12 悪夢の連夜と予測夢
「やめて! やめて!! カオル、カオルッッ」
――体がとても熱い……全身が焼けるような、それにうまく体が動かない。俺は……一体、何をしているんだ……――
ガバッと勢い良く起き上がり、それが夢であった事に胸を撫で下ろし、安堵の溜め息を吐いた。ここ最近は夢など全く見ていなかったのに、どうして突然そんな夢を見たのか……。しかも、その夢は血塗れのレティが苦痛に顔を歪め、怯えたような叫び声を上げていた。……とても生々しかった。
以前から繰り返し見ていた悪夢ではなかったものの、目覚めの悪い夢を見た事に嫌気が差した。そして、犬猿の仲でもあるレティの血に塗れた姿……。トップの成績と実力を兼ね備えた優秀な人物の変わり果てた姿に、得も言われぬ恐怖と不吉な影が胸に忍び寄り、すぐさまベットから出て、熱いシャワーを浴びに行った。
シャワーを浴び、気持ちを切り替えたつもりだったが、悲惨なレティの姿が脳裏に焼き付いて、頭から離れない。バーサーカーからの攻撃を受けたのは分かるが、サーヴァントには乗っていない姿で……何故……。
分からない事だらけで、夢だと言い聞かせても頭が納得してくれない。それくらいリアルであり、助けにいけなかった、動いてもいなかった自分に苛つく気持ちが増していく一方だった。
優れない顔のまま、朝食を取りに食堂へ向かった。すると、クイル、カイル、リア、レティが一緒に座って食べていた。
「おっ、カオル! こっちだ、こっちー!!」
クイルは手を挙げて呼んでいる。
「みんな、今食べ始めたところなのか?」
「そうよ! カオルも一緒に食べましょうよ」
「ありがとう、リア。……だけど、今日は食欲がないから、レソンティーを取りに来たんだ」
レソンティーとは元気の源となる成分が凝縮され、エナジードリンクに似た栄養価の高い飲み物の事を指す。
「どこか、調子が良くないの?」
リアが心配そうに言うので、素直に話をした。
「いや、体は健康なんだけど。……嫌な夢を見てしまって、気持ちが落ち着かなくて、食欲が失せてしまったんだ」
「まぁ……」
すると、
「嫌な夢を見たくらいで食欲が萎えるとか弱っちぃわね! しっかり食べなきゃ体が保たないわよ」
「その通りだな。夢ぐらいで情けない」
レティもカイルも同意見で責めてくる事に苛立ち、
「う・る・さ・い! 余計なお世話だ。いまッ、俺はリアと話してたんだッッ」
「あー、そーですかー」
カイルは黙っていたが、レティはいちいちムカつく反応をする。お前のせいなんだよ!! と言いたいが、そんな事を言うわけにもいかず、
「だから、レソンティーを貰って部屋に戻るよ。またね、リア」
「おーい、俺はー?」
「……またな、クイル」
元気が出ず、落ち着かない気持ちのまま部屋へと戻って行った。
それから何日も繰り返し同じような夢を見て、同じ場面で飛び起きてしまう、……いい加減うんざりしてきていた。内容の変わらない夢、そして鮮明に残る映像。以前とは違う悪夢を見るようになった事に、訳が分からなかった。
当然、食欲もどんどん無くなり、窶れた姿になっていっていた。食堂へ行き、またレソンティーだけを貰って部屋へ戻った。レソンティーを飲みながら違う事を考えようと必死に思考を変換させる努力をしたが、すぐに頭に焼き付いた映像が戻ってきて、しつこい状況に苛つく気持ちが増していく。
今まで悪夢を見た後はどんなふうに過ごして忘れていたのか、全く思い出せない。八方塞がりの状況に苛立ちがピークに達し、飲み終わったカップを投げそうになった時、
コン、コン!
部屋をノックする音がした。
「カオル? いる??」
リアだった。すぐさまドアを開けに行った。部屋に招き入れる訳にはいかず、ドアを開けたまま話をした。
「……リア、何かあった?」
「うん……、特に何もないんだけど。ここ数日、カオルの元気がない事が気になって……」
優しいリアの言葉に、苛立つ気持ちは落ち着き、冷静さを取り戻しつつあった。
「ありがとう。……リアの顔を見たら、落ち着き始めたよ」
「……そんなふうに見えないわ。ちょっと部屋にお邪魔をして、話をする事は出来るかしら?」
「それはー……無理かなぁ。ニコライの誤解を招きそうな気がして」
「あらっ、ふふ。なら、ニコライも一緒でどうかしら?」
「……くだらないって言われそうだから……」
「そんな事は聞いてみないと分からないな」
開けたドアの横からひょっこりとニコライが顔を出した。
「うおっ?! ニコライぃー気配を消すなよ!! ビックリしたじゃないか!」
「カオルッ、お前は偉いぞ! 簡単に部屋に招き入れない、賢い選択だった!!」
「うるさい! 後でまた柔軟で復讐されるのが嫌なだけだ」
「そんな事があったの?!」
リアは驚いて、ニコライを見上げた。
「以前……、お前にいきなり抱き付いたんだ。それ相応の報いは受けるべきなんだよ」
「嫌だわ、ニコライ。そんなふうに受け取っていたの?」
「だから邪な気持ちで抱き付いたんじゃないんだって! 感謝の気持ちを……」
「どんな気持ちでも駄目なものは駄目だ!!」
「はぁああー。あーそうですか。分かりましたっ」
「ニコライったら、もう! ……じゃあ、カオル。少しいいかしら?」
「うん。どうぞ」
二人を部屋に招き入れ、壁に設置されていた来客用の木製の椅子を二脚引き出した。普段は壁のインテリアとして収納されて飾られているが、引き出したら椅子に変わるという優れものだ。座るとすぐにニコライが切り出した。
「それで、何に気が滅入っているんだ?」
「嫌な夢を……連日見るんだ」
「嫌な夢……繰り返し同じ夢を連日か?」
「うん、大体同じ夢。物心ついた時から悪夢は頻繁に見ていたんだけど、それとは違っていて、とてもリアルで鮮明で……。胸くそが悪い夢なんだ……」
「なら、吐き出せ」
「へっ?」
「悪夢を見た時にはな、誰かに話す事で悪い気が分散すると言われている。話した人には害はないから安心しろ。分散させる事で悪夢が現実に起こる確率は低くなって、それによって嫌な夢も見なくなるかもしれない」
「そんな事……本当に?」
「超自然的な事だから確かとは言えないが、少なくとも誰かに話す事で、実際に悪夢が起こるリスクは低くなって、その夢も見なくなるかもしれない。さらにはお前の気持ちも落ち着くなら、話す事の方が得策だと思わないか?」
「うん……」
「躊躇わず吐き出してみろ」
それから鮮明に残っている夢で見たこと、掻き消そうとしても頭に残って離れない事、それを連日見ながら過ごしている事など、思い悩んでいる状況を話した。話をしている間は相槌を打つだけで、茶化したり、笑ったりなど一切せず、真剣に二人が聞いてくれた。話終わった後、ニコライが、
「もしかしたら……予測夢かもしれないな」
「私も……そんな気が……」
「予測夢?」
「まだ分からない未来を、つまり未来を予測する夢の事だ」
「未来の……」
「でも現実に起こりうる事はない……よな?」
「……いや。お前は鮮明に覚えていて、繰り返し同じような夢を見ている。それは未来で現実に起こる可能性が極めて高いとされている」
「そんな……」
「最後まで話を聞け、カオル。まだ起こってもいない事で嘆くんじゃない。しっかり状況を捉える事で、回避出来るかもしれないと思わないか?」
「どういう……」
「苦痛であっても、最後まで耐えて夢を見るんだ。解決策はそこにあるんじゃないか?」
「あっ、なるほど……。いつも途中で恐ろしくて、飛び起きていたけど、我慢して最後まで見るという事か」
「そうだ、そこに答えがあるかもしれない」
それを聞いて心配したリアが、
「でも、カオルがうなされて、またやつれていくのが心配だわ。……私が横で一緒に寝てあげましょうか?」
「「はッッ?!」」
突然の申し出に二人とも驚きの声を上げた。すかさず俺は、
「いやいや、リア。それはどうかとっっ?!」
「だって、カオルは弟みたいなものだし……」
「だとしても、他人なんだから、それは違うと思うぞ?! あーもうッ、ほらぁ。また凄い顔して、ニコライが睨んでるじゃないか! やめてくれよ、リア!!」
「ふふっ、冗談よ、冗ぉー談!」
「悪ふざけが過ぎるよ、リアぁー」
それを聞いて、ニコライはやっと鬼の形相を解除したのだった。
「でも、それくらい心配ではあるの。だから無理はしないでね」
「分かった。ありがとう、リア。……でも、裾をたくし上げて、踏ん張っていかなきゃいけない時が人生には何度かあるとロルフ師匠が言っていたのを思い出したよ。逃げずに解決したいんだ。二人のお陰で立ち向かう勇気が湧いてきたよ」
「……うん。カオルは強いわね」
そうして二人は帰って行き、訓練を終え、就寝に着いた。その夜にまた再び悪夢にうなされ、その夢から分かった事は今までに見た事のない真紅色の人型バーサーカー、施設全体の何らかのトラブル、緊急脱出、血塗れのレティ、ロルフ師匠、そして、カテドラル-NO.8の色素変化だった。
今回はいつものような流れる映像ではなく、写真のようなワンカットずつで、何らかのメッセージなのだろうかと思うような夢であった。やっと何かを掴みかけた矢先、それ以降、その悪夢を見る事はなくなったのだった。
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