13 アグレートマザー
悪夢の一件が有耶無耶なままの数日を過ごし、本日はニコライと組んで模擬戦闘訓練に臨んでいた。ミニ浮遊バーサーカー集団が姿を現した。数は二十体弱くらいだろうか。全体的に赤黒く、両目と体の紋様が同じ蛍光ピンクのような発色をし、ロブスターのような二つの腕に、頭・胴とあって、脚はなく浮遊している。頭上には大きな輪がついていて、レティとバディを組んだ時のミニチュア版のようだったが、数が多く、厄介なモノが現れたと嫌気が差した。
ヤツらは単調攻撃で特に困る事はないのだが、浮遊系の数が多い敵はどこからどうやって攻撃がくるのかが分からない。相手がどのような能力を持って挑んでくるのか見極める為、すぐに回数制限のあるスキルを使う訳にはいかなかった。グズグズとした膠着状態が続き、ニコライがスキルを発動させた。
「クリエーション」
ケルビーニ-NO.2の手の平から、マシンガンのような連続発射が出来る様々な銃、ロケットランチャー、ガトリングガン等を一気に生成し、サーヴァントの体全体に装着する形となっていて、その姿は壮観であった。
「カオル!」
ニコライはすぐさま俺に手渡そうとマシンガンを投げた。しかし、カテドラル-NO.8が手に取った瞬間、ケルビーニ-NO.2のスキルは全消滅してしまった。
「「ッッ?!」」
ニコライはすぐさま、
「クリエーション!」
再度、スキルを発動させ冷静に対処したが、俺は扱えると思っていた武器が突然消えた事に動揺し、カテドラル-NO.8は呆然と立ち尽くしてしまった。その隙に、スキル消滅に狙いを定めたバーサーカーは、ケルビーニ-NO.2の四方八方から体当たりや奪取などの攻撃を仕掛けてきた。その都度、必死に迎撃をしていたが、拉致のあかない状況にニコライが俺を呼ぶ。
「カオルッッ!! 俺の近くに来てくれ!」
ニコライの声で我に返り、すぐさまバーサーカーを蹴散らしながらケルビーニ-NO.2の側に移動をした。
「考えるのは後だ! まずは俺が片付けてしまうから、カオルは集中力を高めて背後を守り、攻撃がありそうな時は教えてくれ」
「分かった!」
それから集団で攻撃に来るも、察知能力とケルビーニ-NO.2の迎撃で事なきを得て、残り三体となった。だが、先程から背後にいる一体だけは全く攻撃に来ることがなく、一定の距離を保ち、戦況を眺めているように見えた。
「ニコライ、あの一体だけ、なんかおかしい……」
「どれだッッ!?」
「あそこに……アレッ?! いない!」
一瞬、目を離した隙にいなくなってしまった。焦った俺は辺りを見回した。最近までの連日の悪夢のせいで集中力が低下、継続が困難な状況になっていた。次の瞬間、ニコライが叫んだ。
「カオル! 上だっっ!!」
攻撃の速さに避ける術がなく、立ち尽くすカテドラル-NO.8に攻撃の魔の手が伸びたその瞬間、
―― ドゴォッッ! ――
ケルビーニ-NO.2の頭に鈍い音がした。カテドラル-NO.8を庇い、ケルビーニ-NO.2は自らを犠牲に後頭部側面から攻撃を受けてしまったのだ。スピラーブルに変化した腕によって貫かれていたその姿を見て思わず叫んだ。
「ニコライッッ!!」
獲物を串刺しに出来た余韻を楽しむかの如くゆっくりと、スピラーブルの腕は引き抜かれていた。その様を見て、怒りに満ちた俺は倒れ込むケルビーニ-NO.2をすぐに奪い返しに行き、一撃を放った。遠くに飛ばされたバーサーカーと距離を取ることは出来たが、
「ニコライッ、ニコライッッ!」
焦り名前を叫ぶカオルに、返答はなかった。スキルは消滅していないが、応答がない。スキルが消滅していないという事は生存はしているはず。嫌な汗が次々と流れてきていた。すると、
「俺は、……大丈夫だ。ただ、作動メインシステムがやられたようでサーヴァントの体が連動しない……」
「そんなッ……」
狼狽える俺を嘲笑うかのように、目前まで、もう次の攻撃に来ていた。どうする?! 答えが出る前に体が動いた。
ズガァアアンッッ!!
俺は咄嗟にケルビーニ-NO.2が手にしていた銃口を敵に向け、引き金を引いたのだった。銃弾は眩い光を放ち、向かい来るバーサーカーに命中し、跡形も無く、砕け散ったのだった。
「撃てた……」
「!?」
俺たちは何が起こったのか、訳が分からなかった。先程はスキルが消滅してしまったのに、何故か?! その思いが巡ったのだが、敵は攻撃を待ってはくれない。
残り2体が同時に襲い掛かって来る。俺は冷静に武器を捉え、ケルビーニ-NO.2の肩に掛けてあったロケットランチャーを放った。すると先程と同じく眩い光を放ち、凄まじい爆音と爆風に砂煙が舞い上がった。砂煙が落ち着き、残党は残っていないか警戒したが、その姿を確認する事は出来ず、消滅したのだと安堵した俺たちだった。
すると司令室から連絡が入った。ガイア副総督だった。
「二人ともお疲れだった。ニコライは解除出来そうか? 負傷状況は?」
「解除は……緊急脱出をします。負傷は問題ありません。後頭部に打撃痛のようなものはありますが、俺自身、動くことは出来ます」
「わかった。ならば、すぐに非戦闘員の回収チームを行かせる。脱出し、サーヴァント外で待機。カオルはすぐにカテドラル-NO.8と共に帰還せよ」
「「Yes,sir!」」
施設に戻り、すぐにカオルは司令室へ向かった。するとロルフ師匠とガイア副総督、リア、クイル、レティ、ファエルが揃っていた。
「お疲れ」
ファエルは淡々とした表情と言葉で一番に労いを掛けてくれたが、その様子は喜んでいるようには見えなかった。すると、ロルフ師匠が、
「ファエル、すぐに回復室へ! ケルビーニ-NO.2が到着したら、バルダサーレ-NO.3の回復スキルをもって修復を頼む!」
「Yes, sir」
淡々としたその表情に一瞬、険しさが浮き出ていたが、すぐさま踵を返し、サーヴァント設置室へと向かって行った。その様子を見送る俺にクイルが、
「お疲れさん! 今回はスキルが消滅したなぁ」
「うん……でも最後は使えた……。何でなんだ??」
「俺に聞くなぁー……」
「……状況からして、今回はケルビーニ-NO.2が接触している時だけスキル使用が可能だったと考えるべきだな」
口を開いたのはロルフ師匠だった。
「それは……俺も他人のスキルを単体では使用できないという事でしょうか?」
「そういう事だな」
「でもレティやクイルの時は単体でも触れたし、使えました。それにスキル消滅もしなかったのに、何故……」
「それは〝光〟がキーワードなのかもしれない」
「光……ですか?」
「そうだ。光剣、光弓という名のついた武器に限り使えるという……」
「そういえば……。……その武器の名称には何故、光がつけられているのですか?」
「初めての搭乗で決まるんだが、その決定方法は我々も分からない。レゾナンスレートとOHC戦闘スキルを決定をさせる〝アグレートマザー〟がそのように決めるのだとだけ」
―― アグレートマザーって……確か神話の本にあった…… ――
俺が思い出していると、ロルフ師匠は続いて、
「お前たちは他のメンバーを知らないから仕方ないが、光の名称を持つ者が稀に出る。イレフト・キリーギルにも一名いただろう?」
「あっ、光斧の……」
共に戦った事のあるリアが反応した。
「アグレートマザーだけが答えを知っているのだが、我々には知る術はない。とにかくカオルは、光の名を持つ武器は使用可能ということ、通常の武器はスキル保持者の接触時のみ使用可能という結論で概ね答えは合っているだろう」
ロルフ師匠の言葉で静寂に包まれた司令室に、
「それにしてもSランクは凄いですね! 威力が違いましたよ」
戻ってきたニコライが称賛の声を上げた。
「「ニコライ!」」
リアは安堵の様子で名を呼び、俺はすぐさまニコライに駆け寄って行った。
「ニコライ! 大丈夫だったか? ごめん、俺が動揺せずにちゃんと集中していれば……」
「そうだな。戦場ではあんなミスは許されない。それが命取りにもなる。これを戒めに気を引き締め直すんだな。それにヨーガの訓練を再度しっかり受けて、早く感覚を取り戻すんだ」
「うん……ごめん……」
「謝るな、カオル! そこは、〝分かった〟だ。……お疲れ、そしてありがとうな」
「うん……うん……」
ニコライの厳しくも優しい助言と謝意に、温かな気持ちと申し訳なさが交差し、無事であったニコライの姿に泣きそうになった。
「ニコライ、回復室に行きましょう……」
リアが心配そうに声を掛ける。
「ありがとう、リア。だが、少し待ってくれ」
「?」
「ロルフ師匠……。先程の話に少し聞きたい事が」
「なんだ?」
「カオルが俺の武器を触った時には、レティやクイルの時のような〝発光〟は発動せずにスキルは消滅し、バーサーカーの足止めは出来ませんでした。それも……武器の名に付く〝光〟が関係しているのでしょうか?」
「……あながち間違いではなかろうな」
「やはり、そうなのですね。数を相手にする時には有効な手段だな……。まとめると、カオルは〝光〟の付く武器を手にすると、バーサーカーの嫌がる発光を出す事ができ、単体で扱えること。通常の武器は本人が接触している時のみ使用可能で威力が増す、という事ですね。……となると、やっぱりチーム戦力が強化されているという事になりますよね」
「そうだな」
「カオル! 段々と解明してきたな、良かったな! やっぱりお前はうちのチームにとって、大切な存在なんだよ。一緒に頑張っていこうな!!」
そう言って嬉しそうに笑うニコライだった。
「この15戦士は全員、優秀な人物が揃っていると思っている。だから誰一人として欠けてはならない。……ニコライ、しっかりみんなを頼むぞ!」
「はい!」
これまで自分自身が誰かにとって必要な人間だとも優秀だとも思う事はなかった。ただひたすらに日々を必死に過ごし、生き延びるため、強い戦士になるためだけを考えて過ごしてきた。だから他人なんてどうでも良かったし、成績も下位で卑屈になっていた俺は仲間なんてくだらないとさえ思っていた。実際、施設での日々は他人の足を引っ張る、引っ張られる事ばかりで、昨日の友は今日の敵だったからだ。
だが今は仲間として認めてもらい、拗らせている俺を温かく迎え入れてくれている。そして、スキル無しの俺を疎ましく思うのではなく、負傷しながらも打開策を見い出す為の協力を惜しまず、必要で大切な存在だと言ってくれている事に、ありがたさと嬉しさで乾いていた心は満たされていっていた。
早くチームに貢献できるように、賢く優秀で強くありたいと心を奮い立たせ、さらに努力しようと俺は決意を新たにした。
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