11 ミハチェ
模擬戦闘訓練、戦闘分析会議も終了し、クイルを支えながら回復室へと向かった。脇腹にあの打撃は相当な痛みであると思ってはいたが、実際は想像以上にひどく、脇腹には内出血の痕が痛々しく、腫れは広範囲に広がっていた。
横たわり診察を受けるクイルは時折、苦痛に顔を歪めていた。その痛みが伝わってくるかのようで、
「もう少し早く回復室に来るべきだった……」
悔やんだ声を俺は出した。だがクイルは、
「大丈夫。俺が戦闘分析会議に出たいと言ったんだから、これは自己責任だよ。カオルは落ち込まないでくれ」
「でも……」
「今回はカオルに救われたんだぞ? 落ち込んでないで胸を張れよ。あの光がなければ、今頃、二人はどうなっていたか……きっと、こんなもんじゃ済まなかったよ。だから、……ありがとうな!」
「……うん。早く痛みがなくなるといいな」
「そうだな! コイツは戦闘訓練の度に怪我してくるから、心配はすんな!! ただ、今回は肋骨と肺が少ーしヤられてるようだがな」
俺たちのの会話を遮ったのは、回復室長のルカルだった。彼は回復薬〝ミハチェ〟の開発者であり、人体研究の第一人者。様々な研究を行っていて、誰からも一目置かれている凄い人らしい。厳しい時もあるけれど、いつも気さくに、そしてとても親身になってケアをしてくれるから、戦士たちにとってはアニキ的でとても頼りになる存在だった。
「ルカル室長ォー、ミハチェ使わせて下さいよー」
「アホか! そんだけ喋れて元気なら、こんなもんは集中回復で何とかなるんだよ。貴重なミハチェをお前ごときに使うなんて勿体無いわ!!」
「えぇー! 集中回復って時間がかかるじゃないですかー。それに痛いしー」
「寿命を削るよりマシだろうが! ミハチェはどうしようもない時のみだ!!」
集中回復とは痛めた箇所に精神を集中させ、気の流れをもって回復させる自然治癒型の方法を指し、回復時間がかかる。逆に、〝ミハチェ〟は回復時間はかからず、どんな酷い症状であっても心臓が動いてさえいれば、数時間から数日で回復する細胞修復型の方法であり、特効薬となる。だが、使用量によっては副作用があり、細胞を活発化させ修復にあたる代償として寿命が縮む、所謂、老化速度を速めてしまうとされている。
「クイルの回復はどれくらいかかりそうですか?」
俺は心配になり、ルカル室長に聞いた。
「そうだな。治癒室に入らせて、集中回復をさせて……んー、1週間くらいだろな」
それを聞いたクイルは嘆いた。
「噂に聞く治癒室に1週間かぁ……萎えるなぁー……」
治癒室とは薬草スチームが焚かれていて、あらゆる人体の箇所から薬用効果のある成分が皮膚を通して自然注入される作用が伴っていて、回復を促してくれる部屋となる。そこは集中回復するには最適の部屋なのだが、……とても臭いらしい。
雑草をすり潰したような強烈な臭いが充満した部屋だから、入った事のある人の殆どは嫌がり、精神集中がしにくいとも聞く。だが、人によっては自然の香りを濃くしたウッド系で落ち着くと言う人もいて、感じ方はそれぞれ違うらしい。
「集中力を高めていれば、臭さなんぞ気にならんさ。まだまだヒヨッコな証拠だな」
「ヘイヘイ、ヒヨッコですとも。くっさい部屋に入れられて、慣れる方がおかしい変人ですよ! 俺はヒヨッコでいいでーす。んじゃあ、カオル。暫く会えないけど、しっかり頑張ってな」
「分かった。でも弓道の訓練はクイルと一緒にしたいし、変な癖が着いても嫌だから、まだ訓練せずに待っててもいいか?」
「おぅ良いぞ。とりあえず弓を引く力の基礎トレーニングだけはしておけ」
「うん!」
「俺も頑張って早く治すから、トレーニングをしっかりやりながら待ってろな」
「分かった! 待ってる!!」
二人で拳タッチを行い、約束を交わしたのであった。
クイルと別れ、自分の部屋へと戻っていこうとしたら、部屋近くの廊下に忌々しいレティが半泣きの状態で、リアに首根っこを掴まれ、待っていた。
「あっ、カオル! 待ってたわ」
どう見ても爽やかに〝待ってたわ〟と、言える状況ではないと思うのだが……。とりあえず聞いてみた。
「なに……してんの?」
「ん、これ? レティを怒り飛ばして、首根っこを捕まえて、引き摺ってきたの。嘘を吐いていたのはレティのようだったから、ちゃんっっと謝らせに来たの。ほら、レティッ!!」
「ひぇっ。みんなに嘘を言って、本当に回ってごめんなさいッ」
「お、おぅ」
レティの怯えた様子と相反して、リアはニコニコと笑ってはいたが、目がかなり怒っているのは俺でも分かった。レティがここまでの態度になるという事は、リアにこっ酷く叱られたのであろう。二人のそんな様子を見るのは初めてだったから、面白く可笑しくなってきた。
「何、笑ってんのよっ! あんたねぇ、リアを怒らせたらどんなに恐ろしいか知らないから笑えるのよ!! 何十回とお尻も叩かれて、めちゃくちゃ痛いんだからっっ」
「ケツを叩かれたのか?! アッハッハ、自業自得だな!! リア、ありがとう。これで溜飲を下げるよ」
「あら、そう? これぐらいで許しちゃう? 良かったわね、レティ。でもね、仲間内の、しかも同期を!! 嘘吐いて陥れたりするなんて……。そんな馬鹿な事をしたら、次は容赦しないわよ。分かった、レティッッ!?」
「はいっっ!」
普段の優しいふんわりとしたリアとは違い、こんなに恐ろしく……否、シビれるスパイシーな一面も持っていたのかと驚いた。嘘と謝罪と互いの思いのすれ違いが悪い方向へと進み、絶縁状態の仲違いになる事をとても危惧していたのだろう。仲間を大切に思う気持ちが彼女には大きく存在していて、それが強く逞しくさせているのだと思う出来事であった。
それから一週間が経った頃、クイルは回復室から少し窶れた様子で出てきた。治癒室の部屋の臭さに食事も喉を通らず、出てくるなり「食堂に行くぞッ!!」と、訓練終わりの俺は半ば強引に連れて行かれたのだった。
「はぁあー……。あそこの部屋には入らない方がいい。二度とごめんだ!! あの部屋で飯を食ってたら、オエッてなるんだ、オエッて! ったく、まともに食えたもんじゃない」
「でも、クイルは今回が初めてじゃないんだろ? ルカル室長が訓練で負傷しては、度々来ているような感じで言ってたじゃないか」
「治癒室ってのはな、内臓系に少しダメージがある場合にのみ使う部屋になるんだ。俺は今までほとんど切創ばかりだったから、あそこに入ったのは初めてだったんだよ」
「そうなんだ……。あれ?? でも、リアは入っていなかったよな?」
「あー……リアは多数の内臓がかなりダメージを負っていたから、治癒室じゃ埒が明かなかったんだと。……ごく少量のミハチェを使ったと聞いたぞ」
「そんなに酷かったのかッッ!?」
「今だからルカル室長が教えてくれたんだろうけど、……心臓は微弱を打っていたらしく、出血量もかなりあったみたいで……一時は危なかったんだと」
「だから、目を覚ますのが遅かったのか……」
「リアはまだ若いし、まずは少量で様子をみたんだろ。量を使えば、この後は戦士として戦えなくなるから、難しい判断だったんだろうな。……それと、どんな副作用が出るのかは分からない。リアは頑張り屋だから、俺たちが気をつけてあげないといけないな」
「そうだな……。それでも本当に良かったよ、リアが助かって。この前もレティを怒り飛ばすくらい元気になってはいたけど、無理をしないように俺も気に掛けておくよ」
「よろしくな」
「それはそうと、ちょっと恐ろしい考えが過ぎってしまったんだけどさ……」
「何だよ?」
「ミハチェをバーサーカーが使用したら、無敵になっちゃって、エンドレスバトルになるんじゃないか?」
ブフゥーー!!
クイルは口に含んでいた水を思いっきり吹き出した。
「ゲッ! 汚ねぇーなー、もぉー」
クイルの口から吹き出した水が少しかかり、俺は怪訝な顔をして文句を言った。すかさずクイルが、
「アホかー! バーサーカーは人じゃないんだ。あれは作られた兵器なんだから、使っても回復なんかはせん!!」
「そうなのか?」
「ミハチェは人間の細胞にのみ反応するようにプログラムされているんだと、この前の知識学でも少し講義があっただろうが!」
「そう……だったっけな??」
「はぁー……お前、さては寝てたな?! まったく……まぁ、要は人じゃないバーサーカーには効きもしないって話さ。無敵のバーサーカーとエンドレスバトルとか勘弁だよ! アホな妄想なんかしてないで、チャッチャと飯食うぞッ」
「おう」
それから俺たちは頼んだ食事をモリモリと勢い良く平らげ、それぞれの部屋へと帰って行ったのだった。
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