須々木崎茜2
「まずは改めて名乗ろう。私は須々木崎茜、実年齢は十八歳。雪姫君と違って本当の性別も女だよ」
最初に語ったのは茜の素性。
茜がスマホに表示させた写真を見ると、お前はどこの女優だと言いたくなるほどの美人だった。
ちなみに俺は十二歳くらいに見えた今の茜は、本人いわく自分の八~九歳くらいの姿とのこと。
アメリカの大学に通っていた茜だが、半年前に祖父の須々木崎教授が亡くなった際に日本に戻ってきたらしい。
そして遺品整理をしている途中で石像型マジックアイテムを見つけ、調べているうちに寝落ちし――気付けば十年分若返っていたと。
「コ〇ン君……」
「月音、今は真面目な話をしてるんだ」
気が散るから余計なことを言うんじゃない。
つまり、茜が効果を受けた石像型マジックアイテムの効果は“若返り”。
俺とは別のものなのだ。
このあたりは石像の形が違うことと関係があるのかもしれない。
「この姿になった後、私は思いつく限りの解除方法を試した。何せ若返りだ。こんなことが可能だと世間にバレたら何をされるかわからない」
茜は自分の状態に危機感を覚え、元の体に戻ろうと色々なことを試した。
基本はポーション……ダンジョン素材を用いた薬のマジックアイテムだ。
しかし有効と思われるポーションをどれだけ試しても効果がない。
恐ろしいことに、茜が試した中には、俺と月音がこれから作ろうとしていたものがすべて含まれていた。
額にして三千万円以上のポーションを、茜はすべて試していたのだ。
茜はそれらのポーションを水鏡さんに持ってこさせ、俺に譲ってくれた。
全部は無理だが、その場でいくつか実際に飲んで試す。
しかし残念ながら効果があるものはなかった。
「……嘘だろ、<月涙草のワイン>も効かないのか。月音、どうしたらいいと思う?」
「知らない。好きにすれば」
「何で拗ねてるんだよ……」
「ふん」
ポーションを試している途中で、なぜか途中で月音がふてくされてしまった。
俺が譲ってもらったポーションを試す際、茜が毒見として先に口をつけた。それを回し飲み的に俺も飲んでいたわけだが、一体この流れのどこに月音が拗ねる要素があるのか。
「…………可愛い女の子にでれでれしちゃってさ。間接キスじゃんそれ……」
ぶつぶつと呟く月音。何を言っているのか聞き取れないが、何となくそっとしておいたほうがいいような気がする。
「――と、ここまでが前提だ。ここから雪姫君にお願いしたい協力の内容にもかかわってくる」
茜はそう言い、本題に入る。
「協会の錬金リストにあるようなポーションは、残念ながら効果がない。そもそも魔力体だけでなく、生身まで変質させるような強力な肉体変化なんて聞いたこともない。元の体に戻るには、それなりの代物が必要なんだろう」
「それなりの代物っていうのに心当たりはあるのか?」
「<完全回帰薬>。肉体の欠損、病気、果ては超自然的な霊障まで排除する究極のポーションだ」
<完全回帰薬>。
俺は首を傾げた。
「……聞いたことないな」
一応ポーションについてはかなり調べたつもりだったんだが。
「そうだろうね。これはWLOのデータベースにも載っていない。……というか載せていないんだ。<完全回帰薬>は世界中の要人が高値で買っていく金の生る木だからね。国連もそうだし、日本のダンジョン庁や探索者協会も、素材の価格を吊り上げられたら困るんだよ」
世界中の要人が買い求める薬ねえ。
都市伝説みたいだな。
「何でそんなものを知ってるんだ」
「錬金レシピを開発したのが祖父の研究チームだからさ。この屋敷に資料が残っていた」
……なるほど。
「私は<完全回帰薬>を作るために動くことにした。必要な素材五つのうち、三つはすでに入手のアテがある。そして残る二つのうち一つが、日本にあるBランクダンジョンのキーボスから入手できる……と予想している」
「予想?」
「何せ未踏破エリアのキーボスだからね」
俺は呆れながら言った。
「未踏破エリアの、誰も見たことがないキーボスのドロップアイテムが何でわかるんだよ」
「ダンジョンの地形や出現モンスターのタイプ、ゲートが出現した場所。ヒントはいくらでもあるさ。私は祖父と一緒に世界百か所以上のダンジョンを調査した。その経験とこの屋敷の資料、探索者協会のデータを合わせれば、予想をつけるのは容易だ」
「本当かよ……」
そんなことができるものなんだろうか。
俺が呟くと、水鏡さんが口を開いた。
「雪姫様。お嬢様の予測能力については、探索者協会から頻繁に依頼が来るほどのものです」
「そうなんですか?」
「はい。実際にお嬢様は日本で七か所、アメリカを含む外国のダンジョンで四十八か所、未踏破エリアや新規キーボスを発見しています。探索者協会の資料にもお嬢様の名前が載っていますよ」
「……もしかして茜ってすごい人なんですか?」
新規ボスの情報が戦う前にわかるというのは重要だ。
たとえば俺が以前戦ったインプクラウン。
あの時は咄嗟の機転で何とかなったが、俺が負けていた場合初回攻略特典は取れず、俺はダンジョン配信者として今ほどうまくはいっていなかっただろう。
未知のボスの情報は探索者一人の人生を変えるのだ。
「そうですね。研究者としての素質では須々木崎教授に勝るとも劣らないでしょう」
そう言う水鏡さんはどこか誇らしげだった。
一方茜はむずがゆそうに口元をもごつかせている。嬉しそうだな。
「えー、ごほん。話を続けよう。……このキーボスを狙おうと決めた際、問題が二つ出てきた。一つは水鏡がそもそもキーボスに挑戦できないこと。Bランクダンジョンはすでにクリアしてしまっているからね」
ダンジョンの仕組みの一つに、“すでにクリアしたダンジョンのランク以下のボスモンスターとは戦えない”というものがある。
Sランク探索者の水鏡さんでは、Bランクダンジョンのキー部屋に入ることすらできないのだ。
「そこで私はBランク未満の探索者の中で、協力者にできそうな人物を探した。条件は実力があることと、未踏破エリアのことを他言しないことだ」
「……まさか茜さん、未踏破エリアのことを協会に報告してないの!?」
月音が声を上げる。
未踏破エリアは発見したら協会に即座に報告しなくてはならない決まりがある。
「探索者が大勢詰めかければ素材を入手できる確率が下がる。仕方がないことだ」
平然と言う茜。
薄々わかっていたが、目的のためには手段を選ばないタイプらしい。
「それで、俺がその条件に当てはまるって?」
「ああ。神保町ダンジョン攻略配信でガーディアンボスを倒した後、君は『友人を助けたい』と演説していただろう? あの時点で私は君が性転換しているとは知らなかったが、必死なのは伝わってきた」
茜は俺の訴えを聞き、<完全回帰薬>の材料入手のためなら、未踏破エリア秘匿というグレーな行為にも加担すると踏んだようだ。
「実力に関しても有望だ。ランクやらレベルやらは不足しているが、そこは水鏡を貸し出そう。彼女ならD、Cランクダンジョンのキー部屋やボス部屋までの護衛くらい造作もないし、高効率のレベル上げも可能だ。おまけに君には強力な妖精の仲間までいる」
相当俺の実力が買われているらしい。
月音が慌てて割り込んでくる。
「そ、そんなことしたらお兄ちゃんの配信ファンがどんな顔するか! キャリーに加えてパワーレベリングとか炎上しかねないよ!」
「……君たちがダンジョン配信をしているのは、雪姫君の体を元に戻すためだろう? 配信を優先するのは本末転倒だと思うが」
「ぐぬっ……」
嫌なことを言われた、というように黙り込む月音。
「それに悪いが雪姫君がゆっくりランクを上げるのを待っている時間がない。問題のもう一つは、競争相手がいることだ」
「競争相手?」
「私たちと同じく未踏破エリアを発見しておきながら、それを探索者協会に報告していない者たちがいる。目当ての素材アイテム――<竜癒草>を確実に手に入れるには、彼らより早くキーボスを倒さねばならない」
ん? ちょっと待て。
「キーボスをその邪魔者たちの後で倒せばいいだけだろ。ガーディアンボスと違って初回攻略特典があるわけでもなし」
「知らないのかい? キーボスを最初に倒した者にはレアアイテムが確定ドロップする」
「……そうなのか?」
「ああ。キーボスのレアドロップはガーディアンボスと違い、初回以降の討伐でもまれに発生するがね」
俺が神保町ダンジョンで倒したキーボス、インプコマンダーからは効果の高い<邪精操りの拡声器>がドロップした。レアドロップであるあれは初回以降でも確率こそ下がるが、入手できる可能性はある、ということらしい。
つまり、最初に討伐した場合と二番目以降では大きな差がある。
「競争相手もこちらも、まだキー部屋は発見できていない。とはいえ時間の問題だろう。こちらが先にクリアするには、急いで雪姫君を鍛えて送り込むしかない。――これが私が強引に雪姫君と接触した理由だ」
茜はそう言って話を締めくくる。
ここまでの話をまとめよう。
・茜=ストーカーの“あかね”。本来は十八歳だが石像型マジックアイテムによって推定十年分若返っている。
・石像型マジックアイテムの効果を解除するには普通のポーションではおそらく不可能。<完全回帰薬>を使う必要がある。
・<完全回帰薬>の材料は五つ。茜はそのうち三つに入手のアテがある。
・残る二つのうち片方はBランクダンジョンの未踏破エリアにある可能性が高い。ただし手に入れるにはキーボスを最初に撃破する必要あり。
・Bランクダンジョンの未踏破エリアには他の勢力もいて、彼らより早くキーボスまでたどりつかなくてはならない。
だいたいこんなところか。
「何か質問はあるかい?」
茜に尋ねられ、俺はこう聞いた。
「<完全回帰薬>は俺のぶんと茜のぶん、二つ必要になる。そこはどうする?」
極端な話、<完全回帰薬>ができたらこっちはお払い箱、という可能性がある。
「もちろん雪姫君に譲る」
この質問は予想していたようで、茜は即答した。
「水鏡というカードがある以上、私が先に<完全回帰薬>を得るのはフェアじゃないからね。必要なら誓約書も書こう。……だが、最終的にはこちらを信じてもらうしかない」
まあ、それはそうだ。
ここは言質を得られたことだけでよしとするしかない。
「じゃあ私からもいい?」
月音が手を挙げる。
「何だい、月音君」
「蒸し返すみたいだけど、本当に<完全回帰薬>以外の手段は駄目なの? 私、前にダンジョン配信で変質した体を戻した人を知ってるんだけど、その人は宝石系のマジックアイテムで何とかなってたよ」
「ダンジョン配信者“リュウキ”――通称ドラ太郎氏のことだね。彼と同じ方法は私も試したが、残念ながら元の姿には戻れなかった。おそらく雪姫君も同じだろう。……そもそも彼は私や雪姫君とは違い、姿の変化は魔力体のみだった。一方私と雪姫君は現実の肉体まで影響が及んでいる。これは石像型マジックアイテム固有の能力だと考えられる」
例の“ダンジョン配信者で体が変わってしまった人”って、魔力体だけだったのか。
それは確かに俺や茜とは事情が違う。
「そもそも、あの石像型マジックアイテムって何なの?」
「おそらくSSランクダンジョン産のアイテムだ。それもキーボスからのドロップ品である可能性が高いと推測される」
「詳しくわからないの? この屋敷に資料が残ってたりとか」
「おじい様の走り書き程度はあったが、残念ながら詳しくは。……おじい様の立場からして、表に出せない研究も多くあった。生前、その手の情報は身内の私にも教えてくれなかったよ」
肩をすくめる茜。
まあ、有用な情報があれば<完全回帰薬>なんて作りにくそうなものに手を出すわけがないか。
「<竜癒草>があるダンジョンはどこか聞いてもいいか?」
「関東のどこかとだけ。君たちが組んでくれると約束してくれればすぐに言う」
まだ協力関係を結んでいない段階ですべての情報を明かせっていうのは無理か。この質問はしなくてよかったな。
「最後に一つ聞かせてくれ。……お前に協力すれば、月音の安全は確保されるか?」
「……あのさーお兄ちゃん。それは私だけじゃなくてさ」
「月音、今は静かにしててくれ」
ここは譲れない。最悪俺が危険な立場になるのはいい。地上での【コンバート】もあることだし。だが、さっきの強盗の件みたいなことは二度とご免だ。
茜は頷いた。
「保証しよう。この屋敷にいる限り吹場組が丸ごと攻めてきても月音君には傷一つつかないよ」
「そうか……」
「付け加えると、私に協力しなかった場合でも君たちは屋敷に滞在してくれていい。というか、私の秘密を知った以上は悪いが当面解放できない、と言った方が正しい。少なくとも夏休みの間はここにいてもらいたい」
一か月あれば君たちの家を知り合いの業者に頼んで要塞化できるからね、と茜がしれっと言った。
家一軒の建て替え費用なんて今の俺でも出せないんだが……
しかし一番聞きたかったことは聞けた。
「他に聞きたいことはあるかい?」
俺はもう聞きたいことはない。月音も首を横に振った。
「なければ話は終わりだ。すぐには返事できないだろうから、一晩ゆっくり考えてくれればいい。部屋は用意してある」
「こちらにどうぞ。お部屋にご案内します」
水鏡さんが部屋の扉を開けた。俺と月音は水鏡さんの先導に従って茜の部屋を出る。
……さて、どうするかなあ。




