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第七四話その後、とある少年が描く日記②

「ろぉらぁんくぅん! あそぼーぜぇ!!」


 雪景色に感動しているところを奴の声が邪魔をする。ロランは体から力が脱力するのを感じ、チラリと窓の外を見た。

 ロランの予想通りやはりアイツはいた。

 白銀の雪の上にいる、ソイツは見慣れた間抜けヅラを晒しながら、ロランの名前を叫んでいた。

 その顔に、安心感を覚える自分に少々の奇妙さをロランは窓を開けて叫ぶ。


「ドンキホーテ! うるさい!!」


 ロランの悪態めいたツッコミに気づいたドンキホーテは、声のした方向に向くとニヤリと笑った。


「よぉ!! 寝坊してるかと思ってな!!」


 そんなわけあるか、心の中でそう思いながらロランは叫び返した。


「そこで待ってなよ! 今行くから!」


 急いで部屋を飛び出したロランは屋敷の広い廊下を走り抜け、階段を駆け降りる玄関の前に到着したロランは急いでドアを開けようとした。


「おぼっちゃま!」


 聞き慣れた声にロランのドアを開ける手は止まる。

 振り返ると、そこにいたのは執事のフレドだった。フレドはニコリと笑うと優しい口調で、


「楽しんでらっしゃいませ」


 とだけ声をかけた。

 その言葉をかけられたせいか不意に自分の口元が綻びていることを気がついたロランは、こほんと咳払いをし、いつもの子生意気な表情を取り繕う。


「行ってきます」


 ロランはそう言ってドアを開けた。


 ─────────────────────────


 ザクザクと雪を鳴らし、ロランは歩く、その隣にはもう聞き慣れた。うるさい声の主が未だに無駄話をしていた。


「──でさ、つい殴っちまったんだよ、イラッときちまってさ、で……おいロラン聞いてるか?」


 ロランはため息をつく。


「それ、レーデンスから手紙で教えてもらった。先輩の騎士を殴ったんでしょ? 授任式のときに」

「そうそう嫌なやつだった」

「全く、君……遍歴の騎士って言う閑職の受任式じゃなかったら首が飛んでたよ」


 しかしドンキホーテは悪びれる様子もなく言い返した。


「戦友の悪口を言われて、怒らない奴は英雄なんてなら慣れねえだろ?」


 はぁ、ロランはまたため息をついた。ドンキホーテが殴った先輩の騎士とやらはどうやら、ロランのことと、そしてレーデンスのことを侮辱したらしい。

 例の花クジラの事件のあと個人的に親交のあったロランとドンキホーテ達は一部の騎士たちからあまり評判がよろしくなかったようだ。

 どうせ貴族のお気に入りで、騎士にしてもらえただとか、オークの癖にだとか、閑職といえどそれなりにプライドの高い者たちが集まるのが騎士という職業、そのような陰口も叩かれるのは必然であったと言っても過言ではない。

 だが、ドンキホーテにとってそれは我慢ならなかったようだ。受任式で陰口を叩いていた張本人の騎士を殴ってしまった。

 それも、その騎士はなかなかのベテランの騎士だったらしく、新任の騎士たちの肩を剣の平で叩き洗礼の役割を任されていた者だったのだから尚更まずいことになった。

 結局、ドンキホーテはその場で、


「こいつは俺の友人を罵倒した、それも公の前で、名誉を重んじる騎士ならば殴られた意味も理解できよう」


 といかにも騎士道物語に影響された台詞を吐き散らかし自らを正当化した。

 だがなぜかその言葉に琴線に触れたお偉い方がいたのか、しばらくの間、騎士の仕事それも雑用中の雑用をする事で、許してもらえることになったらしい。

 全く、今思い出しても頭が痛む、とロランは頭を抱える。


「君が殴って大丈夫だったの? その先輩の騎士様は? 君、全世界の戦士たちの一週間分の経験を自分のものにしたんでしょ?

 とてつもない力が出たはずだよね?」


 ロランの疑問にドンキホーテは首を横に振る。


「いやぁ? なんかあの時みたいな力が全然出なくてな……なんでだろうな?」


 そう言ってドンキホーテは空に向かって右ストレートを繰り出した。

 ボッという、風切りの音が聞こえると同時にザリザリと拳が空を切る衝撃で、地面の雪が削れていく。


「な? 全然だろ?」

「いや、どこが……?」


 疑問を呈するロランに対してドンキホーテは「全然違う!」と熱弁し、


「あの時だったら、雪の下の土も抉り取れてたぜ!」


「えぇ……」と若干の引き気味なロランはこの男の衝動的な性格に、若干の恐怖を覚えた。

 なぜこんな短期な男にこんな力があるのか、いやこんな短期だから無謀な、勇気のある(蛮勇ともいう)戦士になるのだろうなと納得をしつつ、目の前に停車してある馬車に乗り込んだ。

 ドンキホーテもそんな恐ろしき拳の威力の雑談を中止し、馬車の御者に挨拶しながらロランの席の隣に乗り込む。


「レーデンスは、先にマリアさんたちと行ってる。目的地まで二人で楽しくおしゃべりだ」


 快活にそうのたまう単純な男にロランは、ため息をつきながら言った。


「君がなんで弱体化したのかわかったよ……」

「え……まじかよ! ロラン、やっぱお前天才だな!」


 褒め言葉に、意にも返さずロランは言い放つ。


「君、忘れたんだよ、経験したことを。なにせ単純な脳みそだからね」

「な……! どういう意味だお前!」


「そういう意味だ」とロランは返した。

「可愛くねぇやつ」ドンキホーテはそうぼやいた。



 ─────────────────────────


 美しい薄い氷のはった湖に一台の馬車が停車している。馬車の近くには、車椅子に乗った女性と、その車椅子の取手を握る男性。そして赤茶色の新品のマントをたなびかせる、オークの騎士がいた。

 不意にもう一台別の馬車が近づく音に気がついた。オークの騎士は、湖の鑑賞をやめ音のする方に振り向く。


「やっときたか」


 オークの騎士レーデンスは、顔を少し綻ばせながら近づいてくる馬車を見る。

 やがてその馬車は、同じく先に停まっていた馬車の隣に停まった。

 遅れてやってきた馬車の扉は勢いよく開かれる。


「Fooooo! さっむ! やべえなここ!!」


 騒がしく飛び出してきたのは、ドンキホーテだった。後ろから頭を抱えながらロランがついてくる。


「悪りぃ、待たせたな! なんか油断してたら軽い渋滞にハマってな!」


 ドンキホーテは、平謝りをするも、隣に寄ったロランは気に入らなかったのか。


「だから!! 食べ物なんて途中で買わなきゃよかったんだ!」


 と苛立ちをドンキホーテにぶつける。


「うるせぇなぁ。しょうがねぇだろロラン! 弁当作り忘れたんだから!」

「君が! お弁当係をやるって! いったから! まかせたのに! なんで作ってないんだ!」


 怒るロランに、まぁまぁとレーデンスは嗜める。すると後ろから透き通るような声がドンキホーテたちに投げかけられる。


「お待ちしておりました……! ドンキホーテ君、ロラン君……!」


 レーデンスの後ろから車椅子に乗ったマリアとそれを押すザカルが近づいてくる。

 ザカルは気まずそうに目を伏せ、車椅子の取手に視線を向けている。無理もない命のやり取りをしていた仲なのだ。

 対照的にマリアは、ニコニコとドンキーホーテ達に向かって笑みを投げかける。


「よう! 調子はどうだ? マリアさん! それとザカル!」


 気不味い沈黙が流れる前に、間をとりもったのはドンキーホーテだった。


「ええ! 夫と、レーデンスさんが気を使ってくれて」


 と嬉しそうにいうマリア、しかしザカルはやはり何も言わない。


「へへ! まあマリアさんが元気なら大丈夫か!」


 ドンキーホーテはそういうと、馬車から荷物を取り出す。それは大きな釣竿がはみ出した鞄だった。

 身の丈ほどもあるのではないだろうかというその鞄を軽々と彼は背負うと屈託のない笑顔でこう言った。


「じゃあまずは! 昼食の調達でもするか!」


 ロランはまた、「はぁ」とため息を吐く。


「まさか……とは思うけど、釣りをするの?」

「そうだぜ? ほら三人分の釣竿がある!」


 ロランは青筋を浮かべながら、ドンキーホーテに問いかける。


「待ってくれ、釣りをするにしてはなんか、鞄が異常に大きくないかい? というかなぜそんな荷物の用意を?」

「ああ、これか? キャンプ道具と釣り道具だ! 後は……」


 そう言って、再び馬車の荷台から、ドンキーホーテは何かを取り出す。今度は簡素な直方体の箱だ、彼の両手にちょうど収まるぐらいの大きさがある。

 それを取り出した後ドンキーホーテは馬車の御者に、予定通りに近くの村で待機するようにお願いをした。

 2人の馬車の御者の片方が「では、お約束の時間になったら来ます」と言い馬車を走らせた。馬車の出発を見届けた後、ドンキホーテはロランとマリア達に振り向き箱の中身を開けた。


「そう、これを忘れるところだったぜ! カードゲームだ!!」

「それだけ用意して、肝心の弁当を忘れたのか……」


 静かに怒るロランにドンキホーテは「すまん」と謝る。


「まあまあ、いいじゃないか結局、食べ物も買ってこれたのだし」


 レーデンスは苦笑いを浮かべながらロランを諭す。だが逆にそれがロランを苛立させた。


「全く! レーデンスはドンキホーテを甘やかしすぎだよ!」


 怒るロランにドンキホーテは不敵に笑みを浮かべながら言う。


「やべ、怒らせた!」


 そう言って大袈裟に、大股で跳ねるように走るドンキホーテ、まだ怒り足りないと言わんばかりに追いかけるロラン、「あ! ま、待ってくれ」とついでに走り出したレーデンス。

 なんとも騒がしいと、ザカルは思った。そして同時に何故か懐かしいとも思う自身もいることを感じ取った。ザカルはそれが不可解だった。


 ──なぜ懐かしいなどと……


 ふと自身の押す車椅子に乗る女性を見た。己の愛する女性を彼女は……笑っていた。

 口に手を押さえて、笑っていた。

 ああ、そういえば、そうか、嫌でもそんな言葉が頭に溢れる。ザカルは思い出した、思い出さざるを得なかった。


「久しぶりに君の笑顔を見たな……」

「え……?」


 マリアは唐突なザカルの言葉に一瞬驚いた物の、ニコリと微笑みをザカルに夫に投げかけた後、言った。


「ザカル様も楽しみましょう?」


 どこまでも前向きで雪のように美しい恋人の言葉がちくりと胸の痛みに変わる。やがてその痛みは耐え難い虚無感に変わる確信がザカルにはあった。

 だからこそ彼は、


「……難しいな」


 そうとしか言えなかった。

 するとマリアは何か思い立ったのか自分の力で車椅子の車両を回し始めた。

 驚くザカルは、思わず手を貸そうするが、手を貸す暇もなく車椅子は反転しちょうどマリアがザカルに向き合う形となった。

 そのままマリアは万力の力を込めて立ちあがろうとする。

 驚きを隠せないザカルは思わず半歩踏み出す。しかし、


「待って……ください……!」


 そう言ったマリアに、釘が刺されたように動けなくなってしまう。

 いや、だが、しかし、大丈夫なはずがないのだ。そんな言葉がザカルの頭の中に反響する。それでもマリアは立ち上がろうとする。

 無理だ、無理に決まっているそうだ今から手を、取って……。


「大丈夫」


 再びザカルは、その言葉で無意識に体が止まる、でも、と言いかけたその時だった。

 マリアが車椅子から手を離した。

 立ったのだ自力で。

 震える足で、溶けて消えそうな命を抱えて立ち上がったのだ。


「ほらね……大丈夫でしょう?」


 大丈夫、なわけがない、今度こそザカルはマリアを抱きとめる。恋人が崩れ落ちないように。


「……無茶をしないでくれ」

「無茶じゃないですよ」


 マリアはザカルに寄りかかり強く抱きしめ、空を仰ぐちょうど、夫の顔と美しい灰色の空が目の前に広がった。


「こんなに素敵なんですもの……この景色が、これを見るためなら、あの程度ことなんの苦でもないです」

「……そうか」

「それに……私は嬉しい」

「……何がだい?」

「貴方とこの時、この場所に来られたこと、ずっと……私の運命が決まったあの日からずっと、貴方とここに来て雪を見たいと思っていたの」


 ザカルはその言葉にただ黙る、雪を見たい、だがそれは貴女がもうこの世から去るから、だから君はそうやって目に焼き付けようとするのではないか。


「僕は、僕は……受け入れられない」


 押し殺していた感情が、ザカルの思いが結露する。


「君のいない世界なんて僕は愛せない……だから──」


 だから、君と一緒に、いつまでも、口から感情が溢れ出した気がした。

 ただただ、言葉として固まらなかった思いが目から溢れ出し、口からは息が漏れ出るだけだ。ただの空気の塊となった言葉が口から溢れ続けるその時、


「ザカル」


 ザカルはマリアに抱き締められた。


「私はね、消えないの」

「いや君はいなくなる」

「消えないわ、私は本当に永遠になるの。この雪と共にね」

「それは──」

「貴方はきっとこれから雪が降る度に、私を思い出すの、私が貴方を愛していたことも」

「そんなの残酷すぎる」

「そうね……でもね私は、貴方に覚えていてほしいの」

「忘れるものか君のことを……」

「私だけじゃない」


 じっとマリアに見つめられた、ザカルは思わず顔を背けた。彼女の純粋なその瞳に映る自分が弱く醜い男に見えたからだ。


「貴方は、たった1人ちっぽけな人間のために世界すら変えようとした人だった。私を幸せにしてくれようとした」

「……それは僕のエゴだ」

「だからこそよ」


 白い雪のような彼女ははっきりと彼を見つめ言う。


「覚えていて、貴方はね、間違っていた部分もあるけど、それでも、私の幸福のために変えてくれたの、昔は世界を、そして今は私のために……私の願いのために自分を」

「そんなの……当たり前のことをなんだ君を愛しているからその程度のこと……!」


 マリアは目を閉じて言った


「そう言える貴方は、世界で一番素敵よ」


 ザカルは思わず閉口する、顔も熱い、手が震える。そんな夫を可笑しさと愛おしさを感じたマリアはさらに続けた。


「だから忘れないで、貴方はひとりの人間をどこまでも全力で愛してくれようとしてくれた人だと言うことを、だから貴方はあの……時の牢獄から出るべきだったの」

「……僕は……っ!」

「私は貴方が、世界で一番好き」

「僕は……! 僕も……っ」

「だから貴方は自由になって……それが私の今の願い」


 ザカルはマリアを強く抱きしめた、もはや心は声に変えられずただ彼女の温もりを感じながら泣くことしか今のザカルにはできなかった。


「おーい! ふとりとも…」


 キャンプの準備ができたドンキホーテはザカルとマリアを呼ぼうとするも、ただ雪が降るなか抱きしめ合う2人を眺め呼ぶのをやめた。

 そしてただヘラリと笑った。



 ────



 あの日見た、雪を恐らく僕たちは忘れないだろう。真の意味で和解できたあの雪の日を、それを忘れないために僕はこの日誌を残しておく。

 ただの記録だけでない、ただ誰かを愛した人がいたのだと忘れぬために。

 そして何よりも──


 そこまで日誌を書いた後にロランは唐突に肩に重みを感じる。


「なーに書いてんだ? ロラン?」

「なんでもいいだろ、ドンキホーテ」


「冷たいなー」と肩を組んできた男、ドンキホーテはロランから離れた。


「今日は久しぶりにお前と遊べるからワクワクしてたんだぜ?」

「遊びじゃない、ただの後学のための、職場見学だ! というか! なんで勝手に僕の部屋に入ってるんだ」


 ロランはちょうどドンキホーテが鎧を着ていないのをいいことに手の甲をつねった。


「いてて! 執事のおじいちゃんに言っていいって言われたし、なんかノックしても返事ねぇし、心配で──」

「だからって、君、いきなり肩を組むな驚くだろ!」


 へぃへぃと、反省したようで、してないドンキホーテはそそくさと「じゃあ玄関で待ってるからな」と部屋を退出する。

 全く、とため息つけながら最後の言葉をロランは日誌に付け足した。



 そして何よりも今は未来に向かって歩みは続いている、その歩みのたった一歩がどれほどの勇気と、寂しさがあったのか忘れぬために

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