第135話 裏切り者
「一人逃したか」
街道の真ん中で、そう呟いたダンは光の城壁の向こう側に逃した馬影を気にかける、たった一人、恐らくドンキホーテと、アレンだけでもなんとかなる、そう思いたい。
しかし実際にはダンは敵の正確な情報をドンキホーテから教えてもらってはいない。
ドンキホーテ自身も噂程度にしか遠征隊隊員のことを知らないらしいのだから仕方ないことなのだが。
なんでも、スパイがいることを想定した情報統制が遠征隊の中で起こっていたらしく。
なんともシーライらしい、とダンは立ち上がり剣を構えるシーライを見つめた。
この場合なにが問題なのかと言うと、つまり戦闘能力が未知数な者をダンは通してしまったことになるのだ。
それは非常にまずい。
運よく通ったのが、弱き者だという保証はないのだ。
ダンは拳を上げ、ファイティングポーズを取る。
「この『聖なる城壁』よくできている、以前よりも鍛錬したのだなシーライ」
サクラメントであるこの光の巨壁をダンは褒める。
『聖なる城壁』はサクラメント中でも優秀な防御型のもので一度発動してしまえば、物理的な破壊をされない限り、しばらくは消えない。
やろうと思えば壊せるだろう、だがそれをダンの目の前にいる男が許すとは思えない。
つまりシーライを倒すしか先に進む道はないとと言ってもいいということだ。
「いつまで……」
シーライは手に力を込め叫ぶ。
「いつまで……わたしより上のつもりだ貴様は!」
憎しみ、怒り、さまざまなものが入り混じる言葉を、ダンを受け止めた。否定も拒絶もすることなく。
「十年前! 貴様は、私達の元から去った! すべてを捨てて!」
──ジャリ
シーライは、一歩踏み出す。いつでもダンを飛びかかれるように、殺せるように。
シーライの殺気は人間とは思えないほどの狂気が滲んでいた。
太陽が隠れて、風が吹き、狂気に当てられたかのように、シーライの周りの空間が歪む。
もはやダンの目の前にいるのは一人の人間などではない。
化け物だ。
復讐に取り憑かれ、もはや、復讐を遂行するためだけに生きている。
孤高の化け物、そうとしかダンには見えなかった。
「哀れな……」
ダンは呟く。
「侮蔑するか……わたしを!」
「侮蔑……か、貴様にはそう見えるのだろうな」
ダンの目は哀に満ち溢れていた。それがシーライを余計に苛立たせる。
目を血走らせ、歯を剥き出し、そして大地を揺らすような大声をシーライは上げる。
「それだ! 貴様はいつもそうやって何もかも見透かすような! 態度をとる! 貴様が主の言葉を代弁しているとでも言うようなその態度が、気に食わんのだ!」
「では聞こう! 主は妊婦や幼子を、殺すことを喜ばれるとでも思うのか!! 私は思えない!」
「許してくださるに決まっている! 奴らは思想を、知識を受け継ぐ害悪だ!! 生かしておけば必ず脅威になる!!」
愚かな、とダンは唾棄する。
「そんな、利己的な理由で──!」
「──利己的などではない!」
シーライは宣言する、太陽が雲の隙間から顔を覗かせ、シーライを照らした。
「わたしは かみ に えらばれた せんしだ!! やつらの し は せかいの りえき なのだ! かみ は みとめてくださる! わたしの ひどうを! いや! ひどうなどではない むしろ ほめ そして てん へと!! みちびいてくださるだろう!」
幼稚だ、浅ましく、そして醜悪だ。その言葉はダンには言い訳に聞こえた。シーライの言葉はただの──
「もういい、言葉を尽くしてもしょうがないのだな」
──ただの正当化の方便に過ぎない、昔から変わっていないのだ、ダンはそう感じた。
「シーライ……最後にこれだけは言っておく、自分の罪を、恨みを、神を理由に正当化はできない」
「なんだと……」
理解ができない様子のシーライに今度こそダンは理解した。もはや、和解はないのだと。
「私は! 貴様を止める!!」
ダンが地を蹴る。
地面は抉れ、土煙が起き、轟音と共にダンは加速する。
「最早、全てが遅い! 神はわたしを選んだ!!」
その叫びと共に、二対の光の剣を両手に持ったシーライはダンの加速に合わせて自らも、怨敵に向かって飛び掛かる。
「ダン!!」
「シーライ!!!」
剣と拳がぶつかり合った。




