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コラボ配信翌日

 夜空に瞬く明るい星。

 虫たちは澄んだ音色を奏で、冴えた空気は夏とは思えない冷ややかさを感じさせる。

 空を眺めていると、それは花開く。


 どんっ、という火薬が爆ぜる音。


 夜空に大輪の花が咲き、夜に沈んだ山々の輪郭を映し出す。


 少女は思う。

 ――ああ、なんて綺麗なんだろう。


 彼女の前には一人の老人がいた。幾重にも指に、腕に、やけどの痕がある。長年火薬の花を作り上げ続けてきた証拠だ。だからこそ、彼女の頭上に広がるそれは美しく、力強い。


 少女以外にもたくさんの人がその輝きを見ていた。

 星よりも明るく、夏よりも熱いはるか上空の花々を。

 打ちあがるたびに歓声が上がり、熱気が満ちていく。


「今年で最後なんだ」


 そんな中、老人は少女に言った。

 ――最後?


「俺ももう年だからなァ……とても続けられねえ。しばらく入院することにもなっちまった」


 ――嫌だよ、そんなの……


「仕方ねえよ、こればっかりはな。悔いはねえ。生涯これに捧げられた俺は幸せだった」


 ――……


「来年は静かな夏になっちまうかもしれねえが、我慢してくれ。続けられなくてごめんな」


 老人は威勢よく笑った。

 けれどその中に少しだけ寂しさが混じっていることに少女は気付いてしまった。

 老人はもうこれを続けられない。

 自分が代わりにやることもできない。


 けれど、生身の自分じゃなかったら?


 夢のような力を得られるもう一つの世界なら、老人に見せられるだけのものができるんじゃないだろうか。

 それなら、来年の夏もきっと静かでつまらないものにはならないはずだ。


「そろそろ帰るぞ、日花(にちか)


 うん、と。

 老人の武骨な手に撫でられながら、少女は決意を秘めた目で頷いた。





『リスナーのみなさん、こん爆破ーっ! 爆発系ダンジョン配信者の<ヒバナ>だよ! 今日はこの横浜中華街ダンジョンで、素材アイテム集めをやっていきまーす!』


〔こん爆破!〕

〔こん爆破ー!〕

〔毎回挨拶のたびに後ろで爆発が起こってるの草〕

〔ばなちゃんは今日も元気でかわいい〕


 タブレットの向こうでは一人の少女が元気よく配信スタートの挨拶をし、それに応じるコメント欄もかなりの早さで流れている。


「……相変わらずヒバナさんは元気がいいね。見ているとこっちまで楽しくなってくる雰囲気だ」


 日本最大手ダンジョンのエース探索者、高峰北斗はそう呟いた。

 今は自宅で朝食をとりながら、見逃した配信者のアーカイブを確認しているところだ。


 画面の向こうの配信者の名前は“ヒバナ”。

 十二歳くらいの活発そうな女の子だ。コラボもほとんどせず、活動開始からさほど時間が経っていないにも関わらず、多くの登録者を獲得している有望な新人である。


「最近は配信頻度が高いみたいだけど、無理はしてないかな……あの年だと夏休みくらいしかまとまった活動時間が取れないんだろうけど、心配だ……」


「何を小さい女の子を凝視してぶつぶつ呟いているの、兄さん」


 北斗の妹の南波(ななみ)が呆れた声で話しかけてくる。北斗は一人暮らしだが、たまに遊びに来ることがあるのだ。


「ヒバナさん――赤羽日花(あかばね にちか)さんはうちの準構成員だからね。しかもそうなるよう提案したのは僕だ。なら、様子がおかしかったら気に掛けるくらいのことは責任の範囲だよ」


「様子がおかしいの?」


「いや、それは言い過ぎた。ただ、最近は活動頻度が高いからね」


「そのくらいで心配するのは過保護すぎない?」


「普通ならね。でも、彼女は以前厄介ごとに巻き込まれたこともある。気にしすぎるくらいで丁度いいと僕は思うよ。幸い今日は休みで時間もあるし」


「……まあ、そうかもね」


 北斗の言葉に表面上納得しつつ、南波はつまらなさそうに言った。


「(……どうせ休みなら私に構ってくれてもいいのに)」


「南波?」


「気にしないで。そんなだから白竜の牙で兄さんがロリコンってあだ名をつけられるのよ、って言っただけ」


「待ってくれ南波。それは僕にとって気にせず流せるような話じゃない」


「だって赤羽さんは十二歳でしょ? それに最近よく気にしてる雪姫さんもそのくらいよね?」


「それはそうだけど……別に僕は小さい女の子が好みというわけじゃないからね? 単に心配だから気にしているだけで」


「ふん、私もう行くから。今日はパーティメンバーと訓練する」


 美南も北斗と同じく白竜の牙に所属している。パーティメンバーというのはギルド内の友人たちのことだ。


「あ、ああ、うん。気を付けてね」


 送り出そうとする北斗だが、南波はなぜかすぐには出て行かず北斗のほうをちらちら見ている。まるで何か言ってほしい言葉でもあるかのようだ。


「……兄さん、今日の私を見て言うことはそれだけ?」


「え? 何のことだい?」


「もういいっ」


 どこか苛立ったような足取りで南波は部屋を出て行った。

 取り残された北斗は考え込んだ様子で呟く。


「……なるほど。南波は友達と待ち合わせをしていたからあんなにお洒落をしていたのか」


 髪を可愛らしく整え、服装も女の子らしくお洒落なものだった。

 それが大好きな友人たちと会うためのものなら納得だ。


 北斗としては似合っているよと誉め言葉くらいは伝えたかったが、以前顔を真っ赤にして怒られたので今回は控えたのだ。しかし南波の様子から察するに、今回も何かミスをしたようである。


「年頃の女の子と接するのは難しいなあ……」


 見目麗しく、若くして圧倒的な実力を誇る探索者高峰北斗。

 世間では完璧と評される彼の最近の悩みだった。





「それじゃ、ガーベラが復活するまではしばらく時間がかかるんですか?」


『そうですね』


 刀子さんとのコラボ配信を行った翌朝、俺はリーテルシア様と電話をしていた。


 話の内容はもちろんガーベラについてのことだ。

 ピンク髪の少女から取り返した<妖精の鎮魂杖>は、現在リーテルシア様に預けてある。

 杖の中にあるガーベラの魂はリーテルシア様の力があれば体ごと蘇生させられるそうだけど、すぐにはできないようだ。


「どのくらいかかりますか?」


『少なくともあと数日はかかります。ガーベラの体を再構成するにあたり、いくつか今までと異なる性質を与えようと思っているので』


「異なる性質?」


『たとえば、今のガーベラは木々のない場所ではユキヒメに同行できません。フェアリーガーデンから入口を繋げませんからね』


「ああ……確かに」


 フェアリーガーデンから直接やってこられない場所だとそもそもガーベラは同行できない。新宿ダンジョンや箱根ダンジョンでは気にならなかったが、今後はガーベラが不在のケースも出てくるだろう。


『そうならないよう、ユキヒメのいる場所ならどこでも同行できるような能力を与えます』


「そんなことが――リーテルシア様ならできそうですね……」


 もはやこの人にできないことは存在しないんじゃないかと思えてならない。

 何にしても、どんなダンジョンでもガーベラがついてきてくれるようになるのはすごく助かる。


『また、迷宮の攻略も進めていただいて構いませんよ』


「え? でも俺だけでキーボスを倒したらガーベラがついてこられなくなるんじゃ……」


『ユキヒメとガーベラの存在を紐づける過程で、守護者に関する制限も共有されることになります。ユキヒメが鍵の番人を倒せば、ガーベラも同様に守護者への挑戦権を得られるようになるでしょう』


「そうなんですか?」


『はい。人間の中には“従魔”なるものを使役する者もいます。魂同士を連結させるという点で、仕組みとしてはあれに近いですからね』


 従魔……っていうと、ダンジョンのモンスターを手懐けて味方にするってやつだったっけ。複数の従魔を使役している場合、仮にキーボス戦で使わなかった従魔がいても、その従魔も後のガーディアンボス戦に加われるとか何とか。


 人間の探索者とは異なるルールが適用されるということだろう。


『話は以上です。何か質問はありますか?』


「……ガーベラと話すことはできますか?」


『残念ながら、まだ話せる状態ではないのです』


「そうですか……」


 いずれ復活するとわかっていても落ち着かない。


『ふふ、ガーベラを気にかけてくれるのは嬉しいですよ。話せる状態になったらすぐに連絡します』


「ありがとうございます。それともう一つ、前に聞きそびれていたんですけど……」


『何ですか?』


 俺は【アイシクルハザード】で俺自身が傷つかなかったことについて質問した。


 <妖精の鎮魂杖>が関係しているとは思うが、それだけでは説明がつかない。あの杖の効果は“純粋な妖精を傷つけない”ことで、俺はそうではないからだ。


 仮説になりますが、とリーテルシア様は前置きしてから言った。


『おそらくは【妖精女王の寵愛】のスキルと、あの時ユキヒメが着けていた義手の効果が合わさったためでしょう。どちらか一つでは<妖精の鎮魂杖>の効果対象にはならなかったでしょうが、あの時のユキヒメは両方を備えていたため、体内を巡る妖精としての魔力が多くなっていたのかと』


 なるほ……ど?


「純粋な妖精って、妖精の魔力百パーセントでなくてもいいんですか?」


『<妖精の鎮魂杖>が対象を妖精だと認識すればよいのです。とはいえ、簡単ではありません。スキルも義手も、ユキヒメの魔力体そのものと密接につながっていました。だからこそあの結果となったのです』


 ふーむ。

 となると、装備品やらアクセサリーにリーテルシア様の魔力を込めてもらって、それを身に着けることで【アイシクルハザード】の自傷回避……なんてお手軽なことはできないのか。


 スキルやら義手やらと同じレベルってなるとなあ。


『しかしあの力が自由に使えないのは不便かもしれませんね。私のほうでも何か考えてみましょう』


「助かります」


『一応、スキルを与えた時の要領で私の魔力を何度も与えれば、ユキヒメの体質を変化させられるかもしれませんが』


 それはつまりリーテルシア様と何度もキスを繰り返すということでは?


「……そ、それは最終手段で」


『あら、残念です』


 くすりと笑いながら言うリーテルシア様。この人ちょっと魔性すぎるな。人じゃなくて妖精だけど。


 そんなやり取りを最後に通話は終わった。


 コンコン。


「お兄ちゃん、朝ごはんだよー」


「わかった。すぐ行く」


 呼びに来た月音に返事をし、部屋を出る。


「おはようございます、雪姫様」


「おはようございます」


「むにゃ……おひゃよう」


「茜は半分寝てるな……また夜更かしでもしたのか」


「色々と調べておくことがあってね……」


 食堂にはすでに水鏡さんと眠そうな茜が待っていた。ここ数日でわかったが、茜は朝弱い……というか夜更かしの癖があるらしい。朝食を作ってくれたのは水鏡さんで、ベーコンエッグにサラダ、トーストという洋風なメニューが並んでいる。


 朝食の席で作戦会議を行う。


「結論から言うが、雪姫君はこのまま配信を続けてくれたほうがいいだろう」


 茜の口調が戻った。眠気に打ち勝ったらしい。


「残りの素材集めに動かなくていいのか? <完全回帰薬>の材料五つのうち残り二つのところまで来てるんだよな?」


「私と雪姫君のぶんで<完全回帰薬>を二つ作ると考えたら、必要な素材は延べ四つだがね。ただ、この二種類はすぐには手に入らない」


「……そうなのか?」


「どちらも海外のSランクダンジョン産だからね。協会が高く買い取っているせいで市場にも出回っていないし、普通の手段で手に入れるのは難しい。やりようはあるが、それには金が必要だ」


 なるほど。だから配信してМチューブの収益を少しでも稼ぐ必要があると。

 月音が控えめに手を挙げる。


「あのー……図々しい話だからあえて私から言うんだけど、茜さんに立て替えてもらうことってできない? お兄ちゃんなら踏み倒したり絶対しないけど」


「残念ながら私のほうも懐に余裕があるわけじゃない。<完全回帰薬>以外のマジックアイテムを大量に試す過程で相当散財したからね。今の私はせいぜい自分のぶんを賄うのでやっとだよ。まあ、手段を選ばなければ金を増やす方法もあるが――」


「いや、いいよ。自分の分くらいは自分で払うのが筋だ。月音、気を遣ってくれてありがとな」


「……むー、お兄ちゃんならそう言うと思ったけど」


 まあ、仮に茜に貸してもらうことが可能だったにしろ後で返すことになるなら稼いでおいて損はない。


 それにフィリア様の件もあるし、俺は強くならなきゃいけない。

 元の体に戻るにしろ、リーテルシア様との約束を果たすにしろ、結局俺はダンジョン配信を続ける必要がある。


「では雪姫君には配信を続けてもらう方向で。その間に私が残りの素材を手に入れる方法について考えておくよ」


「ああ。頼む」


「雪姫君が次に挑むダンジョンについてだが、水鏡は何か案があるかい?」


 水鏡さんは少し考えてからこんなことを言った。


「では、横浜中華街ダンジョンなどいかがでしょうか。あのダンジョンなら比較的近場ですし、今の雪姫様に必要な経験が積めるかと思います」


「横浜中華街ダンジョン! いいですねっ!」


 なぜかテンションを上げる月音。


「……どんなダンジョンなんだ?」


 俺が次に挑むダンジョンということならDランクで間違いないと思うが、全体から見ればまだまだ簡単な部類のはず。そんなに面白がる要素があるのか?


「ジュラシック!」


「恐竜が出ます」


 え? ……恐竜?

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