8 レティとの関係
久しぶりにグッスリ眠れたお陰で、頭はスッキリして、体もとても軽かった。昨晩から着替えもせず、風呂にも入っていなかったから、点呼後にシャワーを浴びた。
シャワーを浴びながら、昨日の戦闘の反芻をしていた。リアの言っていた通り、スキル無しだからこその強み……それが証明されたこと。そして、何故か分からない畏怖する気持ちと……もう戻れない何かへと進んでいる気がした。
点呼にはいなかったけど、あの後、レティは大丈夫だったんだろうか。元々、戦闘能力は長けていたけれど、今回のようなどこに移動してくるか分からないバーサーカーには対峙したことはなかっただろうから、負傷するのも無理はない。実戦で活躍しているイレフト・キリーギルのメンバーだって、リアのスキルを借りないと倒す事は出来なかったのだから……。
今回は司令室が攻撃スピードを落とした設定にしてくれていたから、俺たちでも何とか倒す事が出来た。フロントスクリーンで見たアレは、昨日のようなスピードではなかった事ぐらい俺でも分かる。それにレティのOHC戦闘スキルが使えたから……。
俺はレティ以外のOHC戦闘スキルも使用できるのか? だけど、光剣を持った瞬間に放った光はなんなんだ? 分からない事だらけだ。
とりあえず自分ひとりで考えていても埒があかない事は分かる。シャワーを切り上げ、体を拭き、腰にタオルを巻いてシャワールームから出た。そして……、
「ギィャヤーー!」
「のわぁぁあーー!」
鉢合わせた瞬間、二人で同時に叫んだ。
―― 何で?! えっ、何?? ここは俺の部屋よなっ?!――
一瞬、部屋を間違えて出て来たのかと思った。でも、部屋にあるシャワーに入っていたんだから、俺の部屋で間違いはないよな!?
「おま、おまっ、おまえっっ! レティイーー!!」
「ちょっとっ! あんっった、何で裸で出てくんのよ!」
「アホかっ! 裸じゃねぇよ、タオル巻いてるだろうがっ!! よく見てみろっ」
「馬鹿じゃないのっ! 誰がそんなとこをよく見るのよっ」
「そ、それにお前、何で人の部屋に入り込んでんだよッッ。さては覗きに来たのかっ?!」
パニックで訳が分からない事を口走ってしまった。
「もうっ、本っっ当に馬鹿じゃないの! 違うわよっ‼︎」
「どっちが馬鹿なんだよっ! じゃあ、俺がシャワー浴びている間に、何をしに部屋に入って来たんだっ!!」
「違うって! シャワー中だって知らなかったのよっ! 説明するから、とりあえず服を着てっっ」
レティは顔を真っ赤にしながら俺に背を向け、必死に服を着るように促していた。
衣服を整えた俺はレティに説明を求めた。
「……んで、俺がシャワー中だって分からなくて、部屋に入ってたっていう事か……」
「……そう。だって、鍵も掛かってなかったし、部屋に入ってもシャワーの音は聞こえなかったし、居ないのかなぁって探してたら……」
―― そういや点呼のあとに、鍵を掛けるのを忘れてたな、俺……。いやいや、鍵が空いてても勝手に人の部屋にズカズカと入り込むヤツがどこにいるんだよ! こいつ、頭がおかしいんじゃねぇのか?! ――
そんな思いが瞬時に巡ったが、冷静に言葉を続けた。
「だとしても! 部屋主がいないのに、勝手に部屋に入るのは感心しないっ。それも男の部屋にひとりで入るなんて、お前はどれだけ警戒心がないんだっ。襲われでもしたらどうするんだよッッ!!」
「はぁ? そんな事してきたら、キャン玉を蹴飛ばしてやるわよっっ」
咄嗟に大切な場所を手で隠し、縮こまる姿勢になった。
「おまっ、それはっ! 正解だけどさっっ! ……っはぁー……女には分からない想像を絶する痛みが……。……フフッ、クックック……キャ、キャン玉って何だよ……ククッ」
俺は笑い声を漏らしながら、腹を抱え悶えていた。レティは顔を赤くしたまま、コホンと咳払いをし、
「それより今日ここに来たのは、聞きたい事があったからなの」
「お前が? 俺に??」
「そう! 詳しく教えて欲しいの」
「何をだよ……」
「気配を感じ取れる方法!」
「ああ、戦闘中に言ってたヤツか? えっ?? お前、分かってなかったのか?」
「分かってたら聞かないし、負傷なんかしないわよっ! 最初はまた訳が分からない事を言ってると思ったけど、攻撃が来る前にカオルだけ避ける事が出来ていたから。間違いじゃないんだって確信したから……私は信じて、頭上に光剣を刺したの。あの能力は一体何なの?」
「? ? ……分からない」
「はぁ?! 何よ、それ!」
「いや、俺も分からないんだよ。ただ、育った施設で喧嘩してた時に、相手がどこから攻撃してくるのかを見切るために集中してたら、いつの間にか出来始めたんだよ」
「そうなの?! それで、それはどんな感じなの?」
「あの時にも言ったけど、そこに攻撃が来ると分かったら、その部分にチリチリと静電気のような痛みがくるんだよ」
「静電気のような痛み? ピリッとくるあの痛み??」
「そう。レティはピリッとくるなら、ピリピリとずっとその部分に静電気がきてる感じだよ」
「えぇー……分っかんないよ! 静電気って一瞬じゃないの?? ピリピリ?」
「今いま、すぐに分かる訳ないだろ! それと答えになるかは分からんけど、俺はヨーガの訓練はかなり真剣にやっていた。集中力を高める訓練ってヤツだよ。あれを受け始めて、さらに精度をあげてチリチリ具合を感じとれる様になっていったぞ」
「集中力……。第六感ってヤツ?!」
「何だ、そりゃ。何感なのかは知らないけど、集中力を高めると誰にでも出来るようになるんじゃねぇの?」
「ふーん……そう、分かったわ! ありがとう。お邪魔しましたっ」
「お、おぅ……。……あっ、それと部屋に入る時はノックぐらいっ……」
言い終わる前に部屋を出て行きやがったよ。失礼なヤツだ、まったく!
それから、ロルフ師匠から言われていた昨日の話のつづきをするため、司令室に向かって廊下を歩いていたら、いきなり背後からニコライのゲンコツが飛んできた。油断していたから感じ取れず、避ける事が出来なかった。
「ぃだぁッッ!! えっ、ニコライ?! 何するんだよッ」
「カオルッ! お前は寡黙なヤツだけど、そんな変な事をするようなヤツだとは思ってなかったのにっ。ここは年長者の俺がしっかり指導しないといけないなっ!!」
「はぁ?! 何のことだよ……」
「お前っっ……レティに裸を見せたんだって?!」
うんざりした顔になったのは自分でも分かった。事実を捻じ曲げて、話をするんじゃねーよ!
「違うっ! レティが勝手に俺の……」
「カオル……それは犯罪なんだ。いくら体に自信があっても、そんな事をしちゃいけないっ!」
「だぁ! 分かってるっつーの!! アイツ、マジでふざけんなよ。俺の体を勝手に見たのはレティの方だ! あいつの方が悪いんだよ!! 勝手に俺の部屋にもッ……」
「カオル? レティがそんな事をする訳がないだろ? 何で裸でいたんだ? 悩みなら俺が聞いてやるから、もうそんな事をするんじゃないぞ? ほら、悩みは聞いてやるから言ってみろ!」
「ぐわぁあー! 何でだよ!! 本当にアイツの方が悪いんだって。俺は被害者だッッ」
廊下の先にある曲がり角から、ヒョコっと顔を覗かせ、あっかんべーをしてくるレティ。
―― あんのクソ女! やっぱり嫌いだっ!! ――
沸々と湧き上がる怒りで、ニコライの話を全く聞いてなかったが、廊下で怒られている様子を見て、話を盗み聞きしたヤツらから、俺は〝露出狂のカオル〟という不名誉な渾名をしばらくの間付けられる事となるのだった。そしてその後、話はすぐに訓練施設中に回っていったようで、俺は言われる度に弁明をしていったのだった。
長々と説教を喰らった後にも司令室に着くと、ロルフ師匠からも言われ、さらにうんざりした気持ちになった。俺はすぐにその時の状況を説明し、弁明をした。
「と、いう事で、師匠……。レティの狡猾な罠にハマってしまったんです。アイツは最悪です!」
「ハハッ、そうだったのか。レティもみんなに話されるんじゃないかと恥ずかしくなって、先手を打ったんだろ。まぁ許してやれ、カオル」
「いや、許せませんよッッ! 俺は誰にも言うつもりなかったのに!! 事実を捻じ曲げて話をしやがって」
「それは良くない事だな。よしっ! 私が怒っといてやる。そしてカオルに謝るように言っておくな」
「謝っても許しませんけどねっ」
「カオル……それは賢い選択じゃないなぁ。折角、レティのOHC戦闘スキルを使えると分かったんだ。仲良くしておかないと……」
「俺は嘘つきと仲良くしたくはありませんっっ」
「まぁまぁ、そう言わず……。謝るように言っておくから、拗らせるんじゃないぞ」
「……約束は出来ませんが、……善処します」
それからOHC戦闘スキルや攻撃察知についての話をした。次回は他のメンバーのスキルも使えるのかを確認してみようという事になり、話は終わった。
部屋に戻り、暫くするとレティは謝りに来たけど、……また上から目線で、全く謝る態度ではなかった。どうして、コイツはこんななんだと呆れてしまう。素直に謝れば許してやろうかと思ったが、やめた。そしてそれから暫くは、レティとは口を聞かずに過ごしていたのだった。
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