第六十七話 誰かの記憶
「なんだここ?」
ドンキホーテは、当たりを見回す、やけに絢爛なクローゼットが目についた。
いやクローゼットだけではない、天井にぶら下がる照明から、テーブルの上にある花瓶などの小物まで、そういう類の物に疎いドンキホーテでさえ高級な物だとわかるほどだ。
それでいて全くといっていいほどいやらしさを感じないそれらの家具はつまるところこれを買い揃えた者のセンスの良さを如実に表していた。
「貴族の家か?」
そのことから自然とそう思ったドンキホーテは、さらにベットが視界の端にあることに気がつく。
全くただの寝具だというのにベットも芸術品として飾れるような気品を纏っている。
すげぇなここは、などとひとりごちる前にベットが視界に入るということはどういうことかドンキホーテは気がつく。
「なんで俺、床に寝てるんだ?」
混乱していたこともあったが、今まで呑気に床の上に座っていたと言う事実に耐えきれない焦燥感を感じたドンキホーテは急いで立ち上がった。
「たく! こんなところで寝てるわけにはいかねぇ! レーデンス達のところに戻らねぇと!」
しかしここはどこなのか、花クジラに飲み込まれたことは覚えているがそれ以降と今の状況が線で繋がらない。
そのことに再び頭を悩ませつつも、とにかくこんな所で足踏みしてはいられないと、この部屋からでる決意を固める。
幸い剣や盾はそのままだ。そのことを確認した後ドンキホーテはだるい体を立ち上がらせた。
ちょうど目の前にドアがある、ドアノブに手をかけて外に出ようとした瞬間、ドアノブがぐるりと回る。
「うお!」
思わぬ現象に驚いたドンキホーテは後退る。
隠れなくては、無意識にそんな事を思い立ち、隠れる場所がないか探しているうちにドアは完全に開かれた。
まずい、ドンキホーテのそんな心の声と共に、ドアの影から姿を表したのは彼のよく知る人物だった。
「ザカル!」
ドンキホーテは剣を鞘から抜く。するとザカルは穏やかに微笑んだ。
「ああ、起きていたのかーー」
「テメェ何故ここに!!」
「ーーマリア」
「は?」ザカルが何を言っているかわからない、呆然としたドンキホーテに対してザカルはそのまま近づいてくる。
「近寄るんじゃねぇ!!」
そう叫びながらドンキホーテは剣を振り抜き、薙ぎ払う。襲いかかる剣に対してザカルは対して驚くこともなくましてや、避ける動作もしない、まるで剣など存在しないのように。
そしてそのまま、ドンキホーテの刃はザカルの右腕の肘から入りそのまま胴を抜け、左腕の肘をすり抜けていった。
ーー手応えが……ねぇ……!?
まるで霞でも切っているかのような感覚に驚くドンキホーテ、切られた本人であるザカルにもなんの変化もない。
それどころか、そのままドンキホーテに向かって歩を進める。
ぶつかる、そう思った時にはもう遅い。ザカルの体はドンキホーテの体にぶつかる。
しかし、衝撃というものを感じない。そこでドンキホーテは気がつく、ザカルの体が自分の体と完全に重なっていることに。
「なん……」
ドンキホーテの疑問に応えることなく、ザカルはそのままドンキホーテの体をすり抜ける。
「来てくれたのですか? ザカル様……」
驚き、固まっているドンキホーテは聞き覚えのある声に反応して振り返る。
ザカルが寄り添うベットに寝ているのはーー
「マリアさん……」
ドンキホーテの呟きは虚空に消える。マリアは見たことのない、穏やかな笑顔を浮かべながらザカルと談笑していた。
「調子はどうかな? マリア」
ザカルの問いにマリアは和やかに、フフン、あざとく鼻を鳴らし言った。
「心配しすぎですよ、ザカル様、私はなんともありません!」
笑顔でそう言う彼女はドンキホーテの知る彼女とはどことなく違うような気がした。
今、目の前でザカルと話すマリアの顔には、表情には確かな幸せが表れているような気がしたのだ。
だというのに、ザカルの顔には取り繕ってはいるが何かぎこちないと感じる笑顔を浮かべている。明らかに作っているのではないかと感じられるような表情を浮かべるザカルにドンキホーテは違和感を覚える。
「誰だこいつ?」
本当にこの男は今まで戦っていた男なのか、それほどまでにザカルの背中は小さく惨めに思えた。
しかし、それでも太陽と月のようにマリアの笑顔に照らされ、ザカルも笑顔を返す。
しかし本物ではない、心からの笑顔ではない、そう感じた。
そのまま二人は話続ける。ドンキホーテを無視して。
会話の内容など列挙するほどの価値のないものだ。なにせ、やれ昨日の食事は絶品だったとか、今日は空が綺麗とか、小説が面白かっただとか。そのような会話を時折、惚気を交えて話すのだから、聞いていて砂糖が口から出らのではないかとドンキホーテは思った。
しかし、ドンキホーテは何故かこの会話を聞くのをやめようなどとは思い至らなかった。
ザカルとマリアの様子の違いに興味を持ったのも事実だが、何より疑問だった、どうしてこの憂いを浮かべながらマリアに微笑むこの優男とさっきまで自分は殺し合っていたのかと。
「ゴホッ! ゴホッ!」
すると突然、マリアが咳き込み始める。その様子を見た。ザカルの顔からフッと笑顔は消えて、マリアの背中をさする。
「マリア! すまない……君の体調にもっと気を使うべきだった……」
笑顔の消えた、ザカルにマリアは微笑む。
「フフ……ちょっと咳したぐらいで大袈裟ですよ! ザカル様!」
そう言ってマリアは窓の外を見る。
「ほら、見てくださいザカル様、あの雲! 綺麗ですよ! 前に挿絵で見た子犬のようです!」
窓の外を指さすマリアに対してザカルは「そうだね」と力なく呟く。
すると笑う彼女はザカルの手を握った。
「ザカル様……。私、今が幸せです。あなたがいるから……、だからこそ私は……きっと、ザカル様と同じぐらい生きられるような気がするんです」
「案外、私の方が長生きするかもしれませんよ?」と言うマリアの顔には、確かな自信があった。決して、
ザカルを励ますためだとか、何かを取り繕うための言葉でないということがドンキホーテには感じられた。
しかし当の言葉を投げかけれたザカル自身の顔は曇ったままだ。
すると意を決したようにザカルはマリアを見つめて言った。
「そうだな……そうしよう、生きようマリア、私と一緒に、出来るだけ長く、そして……いつまでも」
そう言ってザカルはマリアの唇にキスをする。唐突の出来事に思わず顔が赤くなったドンキホーテは目を逸らそうとするが、ある異変に気がついた。
ザカルの右手が光っているのだ。
そのまま、ザカルはマリアの腹部にその右手を押し付けた。
マリアが小さな呻き声を上げた後、脱力する。倒れるマリアの体をザカルはそっと支え、呟いた。
「必ず、君を……幸せにするから……」
その光景をドンキホーテはただ黙って見ていた。ざわつき始めた心を落ち着かせるために無意識に、何かを握りつぶすように手を握る。
そして、その時だ突如、部屋が闇に飲み込まれる。光を失い、物体が次々と輪郭を失っていく。
「なんだ……うぉあ!!」
平衡感覚が失われて、落下感を感じながら闇の中にドンキホーテは揺蕩っていった。
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