第二十二話 動機
「これはデイル博士の過去の記憶なのか……?」
レーデンスは空中に浮かぶ窓枠の中の風景を見続けた。風景は視点の主デイル博士が、複数の子供にいじめられている場面へと移行する。
「あはは!」
子供たちはそんな無邪気な声を上げながら、デイル博士に殴りそして蹴る。そして言った
「どうしたやり返してこないのか?」
無茶なことを言う、多勢に無勢ではないか。見ていて不快な気分にレーデンスはなってくる。それは幼いデイル博士に同情の心を寄せている証でもあった。
視点の高さ、そして坊ちゃんと呼ばれていたことを考えるに、デイル博士の幼少の頃の話なのだろう。
しかし子供同士の戯れの範疇を超えている。見るのをやめようかと思っていた時だ。
「やめなさい!」
遠くから再び女性の声が聞こえた。
「やべ! でかいのが来た! 逃げろお!」
アハハと笑いながら、いじめていた子供たちは散っていく、倒れたデイル博士を残して。
「デイル! 大丈夫?!」
駆け寄ってくる足音、博士の視界に女性の顔が映り込む、エルフではない、人間だ。優しい顔をしているが、芯の強さも感じられる。そんな印象を、受けた女性だった。
「大丈夫だよ、母さん……」
状況的に見てこの声はデイル博士だろう、博士は立ち上がると、母に抱きつき泣き崩れた。
それは恐怖からかそれとも自身の情けなさからか、いやおそらくその両方なのだろう。彼は泣き続けた。そこで風景は色を失い、それ以上時が流れなくなった。
「終わったのか……?」
枠の中の風景はこれ以上、動かないのをみてレーデンスはそう呟いた、だがそれと同時に、新たな枠が周囲に出現される。
様々な街の風景を映し出した、そして聞こえてきたのは複数の人々の声だった。
「森に帰れハーフエルフ!」
「ここはお前らの住む場所じゃねえんだよ!」
「ハーフエルフですって、ほら隣の子の……いやねぇみてあの耳、人間じゃないのよ? 気持ち悪いわねぇ」
「ハーフなんて、ろくなものじゃない、あんな化け物を産むなんて親はどうかしているな」
聞き難い罵詈雑言の嵐にレーデンスは耳を塞ぎたくなる、どうもレーデンスとしてはこの手の罵倒は他人事と思えなかった。
同時に自分の今まで言われてきた、誹謗中傷を同時に思い出していた。
「人間じゃないくせに」
「お前がいていい場所じゃないんだ」
「あんたみたいな奴がいると、空気が悪くなる」
これがデイル博士が受けてきた、仕打ちなのか。罵詈雑言を聞かないようしていたレーデンスはふと、ある枠に目がいく。
他の枠は罵詈雑言を言う人々と街の風景を映し出しているが、ひとつだけ何も映っていない枠がある。
興味本位でその枠にレーデンスは近づいた。
すると周りの声がピタリと止み、他の窓枠の風景は色を失った。逆に、何も映っていなかったその枠に風景が映し出される。
そこに映し出されていたのは、デイル博士の母の死体だった。
泣くデイル、しかし誰も寄り添うものはいない。どうやら家に居たところを襲われたようだ、服の上から何度も刃物で刺され、近くの壁にはこう書かれていた。
売女に裁きを
おそらく人間が一番優れているいう思想の過激派がやったことなのだろう。レーデンスは目を背けた。
「この時、私は復讐を決意したのです王都エポロの民に」
背後から声がした為レーデンスは振り返る。そこにいたのはデイル博士だった。
「デイル博士!」
レーデンスは腰にさしていた剣を引き抜き、警戒する。しかしデイル博士は喋り続ける。
「オークの冒険者さん、私は貴方と戦うつもりはありません、私は貴方と同じ苦しみを持つものです、差別される苦しみを知る……ね」
レーデンスは警戒を解こうとしない、剣を構えたままだ、デイル博士は続けて言う。
「私の幼少期は地獄だったと言うことが伝わりましたかね? そう言えば名前を聞いていなかった、名前は何と言うのですか?」
「……レーデンス・ゲクラン」
レーデンスは警戒したまま名乗る。
「いい名前ですね、レーデンスさん、私が王都エポロを襲撃する理由納得していただけましたか?」
できるわけがないレーデンスは叫ぶ。
「そんなわけないだろう! 虐殺はどんな理由があろうとも許してはならないことだ!」
「それは本心ですか? レーデンスさん?」
「何を……!」
「おかしいとは思いませんか、我々が我慢しなければならないのは、私たちの人生は私たちのもの。それなのに、他人に蔑まれ蹂躙されていく。しかもそれがまるで当たり前かのように」
レーデンスは、何も言えなくなってしまう。デイル博士の言っていることはレーデンスも同意できる部分があるからだ。
デイル博士は続ける
「レーデンスさん、私の耳を見てくださいまるで普通の人間の耳のようでしょう?」
そう言えば、デイル博士の身体的特徴にハーフエルフっぽさはない。レーデンスは聞き入る。
「母が死んだ後、私は自分の耳を切り落としたんですよ、それで義耳を使っています、それも人間の。ハーフエルフの身体的特徴が嫌でね、それとこうするしかなかったのです英雄リメリルが現れるまで、ハーフエルフである私は、こうして人間のフリをしなければ生きてはいけなかった」
レーデンスは絶句した。そこまでしなければならなかったのか、と。
「案の定、人間のフリをした私は、憐れまれ、教会に保護してもらいなんとかここまで生きてこれました、ハーフエルフの英雄リメリルが現れた後は他のハーフ達はハーフであることを隠したりはしなかったのですが。
私はそれでも母を殺された恐怖から立ち直れなかった」
デイル博士の顔にだんだんと哀愁と憎しみがこもっていく。それは博士が今まで、溜め込んできた、どす黒い感情なのだろう、その感情を博士は言葉にして解き放つ。
「私の人生は今もそこで止まっているのです! 起きている時も、夜眠る時も、母のあの死に顔が頭から離れない!!
そんな時です、あのオーロ遺跡のリヴァイアサンを見つけたのは、幼少期の自分が囁いたのです、復讐するなら今だと。
なぜ今も人間のフリをしているのか? 悔しくないのと。
そう、私の人生は、復讐を遂げてこそ初めて始まる!
母の仇をとってわたしはやっと解放される……
耳を切り落として……まるで自分を、母の子であることを否定するような真似をして耐えてきた、それが報われるのです……」
「そして」とデイル博士は言った。
「レーデンスさん、貴方にも私のようになってほしくないのです、今貴方はあの少年とパーティを組んでいるようですが、所詮人間……いずれ裏切られ、貴方は傷つく、私はそれを心配しているのです」
「不要な心配だ、私はドンキホーテを信じている!」
これではっきりした、なぜデイル博士がレーデンスを気にかけているのかを、しかしそれはレーデンスにとって大きなお世話である。
レーデンスはドンキホーテを信じているし信じたかった、パーティを組む時、思ったのだ、もしかしたらドンキホーテとなら真の友情を育めるのではないかと。
デイル博士はため息を吐く、そしてこう続けた。
「ならば、しょうがありませんね、無理矢理ですが、君とあの少年を永遠に引き剥がすとしましょうか、これも貴方のためです」
「どういう意味だ……!」
デイル博士は笑って言った。
「これから現実にいるあの少年、ドンキホーテ君にとどめを刺すのですよ」
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