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 部屋を出る寸前にまで施錠をくどく言われ、あげく閉まったと思った途端扉が即座に開き「鍵!」とダメ押しまでされてしまった。子供扱いにも程がある、とセレスは腹を立てつつ厳重に鍵を掛けた。

 ドアノブに一つ、その下に簡易の鍵がもう一つ。ここまで厳重にするものなんだなあ、とこの辺りは世情に疎いセレスであるからして、そんなものかと納得はしていた。

 ベッドとソファ、そしてローテーブルだけという何とも簡素な部屋であるからして、特に暇つぶしになるような物は無い。ベッドの縁に腰を掛け、ただ大人しく待つばかり。

 すると、突然ドアノブが音を立てて空回る。ひえっ、と小さな叫びをあげてしまったが、すぐにシークが戻って来たのだと気付きセレスは急いでドアへと駆け寄った。


「今開けますからそんなにガチャガチャ回さないでください」


 ドアの向こうにそう声をかけてセレスは鍵へ触れる。が、この部屋を出て行くときに散々言われた言葉が蘇る。


 ノックを三回、一拍空けて二回――彼はそう言っていた。絶対にそれ以外では開けては駄目だと。


 いやでも両手が塞がってるのかも……でもドアノブをこれだけ回せているんだからそれはない? 


「あの……大丈夫ですか?」


 決して分厚いドアではない。くっついて声を掛ければ話は出来る。なのに向こうから返事は無く、セレスは静かにドアから離れた。


「俺ですよぉ、開けてください」

「いや違いますよね!? 別人でしょ!? 誰!?」


 口から飛び出る寸前でセレスは言葉を呑み込んだ。両手で口を覆いながら周囲を見回す。何か武器になる様な物を探すが残念ながら見当たらない。大声を上げて助けを呼ぶか、しかし外まで聞こえるだろうか。聞こえたとして、助けが来る前にドアの向こうにいる不審者がドアを蹴破ってきたりしたらどうしよう、ああでもさすがにそれは無理よね! きっと無理!! とセレスは腹を括る。大声で助けを求めるべく大きく息を吸った。

 だが、そんなセレスの覚悟も虚しく再度ドアノブが激しく回り、あろうことかそのままゴトリと床に落ちた。その衝撃でなのか、簡易式の鍵も一緒に外れているのだから笑うしかない。二重に付けられておきながら、ただの飾りかそれ以下である。

 そうして無理矢理開け放たれた扉の前には、一人の見知らぬ男が立っている。年はシークと同じくらいか。しかし体格は上背もあれば横幅もある。髪は短く刈り上げられており、なんとも不快感を煽る下卑た笑いを浮かべている。


「痛い目には遭いたくないだろお嬢さん? 静かにしていれば乱暴はしねえよ」


 男はセレスに近付くと両肩に手を置いた。

 その手をセレスはガッと掴む。右足を一歩後ろへ動かすと、そのまま一気に跪く様に身体を引き下げた。


「なっ!?」


 不意打ちも不意打ちだ。男としてもまさか自分がこんなか細い少女に身体を動かされるとは思っておらず、セレスに引き摺られる。そうやって下がった男の鼻っ柱にセレスは全力で膝頭をぶつけた。


「ぐぁっ!!」


 苦悶の声を上げて男がのたうち回る。その隙にセレスは男の身体を乗り越えて部屋の外へと飛び出す。


「てめえ待ちやがれこのクソ女!!」


 当然男もセレスを追う。軽く鼻血は出ているが所詮は少女の力、そしてその膝だ。身動きがとれない様な痛みではない。


「この場でぶち犯して――」


 男の怒声はそこで消える。グシャリ、と腐った果実が潰れるかの様な音が鳴り、その三秒後に男の絶叫と轟音が廊下に響き渡った。

 流石に何事かと他の部屋からも人が出てくる。ぎょっとなるそれらの人々に、セレスはですよねえと頷く。自分だってぎょっとなる。なるしかない。

 縺れながらも逃げ出したが、男に肩を掴まれた。そう思った瞬間、セレスの真横を風が吹き抜け、そして背後で異音が聞こえたのだ。振り返れば顔中血だらけになった男が床の上でのたうち回っている。恐る恐る横を見れば、男よりは細身であろう脚。そこからさらに視線を動かせば、そこにいるのはシークで、片足という不安定な状態を保ったまま左手には大きな盆を乗せている。


「怪我とか、コレになんかされたりしました?」

「だ……い、じょうぶ、です」

「……膝、血が付いてる」


 グン、と場の空気が一気に下がったのはセレスの勘違いではないだろう。野次馬でドアから顔を出している数人もビクリと身体を震わせた。

 紛う事なき殺気。その対象である男は痛みと恐怖で二重に身体を震わせている。

 ああああこれは絶対ヤバイやつ、とセレスは殊更元気にシークに訴える。


「わたしのじゃないです! 返り血だから平気、大丈夫!!」


 返り血という時点で物騒すぎるのだが、セレスの様子に少しだけ落ち着きを取り戻したのかシークの殺気が和らいだ。


「ちょっとこれ持って部屋の中に戻っててもらっていいです?」


 呆然としたままのセレスの手を動かし両手を揃えさせ、シークは盆を渡す。


「あー……腹減ってますよね? できるだけ早く片付けるんで、食べるのは止めておいてください」


 なぜ、と問う前に「一服盛られてる可能性があるんで」となんとも物騒な答えが続き、セレスは何度も頷いた。

 言われるままに両手に盆を持ったまま部屋へ入れば、背後でドアが音を立てて閉まる。食欲をそそる香りにお腹が小さく鳴るものの、こんな美味しそうなスープやパンに何かしらが混ぜ込まれている可能性がある限り食べるわけにはいかない。セレスは大人しく盆をローテーブルの上に乗せた。

 ドアの向こうでは重く鈍い音と、時折男の悲鳴が聞こえる。ドアの横の壁が一度大きく揺れた時は流石にセレスも驚きのあまり固まった。シークが負けるとは微塵も思っていないが、あの様子からしてやり過ぎるのではないかと心配になる。男はすでに戦意を失っていた。なのに明らかに殴られたり蹴られたりしている様な音が聞こえてくるのだ。それに男の悲鳴は聞こえども、シークの声は聞こえない。

 どうしよう、隙間から少しだけ様子を見るくらいなら大丈夫かな、とセレスはドキドキと五月蠅い心臓を宥めつつドアに近付いた。


「お待たせしました」


 セレスが外を覗くよりも先にシークが姿を見せる。胸元と左手の袖口に赤いシミが散っているに気が付き、セレスの視線が釘付けになる。


「俺のじゃないんで、大丈夫です」


 ですよねえ、とセレスは乾いた笑いを漏らした。チラリと見えた廊下の床には男が転がっている。それも数人。増えてた……! と内心おののきつつシークを見れば、なんともばつが悪そうな顔をしている。


「もう少し腹減ってるの我慢できますか? これから警邏隊が来るんで、そのまま一緒に詰め所に行きましょう。そこで食い物調達しますんで」

「あの……子供じゃないんで大丈夫です!」


 そう言い切った途端、大きな音を立ててセレスの腹が鳴る。とんだオチが着いてしまったが、そのおかげで殺気立った空気を垂れ流していたシークがようやく柔らかい笑みを浮かべた。



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