第78話 世界は俺に恐怖する。俺が神になる時が来たんだ。
「いい加減認めないか?」
ロンは呆れたように目の前の男につぶやく。
あの凄惨な殺人事件から1日たった今日、騎士たちが駐在する館にて、ロンの向かい側に座る殺人鬼は容疑を否認していた。
「だから! 俺はなにもしてないんです! どこかに縛られたと思ったら! 唐突に痛みを感じてここに……」
はあ、男の弁明にロンはため息をつき、座りながら机の上にある羊皮紙に目を落とす。
「しかしな、ダグタ。きみが殺人を起こしたのは間違いない、いま君が来ている服を見てみろ」
殺人者ダクタは自身の服に目を向けた、平民がよく着るような、どこにでもある仕立て屋が仕立てた平凡な服にべっとりと血痕がついていた。
「その血痕が何よりの証拠ではないか?」
「ちがっ──! これは気づいたらできていて──!」
「あと君は冒険者のようだな事件の当日、パーティメンバーと討伐の仕事を請け負っていた。それをほっぽいといてあの路地裏でなにをしていたんだ?」
ロンの鋭い眼光に射抜かれたダクタは、しかし怯える様子はない。それにロンは違和感を感じたが何よりも驚いたのは次の一言だった。
「路地裏……?」
勘弁してくれ、しらを切るにしては何というお粗末さなのだろうか、呆れたロンは事情聴取することすら馬鹿馬鹿しく感じてしまっていた。
アリバイもない目撃者もいる、被害者がかろうじてつけた抵抗の傷もこのダクタの手首や、クビにあるのだ。
言い逃れはできない、もう少しマシな言い訳はできないのか。
「まあ良い貴様は──」
そうロンが言いかけた瞬間だった。
「テメェ!! もう一回ぶっ飛ばしてやる!」
事情聴取のために貸し切っていた部屋の扉が突如として空き、怒声と共にドンキホーテが入ってきた。
「ひぃぃ!!」
その怒声に、慄いたダクタはなすすべもなくドンキホーテに胸ぐらをつかまれる。
「よせエヴァ!! レイレイ!!」
その呼び声に呼応するかのように遅れてレーデンスが、入ってくる。
「申し訳ありません!」
勢いに任せ再びダクタを半殺しにしかねないドンキホーテをレーデンスは肩をホールドし抑える。
「すみません! 現状を少し説明したらこんなことに!」
「構わん予想通りだ」
謝るレーデンスにロンは焦りもせずそう言う。どのみち今回の事件をドンキホーテに説明するとなればこうなることは予想ができていた。
なにせ、友人を貶されたからと言って先達の騎士をぶん殴るような男だ。
ロンは思考を切り替える。逆に都合がいいと。
「ドンキホーテちょうどいい、こいつは……まぁどうせ罪の重さは変わらないが、一応、事件の犯人を取り押さえたものの意見を聞いておきたい。事後報告も兼ねてな」
「ロンさん、こいつは……!」
「落ち着けエヴァ、わかっている、こいつが凶悪な犯人であることは間違いない」
「誤解です!」
弁明するダクタに「黙っていろ」とロンは釘を刺した。
そしてやがて落ち着きを取り戻したドンキホーテは事件の内容を語り出す。
まず、凶器で被害者を何度も刺していたということそして、それを、止めるべく自分は剣を抜いたことそして何よりも、
「お、俺が、貴方を殺すと?!」
「ああ、間違いねぇ、お前は確かに俺に対して殺すと告げた、まさか覚えてねぇのか?」
そう確かにドンキホーテの記憶の中ではダクタは言ったのだ。お前を殺してやると。
またシラを切る気かと拳を握りしめるドンキホーテにダクタ身をこわばらせる。
だがしかしそんなことはあり得ないとでもいうかのようにダクタ言い続けた。
「そ、そんな、あんたみたいな騎士に!? か、勝てるわけないでしょ!!」
「それは勝てるなら殺すって意味かい?」
「ひっ!」
キレかけるドンキホーテに恐怖するダクタ。それを見かねてレーデンスは、一言肩に手を置いて言った。
「落ち着け、ドンキホーテ。もうわかっただろうこいつは自己中心的なやつでどうしようもない奴なのだ」
だからお前が怒ってもしょうがない。それはお前のためにならないと。
「そうだな……」
ドンキホーテはそう理解したのか肩の力を抜く。そしてそのまま、
「悪いなレーデンス」
ドゴと、重い音がダクタの耳に響く。
ダクタは殴られたのだドンキホーテに。
「馬鹿者!」
ロンの怒声が響き渡った。しかしドンキホーテは止まらない。
「ひぃぃぃ!!」
殴られ泣き叫ぶダクタに追い討ちをかけようとドンキホーテが迫る。このまま殺してしまいそうな気迫を纏ったドンキホーテをレーデンスは必死に拘束する。
「まて落ち着け! ドンキホーテ!!」
しかしそのレーデンスの呼びかけもドンキホーテには届かない。
「テメェはそうやって! テメェが殺したあの人のことも忘れたふりすんのか!! このクズが!!」
そう叫びついにドンキホーテはレーデンスの制止を振り解き、再びダクタに殴りかかろうとした瞬間。
ドンキホーテの顔面に蹴りが突き刺さった。
蹴りの衝撃で壁に叩きつけられたドンキホーテは気を失いはしなかったものの口から身体中の空気が抜き出た。
咳をするドンキホーテに蹴りを放った張本人であるロンは言う。
「少しは頭を冷やせ、ドンキーホーテ。気持ちはわかる、しかし無抵抗のものを傷つけるような奴は騎士とは言えん」
そう言ってロンはドンキホーテを見下した。
「もう……しわけありません」
バツが悪そうにそういうドンキホーテに「わかったならよろしい」とロンは手を差し伸べた。
なんとかなったなと胸を撫で下ろしたレーデンスはダクタを無理矢理立たせる。
「や、やべてください!」
と抵抗するダクタを無理やり椅子に座らせたレーデンスはふと疑問に思った。それをレーデンスはダクタにぶつける。
「貴様なぜ、そんなシラを切るくせにあんな発見されそうなところで犯行に及んだ? まるで計画性がないな、というか被害者の女性とはどういう関係なのだ?」
だが、こんな事を言うのもおかしなことかとレーデンスは思い直す。衝動的な殺人もありうるのだ。
だがそれに対するダクタの返答はレーデンスの想像だにしなかった。
「女性?」
「おい、まてお前、被害者の性別すら──」
レーデンスが驚愕するのと同時に、慌ただしい。足音が聞こえた。
「ロン副団長! 大変です!」
足音の主が部屋に押し入った衛兵の装いのその男は告げる。
「殺人事件がまた発生しました! 犯人が建物に立てこもっています!」
───────────────
悲鳴と怒声が響き渡る大通りに面した、王都の住居区画のとある一軒家に、男はいた。
「時間切れだ」
そう言って男は二階の寝室血まみれの床の上に恐怖にと縄で行動を抑制されたこの部屋の住民に目を向けた。
男二人に、女二人、父と母、兄と妹といったところだろうか。
「喜べお前ら、お前の爺さん婆さんと同じところに送ってやるよ」
男の冷徹な声に家族は身を寄せる、娘は母の胸に顔をうずめ目の前の光景から目を逸らす。目の前の首のない老人の死体から。
「ああ、そういえばこの肉の塊も邪魔だったな」
男は老人の死体をかつぎベランダに出、冷たくなった頭のない老人を投げ捨てた。下からは悲鳴が上がる。
「キャアぁぁぁ!!」
「また死体が落ちてきたぞ!」
ベランダ越しに見えるのは狼狽える民衆と、それに囲まれる生首と体、血の海だ。
心地良いと男は思った男は思った。
間違いなくこの場を、支配しているのは自分だ、この叫びも恐怖も、怒りも悲しみも自分が生み出したものだ。
それが何とも心地良い。世界の中心は俺だ。
男は酔っていた。酒は好きではなかったが、酒以上に深く、そして、酒のように不快感のないこの高揚感を感じたことは生まれて初めてだった。
「騎士団がきたぞ!!」
民衆の中の誰かかまそう叫ぶ。
やっとかと、男は民衆の視線の先にいる、迫り来る騎士を見た。
ああ、運がいい奴がいる。
──────────────
「皆のものどいてくれ! これより先はわれわれが指揮する。」
ロンの声が響き渡る。集まった住民が道を開けロンとレーデンスはその道を通り事件現場の最前へ出来るだけ代表者らしく民の前に出て、兎にも角にもまずは交渉なり何なりをしなくてはならない。
「ドンキホーテ! レーデンス! わたしから離れるなよ」
「はい!」
ロンの指示に応えたのはレーデンスだけだ。ロンはドンキホーテに視線を向ける。するとドンキホーテは黙ってベランダにいる男を見上げていた。
彼はただ驚きを隠さず立ち尽くし見上げていたのだ。
「ドンキホーテ、おい──!」
ロンが何を言ったのか理解できなかった。ただ声は遠くなりドンキホーテの主観ではもはやベランダにいる犯人と、自分しかいないように感じられた。
「何で……」
ドンキホーテは思わず口から漏らす、驚きと落胆を。
「何であんたが! カールランド!」
ベランダに佇む男はドンキホーテに微笑んだ。
「そうかこいつは、カールランドっていうのか」
男は笑いながら、ドンキホーテの元パーティメンバーの名を口にした。
ここまで呼んでいただいてありがとうございます!
もし
面白いな、だとか
応援したいな
と感じてくださいましたら
下にある[☆☆☆☆☆]マークをタッチして。
[★★★★★]にしていただけるとモチベーションにつながります!
どうかよろしくお願いいたします!
そしてよろしければいいねの方もよろしくお願いします!