中学生(35)
愛奈「遅い」
健也「これでも急いだんだぞ。それより何の用だ」
愛奈「部活に付き合ってほしいの。厳密に言うと、私の取材に付き合ってほしい」
健也「はぁー? 突然呼び出して来いと言って、それで取材に付き合え? そんなもの誰が」
愛奈「付き合ってくれたら鳴海のことでいくつか教えてあげるよ? 鳴海が記憶を失う間に、健也のことをどう思っていたとか」
健也「……それは本当か?」
愛奈「私が鳴海から聞いた話をそのまま話すだけだけどね。実際本音か虚言か分からないから」
健也「……」
それは愛奈が適当に思いついたことをペラペラと話すことも十分あり得るということだ。これまでのことから、愛奈は適当なところがあるので、本当のことを言わない可能性もあるが、本当に大切な時は嘘をつくような人ではない。健也はそんな印象を抱いている。
ムカつくところはムカつくけどな
健也「分かった。手伝おう」
愛奈「話が早くて助かるわ。それじゃあ行くわよ」
健也「行くってどこに」
愛奈「付いて来れば分かるわよ」
愛奈に付いていって着いたのは、璃子が通っている学校だ。健也は璃子がどこの学校に通っているのかは生徒手帳を見たときに知ったが、実際に来るのは初めてだ。女子校という事もあり、なんとなく男子が入りづらい空気がある。同じ校舎のはずなのに、なんでこんなに足を入れにくいのだろうか……
愛奈はいつのまにかどうやってか中に入るように手筈をしていたようで、堂々と警備員の横を歩いて通り過ぎる。警備員は健也達を見るも、何もしなかった
健也「おい、これ許可取っているんだろうな」
愛奈「取っているから安心しなさいな」
健也「女子高に男が入るとか問題しかないんじゃないか? 最悪ばれたら退学だってありえるかもしれないし」
愛奈「安心しなさい。ちゃんと許可を取っているから。ほら、とっとと歩く」
健也「うおっと……押すな」
愛奈に押されて着いたのは、校舎裏の方だ。フェンスで囲まれていて、テープが張られており、立ち入り禁止と書かれている。愛奈はそれを気にしないで中に入ろうとすると、健也がそれを止める
健也「おい」
愛奈「許可取っているから」
健也「……俺はここに残る」
愛奈「あら? 良いの?」
健也「学校に入ること自体の許可は取っているんだろう? その中に入る必要は俺にはない」
愛奈「あら、鳴海のことは良いの?」
健也「取材に付き合え、だろ。この中に入ること以外にも手伝える場所はあるだろうし。それともなに、俺も入れって言うの?」
愛奈「あらあら、鳴海のことは良いんだ? ふーん」
健也「別に、それでお前が言わなかったら、その程度の奴だった。それだけだ」
愛奈「随分と強気になっているじゃない」
健也「調べたいのなら早く行ってこい」
愛奈「はいはい」
愛奈は健也を置いていって、立ち入り禁止の中に入って行く。健也は外で待つことになったわけだが、正直気まずかった。女子校という男子禁制の場にいることのルールを破っている緊張感、もし愛奈の言う許可を取っているが嘘だったら自分が危ない状況にいる緊張感、もし誰かに大声を上げられて追いかけまわされるようなことになったらどうしようという緊張感が混ざり、心臓がバクバクとなっている。
健也「……暇だな」
緊張感はあるが、それでも暇なものは暇だ。スマホで時間を潰そうかと思ったが、すぐに逃げることになるようなことが起きた場合、スマホを見てしまうと数秒かかって逃げ遅れることも十分あり得る。地の利は相手にあり、人数不利もあるので、ここでは健也が圧倒的に不利だ。いつでも逃げ出せる準備をするために、屈伸や足のストレッチを軽く始める
女子高に来ている男子が、なぜかストレッチをしている。不審者にしか見えないだろう。幸いなことに、まだ健也は誰かに見つかっていないようで、愛奈を待っているが、その愛奈が中々出てこない
健也「おっせーな」
メールをしても返信無し、着信をすれば出ない。声を何回かかけて見るも、全くの反応なし。取材に付き合えとは? まさかここに置いて時間稼ぎをするつもりだろうか? わざわざ調べたいところのすぐそばに囮を置くのか? とてもそんなことをするとは思えないが……、裏を突いて敢えてそうしているのかもしれない
健也「……」
時計を見ると20分経過している。いくらなんでも遅すぎる。校舎裏ってそんなに広いのか? でも1人で注意深く何かを探すとしたら……これくらいはかかりそうだな。もう少し待ってみよう
30分経過
これまで誰にも見つかっていない。これはこれで奇跡だが、それよりも愛奈が出てくる気配がない。流石に我慢できずに声を掛ける(スマホを使っても連絡出来ないため)。
健也「愛奈―? まだー? おーい?」
……
…………
返事がない。もしや本格的に何かあったのでは?
健也「入るか? えーでもなー」
あんなことを言った手前、自分から入るのは何か負けた気がする。しかし悪戯で30分以上も無言でいるものだろうか…、愛奈ならやりそうでもあるので、まだ判断が出来ない。だがもし本当に声を出せない、連絡をすることすら出来ない危険な状況になっているとしたら? そんなことはないと思いたいが、実際自分が記憶喪失になっている以上、否定することが出来ない。なんで自分が記憶喪失になったかすら覚えていないのだ。
健也「……仕方ないか」
止むを得ない。ここで怒られたら、その時は全力で謝ろう。下手したら進学に関わるが、記憶喪失みたいな状況になっていたらそれどころではない。テープが張られているギリギリのところまで近づくが、足踏みをしてしまう。気持ちは固めたつもりだが、中々身体が動かない。やはり、心のどこかで不安があるのだろう
健也「…よし」
足を踏みいれようとしたら、声を掛けられた
???「君、何しているの? そこは立ち入り禁止だよ?」
健也「え」
声が聞こえた方を振り向くと、そこには1人の女子生徒がいた
女子生徒「何をしているの?」
健也「えっと……何もしていないです」
女子生徒「そう………」
それきり女子生徒は立っている場所から動かなくなる。ただ黙って健也を見ている。健也はその視線に居心地が悪くなり、足をテープが張られている場所から遠ざけると、女子生徒は
女子生徒「……君さ、良くない物が取り憑いているね」
健也「え」
女子生徒「私には分かるんだ。君は呪われている」
健也「えっと……」
女子生徒「じゃあね」
女子生徒はそのまま来た道を引き返してどこかに行ってしまった
健也「何だったんだ……」
女子高にいる女子とはこういう人たちばかりなのだろうか? 初めて女子高に来ている緊張も相まってか、普通はそうではないだろうと思えることも、実は本当なのではないかと思えてきてしまう
健也「愛奈、愛奈、愛奈早くしてくれ」
立ち入り禁止となっている方を見て、心底愛奈が戻って来いと念じると
???「きゃっ!」
健也「うおっ!」
突然目の前に愛奈が出てきた。比喩ではなく、透明人間がいきなり姿を現したような感じで愛奈は出現し、尻もちをついている。衣服はかなり乱れており、所々泥が付いている
健也「愛奈!? 良かった、もう心配……」
愛奈「……」
健也「愛奈?」
愛奈が何か思うような顔付きで、テープが張られているところを見ている。それを見て溜息をつくと、健也を見ている。顔にも少し泥が付いていたので、持っていたティッシュを愛奈に渡すと、愛奈は何も言わないでそれを取って顔に付いていた泥を拭き取った。
愛奈「……ありがとう」
健也「遅かったな。何をしていたの」
愛奈「取材よ」
健也「満足できたか?」
愛奈「どうしたの、そんなにプルプルと」
健也「どう考えても今のおかしいだろ。愛奈、どこから湧いてきた?」
愛奈「あなたが念じたからじゃないの?」
健也「は?」
愛奈「私の名前をあんなに真剣に呼んでまぁ……見つかったら私も怒られそうね」
健也「何の話をしているんだ。気味が悪いぞ」
愛奈「そうね。この世は気味が悪い物ばかりだ……っ!」
健也「?」
愛奈「健也、全力で走るわよ!」
健也「え?」
何が何だか分からないで愛奈の顔を見ていると、愛奈はとても焦ったように額に汗を滲ませて、健也の腕を掴み全速力で走り始めた。わけが分からず、抵抗しようとしたが、愛奈の握力は想像を絶する握力で押さえつけられ、まったく抵抗することが出来ない。しかも、珍しく本当に焦っているようだ
健也「何なんだよ! なんでそんなに焦っているんだよ!」
愛奈「戻れたら教えてあげるわ!」
愛奈に掴まれているので、健也も付いていかざるを得ない。もうすぐ校門を出るところで、後ろから「ニャーン」と聞こえる。振り返ろうとしたが、愛奈が更に強い力でグイッと引っ張ったので、振り返ることが出来ずそのまま校門の外に出る。外に出ても、走る速さを遅くするどころか、逆に速くなっていた。口で文句をいう余裕もなく、大人しく走りついていくことしか出来なかった
愛奈「はぁ……はぁ……」
健也「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
学校から離れて10分程度走った。近くには自動販売機が置いてあり、そこで飲み物を買う。自動販売機では、大体ジュースを買うのだが、今はスポーツドリンクを購入して、すぐに蓋を開けてゴクゴクと勢いよく飲む。容器の半分くらいが一瞬で健也の胃の中に吸い込まれた
健也「はぁ……はぁ……それで……はぁ……一体何であんなに焦っていたんだよ」
愛奈「……ふー」
健也は全速力で走り抜けて、体中が悲鳴を上げているというのに、愛奈はそこまで疲れていないようで、あまり息が乱れていない。愛奈に掴まれた腕を見ると、少し痣になっていた。
こいつ……どのくらい握力と体力があるんだ……
愛奈は健也の持っているペットボトルを指さすと、健也は持っていたペットボトルを愛奈に渡す。愛奈は間接キスを全く気にする様子はなく、残りの半分を飲み切った。
愛奈「健也さ、誰かと会った?」
健也「え、あぁ、1人会ったよ」
愛奈「話しかけられた?」
健也「うん」
愛奈「返事をした?」
健也「したな」
愛奈「……それ女子だった?」
健也「うん」
愛奈「どんな人?」
健也がさっきの女子生徒の容姿を説明し、「呪われている」と言われたことも話すと、愛奈は健也の目の前だと言うのに思いっきり舌打ちをする。女子の舌打ちを聞き慣れていないのと、口が悪くなる時があるとはいえ、愛奈が舌打ちをしているところをほとんど見たことがない健也にとっては、自分は何も悪いことをしていないのに、悪いことがばれたときのような感じにドキッと心臓が締め付けられるような感触を覚える。
愛奈「健也の方に出たのかー。はぁ……」
落ち込み始めた
何だ? あんなに必死に走ったという事はそれなりに危険なことをしていたと思うのに、落ち込みやがって……
愛奈「……まぁ、うん、でも、うん、良いか。今この場でなら報酬の鳴海について私が知っていることは教えるけど。ここと今以外じゃ話す気はないよ」
健也「……」
愛奈「納得していないって顔ね。どうしたの?」
健也「本当にこれって取材なのか? 犯罪をしているわけじゃないだろうな?」
愛奈「許可は取っているわよ。それに仮に何か問題が起きたら、全部私の所為にしていいから」
健也「言ったな? 俺は本当に全部お前のせいにするぞ? 本当に良いのか?」
愛奈「良いって言っているでしょ?」
こいつ……いったい何を企んでいるんだが……。受験前にそんな問題を起こすようなことをして……推薦ではなく試験で受験をするとしても、もし犯罪者になったらそれどころではないだろうに……
よく分からないが危ない橋を渡った実感があった。これ以上は愛奈の取材に付き合う気がしない。ここで去ろうとも思ったが、愛奈が知っている記憶喪失前の鳴海を聞いて、心のモヤモヤを晴らすチャンスを逃すのもなと思ってしまう。ここで聞いても大抵が頭の中に残らないような気がするが、それでも聞かないのももったいないかという思いが強く
健也「じゃあ鳴海さんのことを教えてもらおうか」
愛奈「何を知りたいの」
健也「……俺と鳴海さんはどれくらい仲が良かったのか」
愛奈「知らない人が見たら付き合っていると言われたら10人中10人首を縦に振るくらいに仲が良い」
健也「そこまでなのか……」
冗談か? 冗談にしては……
愛奈「それだけ?」
健也「普段どんなことをしていたんだ? 俺と鳴海さんは」
愛奈「鳴海から話して、健也がそれに応えて、健也から話して、鳴海がそれに応えてって感じ。特別なことは何もしていなかったと思うけど」
健也「……」
ふーむ……結構話している感じなのか
健也「俺と鳴海さんは恋人だったってこと?」
愛奈「そう噂されていたわねー」
健也「噂……鳴海さん本人からは?」
愛奈「さぁ、私は聞いたこと無いかな」
噂……そういえば吉良もそんなことを言っていたような……。恋人かどうかはともかく、かなり近い距離感であったことは間違いなさそうだ
愛奈「他には?」
健也「鳴海さんってどんな人だったの?」
愛奈「どんな? 一言で言うなら、気に入らない物は躊躇いなく壊す感じ?」
健也「え、何それ」
愛奈「言葉通りよ。ああ見えて強引な方法を使う人でもあるかな」
健也「そうは見えないけど」
愛奈「その時の記憶があやふやなのと、今の鳴海も記憶が無いから猶更そう見えるんだろ」
健也「何、もしかして結構暴れるような人だったの?」
健也がそう聞くと、愛奈はきょとんとした顔をして大笑いし始めた
愛奈「ふふっ、そうね、貴方が思っている以上に暴れるところはあると思うよ? 私は見たことないけど」
健也「何で笑った?」
愛奈「いや、そういう質問はしてくるとは思わなくて」
健也「どんな質問をしてくると思ったの?」
愛奈「それは教えないー。あと1つね、これでも大分答えているし」
健也「え、じゃあ……そうだな……。もしかして俺が女性恐怖症になっているのって、鳴海さんが原因?」
愛奈「………………あー、どうだろう」
愛奈はさっきの大笑いから、学校から脱出するとき並みに真剣な表情になっている
健也「どうなの?」
愛奈「……私は何も分からないわ」
健也「そうか……」
記憶喪失後に女性恐怖症になっているということは、喪失前に女性に何かされたのではないかと思った。そして、その可能性があるとしたらまだ抵抗感が少ない鳴海・愛奈・璃子の3人の誰かなのかもしれないという線を思いついたのだが、その線はまだ消えたわけじゃないがはっきりとしたわけでもない。消しゴムで消しても、線がほんのうっすらと書かれているような感じだ。
そもそも璃子は吉良達の話だと記憶喪失後に知り合っていることになっているが、それが確定したとは時期尚早だろう。記憶喪失前に実は会っているが、健也も吉良達も見落としていた可能性も十分ある
愛奈「取材サンキューね。じゃあまた学校で」
健也「おう、じゃあな」
愛奈「うん」
愛奈は健也を置いて帰って行った
健也「あ、なんであんなに焦っていたのか聞きそびれた」
取材がバレたから全力疾走したとしても、誰かの声も聞こえなかったし、足跡も自分達2人のものしか聞こえなかった。聞こえたのは猫の鳴き声くらいだ。それにバレたら自分に責任を全て擦り付けても良いと言う当たり、随分思い切りが良い。それだけの危険を冒してまで、知りたいことがあったのだろうか?
健也「知ったことねぇな。俺も帰ろう」
知りたいこと(鳴海について)は、大体聞くことが出来たし、これは愛奈の取材。何かあったとしても愛奈に擦り付けようと決めた健也は、家に向かって汗が引いて冷えた身体を動かしながら足を動かした
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