花火大会狂騒曲4
バギンッ!
うおお、こえぇ……! でも狙撃を受けてもダメージなし。
「雪姫ちゃん、大丈夫!?」
「へ、平気です。高峰さんがかけてくれた防護魔術? のおかげですね」
酒呑会との戦いに向かう前、高峰さんが俺とヒバナに何らかの力を使ってくれた。変わった詠唱だったので魔術かどうかよくわからないが、狙撃を受けると勝手に半透明の障壁が出て身を守ってくれるのだ。
打ち上げ装置もこれで守ってくれている。
何発も受けると割れてしまうらしいが、ひとまずこれで渦亀との戦いに集中できる。
『ゴルゥウウ……ガァアアアアアアアア!!』
ドガッ! ズガガガガカッッ!!
渦亀が吠えるたび、湖の水が形を変えて周辺を荒らし回っている。
迫力が異常だ。
見たところ渦亀の強さは以前戦ったガーディアンボス、クラスターコアトルの狂化状態よりも上。<妖精の鱗粉>だけでこんなことになるものだろうか?
強さの他にも問題はある。
〔雪姫ちゃんとばなちゃん二人でやる気か!?〕
〔いや無理があるだろ!〕
〔狙撃食らったらやばいから逃げて! エルテックの社員戻ってくるまで待ったほうがいい!〕
こういった俺たちを心配するようなコメントが流れる一方……
〔ほんま酒呑会ないわ〕
〔酒呑会の依頼応募フォームに苦情入れようぜ〕
〔だからヤクザとつながってるって言われるんだよ。トップの苗字が吹場って時点でもう答えだろ〕
〔つーか現地の連中何やってんだよ〕
〔酒呑会にビビってないで早く渦亀倒せって!〕
〔エルテック対処遅すぎん? 警備は?〕
〔Aランク探索者が警備についててこのザマは何?〕
〔花火大会まだー?〕
こんな感じでギスギスしたコメントも大量に投稿されている。
一番多いのは酒呑会、スカイフォックスに怒りを表すもの。
だがそれだけじゃなく、現地の探索者に怒りの矛先を向ける者、花火大会が中止になりそうでイライラしている者、エルテックに八つ当たりをする者までいる始末。
このままじゃ仮に渦亀を倒して事態が収まったとしても花火大会は失敗する。
殺伐した空気のままでどうやって盛り上がれというのか。
みんなが白けた顔で、誰かの悪口を言いながらついでのように花火を眺める。
それはヒバナが望んでいたものとは全然違うだろう。
それを変えるべく、俺は<スノータイトの封唱杖>を構えた。
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは疾く駆ける氷の矢――【アイスアロー】!」
ドシュッッ!!
『ガァッ!?』
俺が放った氷の矢が渦亀に命中。たいしたダメージにはならなかったようだが、渦亀が敵意のこもった目で俺を睨みつけてくる。
「よぉーし先制攻撃! あたしも――」
「ヒバナさん、その前にやることが」
「え?」
俺は突っ込もうとするヒバナを制しつつマジックポーチからあるアイテムを出した。
音を響かせる効果のある、<邪精操りの拡声器>だ。
『――私たちが最初に攻撃を当てました。だからあの渦亀は私とヒバナさんの獲物です!』
宣言する。
「はぁっ!?」
遠くの方から吹場座虎也がすっとんきょうな声を上げた。
〔!?〕
〔うおおおおおおおおおおおおおおお!?〕
〔雪姫ちゃんやりやがった!〕
〔マジかマジかマジか〕
〔宣 戦 布 告〕
〔ごめんこれどういう意味? 何の宣言になんの!?〕
〔ダンジョン内の暗黙の了解で、モンスターは最初に攻撃当てたやつが最初に戦う権利を得ることになってる!〕
〔酒呑会やスカイフォックスはまだ渦亀に攻撃当ててないから、今の【アイスアロー】で渦亀の挑戦権は雪姫ちゃんのものになった〕
〔座虎也ざまぁあああああああああああああああ〕
〔打ち上げ装置狙って嫌がらせしてるからそうなるんだよ!〕
〔気持ち良すぎるだろこれwwwwww〕
ダンジョン内の不文律。
一発目を当てた者がそのモンスターに対する最初の挑戦権を得る。
これで吹場座虎也たちから難癖をつけられる理由はなくなった。むしろ逆に、ここからあいつらが渦亀を攻撃すれば責められることになる。
「ふざけんじゃねぇぞ雪姫! 横取りしやがって!」
「横取りなんてしていません! だいたいあなたたちがまともに渦亀と戦っていれば、先にあなたたちが倒す権利を得ていたはずじゃないですか! わざわざ打ち上げ装置を狙うからチャンスを逃すんですよ!」
「んぐっ……!?」
〔ぐう正論〕
〔幼女に言い負かされるなんて俺恥ずかしいよ座虎也!〕
〔これは生き恥〕
〔お前はレスバも弱いのか? どの分野ならお前は輝けるんだ?〕
〔ザコザコの実の能力者かな?〕
「くそがぁあああああああ! 調子に乗ってんじゃねーぞ視聴者どもがぁ! 俺を馬鹿にすんじゃねえええええええ!」
コメント欄に煽られて喚く吹場座虎也。
「潰す……! あんなガキに渡すかよ……渦亀は俺の獲物だ……!」
高峰さんたちを突破してでも渦亀との戦いに割り込んできそうな勢いだな。
高峰さんたちなら大丈夫だとは思うが。
って、まだ続きがあるんだった。
再度<邪精操りの拡声器>を口元に寄せ、周囲一帯に聞こえるように叫ぶ。
『これから私とヒバナさんはあの渦亀と戦います! でも、勝てるかどうかわかりません。あのモンスターはどういうわけか<妖精の鱗粉>によって強化されているみたいですから……私たちが負けてしまったら、せっかくの花火大会が台無しになってしまいます。私、そんなのは嫌です』
「雪姫ちゃん……」
ヒバナが呆然と呟く。
俺はヒバナにとってこの花火大会がどのくらい大切なのか聞いてしまった。
俺にとってはどうでもいいこと――なんてもう思えない。
ここしばらくヒバナと接してみて、俺はこの明るく努力家の女の子が気に入ってしまった。あれだけ頑張ったヒバナが報われないなんて冗談じゃない。
だから、できる限りのことをする。
『この周辺を襲っていた謎の狙撃手は、Sランク探索者である榊水鏡さんが倒しに向かいました。必ず安全とは言えません。でも、さっきまでとは状況が違います』
狙撃、渦亀の出現、さらに吹場座虎也たちの悪意溢れる発言の数々。
立て続けに起きたこれらのことによって、現地の探索者たちやコメント欄は殺伐としてしまっている。花火大会を成功させるためにはこの空気が邪魔だ。
空気を変えろ。
全体を同じ方向に先導しろ。
まだまだ新人だが、俺だってダンジョン配信者だ。雰囲気のコントロールくらいできなくてどうする。
『狙撃されるリスクはまだあります。渦亀にやられてしまうかもしれません。今日すでに一度魔力体を失っている人は、アイテムロストの可能性すらあります。だから強制なんてできません。でも――それでも!』
俺は<邪精操りの拡声器>を通じて言葉を重ねる。
気付けば周囲に話し声はなくなっている。全員が俺の声を聞いているようだ。
『配信を見ている方、それに現地に集まってくれた方……どうか私たちに力を貸してください! 一日限りの、私たちのパーティメンバーになってください!』
「「「――――、」」」
『楽しかったねと全員で笑って終われるように、みんなが最高の思い出を作れるように!』
注目されていると思うと途端に恥ずかしくなってくるが……我に返るな。ここまできたらどうせもう引き返せない!
『――この場の全員で戦いに勝って! 今日あったトラブルの全部を、花火大会の前座にしてしまいましょう!!』
一瞬の静寂。
そして。
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」」」
「ぴぃっ」
周囲の探索者たちから怒号が上がった。あまりの声量に耳鳴りがする!
〔雪姫ちゃんかっけぇええええええええええええええ!?〕
〔やば、鳥肌立った〕
〔かわ……かわい――かっこいいだと!?〕
〔かわかっこいい〕
〔これは王族の風格〕
〔現地の探索者の盛り上がりとんでもないことになってるぞ!?〕
〔雪姫ちゃん(´;ω;`)〕
〔なんでこんないい子なん?〕
〔雪姫ちゃん、ばなちゃんと仲良しだもんな……そらばなちゃんが可哀そうな目に遭ったら黙ってませんわ〕
〔本物のお姉ちゃんかな?〕
〔この空気の中言うのも何だけど、雪姫ちゃん「ぴぃっ」て現地組の大声にびっくりしてるのかわいすぎん?〕
〔安心しろ、みんな思ってる〕
〔どんな時でも可愛さがなくならない俺たちの天使〕
〔浄化されるぅううううううううううう!〕
〔なんか悪口コメント書き込んでた自分が恥ずかしくなってきた〕
〔雪姫ちゃんはただただ花火大会がうまくいくよう動いているというのに……!〕
〔情報出すぞ! 雪姫ちゃんとばなちゃんを全力援護だ!!〕
夜空に映し出されるコメント欄が信じられないような勢いで流れていく。
「目が覚めたァ――――!」
「酒呑会がなんぼのもんじゃああああああ!」
「雪姫ちゃんとばなちゃんみたいな小さい子が踏ん張ってんだ! 俺たちがへたれてどうすんだって話だよなぁ!」
狙撃を恐れて物陰に隠れていた現地の探索者たちが続々と湖の周りに戻ってくる。その全員が瞳に闘志をみなぎらせている。心なしか渦亀のほうが引いている気がするほどだ。
……盛り上げすぎか?
でもなあ。ある程度は視聴者のテンション上げないと花火大会が白けてしまう。これは必要なことだ……うん、そう思おう。
空気の他にも、大勢が渦亀討伐に参加することでメリットが二つ生まれる。
一つは狙撃対策。
どれだけ高威力だろうが一発につき一人しか倒せない以上、渦亀と戦う人員が狙撃で削り切られることはない。
もう一つは酒呑会からの報復対策だ。
いくら酒呑会が大勢力だとしても、全国各地から集まった探索者一人一人を把握して仕返しなんてできるはずがない。現地の探索者たちはリスクなく渦亀討伐に参加できる。
最悪の場合、“ダンジョン配信者がファンを扇動して危険行為に加担させた”、なんて悪評が立つかもと思っていたが……この盛り上がりようならそれもないだろう。
ヒバナが不意に俺の手を両手で掴んだ。
「ヒバナさん?」
「……雪姫ちゃん、あたしのために花火大会を守ろうとしてくれたんだよね。そのために、みんなを巻き込んで、いつもの配信みたいに楽しい空気に戻してくれた」
気付いてたか。
「本当に本当にありがとう! あたし、やっぱり雪姫ちゃんのことすごいと思う。このお礼は何年かかっても絶対に返すからね!」
「今日の花火大会が無事に終わってからですよ」
「うん! うおーっ、燃えてきたぁー!」
俺の口上で一番火がついたのはヒバナだったようだ。
さて、やるか。




