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犬もくわない・1




「まず初めに言っておきますが、これは俺の器が小さいからであって、貴女は悪くな……いや、全く悪くないってわけじゃないですけどね一割くらいは貴女も悪いです。とはいえ、やはり俺が狭量なのが一番悪いので貴女は気に病まなくていいけど俺の話は聞いてください」


 なんとも回りくどく長ったらしい。あとこれから説教を始めようとする人の言い出しとしてはどうなんだろうかとセレスは思う。結局の所、文句は言うけれどそれもこれも全部自分が悪いので嫌いにならないで、という気持ちの顕れにすぎない。

 これが他人同士の話であれば、セレスとしても微笑ましく眺める事のできる光景なのだが、何しろ相手は自分である。勘違いしたくともできない程に当事者だ。

 そんなわけで、ローテーブルを挟んで差し向かいにソファに腰掛けた状態で、セレスはシークの訴えを聞く羽目となった。






 婚約も何もかもすっ飛ばしての求婚となったが、王族を護衛する騎士と、国にとって重要人物となった聖女が相手ではそのまま我を貫き通すのは無理であった。シークはどうせ最後は結婚するんだからいいじゃないかとゴネたらしいが、それはいくらなんでも無理だろうなとセレスは思っていた。

 案の定、国王から待ったがかかり、ひとまず婚約期間を設ける事となった。なにしろ他国にまで名を知らしめる縁切り、もとい、縁結びの聖女の結婚だ。同盟国やら何やらと招待せねばならぬ相手は多い。それに、結婚後も聖女としての役割は続くものの、最低限の貴族の教養を身に着けておかねば最終的にセレスが困るからと、セレスの礼儀作法の教育も始まった。

 これには数多の貴族が手を挙げた。なんなら王族の姫君までいたくらいだ。セレスは首がもげそうな勢いで横に振ってこれらを拒否したが、それでも誰かに教えを請わなくてはならない。

 こわい、貴族ってか外の世界こわい、といかにこれまで自分がいた教会という狭い世界が穏やかであったのかを痛感し、セレスは何度も逃げたいと思った。それでも思うだけで、実際逃げたりしなかったのは一重に彼に対する想い――という、考えるだけで叫びそうになる甘ったるい思考が原因だ。単純に生来の負けず嫌いに火が付いたのもありはするが。


 とにかくそうやって踏み止まり、最終的にセレスの教育係になったのは年の近い侯爵家の令嬢だった。単純に年が近いからという理由だけでお願いしたが、なんとセレスが縁切りの最短記録を叩き出したあの時の令嬢であった。


「……これから礼儀作法習おうってのに、大丈夫なんですかね?」


 こっそりとシークがそう口にし、セレスもほんの少しだけ大丈夫なのだろうかと思ったりもしたが、彼女は実に素晴らしい貴人としての振る舞いをみせセレスを驚かせた。

 なるほどあれはあの一瞬だけのもので、普段はこれだけ淑やかな人をもおかしくさせる浮気は絶対によろしくない、とセレスはしみじみと思った。

 そんなこんなで、最近のセレスはシークの婚約者として彼の屋敷で生活をしている。行儀見習いと、より安全な生活を保証するためとの話だが、そう説明をしていた時のシークの「絶対に逃がしませんからね」という圧にセレスは若干引いていた。それでも最後に頷いたのはセレスであるし、それ程までに求めてくれているのだという事実が嬉しくもあったのだから「引いていた」のはあくまでセレスの照れ隠しによるものだ。


 とはいえ、シークの実家が公爵家の一つで、彼がそこの長男で、本来ならば公爵位を継ぐはずだが何やらとても複雑な家の事情で彼は公爵とはならず、公爵家が幾つか持っている爵位を継ぎ、今は伯爵として王宮に勤めているのだと知らされた時には本気で引いてしまった。とても複雑な家の事情とやらが恐ろしすぎてたまらない。ひえええ、と悲鳴だって漏れてしまったが、必死な顔のシークに引き留められたので、今もセレスは彼の婚約者としてここにいる。

 セレスが望むのなら家の事情も当然話すと言ってもくれたが、原則当主とその息子の間で終わらせる話であるそうなのでセレスはきっぱりと断った。現当主の夫人、つまりはシークの母親も詳しい事情は知らないそうなので、セレスもそれに倣ったのだ。知らずに済む事なら知らないままでいたい、貴族社会の闇である。


 とにもかくにも、セレスの生活はこれまでと一変してしまった。その事をシークはとても気にしており、セレスにとにかく気を遣う。いっそ過剰な程に。つまりは、ベッタベタに甘やかしてくる。


「……さすがにちょっと……甘すぎじゃないですか?」


 自分の事だが、だからこそ己が言わねば誰も止めてはくれない。とりあえず貢ぎ癖でもあるのかと突っ込みたくなる勢いでアレコレソレと買い与えてくるので、いくらなんでもそんなにはいらないとセレス自身で止めるしかない。そうすると、本人もその自覚があるのかほんのりと頬を染め、口元を手で隠してセレスに謝罪する。


「すみません……貴女を俺の手でもっと可愛らしくできるのだと思うとどうしても嬉しくて」


 ぎゃあ、と叫ばなかったのを褒めてやりたいくらいの甘い言葉が豪速球で飛んできたりもするが、それ以降のシークは自重してくれている。それでもセレスに甘いのはそのままだし、可愛いだのなんだのの言葉は朝の挨拶並に言われてしまう。一向に慣れない。

 そんな毎日が続けば早々に飽きてくるのではないかと心配にもなるが、この生活を始めて三ヶ月、いまだに衰える気配は無い。なんなら日ごとに増している気さえする。


「俺は貴女が好きなわけですよ。そんな貴女と一緒にいて、好きだという気持ちが増える事はあれど、どうしてそれが減るんですか?」


 一度迂闊にも突っ込んでしまったセレスに対し、シークは真顔でそう言い切った。勘違いなどではなく、確実にシークからセレスに対する愛情は増えており、セレスはひたすら真っ赤になって震えるしかなかった。



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