第五章 引き抜き 5-1.引き抜き
引き抜き クリス
私はバージルを従えて、隣領のザイオン男爵からの使いとキングストン城で面会した。
「主からのメッセージを、お伝えいたします。"我が領土から、各種名工達をキングストンへ引き抜くのを、おやめいただきたい"。」
"達"?私は剣の名工サムは思いつくが、他は知らない。サムにしたって、引き抜いたわけではない。
「私には、そのような覚えはない。」使者に答えた後、後ろのバージルへと声をかけた。
「引き抜きなんてしてたか?」
「いいえ、領主代行もしておりません。」バージルが平坦な声で答えた。
私は頷いて使者に向き直った。
「キングストンでは、名工の引き抜きは行っていない。その者達は、男爵と何かしらの契約をしていたのか。」
「いいえ、ですが、ここ最近何人もの名工が、我が領からキングストンへ移住しているのです。」
「私はそのことすら知らないな。」もう一度バージルへと「知っていたか?」
「いいえ、存じません。」バージルはあくまでも、淡々と答えてくる。
使者へ再度向き直り「それは、私のあずかり知らぬ事だ。そもそも、契約等縛り付けるものがないのであれば、どこへ引っ越そうと当人の自由ではないのか。当人の納得いく条件を提示して、戻るように説得されれるのがよかろう。」
「承知いたしました。主にはそのように伝えます。」使者は頭を下げた。
「一応、念の為に聞くが、本人の同意無しに、無理やり連れ去る事はされまいな?」
「そのような事は、ありえません。」
「そうか。では男爵によろしく伝えてくれ。」
「承知いたしました。失礼いたします。」使者が礼をして下がって行った。
私は退席しつつ言った。「剣の名工の所へ行く。デイジーに一緒に行くか声をかけて。」
私は馬車の中でデイジーに、今さっきの事を話した。
「名工達がキングストンへ逃げ込んでいる、という事?」デイジーから聞かれた。
「その思い当たりがないか、を聞きに行くんだよ。」
「何かあったんですか。」名工から開口一番に言われた。ちなみに彼とは"年上の友人"とさせてもらった。なれなれしくしても良い間柄だけど、公的な用事で来た事を察したらしい。
工房の端で並んで見学していた私は、デイジーと顔を見合わせた。
場所を移して、城であった事を話した。
「それは俺のせいだな。」
やっぱり?「友達をこちらにさそったのか。」
「友人の一人に、ご領主との出会いから、剣を献上するまでを手紙に書いた。」
あれを書いたのか、思わず顔をしかめてしまった。
それに気づいた名工が「人生相談については書いてないぞ。」
ほっとした。それはホントに書いてもらっては困る。
「そいつは周りの者達にも声をかけて、次々にこちらへ引っ越してきた。あらぬ疑いを持たれて迷惑をかけた。すまない。」頭をさげられた。
「いや、見限られるような事をしている方が悪い。キングストンを紹介してもらい感謝する。」
でも、あっちからしたら、引き抜きに見えるだろうなぁ。となると「無理に連れ戻されたりはしないだろうか。」
「さすがにそこまでは。無理強いされて、良い物ができるとは思えない。」
「そうだな。」ほっといても大丈夫かな?なんか、不安だな。
「一応、警備に気を使っておきたい。氏名と住所を教えてもらいたい。何人くらい、いるのだろうか。」
「俺が声をかけたヤツに、聞きに行こう。」
キングストンでも賑やかな一帯の服飾店に、連れてこられた。最近開店したばかりの感じだ。
「邪魔するぞ。」サムが店中で声をかけた。
「およそ、レディの店にふさわしくない挨拶ね。」マダムと思われる女性がでてきた。
「マーガレット、挨拶を後回しにして奥で話をさせてくれ。」
「挨拶が先だと思うけど、いいわ。アンタの事だから。」店の奥に通された。
「ご領主とその婚約者だ。」サムに紹介された。
「クリスハート・キングストン伯爵だ。こちら婚約者のデイジー。」二人で礼をする。
「マーガレット・ビネットです。お目にかかれて光栄です。」礼をかえされた。さすがに洗練されている。
「サム、あんたねぇ。ご領主を軽々しくお連れにならないで。」マーガレットはサムとだいぶ親しいらしい。
「急ぎの用だ、それにこの方は重苦しいのは嫌いだ。」
「アンタに言うだけ無駄だった。で、急ぎの用って?」
サムが私から聞いた城での出来事を話した。
「奥様は感じの良い方なんですよ。男爵の方は支払うという事を、ご存じ無いんじゃないかしら。」マーガレットが苦々しく言った。
うわぁ、嫌だなそれ。誰にも止められないのでは?やはり確かめておこう。
「キングストンへ越してきた者の氏名、住所の一覧を作成してくれないか。警らのコースに組み込むように要請する。」
「ご対処ありがとうございます。私が声をかけた者はすぐにでも。しかし、そこからさらに声をかけた者は数日かかるかと。」
「しかたないね。ただ、警告はなるべく早く。」
「承知いたしました。」