているの。お願い、手伝って。」
「なんだ?」
「例の名簿に何の技能を持っているかを付ける事。それと、そのメンバで団体を新規に作るか、キングストンの既存の団体に加入するか、を決めるようにって。私と一緒にとりまとめをお願いしたいの。」
俺は頭をぼりぼり掻いた。「一緒に警告して回って、顔を知られているからな、しかたない、手伝うだけだぞ。」
「よかった、よろしくね。あ、馬車は自分達で用意しないと。」
「当然だな。前回は緊急と判断したから、貸してくれたんだ。」
「私、あの方のやり方が解ってきたわ。」
そうだといいんだが。