2 絶望の日々
「カテドラル-NO.8、設置完了! 直ちに入室せよ」
さぁ、運命の時だ!
入室する時はサーヴァントの後頭部にあたる場所から入る。楕円状の入口が開き、そこから入室すると、直ちに入口は閉められた。目の前にはスノードームのような形をした空間に、高さ三十cmくらいの円の台が置かれていて、そこへ上がると、すぐさまレジナンスレートが測定され、共鳴共存タスクが開始されるのだ。
ここは操縦空間ともなり、測定開始後はその者の全てを取り込み維持保存され、サーヴァントと一心同体となる。体を自由に動かす事ができ、その動きはサーヴァントと連動される。期待と希望と興奮と畏怖……得も言われぬ感情が交差し、手が震える。片腕で震えを抑え、深呼吸を行い、気持ちを切り替える。
――このために今までやってきたんだ! 怖気付くなっ!!――
ゆっくりと前へ進み、円台の上に乗ると下からの上昇気流のような風が突き抜けた! そこへ女性のような柔らかな声が聞こえた。
「レゾナンスレート……Sランク」
耳を疑い、そして興奮が迫り上がってきた。今までの最高ランクはAランクまでだ。ゾクゾクするっ!! これはっ!
だが、次の瞬間、すぐに奈落の底に突き落とされた。
「OHC戦闘スキル……無し」
はっ?? ……今、なんて言った? OHC戦闘スキル……無し?! スキルが無ければ、Sランクである事の意味がない。ただのボンクラで宝の持ち腐れだ。呆然としているところにロルフ師匠から声が掛かった。
「カオル……まずは解除して、A・リアシュリング サーヴァントから出て来い。解除方法は円台の側面にある解除スイッチを押せ……」
「……Yes,sir」
出ていくと、司令室にいた殆ど人が騒めいていて困惑した顔をしていた。初めての史上最強のSランクなのに、OHC戦闘スキルが……無い。前例のない事態に動揺を隠せないようで、俺も後頭部をハンマーで殴られている感じだった。だが、ロルフ師匠だけは、
「カオル、おめでとう! 最高Sランクのライドマスター訓練生なんて凄いじゃないか!!」
「……っでも、何の意味もありません……」
悔しくて、涙が止まらないっ。今日のためやれる事を精一杯やって一生懸命過ごしてきたのに、何が足りないんだっ!
「カオル……、これからの訓練を考えておくから、あまりマイナスに考えるんじゃない。俺に少し考えがあるんだ。任しておけ! まずは今日はおめでとう、明日から模擬訓練に入るから、心しておけ」
「……Yes,sir」
最悪な結果を引き下げて、帰るのは苦痛でしか無かった。でも、すぐに噂は基地中に回るだろうから、時間の問題だった。
この世界の弱者は死を意味する。俺は、俺は俺自身の命を大事に扱ってやるんだ!! だから、弱者であってはならない! 今までも、そうして生きてきた……。
物心ついた時には、親はいなかった。孤児として、施設で育ったけれど、想像に難しく無いだろう。秩序なんてものはなく、酷いものだった。だから、感情を無にして、とにかく生き残るために必死で過ごした。
いつもやられていたけど、11歳くらいになると体も変わり、偉そうに喧嘩をふっかけてくるヤツらを片っ端から片付けていった。基本的には自分からは喧嘩を売らないが、売られた喧嘩は絶対に買う!! すると、今まで喧嘩を売ってきて、嫌がらせをしていたヤツらが急にヘコヘコしてきやがった。その姿にも虫唾が走り、俺は相手にしないようスルーして過ごしていた。
そうこうしているうちに、俺に誰も何も言わなくなり、嫌がらせも無くなった。自分の身は自分で守るしかない、強い力を持つことこそが己を助けられる唯一の方法なのだと、そこで学んだ。
だから、この基地でも一番強くなければならないんだったが……、その夢は露と消えた。これからどうなるのか、その日の夜は一睡も出来なかった。
起床し、点呼を終え、朝飯を食べようと食堂へ行くと、一斉に注目を浴びた。
――はぁー……もう噂が回っているらしい――
食欲が無くなり、パンとフルーツを取って席に座ろうとしたら、クイルが声を掛けてきた。
「おーい、カオルぅー! こっち、こっちー」
「何だよ……」
「まぁまぁ座れって!」
食事を乗せたトレーを持ったまま引っ張られて行き、強引に座らせられた。そこにはライドマスター訓練生の第15戦士メンバーであるニコライ、カイル、リア、レティ、そしてクイルの5名が揃って食べていたのだった。一番苦手な彼女もいる。目を合わせないように着席し、早く食事を済ませようとしたが、横のクイルが煩く、それを阻んでくるように話し掛けてくる。
「お前っ、Sランクだったって本当かっ?! んでもって、OHC戦闘スキルが無いって……」
俺はクイルのこういう所は嫌いじゃない。無神経だが悪意はなく、歯に絹着せぬ物言いで、直接的にズバッと言ってくるからだ。
「あぁ、なんか……そうだったよ」
「へぇー……凄いじゃないかっ!」
このダークグレーヘアーの賢そうな顔をしたヤツは最年長のニコライと言って、搭乗サーヴァントの個体名はケルビーニ-NO.2。……このニコライも、レゾナンスレートはAランク。レゾナスーツカラーはオレンジとホワイトで構成されていて、 OHC戦闘スキルは武器大量生産。戦闘にはかなり使えるOHC戦闘スキルを持っている。ニコライだって持っているのに……。
「……嫌味か? OHC戦闘スキルはないんだから、全く意味がない」
「それは分からないじゃないか! ロルフ師匠は考えがあると言ったんだろう?」
司令室で話したそんなことまで回っているのか……嫌気が差す。人の傷口に塩を塗ることをっ!
「お前たちには関係ないッッ!!」
普段、無口な俺だから、怒鳴り声を出したことで、食堂は一瞬静まり返った。それを一蹴したのは……苦手に思う人物だった。
「ちょっと、カオルッ!! あんた、最年長のニコライに敬意を払えないわけ? 何よ、その態度はっ」
話をしたくないのに……。一見大人しそうに見える顔立ちの整ったブロンドヘアーの彼女はレティと言って、俺と同い年になる。搭乗サーヴァントの個体名はセラフ-NO.1。成績優秀者でもあり、レゾナンスレートはAランク。レゾナスーツのカラーはイエローとホワイトで構成されていて、OHC戦闘スキルは光剣の生成となり、ニコライよりも戦闘能力は長けている。
一度だけレティの模擬戦闘訓練の様子を見たことがあったが、身軽で判断能力も素早く凄いと思った。でも、彼女を見ていると弱い自分が出て来そうで、そんな感情に俺は嫌気が差していた。だから、なるべく近づかないようにしていたのに……。そんな気配を悟られないよう俺は、
「キャンキャン、うるっせーよ。そっちが先に触れられたくないことを触れてきたんだろうがっ! 放っておけよ」
「みんな、心配してたんじゃないっ! そんなことも分からないの?」
「ハハッ、心配?? 笑いのネタを探してたんだろうがっ。無様な結果は楽しかったかっ?!」
「あんたっ……本気で言ってんのッ!?」
口論になりかけた時、クイルが、
「やめろ、レティ! ……ごめん、俺が無神経だった」
続けてニコライも、
「俺もすまんな。正直、Sランクなんて今まで聞いたことなかったし、胸が躍ってたんだ。カオルの気持ちを考えてなくてごめんな」
「でもッッ……」
レティは再度、物申したい様子だったが、クイルが横に頭を振った。そんな状況に俺の居場所はないように感じ、
「……部屋に戻るわ」
朝食を持ち帰るようにして、その場を後にした。
帰る最中、俺は何もかもが嫌になっていた。
何が心配だっ。人の無様な姿を見て、笑いたかっただけだろうが。成績も最下位、出来損ないで協調性もない俺は第15戦士の中では最も浮いた存在に思えた。そんな俺を誰が心配するというのだ。自分ならこんなヤツには構わない。何もかもに嫌気が差していた。
午後になり、今日もまたレゾナスーツを着て、初の模擬戦闘訓練となる。レゾナンスレートはSランクだが、OHC戦闘スキルはないから、無駄な訓練になると思うのだが……。
模擬戦闘訓練はバーサーカーに似せた戦闘個体を出しての実戦の訓練となる。死にはしない……だろうが、重傷にはなるらしく油断はできない。それに、レベルを上げた戦闘個体を出すことも出来るから、かなり実戦のためになる。俺はこの訓練を待っていた……のに。
司令室に着くと、そこにはレゾナスーツを着て偉そうに腕を組んだレティがいた。彼女のレゾナスーツは金色のような輝きを放っているように感じた。そんな彼女のレゾナスーツを見ていると、ロルフ師匠が、
「カオル、今日はレティと組んで、共同戦闘訓練を行うこととする。しっかりやるんだぞ!」
「なんでッ……俺は、ひとりで訓練したいんですッッ!!」
俺の答えを聞いてレティは、
「ほーらね! ロルフ師匠、私が言った通りじゃないですかっ。カオルに共同戦闘訓練は向きません。組んだ相手が危なくなります。……それにカオルは、バーサーカーの強さを分かっていない大馬鹿者です。私は嫌です!」
慌てた様子のロルフ師匠は、
「まぁまぁレティ、そう言わずに。な? カオルは今日が初めての模擬戦闘訓練になるんだ。分からないのは仕方ないさ。……組んであげてくれないか? レティが手を差し伸べてくれたら、俺も助かるんだが……、どうだろうか?」
「師匠ぉ、それはズルいですっ! 断れないじゃないですかぁー。……とっても嫌なんですけど、……分かりました」
「ありがとう、レティ。よろしく頼むね……」
2人の訳の分からない仲の良さに苛立ち、俺は、
「お前なんかに手助けして貰わなくても、十分ひとりでやっていけんだよっ! 喧嘩で負けたことはないからなっ」
するとピリッとした空気を纏わせたレティが静かに、
「……あんたは何も分かってない。……せいぜい頑張ることね。重傷とならないようにだけ祈っててあげるわ」
いちいち、嫌味がうるさかった。だが、その意味はすぐに分かることとなったのだった。
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