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「喜んでもらえたら良いとは思っています……」

「アンネ様ご自身にとって喜ばしいことなら、それはわたしにとってもとても嬉しいことです。でも、もしそうでないのなら」


 家のためだとか、貴族としての名誉だとか、そんな物の為にアンネが振り回されているかどうかというのがセレスにとって一番重要だ。じ、と正面から見詰めると、アンネは静かに首を横に振る。


「ありがとうセレス、わたくしは大丈夫。ええ、とても嬉しくて喜ばしい事なの」

「ほんとうに? アンネ様無理なさっていませんか?」

「していないわ。この婚約はわたくしも心から望んでの事よ」


 そう言って笑うアンネの頬に薄く朱が差す。嬉しくもあり、そして恥ずかしくもあるのだろう。美人のはにかみ笑いの直撃にセレスはまたしても悲鳴を上げた。


「貴女があまり多くの人のいる場に出たがらないのは重々承知しているの……けれど、婚約披露が終わればこれまでの様に頻繁にはここに来る事もできなくなるから……だから」

「わかりました大丈夫ですおまかせくださいアンネ様! たとえ頼まれなくてもアンネ様の晴れ舞台ですもん! 是が非でも参加させてください!!」


 セレスは貴族社会のルールなど良く分からない。しかし、婚約の発表がわざわざあったり、そこにこうして客を招いたり、それらが終わってからは自由に身動きが取れなくなる、などといった事から相手が相当に身分が高いのだろうと推測はできる。

 人の多い場にあまり出たくないというのは、この「縁切り聖女」という不名誉な呼び名が広まっているからだ。それにより気安く縁切りを頼まれたり、下手をすれば他人の縁切りまで望まれてしまう。聖女としての立場はあくまで縁結びであって縁切りではない。他人の、だなんて言語道断だ。だというのに、そんな奇跡をセレスに求める人間は少なく無いのだ。そしてそれは身分が高くなればなるほどに増えていく。だから、そういった貴族が多く集まる場には極力出たくないのだが。


「本当に……? 無理は……しないで、と言いたいのだけれど、でもごめんなさい、どうしてもわたくしは貴女にも来て欲しいの」

「先程も言いましたけど、わたしもアンネ様の晴れ舞台、お祝いの場ならなにがあっても行きたいんです! いつ頃ですか? それまでにバッチリ準備しておきますね」

「十日後ですね」


 セレスの問いに答えたのはシークである。意外と早い。というか、早すぎる。こういった大きな席であるのならば、準備期間は長く設けられているはずだ。

 もしかしなくても、これは直近まで悩んでいたという事である。それはすなわち、そんなにも悩む様な事が待ち構えているからではないのか。


「急も急ですからね、色んな準備とか、そういったのはこちらで用意しますよ。聖女サマは身一つで大丈夫です」

「……待って、どうしてあなたまで?」


 アンネの婚約披露にセレスが招待された、というだけの話ではあるが、そこにどうして警邏隊の人間であるだけのシークが口を挟むのか。それに彼の言う「こちら」は一体「どちら」であるのか。

 今更ながらに彼は警邏隊の人間ではないのかもしれないという疑念がセレスの脳裏に浮かぶ。そうだ、そもそも彼は自ら警邏隊であると名乗った事などない。その服装を見て、セレスが勝手にそう判断をしただけだ。

 では、何故彼はそんな格好をしてセレスの前に現れたのか。彼との邂逅は二年前で、あの事件からで、それはつまりはアンネとの出会いからに始まるわけで――


「教会の上の方には明日話を通します。それとは別に、数人出入りするようになるんで、聖女サマの予定を教えてもらっていいですか?」

「……なぜ?」


 彼の正体が気になってつい反応が遅れてしまう。セレスのそんな困惑を察しつつ、しかしシークは話を先に進めていく。


「何故ってそりゃ聖女サマのドレスやらなにやらを準備するためですよ」

「あなたが!?」

「俺、じゃあないですね。でもまあ、聖女サマが俺からドレスを贈られたいっていうのなら喜んで用意しますけど?」

「いらないです」

「はは、即答。聖女サマったら男がドレスを贈るって意味知ってます?」

「知りませんけど、別に知っていたとしてもあなたから貰いたいとは思わないので大丈夫です」

「きっついなー、これどう思います?」

「多分ですけれど……これまでのシーク様の言動による自業自得ではないかと」

「より一層辛辣なのがきた」


 アンネの突っ込みはまさにその通りなのでセレスは特に言う事はない。それよりもとにかくどうして彼、の、関係する側からドレスを用意されなければならないのか。


「聖女サマ、貴族連中が出る様な場に着ていけるドレス持ってます?」

「……ないです……」

「だからこちらでその辺含めて全部用意しますよ、って話です」


 言われてしまえば納得するしかない話だ。確かにそういった場に相応しい服などセレスは元より教会にだって用意はできないだろう。聖女としての礼服はありはするが、そんな格好で祝いの席に出られるはずもない。え、でも聖女としてならむしろアリなのでは? とセレスは一瞬閃くが、その考えを見透かしたのかシークは元よりアンネにまで静かに首を横に振られてしまった。


「とりあえず今後の予定さえ教えて貰えれば、後はこっちで勝手に用意しますから聖女サマはお気になさらず」


 そう言われたところで気になる事だらけだ。さらにはそこに追い撃ちがかかる。


「良かったですね聖女サマ。これが終われば俺との縁も切れますよ」

「え――?」

「さっきも力強く言われたしなあ。俺としては末永くご縁を結んでいたかったんですが……まあ、そんなわけで残り少ない日数ですが、それまではよろしくお願いしますよ聖女サマ」





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