第一章 キングストンの名工 1-1.キングストンの名工
刀の名工 サム
打っていた刀の具合を確かめた際に、部屋の隅に若い貴族が座って見ているのに気づいた。腰に剣を所持しているが騎士には見えない。金髪碧目、背が高く、脂肪の下の筋肉がわかる太り方だった。革鎧でも着たら重量級戦士で通るだろう。
「何の用だ?」ぶっきらぼうに聞いた。
貴族は立って「突然、邪魔をする。従兄にすすめられ、見学させてもらっている。」軽く頭を下げられた。
「見学だぁ?刀を献上しろと言いに来たんだろう!」相手が剣を持っていても引き下がる気はない。
貴族は慌てて両手と首を振って言った。「とんでもない、そんな事は言わない!」
貴族は声のトーンを落とした。「言われた事があるのか。」
「ある。だから、キングストンへ逃げてきたんだ。」今も怒りがわいてくる。
「なんで、キングストンなんだ?」
「ここの領主は領民に親身になってくれるらしいじゃないか。ここなら献上しろと言われなさそうだと思ったんだがな。」
「言わない。」頷いて言った。
「ほう、ずいぶんと信頼があるんだな。尊敬できる人なら献上しても良いんだがな。」
貴族は再度、手を振って言った。「高い物をタダで渡しちゃだめだ。」
「そりゃ、そうか。」ほほが緩みそうになって、気を引き締め直した。
「表に弟子がいなかったか。脅すか金でもくれてやったか。」
「いいや、"見学させてもらいたい"と申し出たら、通してくれた。」
申し出た?命じたではなく?それで通したのか。「で、見学してどうだったんだ。」
「幼稚な感想で申し訳ないが、鉄って人間の意思で形を変えられるのだなぁと感動した。」
「鍛冶を見るのは初めてか。」
「初めてだ。」
「まぁ、刀にしようとして打っているのだから、そうなんだが・・・。俺の場合、打ち出してから形が定まってくるという感じだな。」
「そうなのか。」
「名刀というのは結果であって、それを目指して打ってはいない。あくまで俺の場合な。あんたは名刀が目的じゃないのか。」
貴族は片手を振って「いやいや。私が持っても宝の持ち腐れだ。今、持っている物でも過ぎた物なんだ。」
「それか?見せてみな。」貴族の腰を指した。
「どうぞ。」鞘ごと渡された。剣と共に手も使いこまれているのが分かった。
抜いて眺めた。やはり、使いこまれていると共にメンテナンスをされているのがわかる。飾りにしているわけではない事に関心した。
「これは、銘のある物じゃないな。悪いという程ではないが。町中の店で買ったのか?」
「そうだ。都の知り合いの武器屋でかなり高い物だ。銘のある物を取り寄せるという申し出は断った。私は使用人にも負ける程の腕なので、もっと安い物でもよかったのだが、せめてこれくらいは持ってくれと言われてね。」苦笑いで言われた。
「使用人に負ける?なんともなさけない話だな。」俺はあきれた。
「面目もない。」頭をかいている。
思わず笑いそうになった。「あんたは、おかしな貴族だな。」
「もっと威厳を持ってください、とよくしかられるよ。」苦笑いが続く。
「ははは、いや、俺にはそのままの方がありがたいな。」剣を返した。
「そうか。それなら良かった。さて、これで失礼する、邪魔した。」軽く頭を下げられた。
「よかったら又来てくれ。あんたのような貴族なら歓迎する。」
「ありがとう。」とてもいい笑顔をされた。珍しく人好きのする貴族だ。
ひと仕事を終え、弟子をつかまえた。
「さっきの貴族はずいぶん腰が低いというか、気安かったな。」
「はい、俺も驚きました。あれほどの方とは思いませんでした。」
「だから通したのか?貴族は通すなと言ったはずだぞ。」
「領主には会ってみたいって、言ってたじゃないですか。」不満顔で言われた。
「・・・おい、あれが領主だったのか!?」
「えっ、名前を聞かなかったんですか!?」弟子に驚かれた。
「あぁ、てっきりどこかの子息だと思った。領主というものはもっと威圧があって、威張り腐るものだと思ってたんだが・・・。」
「15歳で伯爵を継いでまだ1年経ってないそうですよ。貫禄はあったと思いますが・・・。」
あれは貫禄というのか?
「最近、継いで何でもう評判なんだよ!」ちなみに、キングストンの噂を聞きこんできたのは弟子で、俺は詳しくない。とにかくマシなところへ、すぐに引っ越したかった。
「伯爵を継ぐ前から庶民に親しまれてるそうですよ。気安いからですかね。」
「"もっと威厳を持てと言われる"と言っていた。えらく失礼な事したぞ、首が飛んでいてもおかしくない。」
「寛容な方で良かったですね。」
「名前は何だって?」
「クリスハート・キングストン伯爵です。」
「今、打っている刀ができたらクリスハート様の所へ持って行くぞ。」
「お詫びですか。はい、お共します。」
この世界にはまだ鉄砲はありません。
クリスは体脂肪率の低い力士のようなイメージです。