06
「こちら右手にあります部屋は、日中に子どもたちが学ぶための施設になっております」
誘拐声明を渡しそびれた美少女に連れられてきた麻衣は、要塞の入り口の前でどこかに行ってしまった美少女と変わるように現れた女性に要塞を案内されていた。
要塞の中をそぞろ歩きながら、先導している女性が一つ一つの場所について解説することを繰り返しているわけだが、一向に畝のいる場所へ案内してくれそうな気配は感じられない。
「あの、わたし、誘拐された男を引き取りに来ただけなんですが……」
解説を続けていた女性に麻衣が尋ねると、女性はん?と首を傾げた。
「誘拐……」
「ええ、誘拐」
「誘拐?」
言われた意味が分からないというように女性は繰り返した。
「あの、魔女様は、施設の支援をしてくださるんではなく?」
「あ、いえ、同僚が誘拐されたので、それを迎えに……」
自分が魔女様、と呼ばれたことについては大いに疑問に思う麻衣だったが、まずは畝のことから片づけねば、と先ほど少女からもらった(正確には拾った)布切れを女性に差し出した。
女性はそれを受け取り、しばし内容を確認し、そして大きく目を見開いた。
「なんてことっ!!!エルマー!!!」
女性が振り返り、先ほど用途を説明していた部屋に向かって叫ぶ。
すると、部屋からひょい、と見たことのない顔が飛び出した。
目元のほくろが特徴的な闊達そうな少年だ。
「なに、今先生に教えてもらってんだけど」
顔だけドアから出すようにしていた少年につかつかと近づいた女性は、少年に、コレ、と布切れを開いて見せた。
少年は、ちいさく、げ、とつぶやいた。
「これはどういうことです。伯爵家の方々にあれだけ世話になっておきながら、魔女様にまでこんないたずら!」
「いや、まさかマリアが本当に渡すと思ってなかったんだよ。ミミが、ヒロキが本にでてくる王子様に似てるっていうから……囚われの王子様ごっこしてただけで、」
ぼそぼそと言い訳する少年を遮り、女性は深いため息をついた。
「申し訳ございません。伯爵家の方々にはたびたびのご支援をいただいてはいるのですが、今日はいらっしゃらないのです」
麻衣はその言葉に、え、とエルマーと呼ばれた少年を見た。
エルマーのほうも、麻衣を見て、そして、えへへ、とごまかすように笑う。
「あの、じゃあ、私があの女の子に呼ばれたのは?」
「施設を見学の後、こちらで騎士団長様に面会されると伺っておりましたが……」
「は、はぁ……」
麻衣は生返事で答える。案内していた女性と二人で頭上に特大の疑問符を浮かべるも、事態は何もかわらず、こちらの様子をうかがっていたエルマーもそそくさと部屋に戻ってしまった。
おそらくトンチキに巻き込まれただけの案内役の女性が不安そうにしているのが申し訳なくなった麻衣は、色々と考えることを放棄した。
(もうどうとでもなれ……)
「あ、ま、とりあえず。その騎士団長様と会います。そういう予定だったみたいですし」
投げやりに言う麻衣に、女性も怪訝な様子はぬぐえないながらも案内を再開する。
先ほどまでのような各部屋の案内がなくなり、静かに移動が再開する。
女性はそう遠くない建物の端にあるドアの前で足を止めた。
「こちらが、本日の会談にご使用いただくお部屋でございます」
麻衣が、「ありがとうございます」といえば、女性はドアを開けて麻衣が入室するのを待っている。
これ以上この女性に迷惑はかけられない。麻衣はそそくさと部屋に中に入った。
背後から、失礼します、と声がかかり、ドアが閉められる。
緑の別珍を基調とした重厚な家具でそろえられた部屋はいたって普通の洋館だ。
(見た目は要塞、中身は孤児院、応接室は貴族の部屋、なんなんこの家……)
しばらく連れまわされたこの建物のひっちゃかめっちゃかな内容を整理しつつ、麻衣はどかりとソファに座り込んだ。
(足いったぁ。温泉入りたい)
麻衣は外の気配をうかがって、まだ誰も来そうにないことを確認する。
そして、靴を脱いで、靴下も脱いで足を延ばした。
石畳をヒールで歩き倒したせいで、かかとに靴擦れができている。
怪我の程度を見ようとかがみこんだせいで、背後に突如現れた一筋の暗闇にも、そこから延びる手にも気づかない。
かかとを触ろうとあぐらをかこうとして、ぐ、と襟元が引っ張られる。
「!!!!!」
突然のことに声も上げられず、ソファごと後ろ向きにものすごい力で引っ張られた。
麻衣はわけがわからないまま、ぐるりと回転する視界を最後に意識を落とした。




