魔術師オカンは見えている~「アンタ!ベッドの下に落ちてた本、机の上に置いといたよ!」と宣告され辱しめを受けた俺。「元の場所に戻せや!」と怒鳴ってももう遅い。妹にも見られた!~
「アンタ! ベッドの下に落ちてた本、机の上に置いといたよ!」
「いや、マジか! オカン!」
俺の名は月島久遠。どこにでもいる、アイドル並みに可愛い実の妹を深く愛する普通の男子学生だ。
そんな俺に突然訪れた悪夢。部屋の掃除をしてくれていた母親に、俺の秘密の蔵書が見つかってしまった。茶色の紙袋に入れて“PCパーツ”とマジックでしっかり書いて偽装しておいたはずの実妹系いちゃらぶ漫画(婉曲的表現)が全て、よりにもよって袋から出された上で綺麗に机の上に鎮座させられていたのだ。
「入れる袋間違えてるんちゃうかと思ったんよ! PCパーツって書いとったやろ!?」
「い、いや……それはアレやろ! 言わんでも……察しろや! てか元の場所に戻せや!」
「もう置いてもうたもん、しゃーないやろ! 本棚になおしや!」
「本棚は……無理やろ」
背表紙もタイトルもやや刺激的な漫画たちなので、大っぴらには置けない。だって俺の部屋、毎日のように妹が遊びに来るから。あんなの見られたら俺は、最愛の妹に二度と口をきいてもらえなくなるかもしれない。それだけは絶対に避けなくてはならな……
「あ、そういやハルちゃんがさっきアンタに漫画借りに来よったで!」
ん……?
「は……はぁ!?」
「なんや物凄い勢いで自分の部屋に帰っていったけど!」
「当たり前やろがい!」
最悪だ。見られた。妹にも、俺の愛蔵書が目撃された。
言い訳はできない。取り繕う言葉も思い浮かばない。
バカな。こんな……こんな仕打ちってあるかよ!?
「なんか、顔真っ赤にしとったわあの子」
「……そら、そうやろ」
「ほんで、どないするのん?」
「しゃあない……謝りに行くわ。って、なんで俺が謝らなあかんねん!」
「わっ! 声大きいわ! ご近所迷惑やで! 行くんならはよ行きや! 鉄は熱いうちに打てて言うやろ?」
「そのことわざ、使うタイミングとちゃうねん! 今は! あー、ホンマ……」
状況は最悪だがなんとかリカバリーしなくては。
とにかく、妹の遥の部屋へ行ってみる。
静かにノックして「ハル?」と小声で呼びかけてみた。
「うぅ……うぅ……」とくぐもったうめき声が返ってくるだけ。これは遥がベッドに突っ伏して枕に顔を埋めながらジタバタしているやつだ。俺は妹に詳しいからわかる。あの妹がこうなるのは大抵、推しCPが尊い時とか煉獄さんが死んだ時とか、心にグサッと何かが刺さった状況だ。
「ハル、大丈夫か?」
「にぃに、今、話しかけんといて」
ぴしゃりと跳ね除けられてしまった。対話、失敗。
俺の可愛い妹は兄との歩み寄りを拒絶してしまった。
刺激が強過ぎたんだ。いや、というよりアレはダメだ。年頃の男子なら部屋にエロい本が置かれていたとしてもそれ自体は問題ない。むしろ普通だ。けど、ジャンルに偏りがあり過ぎるのはマズい。実の妹に、実妹系のエロ本の山を見られたのは最悪だった。
「晩御飯出来たでー! はよ下りてきぃやー!!」
階下から母親の呑気な声が響いてくる。自分がしでかした事の重大さを何も分かっていない。俺は今日、妹との間に長年かけて築き上げてきた親密な関係性にヒビを入れられたのだ。
ショック過ぎる……。
辛い。動悸がする。眩暈も。悪寒も。
「なぁ、ハル。ホンマ、ごめんって」
ってなんで俺が謝るのかわからないが。悪いのはあのオカンである。明白な事実だ。俺はただ、妹の事が好きなだけなのだから。
「ええから。気にしてるけど……気にしてへんからっ。そやから、にぃにも気にせんとって」
禅問答みたいな言葉が返ってきた。気にするけど気にしないからお前も気にするなというのは要するにめちゃくちゃ怒ってるor傷ついてるがお互い忘れることにしようという提案ではないのか?
「わ、わかったわ……兄ちゃん、先に晩御飯、食べとくで」
ここは一時撤退だ。
妹は今日のことを必死に忘却しようとしているのではないか?
この罪深き兄を、慈悲の心で赦そうとしているのでは?
ならばおとなしく退却して、ほとぼりが覚めるのを待とう。時間が解決してくれ。
傷心の兄は黙ってカレーを食う。一人で。いや、対面にうるさいオカンがいた。
「アンタ、ハルちゃんはどないやったんよ?」
「アカンわ。無理や」
「無理って?」
「弁解の余地無しや。一生しこり残るやつやで、これは」
「ホンマかー? でも口きいてくれへんかったわけちゃうんやろ?」
「そら、な。けどあんなもん……見てもうたら無理やろ。今度からどないやってハルと接したらええねん」
「え、妹好きってそんなに変か?」
「母親がそれ言うんかよ! って、ちょい待てや! 俺はそんな目でハル見てへんからな!?」
「あんな本ばっかり読んどったのに?」
「ぐっ!」
カレーの具が大きい。ジャガイモが喉に詰まる。返答にも詰まる。
「ま、とにかくうまいことやりな」
俺の深刻な問題を引き起こした張本人はあまりにもあっさりと言い放ち、
「せやせや、今度近所に新しいスーパーが出来るんやて。ほんでな」
さっさと次の話題へ移ってしまった。
何故なんだ、オカン。
どう考えてもこれは家族の一大事だろ!?
が、ウチのオカンはだいたいいつもこういう感じである。
結局、ハルはリビングに下りてくることは無かった。気を利かせたオカンがカレーを部屋まで持っていったところ完食していたので、食欲はあるようだ。お代わりまでしていた。旺盛なようだ。
その夜、気になって足音を忍ばせて妹の部屋のドアに耳をくっつけ、こっそりと中の気配を窺ってみると、
「……ひひっ……にぃに……うっ……ひひっ……実の妹をそんな目で……ふひっ……」
と奇妙な笑い声が聞こえてきた。相当に落ち込んでいるようだ。信頼していた(?)兄がとんだ変態野郎だと知り、深く落胆して心が壊れてしまったのかもしれない。あまりのストレスで暴食をしてしまった可能性もある。俺はなんて……救いようのない業を抱えた兄なんだ!
「はぁ……」
深い溜め息。
そりゃそうだろう。実の兄の酷いシスコンぶりを見せつけられてしまったのだ。年頃の兄妹としてはかなり仲がいい方の俺たちであったが、それもきっと今日までに違いない。
明日からは「にぃに、キモいねん」「近寄らんとって」「一緒に洗濯せんとってや」「この……シスコン!」とか言われてしまうんだチクショウ!
……最後のセリフはちょっと言われたいな。
絶望する俺の脳裏にまるで走馬灯のように、ハルとの楽しかった思い出が過る。
あいつが中学生になってもまだ一緒に風呂にも入っていたくらい仲良しだったのになぁ。
さすがに、二次性徴を迎えたハルの体つきを見てそろそろ何かがヤバそうだと判断した俺の方から、風呂に一緒に入るのは止めようと提案したが。
妹推しの偏見抜きにしてもウチの妹は可愛い。
モデルかアイドルなみに顔が小さいし、パッチリ二重の瞳も、小ぶりな鼻も、唇の形も綺麗だ。
身長は低いがスタイルは悪くない。細くて、しかし出るところはしっかり出ている。しかもまだ、発展途上なのだ。
兄としては今後とも、この可愛らしい妹の健やかなる成長を見守り、いやらしい目をして寄ってくる男たちの悪の手から守り抜かなくてはならない。
と思っていた矢先にこれだ。
もういっそ殺してくれ、神よ!
いや、やっぱりやめてくれ、神!
どうせ死ぬなら妹と結婚してから死にたい!
というわけでその日の夜、俺は悶々としてほとんど一睡も出来なかったのだった。
翌朝、俺が危惧したとおりハルは、一切俺と目を合わせてくれなかった。
「おはよう」
「……んっ」
もはや、まともに朝の挨拶もしてくれない。絶望しかない。俺は目の前が真っ暗になった。
しかし妹も妹で、きっと辛かったのだろう。頬を紅潮させて、カバンを引っ掴んでさっさとリビングから出ていってしまった。
「うぅ……胸が苦しい……」
まるで死刑宣告を受けた囚人のように足を引きずり、俺は学校へ向かった。
そして昨日のオカンの蛮行と、兄の性癖にショックを受けた最愛の妹の心のケアについて悶々と考え続けることになったのである。
このまま妹に嫌われてしまうのならいっそ……もっとキモくなって強引に想いを伝えてみるか?
いやいやさすがにそれは道徳的なアレがアレしてアレだろう。
にしてもオカンよ、オカン。
事の重大さを全く理解していない。
マイペースなのはいいことなんだけど、今回ばかりは謝罪を要求するぞ、温厚なこの俺でも。
灰色の視界に、楽し気にはしゃぐクラスメイト達が映る。だが俺の網膜には、キラキラとした笑顔で「大きくなったらウチ、にぃにと結婚するんやからっ」とほほ笑む幼き妹の姿がクッキリと浮かんでいた。
「こんなキモい兄ちゃんでごめんなぁ……」
泣けてくる。
「にぃに、なんか面白い漫画ないのー?」と無邪気に俺の部屋に顔を出す妹。あのあどけない、無垢な瞳を俺はなんという邪な性癖で傷つけてしまったのか。
そして乾いた笑いまでもが。
「ハルは誰か、好きな男子おらんのか?」「えー、好きな男子ぃ~? そんなん、なんで聞くん?」「えっ、まさか……おるんか!?」「なに慌ててんの、にぃに! まぁ……おらんことも、ないけど?」そんなヤキモキする会話もしたっけなぁ。
結局、ハルの好きな男子って誰だったんだろう。クソッ、こんな時だからこそ余計に気になる。
悲しみを背中に背負い、カラスにも嘲笑されながら俺が帰宅すると、なんだか二階からドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
「なんや? オカン、掃除しとんのか?」
ブイイィーというやかましい駆動音は紛れもなくオカン愛用の、吸引力が落ちまくった年代物の掃除機の鳴き声だろう。
玄関で靴を脱ぎ、階段を上がる。俺の足音は掃除機の煩さで掻き消され、二階にいる二人には聞こえなかった。
そう、俺が階段を上がった時、そこにはオカンと妹の二人がいたのだ。ちょうど、オカンが妹の部屋に掃除機をかけているタイミングだったようだ。
そして。
「アンタ! ベッドの下に落ちてた本、机の上に置いといたよ!」
「はぁっ!? ちょ、なんでなん! あっ、にぃに、アカン! 見んとって!!!」
またしてもウチのオカンは余計なことを仕出かしていた。
妹のベッド下から秘蔵本を引っ張り出し、よりにもよって机の上に置くという蛮行に出たのだ。昨日俺がやられたのと全く同じ! 鬼か!?
ハルは必死の形相で本の山に飛びつき、背中で俺の視界からそれらをカバーしようとしたが、遅かった。
「ハル……お前……嘘やろ……」
俺は目撃してしまった。
あれは紛れもなく、少し値の張る薄い本! しかもデカデカとしたフォントで“実の兄弟”“兄に〇される妹”“ブラコン”などという物騒な文字が記載されていた。
「うぅ……アホぉ……にぃにの、どアホっ!!!」
「え、俺か? いやいや、ちゃうやろ! おい、オカンあのなぁ……」
「はいはい、ちょっと廊下もチャッチャと吸ってまうからどいてどいて!」
まるで意にも介さずオカンは掃除機のノズルで俺の足元を攻めてきた。そしてそのまま掃除機を引きずって階下へと疾風のごとき速度で去っていった。どことなく、高笑いでも浮かべていそうな後ろ姿で。
取り残された俺と遥は呆然と互いの顔を見つめ合い……。
「なぁ、ハル……」
「にぃに……」
「ま、まぁ落ち着いて、話、しよか」
「うん……」
あらぬ方向に視線を泳がせつつ、話し合いの機会を持つことになった。
で、結局のところ俺たちは始めから両想いだったという事実があっさりと判明したのである。
「にぃに、ゴメン……。実の兄を異性として好きになるような妹……キモいやろ?」
「なに言ってるねん! 実の妹を女として意識してまう兄貴のほうが百倍キモいやろ!?」
「ううん、ほんならウチの方が五百倍キモいから。にぃにの枕のニオイとか、いっつもこっそり嗅いでたもん。ほんま、ゴメン」
「せやったら兄ちゃんはハルの二億倍キモいで。お前が兄ちゃんと結婚するって言ってたん、真に受けてたからな」
「え、ホンマ!? あれは嘘ちゃうよ? ウチ、今でもずっと、にぃにのお嫁さんになりたいって思っとるよ?」
「は……はぁ!!? ホンマのホンマかっ!!!??」
「ホンマのホンマのホンマのホンマやでっ!! うぅ……言わさんとってや……恥ずいって」
「え、ほんならアレか、兄ちゃんとハルが実の兄妹やのに好き同士やってこと、オカンはとっくに気付いとったってことか!?」
「うん、そうなんやろうね……なんか、オカンってそういうの敏感やんね。魔術師みたい」
「魔術師オカン……か。なんか、ええやん」
「ウチらのことなんか、なんでもお見通しやねんな」
俺は遥と一緒に、クスクス笑った。
いつの間にか、妹のベッドの上で俺たちは手を繋ぎあっていた。
「にぃに、ウチなんかとホンマに一緒になってくれるのん?」
「逆に聞くけどハルはええんか? 兄ちゃんみたいなんが相手でも」
「えっ!? 逆に何がアカンの? ウチはずっとにぃに一筋やってんから。今でも一緒にお風呂入りたいって思ってるし」
「え、じゃあ逆に兄ちゃんもハルと一緒に風呂入りたいで! なんなら毎日ハルと一緒の布団で寝たいけど?」
「ウチもウチも! あ、でも……ウチ、めっちゃ重い女やと思うよ? にぃにと付き合ったら、にぃにが他の女とちょっと喋ってるだけで嫉妬とかすると思うけど、それでもええ? しんどくない?」
「はぁ!? 兄ちゃんもっと重いぞ!? ハルに男の気配がちょっとでもあったら探偵雇ってリサーチするつもりやったし!」
「えぇ~、もう、にぃに、ホンマキモいわぁ~! めっちゃ好きっ!!!」
ハルがいきなり、俺の胸に飛び込んできた。
柔らかな体と、髪から漂ういい匂い。ここが涅槃かと俺は思った。
「俺の方がハルのこと、めっちゃ好きやからっ! これだけは譲られへん!!」
華奢な体をぎゅっと抱き締め、断固として言う。
「ふぅーん、じゃあ今から勝負やなっ!? ウチとにぃに、どっちが相手のことめっちゃ好きなんか」
「望むところや! かかってこいや!」
「じゃあまずウチが先攻なっ! おでこ、グリグリ攻撃やっ!!!」
そう言って可愛い妹は、俺の鼻先に額を押し付けてきた。
俺と遥は一緒にベッドに倒れこんで、それから、
ちゅっ♡
絆を確かめ合って、勝負は引き分けに終わった。
「晩御飯出来たでー! はよ下りてきぃやー!! 今日はお赤飯やからなーーーっっ!!!」
オカンの声がした。
より特別な関係で結ばれた俺と妹は、一緒になって苦笑いをした。
「オカン、マジで魔術師なんちゃうか? 見え過ぎやろ、俺らのこと」
「でも、どうせバレてるんやったら堂々としていこうや、にぃに」
「せやな、ハル……」
「にぃに、これからも……ウチのこと、大切にしてや」
「当たり前やろ!」
「うん。にぃに、大好きっ!!!」
お赤飯は、凄くおいしかった。
そして。
俺は実の妹と結婚して、幸せになった。
魔術師オカンは見えている~「アンタ!ベッドの下に落ちてた本、机の上に置いといたよ!」と宣告され辱しめを受けた俺。「元の場所に戻せや!」と怒鳴ってももう遅い。妹にも見られた!~
お完っ!
最後までお読みくださり誠にありがとうございます。
面白かった!連載版があるなら是非読みたい!などと思ってもらえましたら是非ともページ下部の☆☆☆☆☆をクリックして、★★★★★とかにしてもらえると、最高にハッピーです。
こういう甘々作品はあまり書かない作者ですので至らない点もあったかと思います。忌憚なき感想も、お待ちしております。