19 ファエルの思いと戦闘訓練
休憩室へとファエルを誘い、また俺特製の〝ココグルク〟を作り、カップを渡し二人で座った。
「訓練の疲れも取れないところにごめんな」
「ううん、大丈夫だよ! それより何かあった? 他の訓練とか??」
「あっ、いや、そうじゃなくて……」
「?」
「……テオ、……の事……なんだけど……」
「……」
その名前を聞いただけで、嫌気が差したのだろうと容易に分かる程、一気に不機嫌な顔となった。
「ファエルが嫌な気持ちになっているところに、こんな話をするのも申し訳ないんだけど、このままじゃ良くない気がして……。なんか変な事になってしまってごめんな」
「そんなこと……カオルは悪くないもん。私こそ……私が安易に行動したばかりに、カオルを悪者にしたこんな騒動に巻き込んでしまってごめんなさい……。こんなつもりじゃなかったのに……」
シュンと落ち込んだ悲しみが伝わってくる話し方に俺は、
「俺は良いんだよ。テオも言っていたように、以前は刺々しかった自分の自業自得な面もあるからさ。でも、ファエルは一生懸命に頑張ろうと立ち上がってた時に水を差すような騒動にまでなってしまって、それが申し訳ない気持ちと……、なるべく早く仲直りが出来たらいいなって……」
「……」
「俺、人を説得するとかした事なくて、大した事が言えないんだけど、チーム戦はお互いの信頼と責任が大事になってくると思うんだ。だから、ファエルの力もテオの力も大事だから……だから……」
「……カオルを困らせてしまってるよね。本当にごめんなさい。でもチーム戦の時は公私混同しないように気をつけるから……大丈夫……」
「うん……。ファエルの気持ちを無理に変えて、何とかしようとかは思ってないんだ。ただ、戦闘では何が起こるか分からないから、2人が戦闘の最中に負傷するような事にならなければいいなと思って、……それがとても心配なんだ」
「ありがとう、カオル。普段の生活では許せる気持ちがまだ起こらないから、無理に仲良くなりたくはなくて……。……時間と共に解決してくれるのを待ちながら、訓練は切り替えられるように精一杯、努力するから……。私からの答えは、それでも良いかな……」
「勿論だよ。誤解をされて、嫌な思いをしたのはファエルなんだ。自分の気持ちに素直に従った方が良いし、訓練で気持ちを切り替えられるなら、今はそれが一番いい最善の方法だろうから。理解してくれて、ありがとうな」
「ううん……私こそ、カオルは警戒心を持てって注意をしてくれて、いろんな事を教えてくれたのに、こんな事に巻き込んで本当にごめんなさい……」
「うん、話が出来てよかった。あとな、これからの事なんだが、ピングポーンに慣れてきたら、多元錬磨室を利用してみるのも良いんじゃないかと思っててな。俺も次の段階に進めたら、そこへ行こうかと思ってるんだ。まぁ球が掴めるようになったら、の話しだけどな」
「多元錬磨室……?」
「聞いた事はないか? ピングポーンは多角的に動いて攻撃してくるんだけど、多元錬磨室は室内空間に様々なトラップと攻撃を繰り出してくるから、より実戦に近い感覚を得れるんだよ。そこで空間察知の訓練が出来れば……」
「知らない! そんな訓練室が存在するの?!」
「んん? まだ……行った事がない……とか?? いや、でも多分、初搭乗後には訓練の時間があったはずだし、その後は誰でも利用出来るはずだったけど……」
「あっ! ……あぁー……」
ファエルは頭を抱えたのだった。
「どうした?! なんか問題でもあったのか?」
「いや、あの、……私ね、戦闘訓練は必要ないと思ってたから……。初搭乗後は、そのぉーやさぐれてたというか、勝手に自分のやりたい訓練だけを選んでやってて、そこは……やってなかったの。私には戦う能力はないんだから、そんな事を習いに行っても意味はないって思っちゃってて、行った事がないし、知らなかったの……」
「えぇっ?! ファエル、訓練サボっ……ある意味、凄いなお前は……」
「だって……力をつけたって……」
ションボリと落ち込むファエルに、
「そうか……。でも、今は違うだろ?」
「勿論! すぐにでも行きたいくらいだよ」
「そうか。何も考え無しで訓練に行くのと、意識と心掛けを持って行くのとじゃ全然違うと思うから、タイミングが良かったんだよ! じゃあ、ピングポーンの最強最速での設定をクリアしたら、一緒に訓練に行こうな」
「うん! いろいろと本当にありがとう、カオル。テオとの事は前向きに考えられるように、行動していくね」
「おう!」
そうして、二人は他愛ない話で穏やかな休憩時間を過ごしたのであった。
しかしそれから、テオとの関係は平行線のまま、三ヶ月が過ぎようとしていた。何故なら、テオはニコライから話をしてもらったのだが「責められるべきは、カオルで俺じゃないッッ!」と言って、納得のいかない様子で怒っていたそうだ。
そして、その話を聞いたファエルはまた烈火の如く怒り、徹底的にテオと会わないように、会っても無視するような最悪な状況になっていたからだった。
他のみんなは何とか仲を取り持とうと、あの手この手と繰り出していたが、俺は冷静に二人の様子を分析し、ロルフ師匠へと頼み事をしに行ったのだった。
それから一週間ほど経ったが、険悪な関係は変わらないままでいた。ファエルは瞑想室での訓練を終え、部屋を出た時だった。テオと出会し、声を掛けようとしたテオだったが、ファエルは無視してサッサと通り過ぎて行った。その様子を俺は見守りながら、ドスドスと怒りに満ちて廊下を歩いている時、後ろからファエルを呼ぶ柔和な声がした。
「ロルフ師匠! こんなところでどうされたんですか?!」
「空間察知はその後どうだ? 精度は上がっているか??」
「はい! でも多元錬磨室では、まだ途中でトラップにかかってしまったりはしますが、何とか少しずつは進んでいるように思います」
「そうか! ならば、模擬戦闘訓練に出てみないか?」
「私がですかッ?!」
「そうだ。……ファエル、お前は初搭乗後から戦闘訓練は出ていないだろうが? その……何かにつけて、先延ばしにしていたようだからな……」
「……はい、すみません」
「いやいや、無理に出ても訓練にならないどころか、負傷してしまうからな。無理には薦めなかったんだが、今ならどうだ? やってみないか?」
「でも、私は回復だけで粉砕させる能力を待ち合わせてないから、出ても……」
「だから、4人少数のチーム戦で行おうと思っている。一緒にカオルに、クイ……」
「やりますッッ! カオルがいてくれるなら、やりたいです!! お願いしますッ」
「そうか、そうか! ならば、明日にでも行う事とする。……精度をしっかり上げて、臨むように!」
「Yes, sir!」
俺と一緒に訓練が出来る嬉しさのあまり、最後まで話を聞かなかった事に失敗したと、模擬戦闘訓練後に複雑な顔をして話してくれたファエルだったが、ごめん……俺がロルフ師匠に提案したんだと口が裂けても言えなかった。
◆◆◆ 次の日 ◆◆◆
ファエルはあまりの嬉しさで早々に用意を済ませ、瞑想室で集中力を高めてから、司令室へと足を運んだと言っていた。でも、そこにはロルフ師匠とガイア副総督、俺にクイル、それにテオもいた。……何であいつが……と、思ったそうだ。
露骨に嫌そうな顔を全面に出して、開けたドアから動かずに黙り込んでしまったファエルに俺が話し掛けに行った。
「ファエル! 遅かったな。瞑想室に行ってから来たのか?」
「……うん。より精度を上げたくて……。遅くなってごめんなさい」
「いや、集合時間前なんだから、謝る必要はないよ。それにしても、やっぱり凄いな、ファエルは! ちゃんと考えて、努力して!! 俺なんかファエルと初めての模擬戦闘訓練になるから嬉しくてさ、そればっかり考えて司令室に直行してしまったよ。今日はよろしくな!」
「……うん……」
黙り込もうとしたファエルを見兼ねてクイルが、
「ファエル、緊張すんなって! 大丈夫だからな。このクイル兄ちゃんが守ってやるから」
「クイル兄ちゃん??」
俺は訳が分からず聞き返した。すると、
「もう、やめてよッ! 子ども扱いしないでって言ってるじゃないッッ!! それにっ、……本当のお兄ちゃんじゃないのにっ」
「何言ってんだ、ファエルゥー。兄ちゃんは悲しいぞ! 小さい頃からお前を守ってきたのにィィ」
「だからッ! もう守られなくても大丈夫なくらい成長したから!! みんなの前で、は、恥ずかしいからやめてって!」
「どう言うこと……なんだ??」
俺はますます訳が分からず、聞いたのだった。するとクイルが、
「ファエルとは、この上にある空中庭園で一緒に育ってきた仲なんだ。俺もファエルも、あとレティも! みんなロルフ師匠に助けてもらったんだ。お互い近くに住みながら、まぁそれとなく助け合いながら過ごしてきてさ。知り合ってもう、かれこれ十年になるかなぁ」
空中庭園とは、エディフィス基地の上空に停滞している3.5ヘクタール程の浮島を差す。昔からエディフィス基地周辺では僅かに浮遊光石が採掘されており、それらを凝縮し核を作り、浮かぶ空中庭園を作ったのだった。
そこでは薬草や作物などを栽培し、施設関係者のごく限られた少人数が暮らしている。施設へはバードローを使い、行き来する。バードローとは昔に実在していたクワッドローター式ドローンと言われていた乗り物に近い。
そして、空中庭園には何故かバーサーカーは出現せず、近付こうともしないのだった。
「そうなんだ……」
意外なメンバーが共に暮らしていた事に驚きを隠せなかった。
「小さい頃から本当にヤンチャでさぁー」
「あーもうっ!! ハイハイ、搭乗準備にかかりますよ! クイル兄、喋ってないで行くよッッ」
「おっ! ヤル気だねぇー」
「うるっっさいッ!!」
そうして、それぞれ搭乗準備へと取り掛かったのだった。
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