榊水鏡
「……っ」
何度かけ直しても月音が電話に応じない。
焦りが募る。
頼む、出てくれ月音……! 声を聞かせてくれ。
「気を確かに持ってください、雪姫さん。すぐに着きますから」
「は、はい」
運転手を務める探索者協会の職員にそう言われ、俺はどうにか冷静さを保とうと深呼吸した。
新宿ダンジョン攻略配信を終えた後、俺は待ち構えていた探索者協会の新宿支部長に捕獲された。
妖精の鱗粉について詳しく聞きたかったようだ。
案内された会議室で、俺は大人しくわかる範囲で答えていたところ、途中で俺のスマホから激しい音が鳴った。
家の玄関扉に取り付けた警報装置によるアラートだ。
誰かが家に侵入した可能性がある、と。
普通の出入りでアラートが鳴ることはない。心配になった俺は月音に電話をしたが、応答がない。何度かけても同じ。
俺が配信のために外出する時、月音は基本的にすぐに連絡が取れるようにしているので、これは明らかにおかしい。
話をしていた協会の職員たちにそれを伝えると、すぐに家に向かってもらえることになった。護衛役として、マジックアイテムで武装した職員も同行している。
警察にも通報してある。
単なる誤作動の可能性もあるが、俺の立場――配信者として名前が売れ、世界で唯一リーテルシア様とつながりがある、ということを考えると楽観はできない。
……くそ、俺の認識が甘かったのか。
警報装置や監視カメラの取り付け、サムターン回しの対策をするくらいのことはしている。だがもっと根本的なセキュリティを整えるべきだったんだろうか。
とはいえただの学生である俺たちができることにも限度がある。
それにSランク探索者である白川琢磨の住居だというのに、これまでトラブルはなかったのだ。こんなに急に何か起こるなんて予想できるわけがない!
――と。
『……もしもし』
「月音!? 大丈夫なのか!?」
ようやく連絡がつき、スマホから月音の声が聞こえてくる。
雪姫の演技をする余裕すらなかったが、幸い同行するギルド職員たちは俺が焦っているからだろう、と特に疑問には思わなかったようだ。
『あー……うん。大丈夫。いま警察の人が来て、事情を説明してるとこ。ごめんね、心配かけて。お兄――雪姫ちゃん』
無事そうだ。
力が抜けた……
って、そうだ。雪姫として話さないと。
「無事でよかったです、月音お姉ちゃん。警察の人が来てるってことは、やっぱり何かあったんですね? 警報装置の通知も来ていましたし」
『うん。……強盗、みたいな人が二人。あと運転手をしてた人がもう一人捕まったよ。もう連行されていったけど』
強盗。
その言葉に背筋が冷たくなる。
「本当にけがはないんですよね?」
『うん、平気。怖かったけど……助けてくれた人がいて』
「助けてくれた人?」
まさか親父とか? いや、だったらこんな濁すような言い方しないよな。
月音はなぜかここで声を小さくした。近くにいる人……警察やら助けてくれた人やらに聞かせないためだろうか。
『……お兄ちゃん、今誰かと一緒?』
雪姫ではなく、元の呼び方。……何か真剣な話でもあるんだろうか。
俺の方は雪姫として話すしかないんだが。
「はい。探索者協会の職員の方が二人。車で家に送ってもらっているところです」
『変なことを言うんだけど、この家に戻ってきて、多分その人たちにも事情を説明することになるよね』
「そうなると思いますが……」
『その時に、私、お兄ちゃんに思いっきり嘘を言うことになると思う。で、お兄ちゃんにそれを肯定してほしいんだよね』
「はい?」
『お願い。これ本当に重要な話』
月音はよくふざけるが、これはいつもの冗談ではないだろう。
嘘を肯定しろ、か。なんだかよくわからないが……
「わかりました。お姉ちゃんがそう言うなら」
『ありがと。ちなみに二回あるから、空気読んで合わせてね。あー……なんだか雪姫ちゃんの声聞いたら安心したー……それじゃ待ってるね。早く戻ってきてね』
通話が切れた。
それを見計らって運転席の協会職員が話しかけてくる。
「雪姫さん、ご家族と連絡がつきましたか?」
「はい。大丈夫みたいです。今は警察に話をしていると。ただ……やっぱり何かあったみたいで」
「そうですか……しかしご無事でよかったです」
「ありがとうございます」
それから数分で家に着いた。
どうでもいいが、探索者登録の際に住所は本当のことを書いたおかげで身分詐称を疑われずに済んだのは助かったな。親父の登録データを調べれば白川雪姫と住所が一致することを疑問視されるかもしれないが、配信では親戚だと言ってあるのでそこも問題ない。
家の前にはパトカーが停まっていた。
物々しいな。こんな経験したくなかった……
車を降り、家の敷地に入る。協会職員の二人も自然とついてきた。
「これは酷いな……」
協会職員の一人がそんなことを呟く。
玄関は侵入者に無理やりこじ開けられたようで、扉の隙間に亀裂が走っていた。
扉を開ける。
「雪姫ちゃーん!」
俺の姿を見た途端、玄関で警官二人に話をしていた月音がすっ飛んできた。
「わっぷ……お姉ちゃん、苦しいですよ」
「ああーいい匂い……あったかい……肌もちもち……おっぱい柔らかい……」
「きゃあ!? ちょっ、どさくさに紛れて胸を触らないでください!」
慌てて引きはがす。何だ今の流れるようなセクハラは!
ん?
なんか警官の横に見覚えのないメイドさんがいる。
誰だろう、この人。何でこんなところにメイドさんが……? 会釈をされたのでこちらも小さく頭を下げておく。
「「――!」」
一方メイドさんを見た協会職員の二人が息を呑む。
「なぜこの方がここに……」
「……いや、そうか。なるほど。どうやって強盗を撃退したのかと思っていたが……納得できた」
何やら事情を理解した、みたいな感じで頷き合っている協会職員二人。俺はまったくついていけていないんだが。二人はあのメイドさんを知っているんだろうか。
警官の一人が話しかけてくる。
「白川雪姫さんですか?」
「あ、はい」
「先ほど通報を受けまして――」
警官が自分の所属やら、ここに来た経緯なんかを教えてくれた。月音に確認しつつも警官が話してくれたことを聞くと、やはり強盗が入ったようだ。音を小さくする違法マジックアイテムを使い、バールでドアを破壊して侵入したとのこと。
強盗はすでに警察署に移送されているそうだ。
「また、侵入した二人は吹場組……暴力団の関係者かもしれません」
「吹場組……」
有名なヤクザだ。関東中に強い影響力を持ち、有名ギルドの酒呑会ともつながりがあるとかいう噂もある。
「ということは、やっぱりダンジョン絡みの事件かもしれないってことですか」
「その可能性も考えられます」
ストーカーくらいならともかく、ヤクザにまで目を付けられるとは……
「しかし不幸中の幸いでした。まさかお二人にSランク探索者のお知り合いがいるとは」
警官がそんなことを言う。
Sランク探索者の知り合い?
「親父――じゃなくて、白川琢磨さんのことですか? でも彼は今日本には」
「そうなんですよー! 本当に水鏡さんが来てくれてなかったらどうなっていたか! 水鏡さんと知り合いでよかったぁ~。そうだよね、雪姫ちゃん!」
月音が割り込んできた。
水鏡さんって誰だ?
何となくメイドさんに視線を向けると、小さく頷いている。あ、あの人水鏡さんって言うのか。どうでもいいがそれは苗字と名前どっちなんだろう。
月音がビシバシとウインクで目配せしてくる。
あ、これか。月音が電話で言っていた「嘘を肯定しろ」ってやつ。
あのメイドさんと知り合いだった、という体で話せってことか。
……なぜ? いや、まあいいけどさ。
「ええと、そうですね。月音お姉ちゃんの言う通りです」
「あの“百花繚乱”の一員、榊水鏡さんと知り合いとは。さすがは有名ダンジョン配信者ですね」
「あはは」
また知らない単語が出てきた。百花繚乱とはなんぞや。
というか、あのメイドさんってSランク探索者なのか。言われてみれば、確かに立ち姿に隙がないような気がする。
「次にこれからのことですが、月音さんによると白川琢磨さんとはご連絡が取れないそうですね。他に親戚の方はいらっしゃいますか? たとえば雪姫さんのご両親などは」
……やべ。
「ちょ、ちょっと難しい……ですかねぇ……」
「そうですか……こちらで見回りの強化や加害者の釈放に関する情報をお渡しすることはできますが、住居の確保となると……うーん」
困ったような顔で玄関の扉を見る警官。
まあ、この状態の家にいるのはまずいよなあ。
「そのことですが、雪姫さん。探索者協会であなたを保護させていただけませんか?」
話を聞いていた協会職員がそんな提案をしてくる。
「保護、ですか」
「はい。我々が用意するホテルや宿舎に寝泊まりしていただく形です。護衛もつけますし、安全性は保障いたしますよ。もちろんご家族の方も一緒で構いません」
協会職員いわく、もともと今日は俺にこの話をする予定だったらしい。
それがいきなり俺の家に強盗が入ったため、中断されていたと。
「雪姫さんは妖精女王リーテルシア様が友好を示す唯一の人物。今後もこういったことがないとは限りません。この機会に……といっては何ですが、いかがでしょう?」
協会職員はそんなことを言う。
うーむ。
安全が確保されるのは重要だが、身分詐称、TS、妖精絡みのワープ能力、地上での【コンバート】と隠し事だらけの俺が協会の管理下に入っていいのか? 一度でもボロを出せば取り返しがつかないのに。
……いや、俺のことなんてどうでもいいか。
月音が危険な目に遭ったんだ。
月音が一番安全に過ごせる選択をするべきだろう。
と思っていたんだが、月音が唐突に言った。
「お言葉は嬉しいんですけど、大丈夫です! 私たち、水鏡さんの住むお屋敷でお世話になることになっているので!」
「はい。今日にでもお連れする予定でした」
水鏡さんが平然と頷く。
は?
おい何だその話、初耳にもほどがあるぞ。
「……、…………!」
ばちーん、ばちこーん、と連続でウインクしてくる月音。
……ああ、そういえば二回嘘を吐くって言ってたな。ええ……これも……?
「ねっ、雪姫ちゃん! そうだよね?」
月音は冷や汗を流しながらもさらに演技を続ける。なぜこいつはこんなに必死なんだ。わかった、わかったよ。
「……そうですね。月音お姉ちゃんの言う通りです」
俺が言うと――
「なるほど、それでは我々の出る幕はありませんね」
協会職員はあっさり引き下がった。
もう一人の職員も頷く。
「榊様が須々木崎教授のお宅に住み込みで働いていらっしゃるのは有名な話。加えてあのお屋敷は、セキュリティが国内屈指ということで有名ですからね。あそこが相手では我々の保護もかすむというものです」
「さすがですね雪姫さん」
「あはは……」
何だかよくわからないが簡単に話が通ってしまった。
どうやらよほどこのメイドさんは信用があるらしい。
その後協会職員たちは「何かあればすぐにご連絡ください」と言い残して帰っていった。警官たちも話のほとんどは月音たちと済ませていたようで、協会職員の後に続くように家を出ていく。
最後に残ったのは俺、月音、そしてメイドさん改め水鏡さんの三人。
で。
「……月音お姉ちゃん、説明はしてくれるんですか?」
「私のほうから説明できるほどのことはないんだけど……でも協会の人とか警察の人とかがいたらできない話があって。水鏡さん、あの写真を雪姫ちゃんにも見せてあげてくれますか?」
「かしこまりました」
水鏡さんがスマホの画面を俺に向けてくる。
「……あーっ!」
そこに映っていたのは石像型のマジックアイテム。
細かい部分は違うが、俺をTSさせたものとそっくりだ。
水鏡さんはこんなことを言う。
「私の主はこのマジックアイテムにより、姿を変えられてしまいました。今はお屋敷で誰とも会わずに過ごしておられます。主はこのマジックアイテムの解除方法に心当たりがあるのですが、協力者が必要で……そんな折、雪姫様の存在を知りました。主と同じく、肉体変化を戻す方法を求める人物を」
「つまり、私に何か協力してほしいってことですか?」
「その通りです。本当は、今日はそのお願いをしに来たのです」
……なるほど。
確かにこの話は協会職員や警官がいたらできない。
どうりで月音が話を合わせろなんて言ってくるわけだ。
「詳しい話は私がお世話になっている屋敷で、私の主の口からお伝えします。また、協力していただけなかった場合でも、お二人の保護はいたします。……ご同行いただけますか?」
さて、どうするべきだろう。
情報は欲しい。協会職員があっさり引き下がったことから、安全面も期待できる。
だが……のこのこついていっていいんだろうか。
いや、月音を助けてくれた人を疑いたくはないんだが。
「雪姫ちゃん。私、水鏡さんは信用できると思う」
「月音お姉ちゃん……」
「少なくともヤクザを使ったマッチポンプ、なんてことはあり得ないよ。だって水鏡さん、私を襲おうとしてた連中を見て本気で怒ってたもん」
月音がそんなことを言う。
冷静に考えてみる。
まず水鏡さんは身元がはっきりしているし、協会からも信用があるようだった。月音を助けてくれたうえ、石像型マジックアイテムを見せるという、俺たちがいまだ躊躇っていることを先にやってくれた。これは彼女の誠実さの表れだと思う。
……まあ、最悪は地上での【コンバート】もあることだし。
「わかりました。案内をお願いします」
俺と月音は水鏡さんの誘いを受けた。




