中学生(36)
鳴海「あーあ、本当にもう……イライラするー」
健也と放課後デートのようなものをして数日、健也のことを見て違和感の正体を探るが、どうもしっくりこない。愛奈と吉良から話を聞いてみても、記憶がないせいかどうも自分が本当に仲良くしたのか信用出来なくなってきた。意識が半分寝ている時に何かをしたとか、酔っていて覚えていないというのはこういうことなのだろうか……。考えても分からない。
健也のことを見る
至ってどこにでもいそうな男の子だ。話している時も落ち着くし、特に嫌いとか不満とかそういったマイナス感情はほとんど無い。今日も彼を見ては溜息をついて目を逸らして、話をしても違和感が気になり、しっかりと話すことが出来ない。何も収穫が無いなと思って、適当に3人に別れを告げて家に帰る。
両親がいないので、一人暮らし同然だ。両親の仕事は何だろう、今まで一緒に暮らしていたはずなのに、記憶が無いことの影響もあってか、全く思い出せない。それどころか、両親の写真すら全く無かった。アルバムの1つもないとは……。部屋もリビングとお風呂とトイレなど生活に必要な設備がある部屋以外の部屋は、自室を除いて全て鍵がかかっているため入ることが出来ない。無理やり壊すのも考えたが、そんなことをしたら怒られる気しかしないのでやめた
家でいる場所がリビングか、自室のどちらかにいることがほとんどということになるが、どっちにいても溜息をついてしまう。リビングにいても、広い空間で雑音は自分が動作をしたときの音や、時々机に足をぶつけてガタンと音が鳴るくらい。テレビを付けても、全く面白くなく、一体この映っている人達の何が面白いのかさっぱり分からないし不愉快に思えてきた。ラジオ感覚で聞くのもありと言えばありだが、電気代のことを考えるとそれはあまりしたくなかった。
自室は写真と縫いぐるみで、どれも見飽きた。夜は写真を見て健也のことを思い浮かべるが、それでも思い浮かべるだけでそれ以上のことは何もしなかった。健也といれば何か起きるかと期待したが、何も起きる気配がない。強いて言うなら他校の女と知り合っていたことくらいだろうか。
鳴海「……本当にここに住んでいたのかな」
リビングにも生活に困らない程度の設備が置いてあり、自室は写真と縫いぐるみばかり。中学3年生ということを考えると、女子の部屋ならもう少し他に何か在っても良いように思える。
例えば、漫画とか、小説とか、映画とか、雑誌とか、何かのスポーツ用具とか、どこかのアイドルや芸能人の写真集とか、楽器とか。ここらへんのどれか一つでも部屋にあれば自分が住んでいたのかなと思えたが、自室は縫いぐるみと写真だけ。縫いぐるみは種族を問わないようで、写真もほぼ盗撮目線。これが記憶喪失になる前の自分の趣味だったと?
鳴海「キモイ」
自分で自分が気持ち悪くなる。結局盗撮目線の写真を撮っていたのが誰か分からない。愛奈に聞こうかと何度か迷ったが、結局聞くことが出来なかった。盗撮をさせている人間がいないか遠回しに聞いてみたが、愛奈は何も答えなかった。そんな話をされれば、誰だって何も答えられないのは分かるが、それでも何か答えて欲しかったものだ
写真はともかくとして縫いぐるみ……そんなに縫いぐるみが好きだったのかなと思ってしまう。哺乳類・魚類・両生類などと、種は問わないように揃えられている縫いぐるみを見ていると、自分が動物好きなのか、縫いぐるみが好きなのかと思うが、これだけの量を買うとは……
今は全くどちらの気持ちも無いが、記憶喪失前はそうだったのだろうか? 記憶喪失になった人は大変と聞いてはいたが、自分が何を好きだったとか、何をしていたとか全く覚えていないのはかなりキツイ。自分は本当に自分なのかと困惑もしてきた。
まず自分って何だろう……
深く考えるとそうなるから考えなければいいじゃんという話にはなるが、それでも知りたいという欲求は完全に振り払うことは出来ず、どうしても頭の片隅にその欲求は残る。しかしその欲求を解消するような情報も人材も当たってみたが全て不発。さらに受験前の独特の教室の空気に当てられ、璃子という新しい女がいることにイラつきもしているので、鳴海の精神上はとても不安定だ。結局モヤモヤとした気持ちを持ちながらその日は眠った
次の日
鳴海「……。けほっ……」
目を覚ますと身体が熱くて重い。しかも視界がぼんやりとしている。認めたくはないが、1つの可能性に行き着く。多分そうだろうなと思い、リビングにフラフラと歩き、体温計を脇に挟んで少し待つとアラームが鳴る。そこには「37.2℃」と表示されていた。
それを見ると、何とも言えない気持ちになる。学校をサボる大義名分が出来たとも言えるが、この家は静かで1人でいても退屈という気持ち、他の人は学校に行っているのに自分は休むという謎の罪悪感、それらが混ざった気持ちになりつつも、学校に連絡するために、固定電話が置いてあるところまで身体を引きずる
学校の番号を入力し、数コールなると、先生が出た。熱があるので休むことを伝えると、お大事にと言われて直ぐに切られた。これで心配はなくなったが、そこから身体がだるくて、ついに寝転んでしまう。
自分の症状を自覚していると、実際の症状よりも重い症状になっているのではないかと錯覚する
例えば、身体のどこかが痒いとしよう。それでなんか痒いな程度に思っていたが、実際は蚊に刺されていたことに気付くと、余計に痒くなるだろう。体調が悪い気がして、病院に行って診察をしてもらい、症状を聞くだろう。その症状を聞いて、聞く前よりも体調が悪くなっていると余計に感じるだろう。
鳴海の場合は、熱は「37.2℃」だが、それでも精神的には大きく疲労がたまり続ける一方で、全く解消が出来ていなかった。その疲労の蓄積が鳴海の想像していた以上にあったようで、身体を動かせなくなる。しかもその精神的不安が積み重なることを自覚しているから、余計にストレスを感じているという状況だ。
風邪薬の飲もうにも、身体を動かせる気にならず、意識を保つのも面倒になり、少しだけ休憩をするだけとそのまま目を瞑ってしまった。
一方学校では
愛奈「あら、鳴海休みなのね」
吉良「熱が出ているって言っていたね」
愛奈「……」
吉良「愛奈?」
愛奈は席を立ち上がり、ボケーっとしている健也に近づく。健也も愛奈が近づいてきたことに気付いていはいるが、それでも対応するのが少し面倒だったので、反応しないでいると
愛奈「健也、鳴海のお見舞いに行きましょう」
健也「は」
愛奈「鳴海熱出たんだって」
健也「さっき先生が言っていたね」
愛奈「だからお見舞いに行くわよ」
健也「誰が?」
愛奈「健也が」
健也「俺だけ?」
愛奈「そう」
健也「女子の愛奈が良いんじゃないか? 男子は行かない方が……」
吉良「いや、健也が行った方が良いと思う」
健也「吉良もか。なんでそんなに俺を押すんだよ」
吉良「記憶喪失前は健也がよくお見舞いしていたよ?」
健也「そんなこと言ってなかっただろうが」
吉良「言ってないだけで、実際はあったよ?」
愛奈「そうね、体調を崩している鳴海に直ぐに気づくのはいつも健也だったわ。健也が体調を崩した時も鳴海が直ぐに気づいていたし」
そんなことないだろうと思っていたが、話を聞いていたのか、周囲のクラスメイトの何人かも同調していたので、嘘ではないように見える
健也「でも俺あいつの家どこか知らないぞ」
愛奈「私が教えるよ」
健也「個人情報を漏洩するな」
愛奈「健也も前に行っていたことがあるでしょ?」
健也「だからー、覚えていないんだって。愛奈が行けよー」
愛奈「健也は行かないの?」
健也「同じ女子の方が……」
愛奈「女子とか男子じゃなくてさ、健也自身は行くつもりはないの?」
健也「それは…心配している気持ちはあるけど、それでも女子の家に入るのは、ちょっと……」
吉良「でも健也の方が良いと思うなー」
健也「なんで」
吉良「健也は気付いていないと思うけど、鳴海さん何回も健也を見ては溜息をついていたから。看病をして少し2人きりで話すと言うのも手だと思うよ?」
健也「病人だろう?」
吉良「確かに病人だけど、それでも2人きりでゆっくりと話せるでしょ? あの時から、健也なんやかんや誘っていないし」
愛奈「4人グループでも、健也と鳴海は少しギスギスというか、ソワソワというか、空気が悪くなっていることには気づいているでしょ?」
健也「うぐっ」
吉良の言うあの時というのは、健也が鳴海と放課後デートをしていたことを指している。吉良の言う通り、あの時以降、なんだか声を掛けるタイミングが難しくなり、少し距離があったのは健也も把握している。愛奈の言う通り、グルで鳴海と話すとき少し空気を悪くしてしまっていることについても自覚があるので、それを言われると痛い。
吉良「……」
愛奈「……」
健也「…分かったよ、行きます。後で住所を教えてくれ」
愛奈「はーい」
2人の「行け」という視線に耐えることが出来ず、ついそう言ってしまった
あれ? 実は俺このグループでは発言権が一番下なのでは?
そう思ったが、それは言わないことにした
鳴海家では
鳴海「うっ………気持ち悪い」
寝ていたが、突然胃の中から何かこみ上げてくるような感覚があり、無理やり重たい身体を動かしてトイレに向かい、便器に込み上げていたものを吐き出す
鳴海「そういえば、今日くらいからだったかな……」
何度か吐き出した後に、洗面所に向かい、気持ち悪い口の中をうがいで洗い流す。手はお腹を擦っており、そこには女の子特有の痛みがある。考える限り最悪な状況だ。時計を見ると、午前11時だった。少し休むつもりが、2~3時間程度寝ていてしまったらしい。また吐き気が込み上げてきたので、ダッシュでトイレに向かいまた吐き出した
鳴海「……うぅ、これも健也君の所為だ」
間違ってはいない
鳴海「キッツ……何かご飯は……」
冷蔵庫の中身を見るが、中身はすっからかんだ。今日買い物に行く予定だったが、これでは買い物に行く余裕もない。スマホに愛奈に買い物を買ってきてくれないかとメールをするが、既読にはならない。時間的に授業を受けているのだから仕方ない部分もあるが、それでも舌打ちをしてしまう。
とりあえず水は飲んでおくか。そう思った鳴海はコップに何度も水を入れては飲んで、部屋に戻って布団に身を包んで寝た
学校では放課後になっていた
愛奈「健也、私も途中までは行くわ」
健也「あぁ、そうなのか。え、途中まで? 最後までじゃなくて?」
愛奈「鳴海の家、今両親がいないらしくて、今日買い物に行く予定だったから、何もご飯が無いんだって」
健也「それは……」
体調が悪くて、家に両親もいない、ご飯も全くない。想像するだけで辛そうだ、いや辛いに決まっている
愛奈「買い物付き合ってもらえる?」
健也「吉良は?」
吉良「僕は急いで帰らないといけないんだ。ごめんね」
健也「あーそうか、うん。またね」
吉良「また明日ねー」
吉良は教室から出て行った。健也も愛奈と一緒に教室を出て、近くのスーパーマーケットで食料を調達しに行く
愛奈「健也ってさ、料理出来るの?」
健也「簡単な物なら」
愛奈「お粥とかは?」
健也「……」
愛奈「おっけ、レトルトにしておきましょう」
健也「愛奈が行けば良いんじゃないのか?」
愛奈「確かに健也の言った通り、女同士の方が気楽な時もあるけど、同時に女同士の方が居づらい時もあるの」
健也「今回みたいな風邪はそうなのか?」
愛奈「他は知らないけど、鳴海にとっては健也の方が良いと思う」
健也「……そういうものなのか?」
愛奈「そういうものよ」
首を傾げるも、健也には分からない感覚だった。同性には裸や塗り薬を塗っているところを見られたくないとかそういう感じだろうか?
愛奈は、レトルトのお粥・暖かいうどんや、豆腐、ゼリーや飲料水を買っている。主にレトルト食品が多かった
健也「レトルト多めだな」
愛奈「体調が悪い時に料理するのは怖いし、すぐに治らないかもしれないから簡単に出来るようにね」
健也「あー、確かに」
愛奈「そこでレトルト系ってわけ」
健也「それなら安心だな」
籠にドンドンと入れて、会計を済ませる。レシートは愛奈が持つことになった
愛奈「じゃあ、途中まで案内するわ」
健也「分かった」
2人でスーパーマーケットを出て、鳴海家に向かった。
以前に鳴海家を探しても見つからなかったが、愛奈の案内にされるがままついていくと、探したことがある家にたどり着いた。あの時の表札は鳴海の物ではなかったが、もしかして見間違えたのだろうか?
愛奈「ここだよ」
健也「はー」
愛奈「じゃあ後はお願いね」
健也「……分かったよ」
愛奈が強引な時はとことん強引。理由もあまり話さないことはもう分かり切っているので、すぐに会話を切って、鳴海家のインターホンを鳴らす
反応が無い
健也「困ったな……」
もう一度押すが、反応はなかった。どうしようかとスマホを取り出して見ると、丁度鳴海からメールが来た。鍵は扉の前にある花壇に隠してあるから、それを使えという内容だ。そんなところに隠すなやと思うが、それしか入る方法が無いようなので、花壇を注意深く見ると、確かに鍵のようなものがうまい具合に隠されていた。鍵を取り出して鍵穴に挿して回すと、かちゃりと音を立てる
手に持っていた袋を持ち直して、鳴海家の中に入った。中に入ると、他の人の家の匂いに気付く。自分の家とは全く違うに匂いがするなと思いながら中に入るが、リビングに鳴海はいなかった。
鳴海『ありがとう。愛奈から食材の事は聞いているから冷蔵庫の中に入れて良いよ』
メールが来たので、持っていた袋の中身を冷蔵庫に入れていく。全て入れ終えるとまたメールが来た
鳴海『ありがとう。今の格好見られたくないから出来れば帰って欲しい』
ほら見ろ、何が健也なら、だ。女の子同士の方が良かったんじゃないのか?
断る理由も無いので、返事をしようとすると、少し離れた部屋からガタンガタンと結構大きな音が聞こえた。
健也「鳴海さん?」
その後、何か具合が悪そうな声が聞こえる。すぐに音がした部屋の方に行って、扉を開けようとするが、扉が少しだけ開かれる。空いた隙間で部屋の中を見るが、鳴海の姿は見えなかった。
健也「鳴海さん? 鳴海さん? 入るぞ?」
入っていいか聞いても返事は返ってこない。ゆっくりと扉を開いて中に足を踏み入れる。
健也「鳴海さん? どこにいるんだ?」
掛け布団が少し丸く膨らんでいる
健也「お腹痛いのか? 大丈夫か?」
布団の近くに膝を付けて膨らんているところを触り揺さぶってみるも、返事は返ってこない。
健也「鳴海さん? 寝ているのか?」
もう一度揺さぶってみるも返事はない。
健也「鳴海さん?」
掛け布団を捲ろうとしたが、その手が止まる。顔を見られたくないから布団に丸まって隠れているのではないだろうか……。とても今更だが、少し遠慮が無かったかもしれない。しかし、返事をしないのが不気味に思えた。
健也「鳴海さん?」
名前を呼び続けることしかできない。何度も「鳴海さん」という名前を呼び続ける
何回彼女の名前を呼んだのか、全く返事が返ってこない
こんなに名前を呼んでも返事が返ってこない。丸い膨らみも全く動かない。触っている所は熱く、呼吸音が聞こえるが、返事が無い。無視をしているのか、それとも
健也「も、もしかして、し、死んでる???」
寝ているなら嫌われるだけで済む。でも、もし死んでいるとしたら?
健也「……鳴海さん、ごめん!」
無理やり掛け布団を捲る。布団には彼女の姿が……
健也「え」
縫いぐるみの山があったが、所々に彼女の肌や髪の毛が見え隠れしている、顔は完全に覆われているが、息が荒いからか少しズレていて口元だけ見える
鳴海「わっ!!!!」
健也「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!???」
突然縫いぐるみからバッと鳴海が起き上がり、それに驚いた健也は足を滑らして鳴海の方に倒れてしまう。鳴海はもともと布団で横になっていたから、健也が転倒して倒れるという事もなく、なぜか身体中に置いていた縫いぐるみがクッションの代わりになり、鳴海の身体に直撃することは無かった。鳴海の上に倒れてしまい、両手を鳴海の両耳付近にドンと置いて、覆いかぶさるような体勢になる。健也がどんと音を立てたのにびっくりしたようで、顔を隠すように配置していた縫いぐるみがほとんど落ちて鳴海の顔を見ることになる
鳴海「っ! 見るなぁ!!」
健也「もごもご!」
直ぐに落ちていた縫いぐるみを手に取り健也の顔面に躊躇なく全力で押し付ける。抵抗しようにも、今両手を離したら体勢を崩して下手したら鳴海の胸付近に顔をダイビングさせてしまう。そんなことになれば本格的に顔を合わせるのが気まずくなる。
縫いぐるみをどかして彼女名前を呼ぼうとしたが、一瞬でも体調不良の自分の顔を見られたからか、鳴海は健也の顔に縫いぐるみを押し付けてやめる気はない。それどころか更に強く押し付けてくる。鼻にも強く押し付けられ、息が出来なくなり、やむなく両手を離すと体勢を崩してしまう
鳴海「きゃ! いや! 何すんの!」
縫いぐるみで健也の背中をバシバシと叩いているが、健也は目の前にある柔らかいものにびっくりして、動くことが出来ない。頭は恐怖で埋まって行く
鳴海「はなれ、離れろって!」
鳴海が健也を突き飛ばして、息を荒くしているが、健也の様子がおかしいことに気付いたようだ
鳴海「健也君? ちょっと……」
健也「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
鳴海「いや、あの、殴ったのは謝るから。でも健也君が入ってきたことにも責任が……」
健也「やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください」
鳴海「け、健也君? うわっ!」
呪詛のように謝罪をし続ける健也を見て、どうしたのかと近づこうとしたが、健也は近くにあった縫いぐるみを手に取ると、鳴海に投げつける。鳴海は回避することが出来ず、そのまま直撃して倒れてしまう
鳴海「ててて……、ちょっと、健也君?」
てっきり部屋中に貼られている写真を見て怯えているのかと思ったが、そうではなさそうだ。部屋の隅に震えて座っており、ずっと謝っている。自分が体調悪いと言うのに、この明らかに怯えているのは勘弁してほしい。鳴海が近づこうとすると、健也は近くに落ちている縫いぐるみを投げてきた。
鳴海「話を聞けっての」
健也「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
鳴海「私だってこんな姿を見られて嫌だって。それよりも……」
何だこの怯え方は……。ここまで怯えるなんて……近づいても話しかけても、まともじゃないとか……体調を崩している今にやられるとイライラする。あーもう、どうしろってのよ……
今の健也に話しかけても無駄だと思った鳴海は、仕方なく自分の部屋を出て、リビングに向かう。体調を崩しているので、壁に寄りかかりながら移動するような感じだ。冷蔵庫の中に入れられたものを確認して、ゼリーを食べて水を飲む。自室には金品になるものは置いていないので、盗まれることはないだろう。懸念があるとすれば、写真を見られることだが、あんな状況で写真を除去したら、こそこそ自分の周りを動いていると思われて、下手したら殴りかかってきそうで怖い。今の鳴海には返り討ちをする体力が無いので、仕方なくリビングに横になる。
健也のあの取り乱しも気になるが、あの写真をなんて説明すればいいのやら……。絶対気持ち悪がられるだろうし……、もうこの際話して何か知らないかを聞くのもありかもしれない。あっちは体勢を崩している女の子部屋に無理やり入ったとか言えば、多少は罪悪感も生まれてお相子になるかもしれないし。そう決めた鳴海は、10分くらい時間を置いて待つことにした
鳴海「……はぁ」
身体が重い。しかしいつまでも自分の部屋を占領されるのも嫌なので、壁に寄りかかりながら進み部屋に戻る。健也は部屋中に貼ってある写真を見ていた
そりゃ見るよね……ドン引きしているんだろうな……
扉は開けたまま出て行ったので、そのまま入ると健也も鳴海が入ってきたことに気付いたようだ。健也と向き合う
鳴海が部屋から出て行って、取り残された健也
鳴海が出て行って5分くらい経つと、気持ちが少し落ち着いた。鳴海の姿を探すが、どこにもいない。探そうと思ったら、部屋中に貼られている写真に気付く。入った時は鳴海の安否を確認することしか頭に入っておらず、気付かなかったが、映っている写真すべてに自分が映っている
健也「え……なんで……」
映っている写真は、自分と鳴海が映っている。その写真を見て、何か欠けていたようなかけらが、少しずつ集まって行くような感じがした。目に焼き付けるように一つ一つの写真を見ていく
ランドセルを背負っている2人、何かのお祭りに行っている2人、公園で遊んでいる2人、一緒にご飯を食べている写真、浜辺に行っている2人
そして一番驚いたのは、自分の部屋が映っている写真もあるということだ。しかも寝ている布団が、今自分が使っている布団と同じで、一緒に映っている時計も今自分が使っているのと同じものだった。
健也「何だよ……これ……」
ずき
頭痛がする
何かが入ってくるような感覚
ずきん
また何か強く入ってくるような感覚
ずきんずきん
急に景色が変わる
それは自分が記憶喪失になる前の記憶だ。映像と共に鳴海の声も聞こえてくる
「待ってよ~けんくん~」
「あはは、ふごぉ! だってさ。あはは」
「あははは、はー面白かった~」
「はい、私の勝ち~」
「先に目を逸らしたからそっちの負けって言ってんの~」
「お医者さんの話だと、これ一生残るものらしいの」
「消えないんだって、これ」
「私にこんな傷を付けたのは誰?」
「責任、取ってよね?」
「あはは、引っかかった~」
「また私が転んだら、お母さんにうるさく言われるんじゃないの?」
「! 違うでしょけん君、そうじゃない」
「こうしてほしいからだよ」
「変わるから。けん君は分からないと思うけど、とても大切なことなんだよ?」
「偶には公園で食べてみるのはどう?」
「にやけてないよ? ただちょっとね~」
「同じクラスになれるといいね」
「えへへ、そうだね~。6年ずっと一緒だったもんね~。私達くらいじゃないかな~」
「……、ごめんけん君。私用事が出来たから、先に帰っていて」
「結構時間かかるから。先に帰って」
「入学式で張り切って風邪でも引いたのかもね~」
「……けん君。私を守ってくれる? 同じクラスの人が何人も入院しているなんて……怖くて……うぅ……」
「けん君~、一緒に寝よう~」
「おやすみ、夢の中で会えるといいね」
「あそこってどこなの~、クスクス」
「うん、趣味が合うんだよね。機械類が好きなんだけど、料理と裁縫に興味を持ち始めたみたいだよ。愛奈ちゃん、最近料理の練習をしているらしいよ」
「私にはよく分からないけど、よくスレッドや誰かの書き込みを見ているんだって。あ、そうだ。吉良君ってどんな人なの? 愛奈ちゃんから少し聞いているけど、けん君から見た吉良君ってどんな感じ?」
「私は最近愛奈ちゃんにパソコンについて教えてもらっているんだ~」
「み~つ~け~た~」
「こんなところで何をしているの~?」
「……くっついていい?」
「けん君だな~って」
「もうけん君ずっとアニメ見てるじゃん」
「この画面に映っている女の子のどの子が好きなの?」
「いや~、けん君ってどんな女の子が好きなのかな~って。それで、どの子?」
「全員?」
「5人くらいいるけど」
「…………あ、画面切り替わってまた違う女の子が6人出てきたけど」
「この先にお祭りがあるんだよ。そこに行こうと思うの」
「お祭りだからねー。軽く食べられる物とか、座ることが出来る敷物とか、水筒とかそんな感じ」
「吉良君が怖いの苦手で、それを克服するのに丁度いいんじゃないかって愛奈ちゃんが言っていてね」
「……うん。謝るよ。今回は私達が悪かったし」
「考えごとしていたから。そういうけん君こそあまり驚いていないじゃん」
「はいはい。あ、そういえば途中でリタイアできるけどどうする?」
「身体が怠くなることがあって……大丈夫だよ。そんな命に関わるようなものじゃないから」
「筆記は後でごり押しできるけど、実技は出来る時にやらないと。けん君自分から実技をやろうとしたこと片手の数も無いでしょ」
「…けん君が勉強で躓くのは困るから」
「……飲ませて欲しいな~なんて」
「……今日は泊まる。最近お泊りしてなかったし」
「お母さん? 今日けん君の家に泊まるから……うん……うん。じゃあ」
「あ、じゃあ私がけん君と一緒に作ります」
「あ、ちょっと、包丁を振り回さない!」
「ここはいいよね」
「けん君がいるからさ」
「けん君ってエッチな本持ってないの?」
「嘘ついちゃいやだよ?」
「あ、年齢制限フィルター解除してる! どうやって番号を知ったの?」
「けん君、エッチなものを見るなとは言わないよ? けん君だって男の子だし、そういう気持ちになるもんね。そこのゴミ箱とか……」
「でもね、年齢制限解除はダメだよ? 吉良君も言っていたでしょ? 無料サイトとかは大抵ウイルスがあるって。見ようとした変なページに飛ばされてそれを消したつもりでもウイルスは残っていて、場合によっては個人情報全漏れだよ? 見るなら画像とかにしなさい」
「あ、あとゴミ箱じゃなくてトイレに流すのもやめておきなよ? 水に溶けないティッシュだと最悪詰まって工事になるかもだよ? 今はまだ大丈夫みたいだけど、もし詰まって工事の人に来てもらって、詰まっていたティッシュが発見されたら…お母さんどんな顔をするだろうね?」
「眠いから寝るの……。けん君は起きて何かしても良いから……おやすみ」
「それは良かった。作った身としては嬉しいもんだよ」
「星奈に何を言われたのかな~?」
「私と愛奈以外の女とそんなに仲良くならないでね」
「返事は?」
「星奈さんのことが苦手だから近くに寄らないように気にしていただけ」
「じゃあさっそく行こうか、ゴホッゴホッ」
「浮気はどこからになりますか?」
「けん君にとって私って何」
「突然? 突然じゃないよ。ずっと前から思っていたの」
「……けん君は私のこと好き?」
「なんでもない、けん君は高校どこにするか決めているの?」
「最近ね……時々だけど少し耳が聞こえなくなる時があるんだよね」
「最近変な夢を見てさ、私は高校生になれない夢」
「夢のことだからね。いまいち内容を覚えていないんだ」
「怖いよ、けど避けられなかったんだその夢では」
「あのねー、学校のテストと受験の勉強を一緒にしないで。学校のテストは赤点とっても補習とか課題で突破出来るけど、受験はそうじゃないんだよ?」
「けん君がしたいことしようか? 少しエッチなものならいいよ?」
「けん君が見ている動画のいくつかなら……ふふっ」
「まず今回の前期試験で全教科80点以上取れてからだから。ここをクリアしなければエッチなことはしないからね~。1つでも取れなかったらこの話は無しだよ~」
「あ~ん」
「あれ、意外」
「いつもは少し嫌がるのに」
「……美味しい」
「ありがと……それで、どんな人を見ていたのかな?」
「ここから見える限りの女性ばっかりだね」
「でしょ? 愛奈と一緒に選んだんだ~♪」
「いや、どうだろ…けん君エッチなことに関しては見境ない感じがする」
「他の女をジロジロと見るのは関心しないね~」
「あぁ、良いところだったのに……」
「何でもない。子供プールの方に行こうか~、とりあえず顔を付ける練習からかな?」
「溺れることが無いから大丈夫だよ。それに泳げないことは何も恥ずかしいことじゃないし」
「そっかー、まぁ最悪浮き輪があるからそれでプカプカしているだけでもいいかもね」
「けん君!? 良かった~~」
「ごめんね! 私がちゃんと見ていれば! ごめんね!」
「でも……私が見ていなかったからけん君溺れていたし」
「なんか私も疲れたから、今日はもう休む」
「今日夜ごはん何がいい?」
「あー、いいね。あとは卵焼きとお味噌汁とかかな」
「私達程じゃないけどね」
「すごいね。本当に当てるとは思わなかった」
「チュッパチャプスってどのくらいあるの?」
「じゃあ40本くらい貰ってもいい?」
「知り合いにそのチュッパチャプスが好きな人がいるの。丁度同じ銘柄だし」
「近く温泉旅館があるから、意外と収益はあるのかもしれないね。温泉旅館の周りは自然が広がっていて、お店もそこまで無いから甘いものを求める人達はここに向かっているのかも」
「私は上げてもいいと思うんだよね。あまり甘いのが好きじゃない人より、好きな人に渡して沢山食べてもらった方が良いと思うの」
「温泉は一緒に行こうね~」
「キャンプの時を思い出すね」
「あの頃はクラスの人と馴染めるか少し不安がっていたよねけん君」
「それ、遠回しに私といるのが疲れるって言ってる?」
「どうする? 混浴する?」
「一緒に入りたいなら入ってもいいよ?」
「え~? けん君が私と入りたいって言うなら仕方ないかな~?」
「この機会を逃したら私と入ることはもう無いだろうしねー、チャンスは今だけ、だよ?」
「……ふふ、正直なのは良いことだね~」
「さぁ~? いつまででしょうね~?」
「嫌なら、けん君から離れればいいんだよ?」
「んっ……」
「そこはぁ、まだぁ、早いかなぁ~」
「あぁ、その顔良い感じだよぉ~」
「えへへ、まだぁ、ダ~メ~」
「楽しみは夜に取っておこう、ね? どこか遊びに行こうか♪」
「この釣りとかどう? 初心者でも簡単に釣れるみたいだよ」
「あぁ……、今回は大丈夫だよ。怖い類じゃないでしょ?」
「じゃあ釣りに行こう~!」
「あ、きた」
「こうして釣りに来るのも楽しいね」
「とりあえず、旅館に戻ってご飯を食べて落ち着こう、ね?」
「……もう少し横になるけど、けん君は温泉行く? 行くなら先に行っていいからね」
「疲れていたんでしょ? それよりも早くチェックアウトしないと……時間ギリギリだよ?」
「その代わり浜辺には行きたいかな~?」
「……海を背景に写真を撮りたいけど……撮ってくれる人はいなさそうだね~」
沢山の記憶が流れ込んでくるように入ってくる。処理が追い付かず、健也は何も言葉を発さず、ただ突っ立っていた
鳴海「健也君? ねぇ、大丈夫?」
健也に話しかけても何も反応が無い。ただ立っているだけで、目の焦点があっていないように見えた。まるで電池切れのおもちゃだ。本当にどうしたのかと身体を揺すってみようかと思うと、突然電池が入ったように動き出す。動いたことに安心した鳴海は健也の顔を見ると、健也は見たことも無いような顔をしていた。
健也「……」
鳴海「……健也君?」
健也「鳴海」
鳴海「え」
いままでさん付けだったのに、突然の呼び捨て。しかしどこか懐かしく感じる
健也「鳴海って姉妹いるのか?」
鳴海「え、なんで」
健也「良いから」
鳴海「私の知っている限りいないはずだよ」
健也「そうだよな」
さっきまでの触れられることに怯えていたのに、鳴海の前髪をかきあげる。
鳴海「な、なにすんの」
突然顔を近づけてきたことにびっくりして、尻もちをついてしまう。この時の鳴海は気付いていなかったが、実は立っているのもギリギリなくらいの体力しかなかった
健也「……すまん、邪魔したな。俺は帰るね」
鳴海「え、あぁ、うん。ありがとうね。お金は?」
健也「愛奈が払ってくれているから安心してくれ。お大事に」
今までと自分を見る目が違う。それくらいしか分からず、健也は鳴海がどうこう言う前に部屋を出て、玄関の開け閉めする音が聞こえた。何が何だか分からなかった鳴海は、ただ「え」と呟くことしか出来なかった。
健也はベッドで横になり、あることを考える。記憶喪失前の鳴海との関係と、今の鳴海との関係を整理していたのだが、やはり不自然な点があった。記憶喪失だから性格が変わっていると言われればそれまでだが、それでも前の方が少し危ないような匂いがするような気がする。あくまで思い出したのは「健也と鳴海」の2人きりの部分が多くて、もしかしたら2人きり以外の記憶が抜け落ちていて見逃しているのかもしれない。
例えば2人きりでいたけど、誰かに話しかけられていた場合、その誰かや会話の内容までは思い出せないとか。それに前までは咳き込んで居たり、耳が聞こえなくなっていたとか言っていたのに、今はそうでもなさそうなところ。更に鳴海の両親については、前と後でも全くと言っていいほど記憶に無いこと。鳴海と関わりが深い人と言ったら保護者の人達が出て来ると思うが、それが全く無いことに疑問を抱く
しかし今一番気になっていることがあった。前の話では鳴海に付いていた額の傷は医者が言うには一生取れないものらしい。だから「責任を取って」と言われた。そこまではいい。
しかし、さっき鳴海の額を確認したが、傷が無かった
一生取れない傷が無くなっている
思い出した記憶では、自分は女性恐怖症になっている様子はなく、記憶喪失になってから女性恐怖症になった。取り戻した記憶で最後に覚えていたのは、鳴海と温泉旅行しに行ったこと。ここでは鳴海と楽しそうにしているし、怖がっている様子も無かった。つまりここまでは女性恐怖症になっていない可能性が高い
どこだ……
鳴海と温泉旅行を終えて、吉良に相談……そうだ、吉良に何かを相談されたんだ。でも何を相談されたんだっけ?
スマホを取り出して吉良に電話をする。遅い時間なのと、用事があると言っていたから出てくれるか結構賭けだったが、出てくれた。
吉良『もしもし』
健也『悪いな遅い時間に。聞きたいことがある』
吉良『何』
健也『吉良さ、前に俺に助けを求めたことがあったよな』
吉良『あったね』
健也『何で助けを求めたんだっけ?』
吉良『……』
健也『吉良?』
吉良『目』
健也『目? もう少し具体的に……』
吉良『目に虫が湧いた』
健也『……あぁ、そうだ。うん、虫が目に出てきたんだよね』
吉良『あのさ、寝る前になんてことを思い出させてくれるのかな? 僕今ので結構機嫌が悪くなったんだけど?』
健也『すまん、大事なことだったんだ』
吉良『理由を言って。理由次第では本当に怒るよ』
健也は吉良に、記憶喪失前の鳴海を思い出したことを話す
吉良『え!? 思い出せたの!』
健也『あぁ』
吉良『どうやって? あーやっぱ言わなくてもいいや、長くなりそうだし。でも良かったね』
健也『なぁ吉良。鳴海ってさ、記憶喪失前と後で大きな違いとか無かったか? 例えば、咳を頻繁にしていたのにしなくなったとか。耳が聞こえていないとか』
吉良『無かった』
健也『無かった?』
吉良『無かった』
健也『……おー、そうか。ありがとうね』
吉良『僕寝るね。お休み』
健也『あぁ、急に悪かったな』
吉良『うん』
通話は途切れた
健也の記憶では、鳴海は咳をしていた。しかし吉良はしていなかったと言っている。やはり取り戻した記憶が「健也と鳴海の2人きりの部分」が多いので、他の第三者の部分の記憶はあやふやなところがまだあるようだ。せめてそこも分かればもっと分かっただろうが……
愛奈の話を思い出す(健也と鳴海の仲を質問した時。中学生35)。
「知らない人が見たら付き合っていると言われたら10人中10人首を縦に振るくらいに仲が良い」
「鳴海から話して、健也がそれに応えて、健也から話して、鳴海がそれに応えてって感じ。特別なことは何もしていなかったと思うけど」
「健也と鳴海が恋人だと、そう噂されていたわねー。鳴海本人から言っていることは聞いたことが無い」
「どんな? 一言で言うなら、気に入らない物は躊躇いなく壊す感じ?」
「言葉通りよ。ああ見えて強引な方法を使う人でもあるかな」
「ふふっ、そうね、貴方が思っている以上に暴れるところはあると思うよ? 私は見たことないけど」
そして自分が女性恐怖症になった原因は鳴海にあるのかと聞いた時に
「………………あー、どうだろう。……私は何も分からないわ」
と返してきた。
あの時は適当に返事をしているのかと思ったが、あながち間違いではないかもしれない。鳴海は健也が女性恐怖症になった原因に関わりがある可能性が高くなった。それが直接的か間接的かは置いておいて、消えないとされていた傷が消えていることや、前後の記憶で性格や行動の変化に気付けたおかげで、全くの無関係ではないことがほぼ確定したと思いたい。
時計を見ると、もう日付が変わっている時間になっていた。これ以上考えても眠れなくなるだけだろうし、今日はもう寝よう。部屋の電気を消して就寝した
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