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花火の音を聞きながら

(やばい――やばいやばいやばい!)


 酒呑会のギルドマスター、吹場座虎也は探索者協会を走って出口に向かう。すぐ後ろには手下である魚見坂文太、スカイフォックスのメンバーもついてきている。


 彼らは横浜中華街ダンジョンから魔力体を自ら破壊して、協会支部へと戻ってきた。


 渦亀を倒された以上はあそこにとどまっても意味がない。


 そして何より、高峰北斗にまずいものを奪われた。

 それはナイトバナードの青年に狙撃の的を指示するマジックアイテムの指輪だ。


(高峰の野郎、最初から俺を釣る気でいやがった! 防戦に徹して俺を焦らして、狙撃に頼るのを待っていやがったんだ!)


 魚見坂の猛攻でも北斗を倒すことができず、苛立った座虎也は北斗を狙撃させようと、指輪を北斗に向けた。


 しかし狙撃は来ず、その動作によって北斗に指輪の効果を見抜かれた。


 座虎也はあっさりと北斗に指輪を奪われた。

 座虎也たちでは指輪を奪い返すことができなかったため、あれはまだ北斗が持っている。


 つまり座虎也は狙撃手とグルである証拠を握られてしまったのだ。


 秩序を重んじる白竜の牙と酒呑会は犬猿の仲。白竜の牙に所属する高峰に悪事の証拠を握られたのは座虎也にとって痛恨の失態だった。


(俺たちと狙撃手がつながってるとバレたら、大義名分が崩れる! 今日のことが全部俺の罪になっちまう!)


 特に考えがあるわけではない。

 だが、とにかく逃げないといけないと座虎也は考えていた。


 周囲の探索者を押しのけ、地下から一階ロビーに向かうエレベーターに乗り込む。


「……すみません、座虎也さん。おれが、高峰を抑えられなかったから」


 魚見坂が悲しそうな声で言う。


 酒呑会の幹部の中で、彼だけは座虎也を敬っている。だからこそ魚見坂は今回のような座虎也の思い付きの作戦にも協力したのだ。


「そうだ、馬鹿野郎! お前が無能だったからこんなことになったんだ!」


「すみません……」


 大きな体を縮めて居心地悪そうにする魚見坂。


「そこまで言わなくても……」


「魚見坂さん、ちゃんとやってたよな……」


「うるせぇぞガキども!」


 スカイフォックスのメンバーが魚見坂に同情的な声を漏らすと、過敏に反応した座虎也が怒鳴りつける。座虎也には余裕がなくなっていた。


 エレベーターが止まる。

 座虎也が転がるようにそこから出ると――


「確保!」


「「「おおーっ!」」」


 ドドドドド!


「ぐおっ……!?」


 待ち構えていた警官たちが座虎也たちを抑え込んだ。

 警官たちはマジックアイテムで強化しているようで、魚見坂も身動きが取れなくなっている。


「な、何だよ! 離せよ!」


「そうはいかない! お前には犯人蔵匿罪の容疑がかかっている!」


「はぁ!?」


 かつ、と足音が響く。

 床に抑え込まれる座虎也の視界に一人の女性が入ってきた。

 メイド服の女性、榊水鏡だ。


 彼女は自らのスマホに一枚の写真を表示させた。

 それは……座虎也の車の中にいる、ナイトバナードの青年の写真だった。


「なっ!? てめぇ、何だこの写真は!?」


 水鏡は淡々と言った。


「先ほど撮ったものです。紫色のコンバートリングを嵌めたこの男は、国際的犯罪組織のナイトバナードに所属する者である可能性がきわめて高い。何せ私に倒されたあと、ダンジョンゲートを通らずにダンジョンの外に出たのですから」


「――――ッ!?」


「あなたの愛車の車種、ナンバーは警察が知っています。この車はあなたのもので間違いありません。なら、あなたとナイトバナードの男が無関係であるとは考えられません」


 ――数十分前。

 水鏡はナイトバナードの青年を破ったあと、茜に連絡を入れた。


 青年は紫色のコンバートリングをしていた。

 以前、箱根ダンジョンで雪姫の前に現れたピンク髪の少女に続いて二人目だ。


 青年に告げたように、彼が吹場組や酒呑会とつながっていて、たまたま居合わせただけならいい。


 しかし万が一雪姫が狙われていたら?

 もしそうなら、似た症状の茜も標的になっている可能性はないか?


 そんな水鏡の考えを聞いた茜は、「考え過ぎだろうけど……慎重すぎるくらいでちょうどいいだろうね」と一定の納得を示した。


 そのうえで茜は警察や協会職員に情報を共有してナイトバナードの青年を追うことを提案した。


 紫色のコンバートリングによってナイトバナード探索者はゲート以外から地上に出る。


 しかし茜はそこまで離れた位置には戻れない、と読んだ。

 横浜中華街ダンジョンのそばにはホテルなどがない。

 よって屋外にいる可能性が高いことも考えると、見つけることは可能だと判断した。


 結果として、警官や協会職員とともにダンジョンの外を捜索した水鏡は、路地裏に停まる座虎也の車に青年の姿があるのを確認できた。


 青年はこちらに気付くと何らかのマジックアイテムの効果でも使ったのか、《《全身を砂のように崩してしまった》》が――その寸前に水鏡は写真を撮ることができていたのだ。


「また、高峰北斗からも連絡を受けています。あなたは指輪型のマジックアイテムで狙撃手に指示を出していたようですね」


 座虎也がドッと冷や汗をかく。

 情報はすでに共有されていたのだ。


(想像していた中で一番悪い状況になりやがった……! ナイトバナードとのつながりがバレることだけは避けなきゃいけなかったのに! どうする? どうすればいい!?)


 水鏡の様子からして、青年がダンジョン内にいた狙撃手と同一人物だとわかっている。


 つまり、青年の顔を見たのだ。

 あれだけの距離を狙撃にさらされながら詰め切った目の前の女が化け物にしか見えない。


 国際的犯罪組織のナイトバナードの人間とかかわりを持ち、居場所を提供した。

 さらにその力を利用して大企業エルテックのイベントを妨害しようとした。


 北斗に狙撃指示用の指輪を奪われたのが致命傷だ。

 もう言い訳できる余地がない!


 不意に座虎也のスマホが鳴った。


 驚いた拍子に座虎也の胸ポケットからスマホが落ちた。上を向いた画面には“風間平助”――酒呑会の幹部の名前が映っている。


「……出ろ。ただし余計なことは言うな」


 警官は風間が何かしら口を滑らせることを期待してか、座虎也に応答を指示する。


 座虎也にとっても望むところだった。

 自分のトラブルは酒呑会にとって最悪の事態だ。うまく状況を伝えれば、助け船を出してくれるだろう。


 通話に出る。



『――残念です、ギルマス。あなたが《《独断で》》こんなことをするなんて』



「……ッ!?」


『エルテックからはすでに抗議文が届いています。賠償も求められるでしょう。ギルマスのせいで酒呑会は大きな損害を受けました。文太は人が良いから反対できなかったんでしょう。こんなことに巻き込まれて気の毒に……』


「ま、待て。風間! お前何を言ってやがる!? 俺は――」


『こんなことになっては酒呑会もあなたを庇えません。文太を除く幹部全員で決めました。あなたには酒呑会を退いてもらいます。賠償に関しても個人で負ってください。こんなバカげたことをする人に巻き込まれるなんてご免です。《《スポンサー》》もそう言っています』


「お前……! 俺を切り捨てるもりか!? 俺はギルドマスターだぞ!?」


『あなたにその資格はありません。罪を償ってから、一人でダンジョンに挑むなりなんなりしてください。どうせ実力ももともと足りてなかったんですから、そのほうがいいでしょう。ギルマス――いいえ、吹場座虎也さん』


 ――プツッ。


 通話が切れた。

 最後まで一方的なやり取り。


「今回の件、酒呑会は無関係か……」


「まあまあ、この男の取り調べで他の悪事の証拠が見つかるしもれませんし」


「それもそうだな」


 警官たちが勝手なことを言い合っている。


 座虎也は通話の内容を思い出した。


 風間の言っていた“スポンサー”というのは、酒呑会同士のやり取りでは吹場飛宗のことを示している。飛宗は自分を切り捨てた? そんなことあるはずがない。


 だが今日は、酒呑会の近況について報告するために風間が飛宗と会う予定がなかったか。


 今頃風間と飛宗は一緒にいるはずだ。

 それなのに通話の内容がああだったということは――


「は、はは、はははははは……そんなことねえよな、親父……そんなこと親父が言うわけが……」


 座虎也、魚見坂、スカイフォックスのメンバーはそのまま最寄りの警察署に連行された。


 水鏡が語ったナイトバナードの青年に関する情報。

 のちに北斗が提出する指輪型マジックアイテム。

 これらによって座虎也の罪は確固たるものになっていく。


 そんな中で一人の協会職員もあぶりだされた。

 座虎也と通じて<妖精の鱗粉>を横流ししたり、水鏡に無茶な探索依頼を出した人物だ。彼は職を失い、横領等の罪で逮捕された。


 最終的に魚見坂は酒呑会からの助け舟が出て解放されることになる。


 スカイフォックスも酒呑会のあくどいやり口によって借金を作らされていたことから釈放され(今回の件で探索者資格は永久剥奪されたし、エルテックから賠償金の請求もされたが)、その後は酒呑会からの報復を恐れて田舎に移り住むことに。


 そして座虎也はナイトバナードをかくまっていたことによる罪、さらにエルテックへの威力業務妨害、酒呑会に疑いのかかっていたもろもろの悪事の責任まで押し付けられ、長い長い拘束期間を過ごすことになる。


 その間、ただの一度も座虎也のもとに飛宗からの連絡は来なかった。





 結局花火大会は無事に開催された。


 打ち上げ装置は相当頑丈だったようで、戻ってきた辻さんたちエルテックの社員が花火をしっかり保持していたこともあり、花火大会を行うのに支障はなかった。


 ドンッ! ドォンッ! という音。


 夜空に広がる色とりどりの火薬の大輪。


〔たまやー!〕

〔こん爆破ー(花火)!〕

〔こん爆破ああああああああああああ!〕

〔めっちゃ綺麗!〕

〔音すごい! 現地で見たかったー!〕

〔これは最高の夏休みですわ〕


 花火の迫力はさすが大企業エルテックの本気という感じで、それを見た現地の探索者や視聴者が盛り上がっている。


「改めて、二人ともありがとうございました! 雪姫ちゃんと水鏡さんがいなかったら絶対花火大会は中止になってたと思うし……」


 ヒバナが隣で花火を見ている俺と水鏡さんに頭を下げてくる。


「もう、何回も聞きましたよヒバナさん」


「はい。お気になさらないでください」


 ここにいるのは俺、ヒバナ、水鏡さんの三人。


 水鏡さんは開会式が終わった頃に戻ってきて、入れ替わりで高峰兄妹が去っていった。ヒバナは残念そうだったが、どうやら警察やらギルド本部やらに色々報告しなくちゃいけないことがあるらしい。


 仕事なら仕方ない。

 とはいえダンジョンゲートまでの帰り道からでも、この花火はきっと楽しめるだろう。


 ちなみに「兄さんと二人きり……それはそれで……」などと南波さんは何やらぶつぶつ呟いていた。


「うーん……あたし何をしたらみんなに恩返しできるんだろう……」


「気にしなくていいですよ。……“これ”ももらってしまいましたし」


 俺はマジックポーチから光る球体を取り出した。

 サイズは野球ボールほど。


「スキルオーブですか。珍しいですね」


 水鏡さんが驚いたように言う。


 スキルオーブは新しいスキルを発現させるマジックアイテムだ。

 さっき倒した渦亀は大量の素材アイテムに加え、このスキルオーブを落とした。


 本来なら倒した人の中でくじ引きなんかをして決めるらしいが(探索者協会のサイトにアイテム分配専用のページがある)、討伐に参加した探索者全員が俺とヒバナに譲ると言ってきかなかった。


 で、ヒバナも頑なに俺が持つべきだと言ったので、半ば押し付けられるようにして俺がもらうことになったのだ。


 別に今すぐ使ってもいいんだが、何だか申し訳なくてまだ使っていない。


「スキルオーブは本来このランクのダンジョンではドロップしないはずですが……<妖精の鱗粉>の効果でしょうか。よかったですね、雪姫様」


「くじ引きもしないでもらってしまうのは申し訳ないんですけどね」


「ううん、これは雪姫ちゃんが持って行かなきゃ駄目だよ! 今日のMVPだもん! ……正直、雪姫ちゃんにはそれでも全然足りないと思ってるんだけど……うぁー、どうしたらいいのかな~!」


 頭を抱えるヒバナ。律儀だなぁ。

 というかそもそも、俺に関してはその話は済んでいるのだ。


「ヒバナさん、泊まりの時の話を覚えてますか?」


「……?」


「私にはやらなきゃいけないことがあります。それはとても難しいことで……一人でも多く味方が欲しいと思っています。信頼できて、頼りになる味方が」


「……」


「ヒバナさんは信頼できて、私にはできないようなことができる、頼りになる探索者です。なのでよかったら、私とこれからもパーティを組んでくれませんか?」


 ヒバナは確認するように尋ねてくる。


「でもそれ、雪姫ちゃんの考えだけじゃ駄目なんだよね?」


「ちゃんと他の仲間の許可も取ってきました」


「本当にあたしでいいの? あたし、雪姫ちゃんに頼りっぱなしだったけど……」


「そんなことありません。ヒバナさんはすごい子ですよ。私が保証します」


 ヒバナが嬉しそうに顔を輝かせた。


「組む! あたし、雪姫ちゃんとまだまだ一緒にいたい!」


「はい。これからもよろしくお願いします」


「うん! ……あ、でも水鏡さんへのお礼どうしよう」


 俺たちのやり取りを見て微笑を浮かべていた水鏡さんは言った。


「雪姫様にご協力いただけるなら、それは私にとってもありがたいことです。私の大切な方のためにもなることですから」


「そうなの? じゃあ二倍頑張らないとだね! うおーっ、やる気出てきたぁ!」


 瞳を燃やすヒバナ。


 というわけで正式にヒバナが仲間になった。


 そろそろガーベラも復活するだろうし、顔合わせのタイミングを作らないとな。

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