4-2.泥棒
泥棒 デイジー
「市場で何か買うのか?」馬車の中でゼブがクリスに聞きました。
「特に何を買うつもりはなくて、市場をうろつくのが好きなだけだよ。気が向いたらいくつか買うけどね。」クリスが気楽な感じで答えました。
「ゼブ、ああ言っているけど、クリスは市場の店の数や人の多さ、作物のできなどをおおまかに把握しているわ。」
「必要があってやっているわけじゃないから趣味だよ。」クリスが反論してきました。
「市場にあった、できすぎた作物を気にして商工会に行ったから、"領民に親身な領主"と評価されたのでしょう?」
「そうなのか?」ゼブが聞いてきました。
「そんな事もあったな。」とクリス。
「ただ遊びに行っているわけではないのは確かよ。」クリスは自慢になるような事は言わないから、私がフォローしないといけませんね。
市場ではクリスはあいかわらず、気が向いた物を買って(支払いは執事)皆で食べるという事をしました。ほんとクリスの買う物はハズレがないです。
しかし、食べて歩き回るなんて事を教えてしまって、良かったのでしょうか。
と、行く先が何か騒がしくなりました。「待ちやがれ!」男性の荒い声が響いてきました。
人込みの中を帽子をかぶった男の子が駆け抜けてきます。「そいつを捕まえてくれ!」男性の声が再度響きました。
「ダルトン、あの子を連れて来て。無理はしなくていいよ。」クリスが命じました。
「承知しました。」ダルトンが軽く礼をして走って行ったかと思うと、すばやい動きで、すぐに男の子を捕まえて戻ってきました。
「お待たせいたしました。」ダルトンがクリスに言いました。
「ぜんぜん待っていないよ。ありがとう。さすがだね。」
「ありがとうございます。」乱れなく礼。
「君、逃げようとしても無理だよ。そのお兄さんの方がすばやいからね。」クリスが男の子に言いました。
「捕まえてくださったんですね。そいつをこっちへください。」大柄な男性がクリスに話かけました。
「この子は売り物を盗ったのかな。」クリスが聞きました。
「そうだ。そのポケットに入っている物だ。」男性が男の子の膨らんでいるポケットを指しました。
「君、ポケットの中身を見せて。」クリスが男の子に言いました。
男の子はゆっくりと果物をとりだしました。
「これは私が買おう。」クリスが男性に言いました。
「こいつは前にもやってるんだ。懲らしめたほうが良い。」と男性。
「次に私がいなかったら、そうしてくれ。」
「そうですか、しかたないですね。じゃあお代だけいただいて行きます。」
ヨーゼフが代金を払っている間にクリスがしゃがんで「君、名前は?」
男の子は俯いて話そうとしません。
「その子をどうするつもりですか!」横から女の子が声をかけてきました。
全員が視線を向けると、女の子はその場で立ち止まりました。
「君はこの子のお姉さん?」クリスが聞きました。
「・・・いいえ、お友達です。」
「二人の名前を教えてもらえるかな。私の事はクリスと呼んでくれ。」
「私はナンシーでその子はジュディです。」
「え!?」「なんだと!?」私とゼブがそれぞれ驚きの声をあげ、「君、女の子だったの?」クリスが聞くと、ジュディが帽子をとりました。確かにショートカットの女の子です。
「ナンシー、ジュディの家かご両親を知ってる?」
「いいえ、クリス様。ジュディにはどちらも無いんです。」ナンシーは低めの声で、俯きながら答えました。
「ジュディ、そうなの?」ジュディは黙ったままです。
「おいっオマエ!クリスが聞いてる事に答えろ!」ゼブがどなりつけると、ジュディはびくっとして、いっそう固まってしまいました。
「ゼブ、ここはしばらく黙って、私にまかせてくれないか。」クリスがゼブに手を向けて言いました。
「そうか、わかった。」ゼブは渋々といった感じです。
クリスはナンシーと話を続けます。「ナンシーの家と両親は?」
「私は近くの店の子で、両親は店にいます。」ナンシーは、すんなり答えてくれます。
「そうか、ジュデイは連れて行こうと思うんだけど、心配なら一緒に行く?君はここへ連れ戻すよ。」
ジュディが逃げ出そうとしましたが、すぐにダルトンに捕まりました。
「ひどい事をしませんか。」
「私はなんとかして、助けてあげたいと思っている。まかせてくれるかな。」
「私をここに帰してくれるんですよね。」
「約束する。」
「一緒に行きます。」
「じゃ、ジュディと手を繋いで、馬車へ行こう。」
全員が馬車に乗り込みました。ダルトンは御者の横でしたが。
馬車にて デイジー
「クリス、コイツはあそこで引き渡せば、よかったんじゃないのか。」馬車が動き出すとゼブがジュディを指しながら、クリスに尋ねました。ナンシーとジュディが、抱き合いました。
「それだと、この子の問題は解決されず、再び盗み続けるだけだ。」
「この子の問題って?」
「家と食べ物が無い。面倒をみてくれる人もいない。」
「クリスは、なんとかできるのか。」
「なんとかできれば良いと思う。」
「ゼブ、多くの人は、あそこで引き渡して終わると思うの。こういう対応が、クリスが"領民に親身な領主"と言われるゆえんだと思う。」私が口をはさみました。
「そうか。」ゼブが感心しました。
「クリス様はご領主なんですか。」ナンシーがクリスに、意外そうに聞きました。
「そうだよ。自己紹介が遅れてすまない。私はクリスハート・キングストン伯爵。私の友人でお隣の領地、グレイシャー伯爵の長男ゼブルン。私の婚約者、デイジー。」クリスが紹介してくれました。
「ご領主はジュディを、どうするつもりなんですか。」
「"キングストンの家"に連れていく。」
「"キングストンの家"って?」
「領主直営の孤児院だよ。」
「嫌だ!孤児院なんて行かない!」ジュディが初めて声をあげました。少女らしいかわいい声です。
「何か嫌な理由があるのかな。言ってくれれば、連れて行くのをやめるかもよ。」
「孤児院の大人達は、私の気持ちなんてわからない!皆、家も親もお金もあるやつらだ!孤児をバカにするんだ。」
ジュディは反抗的なのでしょうか、親切を素直に受け取れば良いと思うのですが。
「成程、私も裕福な家で育ったから、君の気持ちはわからない。」
ジュディとナンシーがはっとしました。
「でも、キングストンの家のお姉さんだったら、解ってくれるよ。」
「嘘だ!」
「それは、君が自分で確かめるといい。ねぇ、デイジー。」後半は私に向いて言いました。
「本当よ。キングストンの家のお姉さんなら、解ってくれるわ。」
「キングストンの家のお姉さんは、やさしいんだな?」ゼブに聞かれました。
「そうね、小さい子の面倒を良くみてくれるお姉さんよ。決めつけないで、確かめてみて。」ジュディの目を見ながら話ました。
ジュディが、小さくうなずいてくれました。
キングストンの家で馬車を降りると、庭にいた子供達がわぁっと集まってきました。
「クリス様だ!」「デイジー様だ!」
クリスも私も、子供達に取り囲まれたまま家の中に入りました。
「クリス様!お久しぶりです!デイジー様も!」"キングストンの家のお姉さん"のレミとは前回のお茶会以来です。
クリスと私も再会の挨拶をかわし、ゼブとナンシーを紹介しました。
「ナンシーの友達のジュディは、家も両親もないそうなんだ。」クリスがレミに紹介しました。
「こんにちは、ジュディ。」レミが挨拶しても、ジュディは返事をしませんでした。
レミはクリスに向いて。「この子が新しい子なんですか?」
「そうなるといいなと思っている。ジュディは孤児院が嫌いなんだって。場所を変えて話を聞いてあげてくれないかな。二人が一緒に住みたいと言えば、他の子達には私からお願いする。」
「はい、わかりました。」
"キングストンの家の父母"クレド、リザに断って女の子達の部屋を使わせてもらう事にしました。
「ジュディもう一度、孤児院が嫌いな理由をお姉さんに話して。二人がお互いに嫌いになるようだったら、私もあきらめるかもしれないよ。」クリスがジュディに言いました。
「孤児院の大人達は、私の気持ちなんてわからない!あんたも、家も親もお金も困った事ないだろ!」ジュディがレミに言い放ちました。
「ううん。私も孤児だったから解るよ。」レミが答えると、ジュディとナンシー、ゼブ達も驚いています。
「あんたも孤児なの?」ジュディがレミに聞きました。
「うん。今はここの職員だけどね。」
レミがこの家のできる経緯を簡単に話しました。
クリス様が"キングストンの家"を始める時に、私はもう大人だから"キングストンの家のお姉さん"として雇ってくれたの。
「だから、ジュディの気持ち解るよ。ここにはお父さん、お母さんの代わりをしてくれる人がいて、私がお姉さんの代わりをする。良かったら、ここに一緒に住まない?皆と一緒にいれば寂しくないし、食べ物の心配もいらないよ。」
「私、自分の気持ちを解ってくれる人なんて、いないと思ってた。」ジュディがレミに言いました。ガタっ、クリスが席を立ちました。全員が何事かと見ました。
「他の子と遊んでいるから二人で話して。しばらくしたら戻ってくるから。」
クリスは二人を残して、他の面々を部屋から連れ出しました。