14 戦士の心得とファエルの苦しみ
ニコライの負傷は軽く済んだようで、数日後には通常訓練にも参加できる程の回復を見せていたが、暫くは戦闘訓練の基礎練習からとなるようだった。
「ニコライ。回復してすぐだから、あんまり無理をしない方が……」
俺は心配になり、訓練前のニコライに声を掛けた。
「大丈夫だ! 診察でも、もう動いていいと言ってもらったし、頭の痛みはもうないぞ」
「でも……」
自分を庇い、負傷したニコライに申し訳なさと心配が先に立つ。
「カオル、もう自分を責めるな」
「えっ?……」
「お前は多分こう思ってるんだな。〝俺を庇って怪我させてしまって申し訳ない。無理をしたら、また具合が悪くなるんじゃないか、心配だ〟ってな」
「よく、……分かったね」
「アハハ! そんな顔してりゃ誰でも分かるさ。でもな、それは違うぞ?」
「?? ……違う、とは?」
「どんな訓練をしてたって怪我をする時はするんだよ! 偶々、お前を庇ったから余計に申し訳なく思うんだろうが、そんな気持ちを引き摺っていたままでは前へは進めない。それどころか、後退してしまう。それはお互いにとって良くない事だ」
「後退……」
「そうだ。俺たちに後退する時間なんてないんだよ。そんな事を思い悩み考える暇があれば、やれるべき事や前進できる事の何かを考えた方が良い。俺はそれが戦士の心得だと思っている」
「戦士の心得……」
「仲間は大事だが、そこら辺を誤るんじゃないぞ。だから……、お前は柔軟をお願いしますと言ったら良いんだよ‼︎」
「?! 意味が分からないよッッ! なんでそこで柔軟が出てくるんだ?」
「可動域が広がって、更に動き易くなる! お前にとっては前進する何かになるじゃないか!!」
嬉々として輝く顔で話をするニコライ。
「俺が前進するんじゃなくて、ニコライが前進できるような手伝いをするって意味じゃないのか?!」
「俺も前進するんだよ。最近は段々とカオルの力が強くなって、柔軟を押していても反発してくるからな! 俺は押さえる力が強くなって、ウィンウィンな関係だと思わないか?!」
「全然、思わないッ! 十分ニコライは力が強いし!!」
「まぁそう言うなよー。おいでよ、カオルちゃん!」
「……絶対、俺の痛がる姿を見て、楽しむ気満々だよね」
「グダグダとうるさいぞ、カオル! ほら、来いって」
「嫌だッッ!!」
脱兎したが、すぐに捕獲され、みっちりきっちりと地獄の柔軟を味わう羽目になり、訓練施設中に俺の絶叫が響いたのは言うまでもなかった。
「喉が……」
「だから、ふぅーって吐けって、ふぅーって!」
「吐きたくても吐けないんだよっ、痛過ぎてっっ!!」
「クスクス」
笑う声がする方を見ると、リアがいた。
「リア! 見てたの?! なら、助けてよぉ……」
「えぇ、少し前に来て。フフッ、ニコライとカオルは本当に仲良しさんね」
「リア、どこをどう見てもそれはないよ……痛めつけられている姿のどこが仲良しさんなんだよ」
「あら、カオルも楽しそうに見えたけど?」
「リア、一度目の検査に行った方がいい! 見間違えてる」
すると、
バンッッ!!
乱暴にドアを開ける音がして、振り返ると怒っているようなファエルの姿があった。ドスドスと怒りに満ちた足音をたてて、こちらへと向かって来て開口一番、
「うるっっさいッ! 訓練は遊びじゃないんだよ。何してんの、カオルは!! 黙ってしなさいよ、黙ってッッ!」
ご尤もな意見を放ち、キャンキャンと捲し立てるように俺だけが怒られるのだった。
「いや、戦闘訓練前の準備運動で柔軟を……」
「それでなんであんな絶叫が響き渡るのよ?! うるさくて、ヨーガの瞑想が出来ないじゃない! 人の訓練の邪魔をしないでよ」
「そんなつもりは……」
「大体、何なの?! スキル問題が解決したから、いい気になってるんじゃない? 私にはそんな遊ぶ暇なんてないんだから、いい加減にしてよっっ!」
矢継ぎ早に言葉を放たれ、反論したいのだが、口を挟む余地がない。段々とその状況に飽きてきて、途中から〝こいつの口、よく回るなぁ〟と感心すら覚え、最早ファエルの文句など耳に蓋をして聞いてはいなかった。すると、それを察したファエルが、
「ちょっとッッ! ちゃんと聞いてるのッ?!」
「えっ?! き、聞いてるよ!」
「聞いてなかったでしょーが?!」
「聞いてたって!」
「いや、聞いてなかった!」
「何を以ってして、聞いてないって言うんだよ! 勝手に決めつけんな!!」
またうるさくなるから、聞いてなかった事がバレる訳にはいかず、必死に抵抗する。その状況に年長者二人が口を挟んだ。
「まぁまぁ、ファエル! ごめんな、これも限界値を突破させる為の前段階なんだよ。痛みが半端なかっただろうから、カオルも悪気はないんだ、許してやってくれ」
「カオルも頑張っているのよ、理解してあげて。ね、ファエル」
するとカオルを庇う、その状況が面白くなかったのか、さらにブスくれた顔をして、
「……年長者の2人がそんなふうに甘やかすからつけ上がるんじゃないの?! 何なの、Sランクがそんなに偉い訳?? 施設には訓練を頑張っている人たちが他にもたくさんいるのに、Sランクだからって偉そうに遊んでうるさくされたんじゃ、たまったもんじゃないわ!! 真面目にやってる人たちの邪魔になるじゃない! 少しは周りを見て考えて欲しいよッ」
ニコライとリアを悪く言われた事で頭に血が上り、俺は口撃を開始した。
「お前にそんなふうに言われる筋合いはない! 2人を悪く言うなッッ。俺だって真面目にやってる! 黙って真面目にやってればそっちの方が偉いのか?! お前の言ってる事は矛盾してるし、周りを見れていないのはお前も同じだ!」
「んなッ?!」
「ここにいる人は全員、訓練に真摯に取り組み、頑張っている人たちばかりだ! みんな同じだ。少し騒いだぐらいで真面目にやってないって、勝手に決めつけるな」
「ま、間違っている自分を正当化するんじゃないわよ!」
「それはお前も同じだっ!! 決めつけるなって言ってるだろうが!」
「あんたじゃ話にならないわ」
「あー、そーですかっ! 俺もお前と話なんかしたくねぇよ。ピーチクパーチク、Sランク、Sランクってなんなんだよ。お前の方がうるせぇわ! Sランクもクソもねぇんだよ。必死に頑張っているのはみんな同じで、そこにランクなんか関係ねぇんだッッ」
「……」
「お前はアレだな、妬み僻み根性丸出しですごい醜いヤツだ。自分にはない他人の良いところだけを見て欲しがり、物欲しそうなさまで文句をぶつけて、他人を傷付けて貶める最低なヤツだ!! なんで自分の足で上がっていこうと努力しないんだ。なんで仲間と共に高め合っていこうとしないんだよ! 自分さえ良けりゃ相手に何を言って傷付けても、足を引っ張っても良いのか?! 俺は違うと思うッッ」
するとファエルはポロポロと涙を流し始めた。その様子を見て一瞬怯んだが、興奮していて口撃を止める事が出来なかった俺は、
「そして! 散々文句を言って他人を傷付けた挙句、最後には泣いて被害者ぶるヤツが一番、弱くて卑怯な人間だ!! 俺はッ、そんなお前が大っ嫌いだッッ!」
我ながら酷い言葉を投げ掛けてしまったと思った。が、口から出てしまった言葉に取り返しはつかない。言いすぎたと思ったが、ファエルも泣きながら負けじと、
「あんたに、……あんたに、私の何が分かるのよッッ! 偉そうに言わないでよっ! 努力したわよ。努力しても努力しても、……レゾナンスレートもスキルも変わらない苦しみがっ、Sランクのあんたなんかに分かる訳がない!! 私だって、……あんたの事なんか、大っっ嫌いよ!」
そう言い放ち、またドアを乱暴に開けて走り去って行ってしまった。静かに俺に向きを変えたニコライが、
「カオル……最後の一言は、良くなかったな」
「……分かってるけど、2人にも偉そうに文句を言う事が許せなくて……」
「うん……。ファエルはな、自分のレゾナンスレートとスキルを受け入れる事が出来ないで、今も苦しんでいるんだ。入隊初期の頃は誰よりも明るく努力していた彼女にとって、今は耐え難い苦痛の日々を送っているんだよ」
「そう……なのか?」
「お前は気付いてなかっただろうが、入隊当初のファエルはかなりの努力家で笑顔が素敵な子だったんだ。それが、初搭乗後に一変してしまって……。レティとも、さっきのお前と同じように大喧嘩した事があったんだ。それをリアが諌めて……」
するとリアが口を挟んだ。
「ファエルは戦闘能力の長けたものを望んでいたの。それが回復のみの能力しか与えて貰えず、しかもBランクだった。私はそれでも貴重で凄い能力だと言ったんだけど、前線での戦いでは全く役に立たないスキルだって大泣きして……。それから訓練も受けずに引き篭もって、荒れた時期があったのよ」
「そんな事が……」
「リアがずっと気に掛けて、何とか部屋から出てくるようにはなってさ。それとヨーガの瞑想を毎日行う事で荒れる事も少なくなって落ち着き始めてたんだがな。戦闘訓練を見学したり、他のメンバーの活躍を目の当たりにすると、今だに気持ちが乱れる様で、そんな時は特にヨーガの瞑想を重視して訓練をしているみたいなんだ。今日は……たぶん先日の戦闘訓練の様子がよほど悔しくて、自分のプライドを刺激したんだろうなぁ。あんなに感情を剥き出しにするファエルは久しぶりに見たよ」
「……全然、……知らなかった。ファエルも俺と同じように苦しんでたなんて。しかも、今もまだ苦しみの中に……」
「俺たちのチームは引き篭もりの拗らせメンバーが多いからなぁ。お前もつい最近までは、他人に興味がなかったんだから仕方ないさ」
「……俺、謝りにいってくる」
「「えっっ?!」」
ニコライもリアも同時に驚きの声を上げた。
「施設にはさ、いろんな人たちがいるから、やっぱりうるさく訓練するのは良い事じゃない。俺も集中力を高める訓練の時にうるさくされると嫌だし、精度が上がらないもん。俺が……間違ってた。だから、行ってくる!」
「……そうか。……また怒らすんじゃないぞ?」
「アハハ、うん!」
「カオル、随分……変わったわね」
「えっ?! そうかな?」
「そうだよ……頼もしい仲間に成長したなってさ」
ニコライもリアも嬉しそうに目を細めていた。
「そうだと良いけどな……。まぁとにかく行って来る!」
そう言い残し、俺はその場を後にしたのだった。
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