【氷弾の心得】
「水鏡さんは……まだ来てないな」
探索者協会のロビーに戻ってきた俺は、周囲を見回してからそう呟いた。
配信の後、ダンジョンから出た俺は案内用アイテムを協会に提出し、もろもろの手続きを済ませた。
いつもはすぐに水鏡さんと合流するところだが、何やら水鏡さんは協会職員との話し合いがあるとのこと。よって少し待つ必要がある。
ちなみにヒバナはいない。
何でも採取したいものが大量にあるらしく、配信が終わった後ダンジョンの中で別れたのだ。新しい装備品でも作りたいのかもしれない。
というわけで、ちょっと時間ができてしまった。
せっかくだしステータスの確認でもするかな。
さっきのキーボス戦でレベルが上がったり、新しいスキルが手に入ったりしていたはずだし。特にスキルはきちんと見ておきたい。
「【ステータスオープン】」
さて、どんなスキルが――
【氷弾の心得】:魔術【アイスショット】を無詠唱で使用可能。ただし詠唱時より攻撃力低下。
「うえっ!?」
無詠唱スキル!?
間違いない……よな。このスキルがあれば俺は<初心の杖>がなくても【アイスショット】を詠唱なしで撃てるらしい。
もっとも相変わらず詠唱時より威力は下がるようだが。
つまり今後は<妖精の鎮魂杖>を持った状態でも【アイスショット】が詠唱なしで撃てる。
便利そうだ。
……しかし何でこのスキルが発現したんだろう。
無詠唱は確か、同じ魔術を千回以上使わないと発現しないんじゃなかったっけ。別に数えていたわけじゃないが、まだまだ先の話だと思っていた。
「お待たせいたしました、雪姫様。キーボスとの戦い、ご立派でしたよ」
「水鏡さん」
水鏡さんがロビーにやってきた。
「協会との話し合いは終わったんですか?」
「ええ、まあ。今日のところは」
ちょっと渋い顔で言う水鏡さん。どんな用件だったんだろうか。まあ、Sランク探索者なんだから色々あるんだろう。
新しく手に入ったスキルについて聞いてみた。
「水鏡さん。実はさっきのキーボス戦で無詠唱スキルが手に入ったんですが、何が原因なんでしょう?」
「抽選基準である千回にはまだ届いていない、ということですか?」
「多分届いていないと思います」
「……ふむ」
水鏡さんは少し考え込んだ後、「私は魔術師クラスでないので確実なことは言えませんが」と前置きしてから言った。
「<初心の杖>で疑似的な無詠唱を何度も行ったのが原因かもしれません。雪姫様の中で無詠唱の【アイスショット】を撃つ感覚が身に付いた結果、ダンジョンから【アイスショット】を極めたと判断されたのかと」
「そんなことがあるんでしょうか?」
「あくまで私の感覚ですが。しかしスキルが発現するのは、“そのスキルの効果を疑似的に再現した”ケースが多いとされています。今回の雪姫様はその条件を満たしていたのではないでしょうか」
今まで自分がスキルを習得した時のことを思い返してみる。
……あー、確かにそうかもしれない。
もちろん色々条件はあるんだろうが、<初心の杖>で詠唱なしに【アイスショット】を何度も使っていたのが影響した可能性は高そうだ。
「ありがとうございます。何となく納得できました」
「お役に立てたようで何よりです。もう屋敷に戻りますか?」
「そうですね。これ以上協会に用もないですし」
俺たちが須々木崎邸に戻ろうとしたところで。
「――こんにちは、雪姫さん。少しいいですか?」
「はい?」
見知らぬ男性が声をかけてきた。
年齢は四十歳前後だろうか。眼鏡をかけている優しそうな雰囲気の人だ。その男性は怪しい者じゃないと示すためか、免許証を見せてくる。
名前が……ん? 赤羽?
「僕は赤羽宗助といいます。日花――ダンジョン配信者“ヒバナ”の父です。今日は娘がお世話になりました」
あ、ヒバナのお父さんか! 赤羽って苗字に覚えがあると思ったんだよな。
慌てて頭を下げる。
「はじめまして、ダンジョン配信者の“雪姫”です! こちらこそ日花さんと配信をご一緒できて楽しかったです!」
「榊水鏡といいます。雪姫様の送迎を担当しております」
「雪姫さんに、榊さん。ご丁寧にありがとうございます。……お二人はこの後少し時間はあるかな。少し日花のことで話したいことがあるんだ」
俺と水鏡さんは顔を見合わせた。
赤羽さんの顔は真剣だ。
ヒバナのことで話か。
「わかりました。ぜひ聞かせてください」
俺も今日のヒバナについては気になることがあった。確認できるチャンスだ。
赤羽さんの提案で俺たちは協会を出て、中華街の一角にある“白秋楼”という店に入った。案内された個室で赤羽さんはメニューをこっちに渡してくる。
「ここの豆花が絶品でね。苦手でなければぜひ頼んでみて」
美味しそうだ……配信ってたくさん喋ってカロリー使うから腹減るんだよな……
確か豆花は豆乳を使ったプリンみたいなスイーツだったはず。みかんとマンゴー、どっちがいいかな。
「……水鏡さん。相談があるんですけど、みかんとマンゴー両方頼んでシェアしませんか?」
「構いませんよ」
よし、これで両方食べられる。
注文してすぐに三人分の豆花が運ばれてくる。俺の前にはみかん、水鏡さんの前にはマンゴー、赤羽さんの前にはタピオカが盛られたものが置かれる。
「いただきます!」
「どうぞどうぞ」
シロップをかけて口に運ぶ。ひんやりしていて美味い。豆花の上にかき氷も乗せられているのが夏っぽくていいな。ああ、配信で疲れた脳に染み渡る……!
「雪姫様、こちらも」
「え? あ、あーん……あむ」
水鏡さんが差し出してきたマンゴー乗せ豆花も食べる。甘い……うまい……
「(…………可愛い)」
「水鏡さん、今度は私のも……水鏡さん?」
「(……なるほど。これは確かに刀子がああなるのも無理は……しかし私には茜お嬢様という主が)」
「水鏡さん、どうかしたんですか?」
「いえ、何でもありません」
「?」
水鏡さんがなぜか普段以上に真顔になっている。何かをこらえるような気配を感じたが気のせいだろうか。




