適材適所
ナイトバナード本拠地に、狙撃手の青年――ジョー・バーニアが戻ってくる。
人形を遠隔操作するためのカプセルから出て、濡れた体を拭く。置いてあった服を着てそこからつながる大部屋に行くと、そこには彼の主が待っていた。
「おかえり、ジョー。エルテックの配信を見ていたから、おおよその事情は察しているけど……何があったか聞いてもいいかな?」
「……承知した」
ジョーはボスに任務先であったことを説明した。
横浜中華街ダンジョンで吹場座虎也の計画に協力し、居合わせた榊水鏡と交戦し敗北。
紫のコンバートリングの効果でダンジョンの外に脱出したが、脱出先である座虎也の車が見張られており、自分の姿を警察や、同行していた榊水鏡にも見られた。
そのままでは<コピードール>(自身の能力をコピーした人形型マジックアイテム)が確保されて性能を暴かれてしまうので、仕方なく人形を自壊させて証拠隠滅をした。
「……以上だ。すまないボス、下手を打った」
「謝る必要はないよ。吹場飛宗からはさっき連絡があってね。『せがれのせいで迷惑をかけてしまい申し訳ない』だってさ。吹場組との関係は良好なままだ。今後の計画に支障はない」
「……そうか」
「模倣人形に関しても、自壊さえすれば簡単に分析されることはない。君の顔が見られたのは痛手だけど、そこはマジックアイテムで変装すればいいので問題なし。……気になるのはその榊水鏡という探索者だ。強かったかい?」
「ああ」
ジョーは素直に頷いた。
「動体視力が異常だ。何らかの特別なスキルを持っていると考えてもいいだろう。俺の弾がことごとく防がれた」
「空間魔術は使わなかったの? あれ使ったら全方位から狙撃とかもできるじゃない」
「使わされた」
「?」
「あの女は分身のようなスキルを使って、本体は別方向から俺に近付いてきていた。分身を囮に俺の能力を暴き、そしてすべてを理解したうえで俺を追い詰めた。空間魔術の出口で相手を取り囲んでの疑似的な“跳弾の檻”も、順番をすべて暗記されてかわされた」
「ええ……こわ……」
ボスがやや引きながら言う。
そもそもジョーの銃弾は音速に迫る速度である。
それを防ぐだけでも驚きなのに、微妙な着弾のタイミングの差をすべて覚えて避け切るというのは人間業ではない。
「彼女、テレシアの報告では大したことなかったって言われたんたけどなぁ……」
箱根ダンジョンの一件でピンク髪の少女――テレシアが水鏡と戦っている。
後で話を聞いた時にそのことも判明していたが、テレシアとジョーとで水鏡の評価が大きく違っている。
「相性の問題だろう。物理攻撃主体ではどうあがいてもテレシアには勝てない」
「まあ、そういうことかな。……ジョー、本体の君なら勝てたかい?」
模倣人形越しではナイトバナードの探索者は全力を出せない。
それを踏まえてボスが尋ねると、ジョーは首を横に振った。
「わからない。だが、次は倒す」
「おお、珍しい。ジョーがやる気だね」
「やる気? いや、わからない。だが……やる気。やる気なのか……? これが、やる気……?」
難しい顔でぶつぶつ呟くジョー。その姿は初めて感情を手に入れたロボットのようだ。その姿を見てボスは「おお」と感嘆する。ジョーがわずかとはいえ、特定の誰かに執着するのを見たのは初めてだ。
――なんて話していると。
ドドドドド!
「ジョー帰ってきたぁ!?」
テレシアが大部屋に駆け込んできた。
パンクな柄のエプロンを着ていて、手には泡だて器を突っ込んだボウルを抱えている。
「何の用だ、テレシア」
「お菓子作るの手伝え! アタシがやるとケーキが焦げてクリームがどっぷどぷになる!」
この場所はナイトバナードの生活拠点であり、当然キッチンもある。どうやらそこでテレシアはケーキ作りに挑戦していたようだ。
ジョーは首を傾げる。
「なぜお前は材料を量らないんだ?」
「あー?」
「作り直す方が手間がかかる。それに前にも同じ失敗をしていただろう。作るのが苦手なら苦手で買ってくればいい。そのくらいの収入は――」
「あーはいはい。わかったわかった。いいからこっちこっち」
テレシアはジョーの言葉をほとんど聞かずにキッチンへと引きずっていく。
取り残されたボスの耳にキッチンのほうから二人の声が聞こえてくる。
「アタシも手伝うから色々よろしく」
「なぜ俺が?」
「得意なやつがやるのが一番いいだろーが。お前お菓子作るのめっちゃうまいじゃん。精密機械みたいに0.1グラム単位で計量したり、温度と湿度から最適な焼き時間割り出したりとか。どうせ仕事終わって暇なんだろ?」
「ただの計算だ。……まあ暇になったのは事実だが。ところでこのキッチンの惨状はなんだ?」
「はい、これがお前のエプロン」
「汚れたからといって自分が着ていたエプロンを俺に渡すな」
「おらやるぞー! 生クリームとクルミとチョコ山ほど買ってきたからカロリー爆弾みたいなケーキが作れるぜーっ!」
「若いからといってこんな無茶なものばかり食べていては生活習慣病になるリスクが――」
「チョコスプレッドも飴も銀の丸っこいアレもある! くっくっく、こんな欲張りセットはお上品な洋菓子店にゃあできねーだろ。見せてやるぜ甘党の“夢”ってやつをなぁ!」
「……まあ、本人が気にしていないならいいか」
テレシアは話を聞いていない。そして感情の起伏が少ないジョーもこの扱いに不満を示すことはない。ある意味ジョーに対する最適解だった。
ボスはキッチンの様子を覗きながら思った。
彼らは国際指名手配されている盗賊団のメンバーだが……
「ああしていると普通の若者のようだねぇ。っていうか兄妹?」
そんなことを呟いてから、ボスは激甘ケーキの味見をさせられる前にその場を退散した。
彼はもう四十歳も近いので、普通に糖尿病が怖い。
(執務室に戻ってもいいけど……研究室を覗いてからにしようかな。いや秘書に怒られるのが嫌だからとかではなく)
内心で謎の言い訳をしつつ、ボスは廊下にあるエレベーターのパネルに指を触れた。
このパネルはマジックアイテムだ。
特定の人間が特定の順序でパネルを操作すると、物理的制約を無視して離れた場所に飛ぶことができる。
空間と空間をつなぐ力だ。
ジョーは同系統の魔術を持つが、出力が比べ物にならない。
それはある特別な存在から抽出した力で可能とされていた。
エレベーターはボスが代表を務める企業のビルに転移させることもできたが、彼が向かったのは別の場所。ナイトバナードの研究施設だ。
「これは……ボス! どうなさったのですか!?」
白衣を着た研究員の一人がボスに気付いて駆け寄ってくる。
ボスは苦笑しながら言った。
「単に様子を見に来ただけだよ。調子はどうだい?」
「順調です。既存のダンジョンコアから人造コアに“上位魔力”を移すマジックアイテムは用意できました。実際の運用には不便な部分がまだありますが……」
「小型化が課題、といったところかな? しかし君たちにかかればそれも達成できるだろう。期待しているよ」
「はい! お任せください!」
研究員とのやり取りを終え、ボスは施設内の奥に行く。
そこにあったのは縦長のカプセル。
中にはオレンジ色の液体が満ち、一人の少女――のように見えるものが浮かんでいる。
髪は紫色。
肌は不健康なほどに白い。
目は閉じられている。
そして少女には翼があった。かつては蝶の羽によく似たもので、今はコウモリの翼に似た形のものだ。
「君のおかげで計画は順調だ。実に助かったよ。ダンジョンの奥で君を捕まえられたのは幸運だったなぁ。……ところで君、やたらと例の妖精女王に顔が似てるけど、何か理由でもあるのかい?」
カプセルの中に沈むその少女はかつて、“フィリア”と呼ばれる存在だった。
もっとも今はナイトバナードによって捕えられ、“空間と空間をつなぐ力”を吐き出すだけの道具と化しているのだが。
昨日で100話だった模様。
続けられているのも読んでくださっている皆様のおかげです! 感謝!!




