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作戦会議

「さて、それじゃあ作戦会議といこうか」


 俺と水鏡さんが地下室から戻ると、茜と月音が軽食を用意して待っていた。茜が言っていた“やること”ってこれか。

 作戦会議の前にサンドイッチを一口。


「あ、美味いな」


 隣に座る月音が身を乗り出してくる。


「そ、そう?」


「ああ。これ、月音が作ったのか? ありがとな」


「ふふん。このくらいは全然余裕だよ」


 何でもないことのように言う月音だが、微妙に得意げな表情が隠せていない。


 ……まあ、パンの切り方が少しいびつだったり、レタスの水気を切り忘れていたりするんだが……それでも普段料理をしない月音が頑張ってくれたと思うと嬉しい気持ちが勝る。


 ちなみに茜は月音同様料理に慣れていないのか、サンドイッチの出来栄えは月音が作ったものとどっこいどっこいだった。


「さて、打ち合わせに入ろう。水鏡、雪姫君は箱根ダンジョンでも戦えそうかい?」


「はい。問題ないかと」


「それはいい。では、さっそく今日から箱根ダンジョンの未踏破エリア攻略に向けて動きたいわけだが――雪姫君。例の件については」


「ああ。リーテルシア様からメッセージも返ってきてた。話していいそうだ」


 俺は改めて前提を確認する。


「茜。箱根ダンジョンは木が多いんだよな」


「そうだけど……それがどうかしたのかい?」


「リーテルシア様の力を使えば、フェアリーガーデンを経由して他のダンジョンにワープできる。新宿ダンジョンみたいな木の多い場所じゃないと駄目だが、条件が合えばSSランクダンジョンだろうと一瞬で行ける」


「」


 茜がフリーズした。


「それは本当ですか?」


 水鏡さんが尋ねてくる。感情の読み取りにくい水鏡さんも、わずかにではあるが目を見張って驚きを表している。


「実際に試したことはないので何とも言えませんが……」


「お兄ちゃん、リーテルシア様に通話かけて直接説明してもらったほうがいいんじゃない?」


「それもそうか」


 月音の発案に従い、スマホでリーテルシア様に通話をかける。会議に参加してほしい旨を伝えたら了承してくれたので、通話をスピーカーモードに変更。リーテルシア様の声がその場の全員に聞こえるようになる。


『――ユキヒメの言うことに間違いはありません。私の能力を使えば、人間が“ハコネダンジョン”と呼ぶ迷宮にもユキヒメを運ぶことができるでしょう』


「そんなことが可能なのか!?」


 あ、茜が復活した。


『本当です。木々の豊かな場所でさえあれば、どんなに離れたダンジョンでも一瞬で移動させられますよ』


「で、では、たとえば……木々の豊かな場所というと……コスタリカのコルコバドダンジョンなんかでもかい!?」


『問題ありません』


「探索者ランクが見合っていなくても?」


『人間の出入りを弾いているのは迷宮の核です。それを介さない移動であれば拒絶されることはないでしょう』


「それは凄いな! それじゃあ――むがもぐ」


「ストップだ茜、細かい話は<竜癒草>を手に入れてからでいいだろ。今は作戦会議に集中するべきだ」


 目がどんどん輝きはじめた茜の口にサンドイッチを突っ込んで黙らせる。

 このまま質問攻めにさせていると脱線してしまいそうだ。

 サンドイッチを咀嚼し飲み込んでから茜は頷いた。


「……それもそうだね。しかしこれだけは先に聞いておきたいんだが……リーテルシア、その能力は木々がなくては移動先にできないのかい? 水中や洞窟なんかは」


『そういった場所には残念ながら運べません。仮に植物があったとしても、たとえば苔が少量生えている程度では出口を繋げないのです』


「そうか……残念だ」


 なんとなく茜の考えていることがわかる。

 おそらく水鏡さんをフェアリーガーデン経由で移動させ、世界中のダンジョンから<完全回帰薬>の残りの素材を集めてもらおうと考えたんだろう。だが、それは難しいようだ。


「話を戻すが……リーテルシア様の能力を使えば箱根ダンジョンに入れる。フェアリーガーデンに入るにも木々が多い場所じゃないと駄目だから、まずは新宿ダンジョンに行くのが速いと思う」


 新宿ダンジョン→フェアリーガーデン→箱根ダンジョンという経路だ。


『ハコネダンジョンの任意の場所に移動させることは可能ですよ。あの迷宮はどこも木々が多いですからね。たとえば鍵の番人の部屋に近い場所でも』


「チートだよ……チートだよこんなの……」


 月音が恐れおののくように呟く。正直リーテルシア様という協力者がいるのはチート(ズル)呼ばわりされても文句は言えないかもしれない。


「箱根ダンジョンに行ったらキーボスを倒して<竜癒草>を確保する。終わり次第すぐにフェアリーガーデン経由で新宿ダンジョンに戻ってくる。水鏡さんには俺と一緒に来てもらって、キー部屋の前で見張りをしてもらう。こんな感じでどうだ?」


 未踏破エリアには他の探索者がうろついているようだから、本来いるはずのない俺が目撃されるのは避けたい。

 そのため水鏡さんには見張りに立ってもらい、場合によってはその探索者たちの足止めをしてもらう。


「いいと思う」


「見張りはお任せください。妨害は慣れております」


 ……妨害に慣れてるって何? 水鏡さんの言葉の真意を考えていると、茜が言った。


「いくつか気になることがある。まず正規のルートでダンジョンに入っていない雪姫君は敗北した場合どうなる? 箱根ダンジョンの入口に飛ばされるのかい?」


 確かにそれは気になる。

 俺が魔力体を失った際、箱根ダンジョンのゲートから排出された場合は相当まずい。フェアリーガーデン経由のワープのことがバレかねない。


『……その場合、ユキヒメはハコネダンジョンの核から排出されることになるでしょうね。確か人間の常識ではそれはまずいのでしたか』


「そうだね。大騒ぎになるだろう」


『わかりました。では、私のほうでユキヒメが敗北した際はシンジュクダンジョンから出られるよう工夫をしましょう』


「そんなことができるのかい?」


『ええ』


「……ッ、……ッッ、そうか、それじゃあ話を進めようか」


 めちゃくちゃ詳しく聞きたいのを我慢してそうだな茜。

 俺たちはその後しばらく会議を続けるのだった。


 …………ところでこの作戦、俺がBランクのキーボスに勝てることが前提になってるよな……多分ガーベラはついてきてくれると思うが……本当に大丈夫か?


 まあ、考えたところでやるしかないんだが。





「――という感じで、未踏破エリアの攻略に手こずってまして……聞いてますか?」


「んー、あー、聞いてる聞いてる」


(本当かよ……)


 吹場組若頭、吹場座虎也は車を運転しながら内心で溜め息を吐いた。

 雪人の誘拐に失敗した翌日、ある少女を乗せて座虎也は車で移動している。

 飛宗に申し付けられた送迎係の役目を果たしているのだ。


(にしても……本当にこのガキが俺たちでも踏破できねえダンジョンをクリアできるのか?)


 座虎也はバックミラーに視線を送る。


 後部座席にいるのは黒のメッシュが入ったピンク髪をツインテールにした少女だ。年齢はおそらく十二歳前後。服装は全体的にパンクな印象である。


 腕には探索者であることを示すコンバートリングが着けられているが、その色は一般的な黒と異なり紫色だ。


「ムフフ……いい感じにバズッてるぅ~~♪ あー、承認欲求が満たされる……っ」


 少女はスマホをいじっては時折ニマニマとした満足そうな顔を見せている。嬉しさのあまり足をバタバタさせる可愛らしい仕草も。


「……スマホで何を見てるんですか?」


「ん? アタシたちが《《活躍》》してる記事。世界中で拡散されてて超気持ちいい。あ、スクショ撮ってなかったー!」


 カシャカシャとシャッターを切る音が後ろから聞こえてくる。


 普段の座虎也ならこんな生意気な小娘は怒鳴りつけているだろうが、彼女は吹場組にとって重要な協力者の一人。下手なことはできない。


(他にも気になることがある。……このガキ、いつの間に屋敷に来てたんだ?)


 座虎也はつい数十分前、飛宗から少女を紹介された。しかし同じ屋敷にいたにも関わらず、座虎也は少女がいつ来たのかわからなかった。


 全体的によくわからない少女だ。

 とりあえず座虎也はもう改めて説明することにする。


「繰り返しになりますが……今日の依頼はあるダンジョンの未踏破エリアの攻略です。Bランクのダンジョン程度、酒呑会(うち)の連中だけでも楽勝のはずなんですが……色々厄介なことがありまして」


 スマホから顔を上げないままピンク髪の少女が尋ねる。


「厄介なことって?」


「霧が多く迷いやすい地形、それと“姿の見えない敵”です」


 未踏破エリアを探索すると、かなりの頻度で見えない敵から襲撃される。

 そして地図や霧を払うマジックアイテムなど探索に必要なものを的確に破壊されるのだ。

 その手口から、酒呑会のメンバーには相手は人間なのではないかと疑う者までいる。


 初回攻略特典がかかっている以上、未踏破エリア攻略は絶対に逃せない。

 だがら今回、外部の探索者であるこの少女に協力を頼んだのだ。


「ふ~~~~ん」


 相変わらず興味なさそうな返事。


「……あの、疑うわけではないんですが。本当に大丈夫ですか? 先に現地入りしてるうちの連中に護衛はさせますが、あのダンジョンは簡単じゃないですよ」


「……へえ」


 ピンク髪の少女は座虎也の発言に口を閉ざし――次の瞬間。


 運転中の座虎也の頬に、ぶす、と人差し指が刺さる。


 もっとも頬肉を貫通するようなものではなく、つついた、という程度の威力だが。


「――ッ!?」


「心配しすぎだよ、おじさん。小さいからってアタシのこと舐めてる?」


 座虎也は目を見開いた。

 この少女はさっきまで後部座席にいたはずだ。しかし今は助手席に収まっている。


 まるで手品でも見ているようだ。

 何が起こったのか座虎也にはまったくわからない。


「し、失礼しました」


「二度目はないよ。――アタシ、馬鹿にされるのも舐められるのも大っ嫌いだから」


 少女の声のトーンが下がる。


 座虎也の背筋に冷や汗が流れた。少女に突きつけられた人差し指が銃口のように感じる。


「わ、わかりました……以後気を付けます……」


 座虎也がそう言うと、ピンク髪の少女は興味を失ったようにスマホいじりを再開した。


「ならいいけど。で、霧が多くて見えない敵が妨害してくるっていうBランクダンジョンはなんて名前なの?」


 どうやら本当に話は聞いていたらしい。

 そういえば具体的な場所は言ってなかったな、と座虎也は目的地を伝える。


「箱根ダンジョンです」

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