表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/105

自己紹介動画を撮ろう!

「何じゃこりゃあああああああああああ!?」


 自宅に戻った後月音にステータスの写しを見せると、絶叫が響き渡った。


「何だよ月音。急に叫んだりして……」


「こっちの台詞だよお兄ちゃん! 可愛い顔して何このステータス!?」


「可愛い言うな。何か変か?」


「変っていうか、あり得ない……デビュー初日でスキル三つも取ってるうえに、全部“未登録スキル”なんて……」


 わなわなとステータスの内容が書かれた紙を握りしめながら呟く月音。


「未登録スキル?」


「簡単に言うと、探索者協会が取得条件を把握してないスキルのこと。効果はわかってるけどね。協会に報告した時に驚かれなかった?」


「あー……めちゃくちゃ驚かれた」


 探索者はステータス変化のたびに協会にそれを開示しなくてはならない。

 強力なスキルの取得条件がわかれば、探索者全体の底上げにつながり、それによってダンジョン資源の獲得がより効率的に進むからだそうだ。


 ステータスボードは本人にしか見えないので、隠そうと思えば隠せるんだろうが……俺は普通に全部話した。スキル獲得前後の行動も含めて。


 協会の職員いわく、スキルは何らかの行動がキーになって発現するらしい。


 なら初期スキルの二つは何なんだろうか。

 まさかTSと何か関係があるとか? しかしどのへんが“時間制限付きで能力値倍”やら、“能力値の伸びが倍”やらになるんだろう。

 謎だ。


「いいなあお兄ちゃん……私もダンジョン適性さえあれば……ぐすん」


 月音が悲しそうな声を出す。


 ダンジョン適性というのは、魔力体を作る能力のことだ。これがないとそもそもダンジョンに入ることができない。ちなみに月音含め、適性がない人間のほうが多かったりする。


「悲しそうなところ悪いんだが、そろそろ月音の考えを教えてくれないか? 俺のTSを解除する方法について」


「あ、そうだった。えーと、結論から言います。お兄ちゃん、ダンジョン配信者になってください」


「配信者……?」


 ダンジョン配信者。

 読んで字のごとく、ダンジョンの探索を動画サイトにアップして収益を得る仕事である。


 世界で最も有名なダンジョン配信者のチャンネル登録者数は、なんと億越え。国内でも数百万人のチャンネル登録者数を誇る探索者が何人もいるそうな。


「……それ、TS解除と何か関係があるのか?」


「これがあるんですよ。まず、お兄ちゃんがダンジョンに行ってる間、私TS解除の方法について結構がっつり調べたのね? 探索者協会のデータはもちろん、国連が出してる資料まで翻訳ソフト使って読んで……」


「そ、そこまでしてくれたのか」


「でも、なかった」


「え?」


「TSになった人の話も、それを解除できるアイテムも、何ならお兄ちゃんをTSさせた石像も、なーんにもなし。……私、自分で言うのもなんだけどダンジョン配信オタクなわけ。ダンジョンのこともそこそこ詳しい自信がある。でもTSになった人なんて聞いたことない。これは簡単に治せないだろうなーって予想してたの」


「……」


 思わず自分のスマホでも“TS 治し方”と検索してみる。

 しかしヒットする記事がほとんどない。


「普通に調べても駄目。で、次に考えつくのはお兄ちゃんの症状を公開する方法だけど……」


「いや、それはまずいだろ! マスコミにでも嗅ぎつかれたらえらい騒ぎになるぞ!」


 俺は慌てて手を横に振った。


 ダンジョンはまだまだブラックボックス。


 資源を生み出す場所として、世界各国が精力的な調査や研究を行っている。そんな中で“性別の変わった人間”なんて現れたら、貴重な実験サンプルとして拉致される可能性すらある。


「レアなマジックアイテムを強奪するために、非合法な組織が十数人がかりで持ち主の家に押し入ったって事件もあっただろ。いくら何でも……」


「リスク高すぎるよねえ……」


 さすがにこれは頷けない。

 俺だけじゃなく、一緒に住んでる月音にも危害が及びかねないし。


「――というわけで、そんなお兄ちゃんにぴったりなのがダンジョン配信!」


 月音がびしっと指を立ててそんなことを言った。


「配信者として有名になれば、匿名のまま他の探索者やら視聴者やらから情報を集められる。探索者としてランクが上がることで協会の非公開データも調べられるかも!」


「……」


「今のお兄ちゃんは超っっっ絶かわいい銀髪ロリ! しかも中身は男子高校生というギャップ! あんまりダンジョンに詳しくないお兄ちゃんでも、外見との相乗効果で初々しさっていう加点要素になるはず! こんな逸材滅多にいないよ!」


「…………」


「どしたのお兄ちゃん、考えていることを言ってみて?」


「……お前、ダンジョン配信が好きだから俺を使ってやってみようとしてないか?」


「うん!!!!」


 キラキラ輝く笑顔で月音は頷いた。こ、こいつ……!


「さては最初からこの流れに持っていくつもりだったな!? お前の趣味に付き合うつもりはないぞ!」


「待って待って待って! 趣味だけど、これしかないと思ってるのも本当なの! ……えっ待ってお兄ちゃん! 本気で掴みかかってきてそれ!? そんなにか弱いの!? 妖精!?」


「か、か弱いとか言うな!」


 月音の肩を掴んで揺さぶってやろうとしたら、あっさりと抑え込まれた。くそっ! この体、貧弱すぎる!


 仕方なく元の場所に戻りつつ、俺は話を元の軌道に乗せた。


「だいたい百歩譲って配信がうまくいったところで、そんな都合よく情報なんて手に入るとは限らないだろ。探索者協会やら国連やらがわからないことを、一般人の視聴者が知ってるなんてことあるのか?」


「あるんだよねぇこれが……」


 予想に反して月音は神妙な顔で頷いた。


 え? あるの?


「何年か前、ダンジョン内で魔力体が変身して戻れなくなった配信者がいたの。協会のデータにも、国連の資料にも手がかりなし。お兄ちゃんみたいにね。でも、ある視聴者の情報提供で治った。熱心なダンジョン配信ファンの知識は侮れないんだよ」


「む……」


 ダンジョンが出現してから二十年。


 そう、わずか二十年なのだ。膨大な数に上るダンジョンすべてはまだ探索されきっていない。だからこそ、一人の探索者がたまたま世界初の何かを発見する、なんてこともザラだ。


 その人物が配信をしていたら?

 その配信を見ていた人間が、似た症状の他の配信者を見かけたら?


 情報が届き、問題が解決してしまうのかもしれない。


「もしかして、一応理屈は通ってるのか……?」


「通ってるんですこれが。とりあえず一回やってみない? それとも他に方法ある?」


「……ない」


「それじゃやろうよ。大丈夫、私がちゃんとバックアップするから!」


 不安だ……

 しかし他に方法がないのも事実。なら、やってみてもいいのかもしれない。幸い今は夏休みだから、視聴者を集めるうえではおそらく好機と言えるだろう。


「わかった。やるよ。月音、俺は何をしたらいい?」


「色々あるけど……まずは自己紹介動画を撮ろう! チャンネルを作ってもどんな配信者かわからないんじゃ登録者は伸びないからね! ちなみに原稿はもう用意してあって――」


「手際がいいなぁ……」


 というわけで俺は月音が用意したカンペを見ながら、ダンジョン配信者としての自己紹介動画を撮った。内容はTS解除とストレートにはまずは言わず、“ある人を探している”と言うにとどめた。


 本格的な情報提供を求めるのは、しかるべきタイミングがあるらしい。

 俺はダンジョン配信に詳しくないので、このあたりの計画は月音に任せている。


 まあ、ある人――親父を見つけて問いただすことができれば、それはそれで解決するとは思う。


 ……ちなみにこの自己紹介動画だが、緊張のあまり俺は噛みまくった。


 撮り直したかったが、月音が「いいから、これでいいから。最高にいい味出てるから!」と強引に採用してしまった。


 本当に大丈夫なんだろうか、あれで。





 その日の夜、Мチューブ――多くのダンジョン配信者が活動する動画サイトに、一つの動画がアップされた。


 タイトルは、“【ダンジョン探索】こんにちは、雪姫です【始めます】”。


 動画を再生すると、小柄な銀髪の少女が映し出される。

 まるで絵本の中に出てきそうな、幻想的な雰囲気の美少女だ。大きな青色の瞳や白い肌が特徴的で、華奢な体を清楚なワンピースに包んでいる。


 銀髪の少女は、たどたどしく自己紹介を始める。



『あ、えと、みなさん初めまして。新人ダンジョン配信者の“雪姫”です。ええと、私はずっとダンジョン探索者に憧れていて……』



『あの、その……うう、あ、ある人を探しています。その人はダンジョン探索者をしていて、その人に会うために配信を始めました』



『まだ登録したばかりで、Gランクですけど……立派なダンジョン配信者になれるよう、頑張ります』



『と、とにかく……応援よろしゅきゅお願いします! 以上、雪姫でしたっ!』



 投稿されてから日付が変わるまでのおよそ三時間で、再生回数は百回ほど。

 ダンジョン配信業界からすれば、決して多くはない数字。

 けれどダンジョン配信者が増えている現在では、これでも上出来の部類だった。


 また、いくつかコメントもついている。



〔可愛いですね! チャンネル登録しました!〕


〔なんやこのウルトラ美少女!? CGかと思った〕


〔銀髪ロリhshshshshshs〕

 → 〔通報しました〕

 → 〔やめろ、この美少女が配信やめたらどうする〕


〔待て俺この子知ってる〕

 → 〔マジ?〕

 → 〔詳しく〕

 → 〔東京の神保町ダンジョンに来てた。多分ガチの初心者だと思う。【アイスショット】使ってたから氷属性の魔術師っぽい〕

 → 〔ほう。雪姫ちゃんは魔法少女と〕

 → 〔魔法少女コスを想像したら可愛すぎてやばい。俺も神保町に行かないと〕

 → 〔ただ、シールドゴブリンをワンパンしてたんだよな……〕

 → 〔は?〕

 → 〔あの初心者相手なら無限サンドバッグと名高い盾ゴブさんをワンパンだと……?〕

 → 〔攻撃力ゼロの代わりに意味わからんくらい防御力高いからな。しかも倒しても特にレアアイテムを落とすこともないという〕

 → 〔なんかのスキル?〕

 → 〔スキルも多分何か使ってたけどよくわからん。金色のオーラが出てたけど、あんなん見たことない。それ使った瞬間に魔術の威力がやたら上がってた〕

 → 〔ええ……?〕

 → 〔それ未登録スキルじゃね?〕

 → 〔かもしれん。ギルドのスキル名鑑見たけど乗ってなかったし〕

 → 〔そもそも本当に初心者?〕

 → 〔ゴブリン倒して大喜びしてたから間違いない。その場でぴょんぴょん跳ねてた〕

 → 〔可愛すぎだろwwww〕

 → 〔これは久々に大型新人来たな〕

 → 〔生配信見たい〕

 → 〔通知オン決定〕


 現在の登録者は五十人足らず。


 ベッドですやすや眠っている間に、コアなダンジョン配信ファンたちの間で少しだけ話題になっている雪人だった。



【雪姫】チャンネル

登録者数:43人

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここにも一人、チャンネル(ブックマーク)登録者が。 ダンジョン実況系は食傷気味でしたが、面白くなりそうなので期待大です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ