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花火大会狂騒曲7

「渦亀は倒させない」


 ナイトバナードの狙撃手、ジョーは淡々と呟いた。


 こちらに向かっていた女――榊水鏡と思われる探索者は爆殺した。再びやってくるまでには少なくとも三十分以上かかるだろう。その頃にはもう仕事は終わっている。


 ひとまず目立っている銀髪の少女でも撃とうと思っていると……


(……狙撃指示? 対象は――高峰北斗か)


 湖のそばで高峰兄妹と対峙する座虎也が、ジョーに狙撃指示を送ってきている。

 特殊な光を放つ指輪型マジックアイテムで、高峰北斗を差しているのだ。あの光の向けられた先を優先して狙撃する、というのは事前に聞かされた指示の一つだ。


 どうやら魚見坂文太だけでは高峰北斗を抑えるのは無理らしい。

 ひとまずそちらに銃口を向け直す。


 そして。



 ヒュガッ! という音とともに、ジョーの左手が切り飛ばされた。



「……何?」


 ジョーが目を見開く。

 そこにいたのは倒したはずの黒装束の女、榊水鏡だった。

 あれだけ銃弾を撃ち込んだのに傷一つない。


(どうしてこの女がここにいる……? いや、今は距離を取るべきか)


 わずかに驚いたものの、即座に最適な行動を選ぶジョー。


 自らの力で全身を鉛色の光で覆う。

 しかしそれを読んでいたように水鏡は短剣を突き刺し、切り払った。鉛色の光は能力の発動に失敗して消えてしまう。



「《《空間魔術は使わせません》》」



「――」


 水鏡は冷徹な口調で告げた。


「銃弾を転移させ、遮蔽物に隠れて安心している敵を背後から撃つ。あるいは転移の出入り口で敵を取り囲み、疑似的な“跳弾の檻”を作る――それがあなたの能力でしょう」


 正解だった。

 ジョーは空間属性の魔術が使える。


 世界的に見てもレアリティが高いこの属性の魔術は、虚空に物をしまったり、瞬間移動したりといったことを可能にする。身近なところでは、<拡張マジックポーチ>などはこの空間属性の魔力によって成り立っている。


 ジョーはこれを狙撃と組み合わせて戦う。

 普通狙撃への対処は、まず“物陰に隠れる”こと。

 しかしジョーはそうやって安心した相手を背後から撃てるのだ。


 慌てた相手の行動を地形・戦況・心理状態などから予測し、銃弾を死角から打ち込み続ける。足が止まれば転移の出入り口で取り囲み、複数の銃弾を連続転移させてすり潰す。


「空間属性の魔術師クラスなど実際に見たのは初めてです。あれだけの狙撃の技術がありながら魔術師とは……いえ、未知の上級クラスの可能性もありますが」


「……」


「あなたのもとにたどり着くには、全方位から――それも音速に迫る速度で飛んでくる銃弾を防ぎながら走るしかない。……まったく大した理不尽です」


 そう口にしながら、水鏡の視線はジョーの表情を読み取ろうとしている。

 ジョーの反応から予想が当たっているか確認しようとしているようだ。


(知られたことは問題ではない。もともとこの戦術は初見殺しに過ぎないのだから。気がかりなのは、なぜ始末したはずのこの女がダンジョンにとどまっているのか。蘇生アイテムを身に着けている気配はない……)


 考える。

 だが、わからない。


 ジョーはとりあえず手榴弾を水鏡との間に放って、爆発で距離を取ることにした。わずかな距離を有効活用し、水鏡の周囲に再度跳弾の檻を仕掛ける。


 水鏡の周囲を鉛色の光が取り囲む。


 ジョーは右手一本で抱えたライフルの銃口に、転移の出入り口である鉛色の光をかぶせた。あとは雑に引き金を絞るだけ。マジックアイテムであるライフルは引き金を引き続ければ、面倒な操作なしで銃弾を六発まで連射できる。


 六連射。


 だが……


 ガギギギギギキンッ!


「………………は?」


 すべて弾かれた。

 いや、ただ防いだだけではない。水鏡は再度鉛色の光に吸い込まれないよう、鉛色の光の隙間を縫って銃弾を弾き飛ばしたのだ。


 人間業ではなかった。

 どこの世界に至近距離かつ死角から飛んでくるライフル弾を、六発すべて完璧に見切って短剣一本で弾ける生物がいるというのか。


 偶然ではない。

 ただ見切ったというのもあり得ない。


 そして倒したはずの水鏡がここにいる理由も含めて考え、ジョーは一つの推測を立てた。


「分身を使って俺の力を観察したのか」


「……」


「自らの力を分けるスキルがあったはずだ。確か【陽炎(かげろう)】。あれは分身の得た知識を共有できる。そしてそれを使って、転移の出入り口がそれぞれどこにつながっているか暗記した……」


 水鏡は無言のまま。

 だがこれで合っているとジョーは直感した。


 理解すると同時に戦慄する。初見で見切ったわけではないとはいえ、分身の能力値は本体の半分以下。その状態で銃弾が出てくる順番を完璧に見切るというのは異常だ。理不尽なまでの動体視力と分析力。


 それを理解してジョーは震えた。

 そんなことができる人間がいるのか。


 ――なんと効率的な自分の殺し方だろう。


「その腕輪、ナイトバナードですね」


 水鏡はジョーの右腕を見て指摘する。そこには紫色のコンバートリングが着けられている。


「私はここ最近だけであなたを含めて二度、ナイトバナードの構成員と遭遇しました。あなたたちの本拠地はアメリカのはずでしょう。なぜここに?」


「……」


「付け加えるなら、酒呑会――いいえ、吹場組ですか? これらの団体が必ずそばにいた。あなたたちの狙いはなんですか?」


 水鏡が言っているのはナイトバナードの魔術師、テレシアのことだ。


 テレシアが水鏡と戦っていたことについてはジョーも聞いている。

 水鏡はその一件と今回のことが重なったことで、ナイトバナードの動きに違和感を覚えているようだ。


(……捕まるわけにはいかないな)


 ジョーは思考を打ち切った。

 ここまで接近された以上、もう勝ち目はない。


「悪いが俺から言えることはない」


 ジョーは虚空から爆弾を取り出す。これも空間魔術の一種だ。


「――! 待ちなさい!」


 即座に自爆。

 すさまじい爆風の後には何も残っていなかった。


「逃げられましたか……」


 水鏡は呟き、中央火山から湖のほうを見る。


「……雪姫様たちはご無事でしょうか」





「やれぇええええええええええええ!」


「「「よっしゃあああああああああああああ!」」」


「雪姫ちゃん結婚してくれぇえええええええええ!」


「こん爆破ぁああああああああああああああああああ!」


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』


 湖のそばに怒号が響き渡る。

 探索者たちが、陸に上がった渦亀にここぞとばかりの猛攻を仕掛けているのだ。


 剣、弓、槍、槌、ハンマーなんかが渦亀を全方位から殴りまくり、追い打ちをかけるように後衛組が魔術を数十発叩き込む。


 渦亀は亀だけあって耐久が高そうだが、数の暴力によってどんどん追い込まれていく。


 というかどさくさに紛れて誰か俺にプロポーズしてなかったか?

 気のせいであってくれ。


『――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


「「「ぐああああああああああああ!?」」」


 渦亀が最後の力を振り絞るようにして大渦を操り、周囲の探索者を吹き飛ばす。

 湖に戻ろうと猛然と駆け出した。

 俺とヒバナのいるほうに。


〔やばいやばいやばい〕

〔雪姫ちゃんとばなちゃん逃げて! その位置だと轢き潰される!〕


 逃げる? 冗談じゃない。

 あの巨体なら湖の氷を砕いて溶かすことも可能だろう。

 そうなったら終わりだ。ここで倒し切らなくちゃいけない。


「合わせてもらえますか、ヒバナさん」


「うん! えへへ、あたし全然怖くない!」


「え?」


「だって雪姫ちゃんが隣にいるもんね! 一緒ならどんな敵でも倒せる、でしょ?」


 ……まったく。


「――もちろんです!」


 そう応じ、俺は<スノータイトの封唱杖>を構えた。

 同時にヒバナは前に駆け出す。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍!」


 氷の槍が形成される。


 ギュオッ!


 耐久の高い渦亀相手だけあって、【一撃必殺】が発動する。さらに耐久の高い相手に対して威力が上がる【鎧砕き】も重ね掛けされているだろう。


〔なんだこの魔術!? 【アイシクル】だよな!? デカ過ぎだろ!〕

〔これが噂の大砲幼女……〕

〔いっけえええええええええ雪姫ちゃん!〕

〔って待て、何か渦亀が小細工してる!〕


「【アイシクル】!!」


 巨大化した氷の槍を叩き込む。


『ガァッ!? ――ハァ、ハア……アアアアアアアアアア!』


 命中する直前、渦亀は渦の槍をぶつけて【アイシクル】を相殺しようとしてきた。それを押し切って氷の槍は命中したが、威力が削られたのは間違いない。


 まだ渦亀は生きている。

 ……が、問題ない。


 砕け散る【アイシクル】の破片を突き破るようにして、ヒバナが渦亀の前に飛び出した。


「――――、」


 火花の口元が何かを唱えている。


 それが何かと思った途端。 


 ゴウッッ! とヒバナのユニーク装備の一つである、右腕のみのガントレットが光を放った。





(やっぱり雪姫ちゃんはすごい)


 赤羽日花は走りながら心底思う。

 トラブルに見舞われて、どうしていいかわからなくなっている自分とは全然違う。


 花火大会はもう駄目だと思った。けれど雪姫のアイデアで、渦亀との戦いは“事故”ではなく“エンターテインメント”に変わってしまった。


 お祭り騒ぎと言ってもいい。


 それに雪姫は強い。今まさに撃とうとしている【アイシクル】は冗談みたいな大きさだ。きっととんでもない威力だろう。


(あたしも頑張らなきゃ! 雪姫ちゃんに負けないくらいに!)


 ヒバナには二つ、今日まで使えなかった力がある。


 一つは未登録スキル【夏の祝福】。


 六月から八月までの三か月間、ヒバナは炎属性魔術の攻撃力と、氷属性魔術の耐性が上昇する。


 この力は爆発魔術の自傷ダメージが大きくなりすぎるので、攻撃面では封印していたが――後述するあるものがその問題を解決してくれた。


 もう一つはユニーク装備“星炎シリーズ”。


 ヒバナのユニーク装備、“星炎シリーズ”は爆発魔術にちなんだ効果を持っている。


 最大十二回【ボムグリーブ】を無詠唱で使える<星炎のブーツ>。


 爆発魔術の自傷ダメージを無効化する<星炎のバトルクロス>。

 【夏の祝福】を使えるようになったのは<星炎のバトルクロス>のおかげだ。これのおかげで大きすぎる自傷ダメージも踏み倒すことができる。


 そして最後の一つ――<星炎のガントレット>は、<星炎のブーツ>のチャージを使い切った状態でのみ効果を発動させられる。


 渦亀に雪姫の【アイシクル】が激突。


 ドォンッ!


 巨大な氷の破片が降り注ぐ中、ヒバナは最後の【ボムグリーブ】を使った。

 これで<星炎のブーツ>のチャージはゼロ。


 この瞬間、<星炎のガントレット>の効果が解禁される。


「――世界の果て、己を忘れた星の骸よ。今一度(あか)く輝き、閃光をもってその存在を刻み込め!」


 詠唱によってヒバナの右腕に着けられた<星炎のガントレット>が輝いた。


 <星炎のガントレット>の効果。

 それは発動までに使った爆発魔術の残滓を取り込み、極限まで凝縮して一撃にまとめるというもの。


 一日一度しか使えず、その日使った爆発魔術の回数が多いほど威力が上がる。


 ユニーク装備の効果。

 さらに【夏の祝福】による増幅。


 それらを受けてガントレットが白く輝く。不安定に明滅するその光は、宇宙の果てで寿命を迎えた星が放つ最後の咆哮を思わせた。


「【ノヴァ・インパクト】ぉおおおおおおおおおおお――――っ!!」


『――――――ッッ!?』


 轟音。

 閃光が弾ける。


 壮絶なまでの爆発はすべて渦亀に叩きつけられ――その巨体が爆散した。





〔うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!〕

〔やった!? やったよな!?〕

〔ばなちゃんすげぇええええええええええええええええ〕

〔なんだ最後の!?〕

〔雪姫ちゃんとばなちゃんのとっておきコンボが見られるとかマジか〕

〔強すぎだろww〕

〔渦亀は花火になったのだ……〕

〔威力やばすぎる!〕

〔これはスーパーノヴァパンチ〕

〔こん爆破(超新星爆発)〕

〔絶対ユニーク装備の効果なんだよなあ〕

〔本当に勝ったぁああああああああああああ!?〕


 ヒバナの攻撃によって渦亀との戦闘は終わった。脳内にレベルアップやら新しい魔術やスキルを習得したという音声が流れ込んでくる。


「雪姫ちゃぁあああああーんっ!」


 ヒバナがダッシュで駆け寄ってきた。それは読んでいる! 心構えさえできれば、小柄なヒバナを受け止めるくらいは容易で――


「えーい!」


「きゃん!」


 勢いよくぶつかられて押し倒された。普通ぶつかる前に少しは減速するものじゃないのか!?


 一応ヒバナが背中に手を回してくれたので、<薄氷のドレス>によって耐久1となっている俺でも死なずには済んだが。


「びしょびしょになっちゃったじゃないですか……」


「あははは! でもほら、雨が上がったよ!」


「……あ、本当ですね」


 渦亀を倒したからだろう。降り注いでいた雨は上がり、横浜中華街ダンジョンには晴れた夜空が戻ってきていた。


「でも押し倒していい理由にはなってませんからね」


「だって嬉しかったんだもん! あたしたち、勝てたんだよ!」


「それはそうですけど……もう、今回だけですよ」


「はーい!」


 まったく……


 そんなやり取りをしていると、探索者たちが駆け寄ってくる。


「二人ともすごかったぜ!」


「ほんとほんと! もう最後に渦亀が湖に逃げ込もうとした時にはどうなることかと!」


 口々に俺たちをほめたたえてくる。


「みなさん、私たちと一緒に戦ってくれてありがとうございます」


「あたしからも、ありがとうございます! 本当に嬉しかったです!」


 俺とヒバナが言うと、探索者たちは揃って「いやいや」と手を横に振った。


「俺たちこそいい思い出になったぜ!」


「また来年もやりたいな。恒例にしてもいいくらいだと思うぞ? 参加者全員ででかいモンスター倒してから花火!」


「あはは……」


 元気すぎる。というか、こんなイベントを恒例にしたらそのうち事故が起きそうなんだが。


「……っていうか花火大会、できるのか? 一応打ち上げ装置は無事みたいだけど……」


 探索者の一人が後ろのほうを見る。

 まあ、打ち上げ装置が無事なら何とかなるだろう。花火そのものは辻さんたちエルテックの社員が持っているという話だったし。


 そんなことを話していたら、スマホに連絡が入った。

 水鏡さんから電話だ。


「水鏡さん! 大丈夫ですか!?」


『問題ありません。狙撃手は排除いたしました』


 途中から狙撃が止んでいたので薄々予想していたが、水鏡さんはしっかり狙撃手を倒してくれていたようだ。


「ありがとうございます! こっちに戻ってきますよね?」


『いえ、それが……現在ダンジョンの外にいまして。少々やらねばならないことがあるので、雪姫様の元に戻るのは少し遅れます』


「やること?」


『その話は後ほどさせていただきます。これは雪姫様にとっても、茜お嬢様にとっても重要なことかもしれませんので』


「わ、わかりました」


 何だ? 何が起こってるんだ? 


 ただまあ、水鏡さんが意味もなくこんなことは言わないだろうと特に異論は挟まないでおく。後で話してくれるというならその時に聞けばいいだろう。


 水鏡さんと通話を終えたタイミングで、高峰さんと南波さんもやってくる。


「お疲れ様、二人とも」


「高峰さん、それに南波さん! お二人もご無事でよかったです」


「ありがとう雪姫さん。ヒバナさんも平気かい?」


「はい! 助けてくれてありがとうございました!」


 ヒバナが深々と二人に頭を下げると、南波さんがぼそりと言った。


「私はほとんど何もしてないけどね」


「そんなことありません、南波さん。スカイフォックスの攻撃を抑えてくれていたじゃないですか」


「そうですよ! 南波さんもありがとうございます!」


「……み、見てたのね。いいわよ、そのくらい。あの連中はたいして強くなかったし」


 視線を逸らす南波さん。高峰さんが魚見坂との戦いに集中できたのは南波さんがいたからだと思うし、そんなに謙遜することないのに。


「酒呑会やスカイフォックスの人たちは……」


「逃げたよ。まあ、すぐに追い詰められることになると思うけど」


 どういうことだろう?

 何やら確信ありげな高峰さんの手には、見たことのない指輪型のマジックアイテムがある。


「高峰さん、それは?」


「僕たちの戦いの成果ってところかな」

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